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#6 担任教師の軌跡
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レンさんとアルティナが手を繋いで教室から出た直後──私の居る二年B組の教室では、物の見事にレンさんの話題一色になっていた。
曰く「レン爆発しろ」とか「レンの恋人は誰だ」とかそんな益体も無い事を話していたが、私──アイリスにはどうしても引っかかる事があったのだ。
今年からこの学園の教師として教師生活を始めた私なのだが、それ以前は教員免許を取るために専門学校に通っていた。そしてそれより前──およそ一〇年ほど前までは実家で近所の子供達相手に趣味の家庭教師なんかもやっていた。
そもそも私が教師を目指したのは、ある一人の男の子を助ける為だった。
当時、家庭教師をしていた私は基本的には子供の家にお邪魔して勉強を教えていた。しかし、その男の子だけはどうしても家が嫌だと言っていたので、私の家で勉強を教えていたのだ。
ある日、どうして家に招きたくないのかを聞いてみた。もしかしたら、本心では私のことが嫌いなのかも……そんな思いからだったが、その質問は私の将来すらも覆してしまうほどのものだった。
結論から言えば、私は嫌われていなかった。嫌われていたのが──彼だった。それだけの話だったのだ。
思えば、今まで彼が友達と遊んでいるのを見た事が無かった。家族と一緒に居るのも見た事がなかった。常に彼は一人ぼっちだった。
だからこそ私は、教師を目指した。いずれ彼をきちんと教え導く為に。
──だけど私は『彼』が思い出せない。どんなに記憶を探ったところで、出てくるのは顔をモヤで覆われた誰か。ずっと前からこうだった。七年ほど前、目の前を黒い残影が通ったかと思うと、その瞬間から私の中で『彼』を思い出す事ができなくなった。
──それなのに。それなのに、編入生として紹介されプロフィールと顔写真を見た瞬間から、理事長室で初めての邂逅を果たし、教室で視界に映るたびに、私の胸がざわつくのだ。心がかき混ぜられて、酷く気持ち悪い。それなのに、どこかで嬉しいと思っている自分がいる。
訳が分からない。だから、もう少しだけ私は『彼』の観察を続けようと思う。
「ね、アイリス先生もそう思いますよね?」
「え──? あ、ごめんなさい、少しボーッとしてて……」
話を振られた私は、そう言って生徒達を見守る。
そうだ。彼の事も当然、大事だけどそれと同じくらい生徒達の事も大事なのだ。仮にも私は教師なのだから、せめて自分のクラスの生徒くらいは守らないと──。
「もう、しっかりして下さいよ。──レン君の恋人は誰かなって話ですよ!」
瞬間、私に地獄が襲いかかってきた。頭には激しい頭痛が響き今にも割れてしまいそうだ。心臓はバクンバクンと音を出して高速で振動している。嫌な汗が止まらないし、必死に抑えているが今にも体が震え出しそうだ。目がチカチカとしてきて、手足は痺れてもう感覚がない。今呼吸をすれば、過呼吸で倒れてしまいそうだ。と言っても、息を止められるのなんかせいぜい数分。それまでに早くどうにしなくては。どうにかしないと。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにかしないと──嫌だ嫌だ嫌だ、助けてよ…………………………………………………………レンくん。
「ちょっと、先生⁉︎」
「っ…………どうか、しましたか?」
「いや、どうかしたかっていうか……顔真っ青になってたけど、大丈夫ですか?」
「──いえ、大丈夫です。少し貧血気味なだけですから、心配無用です」
「そうですか、ならいいんですけど……」
きっと今の私は酷い顔をしているのだろう。明らかに無理をしていると分かる苦悶の表情に、無理矢理笑顔を貼り付けた気色の悪い顔。それもこれも、全部全部私を襲うこの地獄のせい。
私を救えるのは、三千世界で君だけ。だから早く戻ってきて。君と居る時だけが私の安らぎ。君を見れれば、私はもう他に何もいらない。
ねえ、早く戻ってきてよ。昔みたいに、私の隣で勉強をしようよ。そうすればきっと、私はこの地獄から解放されるから。
曰く「レン爆発しろ」とか「レンの恋人は誰だ」とかそんな益体も無い事を話していたが、私──アイリスにはどうしても引っかかる事があったのだ。
今年からこの学園の教師として教師生活を始めた私なのだが、それ以前は教員免許を取るために専門学校に通っていた。そしてそれより前──およそ一〇年ほど前までは実家で近所の子供達相手に趣味の家庭教師なんかもやっていた。
そもそも私が教師を目指したのは、ある一人の男の子を助ける為だった。
当時、家庭教師をしていた私は基本的には子供の家にお邪魔して勉強を教えていた。しかし、その男の子だけはどうしても家が嫌だと言っていたので、私の家で勉強を教えていたのだ。
ある日、どうして家に招きたくないのかを聞いてみた。もしかしたら、本心では私のことが嫌いなのかも……そんな思いからだったが、その質問は私の将来すらも覆してしまうほどのものだった。
結論から言えば、私は嫌われていなかった。嫌われていたのが──彼だった。それだけの話だったのだ。
思えば、今まで彼が友達と遊んでいるのを見た事が無かった。家族と一緒に居るのも見た事がなかった。常に彼は一人ぼっちだった。
だからこそ私は、教師を目指した。いずれ彼をきちんと教え導く為に。
──だけど私は『彼』が思い出せない。どんなに記憶を探ったところで、出てくるのは顔をモヤで覆われた誰か。ずっと前からこうだった。七年ほど前、目の前を黒い残影が通ったかと思うと、その瞬間から私の中で『彼』を思い出す事ができなくなった。
──それなのに。それなのに、編入生として紹介されプロフィールと顔写真を見た瞬間から、理事長室で初めての邂逅を果たし、教室で視界に映るたびに、私の胸がざわつくのだ。心がかき混ぜられて、酷く気持ち悪い。それなのに、どこかで嬉しいと思っている自分がいる。
訳が分からない。だから、もう少しだけ私は『彼』の観察を続けようと思う。
「ね、アイリス先生もそう思いますよね?」
「え──? あ、ごめんなさい、少しボーッとしてて……」
話を振られた私は、そう言って生徒達を見守る。
そうだ。彼の事も当然、大事だけどそれと同じくらい生徒達の事も大事なのだ。仮にも私は教師なのだから、せめて自分のクラスの生徒くらいは守らないと──。
「もう、しっかりして下さいよ。──レン君の恋人は誰かなって話ですよ!」
瞬間、私に地獄が襲いかかってきた。頭には激しい頭痛が響き今にも割れてしまいそうだ。心臓はバクンバクンと音を出して高速で振動している。嫌な汗が止まらないし、必死に抑えているが今にも体が震え出しそうだ。目がチカチカとしてきて、手足は痺れてもう感覚がない。今呼吸をすれば、過呼吸で倒れてしまいそうだ。と言っても、息を止められるのなんかせいぜい数分。それまでに早くどうにしなくては。どうにかしないと。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにか。どうにかしないと──嫌だ嫌だ嫌だ、助けてよ…………………………………………………………レンくん。
「ちょっと、先生⁉︎」
「っ…………どうか、しましたか?」
「いや、どうかしたかっていうか……顔真っ青になってたけど、大丈夫ですか?」
「──いえ、大丈夫です。少し貧血気味なだけですから、心配無用です」
「そうですか、ならいいんですけど……」
きっと今の私は酷い顔をしているのだろう。明らかに無理をしていると分かる苦悶の表情に、無理矢理笑顔を貼り付けた気色の悪い顔。それもこれも、全部全部私を襲うこの地獄のせい。
私を救えるのは、三千世界で君だけ。だから早く戻ってきて。君と居る時だけが私の安らぎ。君を見れれば、私はもう他に何もいらない。
ねえ、早く戻ってきてよ。昔みたいに、私の隣で勉強をしようよ。そうすればきっと、私はこの地獄から解放されるから。
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