暁の彼方

Mono

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#5 編入初日の軌跡

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 一クラスにおよそ二〇人ほどが所属していると聴いたが……なるほど、こうして見ると壮観だ。

 基本的にアインとしか接しなかった俺としては、これだけの人数が一堂に会しているのは新鮮だ。

 担任教師──アイリス=ハーメンが理事長室に来たのち、俺は受け取った制服に着替えると、彼女に付いていき二年B組の教室までやってきたのだ。

 それから、教室に入っていった彼女に呼ばれた俺は、クラスメイトとなる人達の前で編入生として紹介されているのだ。

「それでは、自己紹介をお願いしますね」

 アイリス先生に促された俺は、予めアインに教わったように黒板に名前を書き、自らの名前を読んだ。

「レン=ソフオウルだ。中途半端な時期からではあるが、よろしく頼む」

 そう言ってペコリとお辞儀をすると、教室がワーッと湧き上がった。

「編入生ってマジかよ!」

「ちょっと、結構カッコよくない⁉︎」

「てか、ソフオウルって……!」

「あのソフオウル⁉︎」

「そんな事より、趣味は⁉︎」

「出身はどこ⁉︎」

「恋人とかいるの⁉︎」

 教室中が騒がしくなり、もはやお祭り状態だ。白い髪を靡かせたアイリスが抑えようとするが、生徒達は止まらない。彼女の夜闇のように美しく黒い双眸に涙が溜まってきたのを見た俺は、とりあえず話を進める。

「えっと、アイリス先生? 俺はどこに座ればいいでしょうか?」

 セリカはともかく、アイリス先生に関してはこれが完全に初対面なので敬語だ。いくら俺でも担任教師に対してくらい敬語も使う。

「え、えっと、アルティナさんの隣でお願いします。窓側の一番後ろの席ですよ」

 そう言われた俺は、騒音に囲まれながらも指定された席に着く。

 すると隣には、アイリス先生に言われた通り、銀髪を靡かせて俺を見つめる一人の少女が座っていた。

「お隣さんとして、これからよろしく頼む──アルティナ」

「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね──レンさん」

 そう言って俺達が握手を交わすと、教室は更に騒然となった。

「え、二人は知り合いだったの⁉︎」

「ノーザンさんと仲良くなるとか羨ましけしからん!」

「きゃー! これは、恋の予感よ!」

「な、なんだってー!」

 ……知り合いと言っても、今朝出会ったばかりなんだがな……。

 それに恋と言われても、まだ出会って半日もしていない。仲良くなることはあれど、恋愛話になるにはさすがに短すぎるだろう。

「……暫くはこのままみたいだな」

「はい……ご迷惑をおかけします……」

「いや、俺もこういう雰囲気は新鮮で、少し楽しいとも思っている。だから別に謝らなくてもいいさ」

「ありがとうございます。今暫くはこのままですけど……」

「ていうかさ、敬語やめない?」

 俺がそう言うと、アルティナは「え?」と疑問顔になった。
「いや、俺達同級生なんだし、タメ口の方が自然だろ?」

「それは……確かに、そうですね。──いえ、そうだね、レン」

「うん、やっぱりこっちの方が距離感が近い気がするな」

 俺達のこのやり取りを見た男子達の苛烈な嫉妬と女子達の強烈な興味の視線が交わった、カオスな攻撃を喰らったのだが、それはそれだろう──。



       ◇



 俺が教室に入って最初の授業は、いきなり魔術に関する授業だった。

 今やっているのは魔術の基礎部分に関するところらしく、隣のアルティナ含めて教室の生徒全員が真面目にノートを取っていた。俺もアルティナに教科書を見せてもらいながら、中年ハゲ男教師(確かオゲハン=ネウチュって名前)の話を聞いていたが……恐ろしくつまらない。

 勿論、それには俺が既にこの部分をアインから教わっているというのも含まれるのだろうが、それにしてもキツい。とにかく覚えろと言わんばかりの授業は、退屈極まりないし、効率も悪い。アインが教えてくれた時は、もっと楽しかった記憶があるんだけどな。

 ……関係無いが、俺が教科書を見ようと顔を寄せると、アルティナの顔面が真っ赤に染まって今にも爆発しそうになるのだが…………まあ、とりあえず今はいいか。

「それじゃあ、この部分を──編入生、説明しなさい」

 オゲハン先生が俺を指名してきた。

 内容は、魔術構築と魔術陣について──即ち、どうして魔術陣を使うと魔術を発動することができるのか、そういう事だ。

 教室の生徒達が少しざわついた。何やら「普通いきなり答えさせるかよ」とか「マジ性格悪すぎ」とか、そんな言葉が聞こえる。なるほど、これはオゲハン先生なりの嫌がらせという事だったのか。

 だが、残念ながら俺は円卓会議ラウンズ第一位から魔術を教わったのだ。この程度、分からないわけがない。俺は席から立ち上がって答えていく。

「魔術は魔術陣という因果代替を経る事によって発生します。例えば、火を出すだけなら棒と板でも出来ますが、それには莫大な時間と労力を要します。だからその時間と労力──言ってしまえば、事象の《過程》を代替するものが魔術陣なのです。つまり、結果をそのままに過程を変えるのが魔術であり、その過程になるのが魔術陣というわけです」

 そう言って、俺は席に着く。

 オゲハン先生がヒクヒクと頬を引攣らせながら説明を続けていった。…………だが、教室中がざわざわとしているこの状況でその説明を聴いている者は、一人として存在しなかった。



       ◇



 ──キーンカーンコーン

 昼を知らせる鐘が鳴った。普通ならば生徒達が思い思いに昼食を食べるのだろうが、今日はそうではなかった。原因は分かりきっている。編入生──要するに、俺だ。

 事実として、昼休みの時間になった瞬間に教室に居た生徒の殆どが俺の元に来た。

 やはりずっとアインとしか関わってこなかったので、これだけの人数に詰め寄られると驚いてしまう。

「なあ一緒に飯食べないか⁉︎」

「あ、男子ズルい! レン君、一緒にご飯食べようよ!」

 これだけのお誘いがあるのはありがたいことなのだが、まだ食堂の使い方も聞いていないため、俺としては誰か一人と行ければそれでいいのだが……。

 ──ポッポ、ポッポ。

 ふと、窓の外から鳥の声がした。

 しかしそれは自然に聞こえたというよりかは、わざと聞かせたといった感じだ。俺が窓の外に目を向けると、そこには予想通り桃色の鳩が何かを咥えながら俺を見つめていた。

「な、なんだこれ⁉︎」

「ピンクの鳩⁉︎」

 教室が騒然となる中、俺は窓の前まで行って窓を開け、慣れた動きで鳩を撫でてやる。すると鳩は、口に咥えていた布の包まれた四角形の箱を渡して、さっさと飛び立ってしまった。

「レン、今のは……」

 アルティナが怪訝そうに俺を見つめてきたので、俺は無用の混乱を招かないために説明をする。

「さっきのは、俺の母親? 姉? ……まあ、そんな感じの人が使役している使い魔だよ。さすがに意思疎通ができるレベルじゃないけど、それでもそれなりに感情はあるみたいだ」

 俺がそう言うと、教室は先程よりも更にざわめきたった。

「……え、いや、は?」

「使い魔ってだけで凄いのに、感情があるって……」

「しかもそれ一人で作ったのかよ」

「レン君の身内、凄すぎ……」

 なるほど。確かに、ただの使い魔ならいざ知らず、感情まであるとなると相当な魔術の実力が無いと作れないんだったな。俺の身近に居る人間はそういうのをさらっとやってしまう人間なので、おかしいと思わなかった。

「それよりも、これは……」

 俺は使い魔の鳩から受け取った箱を見る。自分の席に戻って布を取ってみると、そこには桃色をした二段重ねの箱と一枚の紙が入っていた。俺は紙に書かれた内容を黙読していく。なになに…………。

『レンの為に作った愛情たっぷりお弁当だよ! きっと美味しく出来てるから、食べてみてね!
 ──愛しのアインより♡』

「…………………………」

 読んだ紙を適当に机に置いた俺は、箱を開けてみる。

 すると確かに、中には色とりどりのおかずやご飯の入ったお弁当となっており、少なくとも見た目は美味そうだった。最近はアインも料理を勉強しているようだし、ゲロマズという事にはならないだろう。…………多分。

 二つの箱のうち、片方はおかずの箱だ。玉子焼きやミニハンバーグなど、弁当らしくはなっている。そしてもう一つの箱にはご飯が入っている。箱一杯に敷き詰められた白米と、それを彩るハート形をした桜でんぶだ。アインらしいと言えばらしい弁当になっている。

「な──! レン、お前彼女持ちだったのかよ⁉︎」

「ハートのお弁当……きゃー!」

「え、えっと……アルティナさん……?」

「なんですか? 私の顔に何か付いていますか?」

「いや、その、な、なんでもないです……」

 結果として食堂で使う分のお金が浮いたから良いが、それにしても教室が興奮でとんでもない事になっている。膝から崩れ落ちる男子達、きゃーきゃーとゴシップに浮かれる女子達、そして氷のように冷たいオーラを発するアルティナ。どこを見ても平和の欠片も無かった。

 とりあえず、アルティナからどうにかしないと。彼女をこのまま放置しておくと、隣に居る生徒達が凍傷で死んでしまう。

「なあアルティナ、どうせだし一緒にご飯食べないか?」

「──え? いや、でも私は食堂だし……」

「なら俺も弁当持って食堂に行くよ。それに食堂の使い方も教えてもらいたかったし」

「でも彼女さんからそのようなお弁当を頂いたのだから、私なんかと……」

「彼女? ──ああ、違う違う。これはさっきの使い魔の主人が作ってきた物で……まあ、保護者みたいな存在だよ。家は家庭が複雑で、その辺は触れないでくれると助かる」

 まあ、嘘は言っていないだろう。こう言っておけばとりあえず大丈夫だと、以前読んだ本で知った。

「そうだったんだ……。なら、お言葉に甘えて私も一緒に食べようかな」

「ありがとな。それじゃ、とりあえず食堂まで案内してくれるか?」

「そうだね、付いてきて」

 そう言って俺の手を取ったアルティナは、耳まで真っ赤にしながら言った。

「こうすれば、はぐれないで済むでしょ……?」

「ああ、そうだな」

 アインも俺と一緒に街に行く時は同じような事を言って手を繋ぐし、特に何の違和感も抱かないまま、俺はアルティナの手を握り返した。以前、アインにこうしろと言われて以来心がけている行為だ。

「へ⁉︎ あ、あの、レン……?」

 俺が握り返した瞬間に体をビクッと震わせたアルティナは、恐る恐る俺の方を見てきた。

「どうかしたのか?」

「い、いえ、なんでもないです……」

 俺としてはどうしてアルティナがそこまでビックリしたのか分からないので訊き返したのだが、それからずっと廊下を歩くアルティナは顔を真っ赤にして湯気を出したままだった。

 ──その後、校舎内を堂々と手を繋いで歩いていた俺達が噂されるのは、また別の話。
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