暁の彼方

Mono

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#19 姉妹激突の軌跡

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「な、なんですか⁉︎」

 王女殿下──エリーゼ様の言葉を皮切りに、部屋の中を悲鳴が駆け巡る。

 フェイトやアスタライトの生徒がレンを追いかけようとした刹那、突如として天井が崩れ落ちてしまったのだ。そしてこの部屋と外を結ぶ唯一の通路である廊下が封じられてしまった事によって、私達はこの部屋から一歩も出れなくなってしまったのだ。レンに関しては、落ちる天井に気付いていたようだし、恐らく大丈夫の筈だ。

 それが私──アルティナ=ノーザンの見た光景である。

 慌てる生徒達に、それを宥めるメイドさん。セドリック様などが落ち着くように言ってはいるものの、皆パニックになって誰も聞いていない。

 そんな中、私だけはジッと部屋の天井を見つめていた。

「ど、どうかなされたのですか……?」

 先程まで仲良さそうにレンと話していたメイド──確か、メイさんが私に話しかけてきた。

「……さっきの天井、あれは多分人為的なもの。だから、警戒している」

 私が簡潔にそう言った瞬間──その警戒は意味を成した。

 ──ドガァアアアアンッ‼︎

「くっ──アイスウォール!」

 私の予想通り崩れ落ちてきた天井を見て、殆どの生徒は思考停止に陥っていた。そのままだったら、間違いなくその場にいた全員が絶命していただろう。

 しかし私は咄嗟に部屋の床と天井のおよそ中間あたりの位置に氷の壁を顕現させることで、一時的にではあるが天井が落下するのを防いだ。

「長くは保たない! 今のうちに、そこから離れて!」

 私がそう叫ぶと、落ちてきた天井の下にいた生徒達が悲鳴を上げながら一斉に走って逃げていった。

 そうして天井のあった部屋の奥にいた生徒が避難したのを確認した私は、すぐに魔術を解除する。いくらなんでも、あの質量の物体をずっと支えるのは骨だ。

 そして、天井が落ちた事によって必然的にできた穴から現れたのは、予想だにしなかった人物だった。

「……本当なら今ので、一〇人くらい殺している筈だったんだけどなぁ……まいっか。どうせ皆殺すんだし」

 重力操作の魔術を駆使してゆっくりと部屋に降りてきたのは、二〇歳の女性だ。

 長く艶めかしい銀髪と、深海のような蒼い双眸。細かな部分を除けば、数年後の私を写しているかのような……そんな女性だ。しかし、似ているのも当然だろう。だって彼女は私の……。

「姉さん……? どうしてここに……」

 ──実の姉なのだから。

「あ、アルティナってば本当に居たんだ。事前情報では聞いてたけど……ふーん、制服姿も悪くないじゃん」

 ジロジロと私を見つめる視線も気にならないくらいに、私は動揺していた。

 心臓はばくばくと煩い鼓動を刻んでいるし、全身が小刻みに震えている。頭は真っ白になってまともな思考すらできない。

「どうして……どうして姉さんがここにいるの⁉︎」

 私は積もり積もった怒りを爆発させるかのようにそう叫んだ。しかし姉さんはまったく意にも介さずに、ケラケラと薄気味悪い笑顔を浮かべながら答えた。

「そんなの決まってるじゃん。私──エレナ=ノーザンが、テロ組織身食らう蛇ウロボロスの一員だからだよ」

 その言葉に私はもう、どうしようもなかった。

「テロ、組織……?」

「うん。小さな村の事件から国家の主要人物の暗殺まで、依頼さえあればどんな非道だって為してみせるテロ組織──それが、身食らう蛇ウロボロスだよ。どちらかというと、猟兵の方が近いのかな?」

 確かに数年前──姉さんは家族に何も告げずに消えていった。生きているのか死んでいるのか……それすらも分からないような状況はずっと続いていたのに……それがいきまり現れた挙句、こんな再開を果たすなんて……。

「よーし、とりあえずここにいる女子生徒は全員死んでもらうよ。それから証拠隠滅のために男子生徒とメイドにも死んでもらうから……要するに、皆殺しにするから覚悟してねっ」

 あまりにも軽い調子でそう言う姉さんには、人を殺す事への躊躇いがまるで感じられなかった。

「姉さん……それ、本気で行っているの……?」

「うん。だってそれが依頼主クライアントのオーダーだからね。私はそれを執行するだけだよ。邪魔するなら、例えアルティナであろうとも容赦なく消しとばすよ」

「上等じゃない。やれるものならやってみなさいよ……!」

 ──瞬間、周囲の空気が一変した。

 北方──ノーザンブリアの真冬のように凍える寒さ。それも心理的にではなく、物理的にこの部屋の温度が下がっていっている。

 それなりに魔術を修練していれば、魔術を起動する際に発動する位置や規模をある程度変更する事もできる。そしてそれを氷魔術で行えば、こうして周囲の温度を下げる事もできるのだ。

「せいぜい私を楽しませてよね──ブリザードスピア」

 姉さんが魔術を唱えると、彼女の周囲に無数の氷でできた槍が顕現し、一斉に私に照準を定めた。そして私はそれを躱そうとした。だが……。

「なっ……こうなったら──アイスウォール!」

 私は周囲だけではなく、後方全域を防ぐようにして氷の壁を顕現する。すると無数の氷槍が儚き壁を打ち砕かんと穿ってくる。

 なんとか魔力を追加で注ぐ事によって凌いだが、同じことをしても次はないだろう。

「あーあ、そんな奴らを必死に庇っちゃって……どうせ皆、私に殺されるから関係ないのに」

 そう姉さんがボヤく先には、私の後ろで動くこともせずに立ち竦んでいる生徒達の姿があった。

 後方には廊下があるが、そこは既に崩れ落ちた天井によって進むことはできない。つまり、私は彼等は庇いながら姉さんに勝たないといけないのだ。

 かつて魔術に愛された者とすら呼ばれた、姉さんに……っ!

「うーん……でもこのまま殺してもつまんないしなー……そうだ! ほらアルティナ、付いてきてよ! ──来なかったらこの女学院が氷土と化すよ」

 至極明るい調子でそう言った姉さんだが、最後の言葉だけは異様な凄みがあった。恐らく私が姉さんに付いていかなくては、有言実行するつもりなのだろう。今の姉さんにはそれを可能にする力と狂気がある。

「…………っ、皆はここで待っていてください。早々に決着をつけてきますので」

 それだけ言って、私は姉さんを追いかけるようにして窓から飛び降りる。といってもここはそんなに高い場所でもないので、受け身さえ取れれば大したことはない。

 それよりも、今は姉さんだ。

 この世の楽園のような花園を氷獄に閉ざして楽しむその姿は、幼い頃の私の思い出とは似ても似つかなくて……。

「ねえ、どうして……?」

「ん? 何が?」

「どうしてこんなことをしているの……? 私の知っている姉さんは、こんなこと……!」

「それが押し付けだって、分からないの?」

「………………え?」

 呆然とする私とは対照的に、姉さんの表情は落ち着いている。だがその声音は、それこそ氷のようだ。

「昔からそう。皆、私が天才だとか言って祭り上げる。皆の期待に答える為に、私がどれだけ苦労したのかもしらないくせに……っ。そのくせして、ちょっと成績が落ちただけで皆落胆して、同情する! 勝手に期待した挙句、勝手に憐憫するなんて、そんな身勝手な環境は私には耐えられない!」

 振り絞るように言った姉さんの姿は酷く儚くて、まるで子供の作った雪山のようだった。

「……それで、姉さんは逃げたの?」

「うん、そう。でもそれを誰が責められるの? 期待して哀れんで、今度は責めるの……? それこそ、身勝手じゃない。だからこそ私は、今度こそ人生を謳歌するの。やりたいことをやる。笑いたいように笑う。愛したいように愛する。壊したいように壊す。身勝手で横暴で我儘な氷の女王に、私はなったの!」

「だから……だから、テロ組織なんかに入ったっていうの⁉︎」

「──悪い? 私が一番生き生きとできるのが、偶々この組織だった。それだけの話だよ。別に組織と癒着しているわけでもないし、特に思い入れもない。ただここが一番楽ってだけ」

 ……なるほど。組織としての命令には従うが、必要なら裏切ることも辞さない。どこまでも自己中心的な立場にいるのだろう、この人は。

「だったら約束して。私が勝ったら、テロ組織から脱退するって」

 私がそう言うと、姉さんは一瞬だけ驚いた顔をして……すぐに不敵な笑みを浮かべた。

「……いいよ。その代わり、私が勝てばもう止まらない。せいぜい覚悟しておきなさい」

 数秒の静寂。

 氷に閉ざされたこの空間に存在するのは、私達だけ。どう足掻こうとも応援なんて期待できないし、私だけで勝つしかない。

 でもそれがなんだっていうんだ。そんなの、今更じゃないか。私はいつだってどんな人とも一定以上の距離を保ってきた。だから何も悩むことなんて──。

 その刹那に浮かんできた『彼』の顔を忘れて、私は呼吸を整える。精神状態を落ち着かせ、充分な魔力を集中させる。そして私達は、同時に魔術を発動させた。



「──アイシクルエッジ!」
「──アイシクルエッジ!」



 同時に放たれる氷の刃。しかし私が顕現させたのが五本なのに対して、あちらは一〇本だ。単純な攻撃魔術への適性だけなら私は絶対に姉さんに敵わない。だからこそ、それ以外を織り交ぜていく。

「──インビジブルミスト」

 瞬間、私の姿が霧となって消えていく。気配遮断も兼ねたこの魔術なら、いくら姉さんといえど……。

「甘いよ。大甘だね──デスブリゲード」

 それは、まさしく氷の地獄だった。

 姉さんを中心に展開される無限の氷。無間に連続発動されるそれは、瞬く間に一帯を凍土とせしめた。

「くっ──アイスウォールッ」

 幻霧系魔術のインビジブルミスト。視覚から消える上に気配も遮断するという優れものの魔術だが、展開している間は他の魔術を同時起動できないという弱点がある。

 しかし、今回私は姉さんの魔術を防ぐためにアイスウォールを発動してしまったために、結局は不発に終わってしまった。

「どうしたの? もう疲れちゃったの? ──でもごめんね、私はまだ満足してないの」

 そう言った姉さんは、その手に氷の大剣を握ると軽々と片手で振り回してきた。

「な──っ! そんな魔術、聞いたことが……」

「うん。だってこれ、私のオリジナルだもん。アイスウォールを変形発動させたものを常に魔力を送り続けることで固定化させた剣──名付けるなら、アイスソードってところかな」

 簡単に言ってくれるが、実際のそれは机上の空論なのだ。

 そもそも、アイスウォールなどの魔術を完璧な剣の形にして発動させることに無理がある。ある程度までなら規模を変更することは可能だが……ここまで大幅な改造は、普通はできない。そしてその上で常に魔力を注ぐなど、天性の魔力量を持った姉さんにしかできない芸当だ。

「ほらほら、どうしたの? さっきから防戦一方だよ?」

 姉さんが振り回す大剣を私は体術と魔術を組み合わせることでなんとか凌いでみせるが……ハッキリ言って、これもジリ貧だろう。すぐに体力の限界が来てしまう。そうなれば終わり──この氷獄に赤い染みと肉塊が飛び散るだけだ。

「くっ、こうなったら──インビジブルミスト!」

 そうして私は、再び霧と化す。

 姉さんの放った、薙ぎ払いをなんとかバックステップで避けたので未だ姉さんの知覚外にいる。

 そして私は姉さんの後ろへと忍びより──。

「もらった! アイシクル……」

 けれど、想像以上に姉さんは手強くて、想像以上に私は未熟だった。

「ふふ、それで後ろを取ったつもり? だから言ったじゃん──大甘だって」

 姉さんは私の方を見向きもせずに腕だけを振り、それによって姉さんに手に持たれた大剣が私を弾き飛ばす。

「がは──っ」

 そのまま勢いよく吹き飛ばされた私は、地面と衝突した。

「あーあ、もう終わりかー。例のレンって子はカッシュが殺しただろうし……今回の任務も安定のつまらなさだね~」

「…………それ、どういうこと……?」

「ん? つまらないって話? いやー、お姉ちゃんってば強すぎるから、どこの任務行ってもつまんなくて……って、おぉう……そんなに睨まなくても、冗談だよ」

 悪戯するかのように知りたくもない情報を言ってきた姉さんを、私は地面に伏せながらもキッと睨みつける。しかし姉さんはそれを意にも介さずに本題に入る。

「あの時、あの子──レンだっけ? その子だけは分断されたでしょ? あれ、実はこっちの思惑通りなんだよね」

「……でも、あの時レンが離れたのは完全な偶然だった筈……」

「うん。でもどちらにしても天井を崩す位置とかで、多少強引にでも引き剥がすつもりだったよ? まあ今回は楽に離せたから良かったけどね」

 強引な手段──というのは、考えるまでもない。下に何人がいようとも、何人が瓦礫の下敷きとなって死のうとも気にしないということなのだろう。

「……死んだってのはどういうこと? あのレンが、そんな簡単に死ぬわけが……」

「彼のところには、もう一人の組織のメンバーが向かっていったんだけどね……これがまた、エグい魔術を使う人なんだよ。毒と酸を混ぜ合わせた魔術で、触れたもの全てを徐々に溶かしていくっていう悪趣味な魔術なんだよ。正直、私でも二度は見たくないねー」

 姉さんですらそこまで言うということは、その人は相当の使い手ということだろう。ならば、考えたくはないが、レンは既に──。

「というわけで、アルティナ──死んで」

「──────────」

 頭上で剣を振りかぶる姉さんを見て、私は声が出なかった。

 体に力が入らない。魔力のコントロールも思うようにできない。動くことすらままならず、思考も徐々にフェードアウトしてきた。

「さようなら。恨むなら、そんな中途半端な才能を与えた、神様でも恨むんだね」

 そうして剣は風切り音と共に、私の体を両断────────────しなかった。

「……………………え?」

 それは誰の声だっただろうか。私か、姉さんか。どちらにしても、随分と間抜けな声だったのは確かだ。

「あっぶな……アルティナ、大丈夫か?」

 その背中は、私が待ち侘びたものだった。

 その肉声は、私が待ち望んだものだった。

 その言葉は、私が待ち焦がれたものだった。

「うん────レンッ」

 その名前は、私が待っていたものだった。
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