クラスのボッチが恋愛をする話。

Mono

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Ⅲ.志貴の過去話

クラスのボッチが恋愛する話。18

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 妹──美沙の死から一週間が経った。

 その間に葬儀や通夜も執り行い、彼女は墓の下に埋まった。

 父は「この忙しい時に……」と迷惑そうにして、母は「どうしてくれるのよ!」とある意味で悲しがっていた。

 親戚の皆も悲しそうにしている──ように見えた。

 しかし考えている事といえば、どいつこもいつも遺産の事ばかり。

 一応は両親も金持ちではあるので、その資産を狙っているのだ。どうにかして二人を取り込んでしまえば、後は遺産相続人さえどうにかすればいいだけだ。そういう意味では、親戚の殆どが内心でほくそ笑んでいるのだ。

 ──娘が死んだのは僥倖だった、残るは息子だけ──

 そんな舐め回すかのような気持ち悪い視線を受けてながら、しかして志貴はそれを気にする事もなく日常を過ごしている。

 かつての豪邸とは大違いのオンボロアパートの一室で毎日を過ごす事になろうとも、彼はそれを意に介しもしない。

 ──何故ならば、妹がいないから。

 彼女さえいれば、それで良かったから。豪邸だろうが、アパートだろうが、妹と一緒にいられるならばそれだけで満足だったのに。

 その幸せは、情け容赦無く壊されてしまった。

「──ああ、今日も帰ってこないのか。別に構わないよ、期待なんかしてないし」

 その日、学校から帰ってきた志貴は事務所からかかってきた電話に出ると、父親の一郎から帰宅できない旨の電話を受けたのだ。もっとも、そんな事は日常茶飯事のために彼は気にする素振りも無いが。

「まあせいぜい頑張っていてよ。飯はこっちで適当にしておくから」

 それだけ言うと、志貴は父の言葉を待つ事なく電話を切る。

「…………とりあえず、備蓄してあったカップ麺開けるか」

 そう言って彼はキッチンの戸棚から適当なカップ麺を取り出して、お湯を沸かせておく。

 とはいえ、まだ夕食とするには早過ぎる時間だ。未だ空は黄昏に染まっており、世界を朱に呑み込んでいる。

 窓から外を覗けば、買い物帰りの親子が楽しそうに連れ歩いていた。

 思い返せば、志貴と美沙は一度たりともあんな風に何も考えずに親と遊んだ事が無い。美沙は母と買い物に出掛ける事はあったが、お世辞にも表情が楽しそうとは言い難かった。

 志貴にしたって同様だ。──いつか、いつか遊びに行こう。一年間その言葉を言われ続ければ、親に対する信頼が無くなっても仕方ない。

 ──もう少しくらい、態度を軟化させても良かったかもしれない。後になってみればそう思うが、後悔先に立たず。もう事は起こってしまったのだ。今更、あの両親を許すなど……ありえない。

「少し、外にでも出るか……」

 志貴は気分転換も兼ねて外に出る。予め預かっておいた鍵を使って部屋の鍵を閉めたのを確認して適当に歩き出す。

 目的地などない。ただなんとなく、気ままに歩いてみる。

 もしも隣に美沙がいたら。きっとこの景色も世界を輝かせる祝福の黄昏に見えるだろう。しかし、今の彼は一人だ。空を見上げようとも、世界を焼き尽くす終焉の黄昏にしか映らない。

 アパートから離れ、近所の公園に立ち寄る。適当なベンチに座ると、数人の子供が楽しそうに遊んでいた。今ある幸せが永遠に続く──そんな幻想を、何の根拠も無く信じている。

「…………行こう」

 何故だろうか。酷く、自分が惨めに感じた志貴はさっさと公園から離れて別の場所へと歩き始める。

 ──別の場所? 別の場所ってどこだ? 俺に、彼女の側以外に居場所なんてあったか? でも俺は、彼女を守れなかった。散々ホラ吹いた挙句、取り返しの付かない失敗をした。そんな俺に、なんの価値があるっていうんだよ……。

 そんな思いを胸に抱きながら、彼は歩き続ける。疲れも感じないで、ただアテもなく彷徨う。

「あれ、ここは……」

 ふと周囲を見渡すと、そこはいわゆる飲屋街という場所で空が純黒に覆われたこの時間帯には、大いに賑わっていた。

「気付かないうちに、こんなところまで来てたのか。それに結構、時間も経ってたみたいだし……」

 アパートを出た時には紅獅子のようだったアスファルトの地面も、今や月影と飲み屋の明かりに照らされていた。昼間ならともかく、こんな時間になれば小学生の志貴には少々大人な場所だ。彼は逃げるようにして、飲屋街から離れようとした。しかし──。

 何気なく視線を寄越した、単なる空き倉庫。これといった思い出もない、むしろこれが初見のただの倉庫。しかし彼がそこに目を向けたのは、或いは運命と呼べるものによるものかもしれない。

 何せ、そこにいたのは頭から血を流して蹲る同い年くらいの少女──そして、後ろ姿でも分かる。父、一郎の姿があった。

 どうしたものか──そう思考する彼の視界にいた少女が目線だけを正面に向ける。彼と彼女の目が合ったその瞬間──伝わった。伝わってしまった。少女の生にしがみつく、往生際の悪い、それでいて純粋な思いが。

 本来なら、適当な大人を呼ぶなり警察に通報するなりして待機すればいい。けれど、彼女のあの目を見た瞬間、志貴は既に駆け出していた。だってその思いは、あの時の美沙と同質のものだったから。

「──惨めだな。こんな幼い子を殴って、気持ちいいのかよ?」

 志貴は少女と一郎の間に立ちはだかって、そう言った。

 一郎も顔を赤く染まり、顔には薄気味悪い笑みが張り付いている。足元はフラついているのを見るに、大方どこかでヤケ酒してストレス発散に偶然出くわしたこの子を使ったのだろう。

「思わず笑っちゃうくらいにさ……惨めだよ、あんた」

 確かに、その言葉通り志貴の表情は笑っている。口角は上げっている──なのに、目はまったく笑っていない。冷酷で残忍な、度々彼が見せる冷え切った目だ。

「くそ…………っ!」

 一郎は自分でも気付いたのだろう。一体、己が何をしたのか。もっともマズいのは警察沙汰になる事。そう考えた彼は、恥も外聞もなくそれこそ惨めに逃げ出していった。

「ふぅ……君、大丈夫……じゃあないよな。とりあえず今はこれで我慢してくれ」

 志貴は蹲っていた少女を起こして、壁に寄りかからせるようにして座らせた。

 そして彼は自分の服の一部をビリビリと破き、即席の包帯と化した服を少女の頭に巻いていった。

「気休めの止血にしかならないけど……無いよりマシだろ。後でちゃんと病院行っておくんだぞ」

 そう言って彼は、少女の頭を優しく撫でる。

 しかし少女はそれに、一切の反応を示さない。肯定も拒絶もせず、彼女の虚ろな瞳は何も写してなどいなかった。

「………………と言ったものの、ここで放置するのも後味悪いしな……ここからなら、病院もそれなりに近い筈だし……よいしょっと」

 彼は少女の手を掴むと、自分の背におぶらせた。力無く乗っかる少女を心配しつつも、志貴は少女を近場にある病院まで運び込む。

 道中、ほんの僅かだが少女に力が戻ったのを感じながら病院に送っていく。

 あとは向こうで保護者に連絡するなりして、勝手にしれくれるだろう。少女を病院にまで運んだ志貴はそう考えながら病院を後にする。多少、状況を聞かれたりして時間を食ったが、今から家に戻っても少し遅い夕飯で済む。

「まあ、後はせいぜい達者にな。きっともう、俺達は関わらないだろうけど」

 少女は酷く衰弱していたし、恐らく覚えてなんかいないだろう。せいぜい街ですれ違うかもしれないが、それでも気付くかどうかは別問題だ。

 病院の外から語りかけた志貴は、今度こそ病院に背を向けて歩み出す。

 これから数年後、思いもよらぬ形で少女と再会する事など露知らぬままに。
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