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第三話 女子高生とクラスメート

12、

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(明美──!!)

 誰かが私を呼んだ気がして、目が覚めた。目だけで見回せば、そこは自分の部屋。シンと静まり返った私の部屋だった。
 そっか、泣きながら帰ってそのまま寝たんだっけ──

 もう日が傾いて、部屋は暗くなっていた。
 私はハッキリしない頭をフルッと振る。何だか……

「何か、夢を見てた気がする……」

 それが何かは思い出せない。いや、微かに残る記憶は──

「赤……」

 あれは何の色だったのか。ハッキリ赤だけが残る夢。

 考えても思い出せない私は、夢なんてどうでもいいかと思い直し、電気を付けようと立ち上がった。忘れていた、画鋲の刺さったお尻の痛みに、一瞬顔をしかめながら。

 ふと見れば、薄闇の中で、机に置いた携帯の通知ランプが点滅していた。

 何とはなし──電気を付ける前にそれを見て。

 鬼のような母からの着信にまず驚いた。何かあったのだろうか?不思議に思いながらかけ直す前に他の通知を確認する。そして、中学の友達から送られてきた大量のメッセージにまた驚いた。

 一体何事だろうか?

 私は首を傾げつつメッセージを開いて読み進め──血の気が引くのを感じた。

(貴女の恨み、しかと復讐してあげる。でもその代わり──)

 金髪碧眼の美少女の言葉が脳裏をよぎった。

 自殺しようとした昨夜。
 不思議な出会いがあった夜。

 少女は最後に私に言ったのだ。

(貴女の恨み、しかと復讐してあげる。でもその代わり──復讐の対象者に待つのは、死、のみだから)

 まさかそれが本当だったとは……。

「本当に、みんな、死んだ、の……?」

 信じられなくて、茫然としながら呟いた瞬間。

「死んだわよ」
「ひ!!」

 一瞬何が起きたのか分からなかった。驚き背後を振り返るも、そこには暗い私の部屋が広がるのみ。
 そこに誰も居なかった。

 だが確かにその声は私の耳を突いたのだ。

 耳元で少女は笑い、その息が耳にかかったのだ。今まさに!

 私は恐ろしくなって携帯を落としたのにも気付かず、走って階下へと向かう。そこへ慌ただしく帰宅した母が、狂ったように私の名を呼んで抱きしめてくれるまで、私はただただガクガクと震え続けたのだった──。





 私の在籍した教室だけが火事になった。
 突如燃え広がった火は消す事かなわず。

 クラス全員が逃げる事も出来ずに焼死した。

 なぜ私だけが助かったのかという事情聴取はなされた。だが、いじめで早退したことを説明し、帰路にある駅やコンビニの監視カメラに確かに私が映っていた事から、怪しまれる事は無かった。むしろ虐められてた事に同情されたくらいだ。

 母は虐めの事実に驚き、涙しながら『気付かなくてごめんね……』と言って、また抱きしめてくれた。

 だから私は怪しまれる事はなかった。
 だが不可解な点が多い火事として、しばらくは世間を騒がせることとなる。

 なぜかその教室だけが燃えた事。
 いくら突然の出火とはいえ、誰も教室から逃げ出せなかった事。
 何もないところで発火したこと。
 なぜか担任が教室に居た事──不思議なことに、その時間の授業担当だった教師は、なぜか廊下で気絶していたのだ。発火当時の記憶は全くない。担任は授業がなく、その謎の行動は不可解極まりなかった。

 そして。
 誰もが不気味に思う謎。

 焼死したクラス全員が全員。

 首を切られたり、胸部を刺されるなどの無残な姿となっていたのだ。

 警察が現場を捜査しても凶器は発見されず、また、犯人の姿を見た者も居ない。
 
 そうして世間はまことしやかな噂を流す。
 やれ殺人鬼が火を起こし、逃げれない生徒を惨殺したのだとか。
 やれ生徒の一人が発狂した結果の行動ではないかとか。
 はたまた超常現象だとか。
 悪魔が出た、悪霊の仕業だとか。

 けれどそんな無責任な噂も結局は真実には至らない。
 真相はこのまま闇の中へと葬られるのだろう。

 真相。

 はたして私は知ってるのだろうか。

 本当にあの少女たちがやったという確信はない。ただ、そうだろうと思ってるだけだ。証拠も何もない状況で、私が何を言ったところで誰も信じないだろう。いや、むしろ私がやったと思われてしまうのが落ちだ。

 あのリュートと呼ばれた少年に誰にも言うなと言われているが、そうでなくとも私は恐ろしくて誰にも言うつもりはなかった。

 ただ。

 私は夢を見た。最初はあやふやだった記憶の夢は、今やハッキリと思い出されていた。

 あの日、教室で火事が起きていた時はまだ下校途中のはずだというのに。そう防犯カメラの時間も指し示してるというのに。だから私は怪しまれなかったというのに。

 なのに私は確かにあの時、あの時間──クラスメートが惨殺され焼かれたその時間に、夢を見たのだ。

 飛び交う鮮血。
 舞う火の粉。

 どれもが恐ろしくて、気味が悪くて……だというのに。
 私はふと、自分の右手を見つめた。そこには何も無い。

 なのに私は感じるのだ。
 冷たく重い、あれの感触を……大鎌の感触を。

 思い出されるはあの感触。
 クラスメートを切り刻む、あの……。

 そして何よりハッキリ記憶にあるのは袴田結衣。いじめの首謀者。

 夢の中で、袴田は泣き喚いていた。
 助けてくれと。涙と鼻水、涎で顔をグチャグチャにしながら、ひたすら私に懇願していた。

『助けて明美!殺さないで、殺さないで!私死にたくない!!』

 なんて身勝手なと思った。私はやめてといつも言っていたというのに。死のうとまで思うくらいに私を追い詰めたくせに──!!

 美しい火が彼女を襲い、悲鳴とともに袴田は炎に包まれた。
 それを見た私が感じたのは、単純なもの。

 ああ……美しいな、とても綺麗だな……。

 けれどその泣き喚く顔は醜い。必要ない。

 そう判じた私は重いはずの、けれど重くない大鎌を振り上げて。
 恐怖で目を見開く袴田の首目掛けて。
 思い切り、横に薙ぎ払うのだった──!

 最後まで、袴田は謝罪を口にすることはなかった。袴田の前に殺した生徒は、ごめんなさい、許して、口々に詫びていたけれど。

 けれど袴田は、最後まで、助けてくれと。自分の救済だけを口にしていた。

「そうよ」

 私はようやく事実を呑み込んで、声にすることで、全てを納得する。

「あの子は死んで当然なのよ」

 もしあの時私が自殺していたら、きっと袴田は反省もせずに次の獲物を見つけていたに違いない。そしてまた他者を死へと導くのだ。

「私は下衆を排除しただけ」

 他の生徒も、まあ仕方ないよね。担任だってそうだ。

「自業自得、因果応報だわ」

 そうよ、そうだわ。

 あれは夢、私が見た夢。
 でも夢は現実となり、下衆なクラスメートは全て死んだ。私を苦しめる者は全て死んだ。私は救われたのだ。

 だから。

「今度は、私が救う番よ……」

 私は足取り軽やかに学校へ向かう。
 きっと虐めで苦しんでいる子は他にもいるはずなのだ。今度は私がそんな人たちを救わねばならない。

 そのために必要な獲物。鞄の中に仕舞われた、鋭利な刃物。その存在を確認しながら。

 私はほくそ笑みながら、足を速めるのだった──






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