引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール

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第一章~勇者引退したらパパになりました

1、

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「勇者レオン、よくぞ魔王を倒し世界を救ってくれた! 世界を代表して礼を言う!」

 この世界でトップ3に入る大国の一つ、ガーランド王国の国王が、そう言って俺に頭を下げた。
 ──この快感が分かるか!?
 だって王様だぞ? 国の一番偉い人、トップだぞ? 本来は誰もがひれ伏す相手だってのに、その人が俺に頭を下げているのだ。
 これに快感を感じないものが居ようか!
 思わず鼻が開きそうになるのを必死でこらえる俺、名前をレオンと言う。それ以外の何もない、元孤児の俺が、一体全体どうしてか勇者となり、魔王を倒す旅に出た。……のが、12年前のこと。18歳の若者だった俺も、今や立派な大人。
 そんな大人な俺が世界に絶望を与える魔王を倒したのが、つい先日のこと。
 その一報はあっという間に世界中へと広まり、こうして俺は国王に感謝されることとなったのだ。
 膝をつきこうべを垂れる俺に、高い場所からとはいえ頭を下げる国王。ああ快感! 鼻開くわ!
 とか思っていたら、ツンツンと横で俺と同じ体制の奴が肘をついてきた。

「なんだよ」小声で文句を放つと「鼻、ピクピクしてるぞ」と同じく小声で言われた。マジ?
 慌てて鼻を隠すために手で顔を覆う俺に、苦笑する気配が横でする。巨漢のガジマルド……背に大剣を背負った、筋肉ムキムキ、こてこての戦士だ。
 背後ではこれみよがしに溜め息をつく、見た目だけは美しく心は氷のように冷たい僧侶エタルシア。その横では魔法使いのハリミが無表情で俺を見ている。やめてそんな目で俺を見ないで、ゾクゾクする!
 ──という冗談はさておいて。

 勇者に戦士に僧侶と魔法使い。この世界でトップクラスの有能な仲間と共に過ごしてきた日々も、もうすぐ終わる。俺の勇者としての冒険はこれにて終わるのだ。
 魔王の残党はまだまだ多くて、魔族に知能の低い魔物がわんさかいるが、その程度ならば俺じゃなくても普通の冒険者達で対処できるだろう。
 俺はもう疲れた。なにせ30代、すっかり歳をとった。この歳で魔王を倒したのだから、引退したところで誰も文句は言わないだろう。

 目の前では今もって感謝の言葉を述べ続ける国王がいる。その口から褒美の話が出るのはもうすぐだろう。
 褒美をもらったら、俺はどこか遠くの僻地へ行こうと思う。そう、俺が勇者だと誰も知らないような遠い異国へ。そこで俺は一生遊んでも使いきれないほどの金でもって、悠々自適なお気楽生活を送るのだ!
 考えただけで楽しみだ。これまでずっと苦労してきたのだ、それくらい許されると思う。

「ふ、ふふふふふ……」
「レオン、気持ち悪いぞ」
「レオンが気持ち悪いのは前からでしょ」
「レオン、ゴミ」

 三者三様、仲間の優しい言葉が身に染みるぜ。てかハリミのは完全に悪口だよな!?
 その後、王は思った以上の褒美をくれて、俺達のパーティーは解散した。さらば故郷ガーランド、さらば楽しく愉快で鋭いツッコミくれた仲間達。
 何日も続く国を挙げての宴が終わる頃、俺はひっそりと姿を消した。後世まで語られる冒険譚を残して。

* * *

 時は流れる。何があろうとも、どのようなことが起ころうとも。時は全ての生命に平等に流れた。
 そして魔王が勇者に倒されて10年が過ぎる。

 ──これはすっかり平和が定着し、片田舎で平穏に暮らす40歳のオジサン物語である。

* * *

 ザクッと小気味よい音を立てて、クワが地面に突き刺さる。ザクザクッとテンポよく畑を耕して、今日の工程を終わらせた俺は感慨深げに広大な大地を見渡した。田舎の良いところは土地が広いって点だよな。この農地も格安どころか、ほぼタダで手に入った。

「よしっと、今日の作業終わり! 明日は肥料を撒いてなじませて……種まきは来週くらいかな」

 独り言の後に額の汗をグイと拭い、俺はクワを片付ける。故郷のガーランド国を出て、小さな国の端の端、辺境の片田舎で暮らし始めて早五年。農作業もすっかり板についた。
 ボサボサの黒髪に、顎に生やした無精ヒゲ。40歳になった俺のことを、かつて魔王を倒した最強勇者だとは誰も思うまい。ちなみに金髪は目立つので魔法で黒に染めた。真っ黒は不自然なので、最近は白髪交じりにするというこだわりようだ。

「よおレオン、今日はもうしまいか?」片田舎の小さな村。一人の村人が俺に声をかける。
「ああサージェン、まだ土壌作りだから今日は早いんだ」手を上げて答える。
「そうか、なら今夜はうちに飲みに来いよ。一杯くらいなら奢ってやる!」
「どうせ安酒だろ?」
「たりめーだ」
「よし、行く」
「おう、待ってるぞー」
「カワイ子ちゃんを用意しといてくれ」
「安心しろ、うちの美人なカミさんが待ってる!」
「心から遠慮しとく」

 こんな田舎に住むなんてと最初は物珍しがられたものだが、今じゃすっかり村になじんだ。軽口をたたき合うほどには村人とも仲良くなっている。
 過去は詮索されない。こんな田舎に移り住む者なんて、何かしら過去を持っていると推測されて当然だから。
 それに俺の体には無数の傷がある。カタギな職業じゃないことくらい、一目瞭然。それでも村人たちは何も聞かずに俺を受け入れてくれた。だから俺はここで五年も暮らせているんだ。

 それまでの五年はひどいものだった。いや、好き勝手生きてたんだけどな。
 なにせ王から一生遊んで暮らせるほどの褒美を貰ったのだ。最初の頃は調子に乗って、酒に女にギャンブルにと使いまくった。それでも無くならない金に、俺はすっかり自堕落な生活を送るようになった。

 だが年月は残酷なもので、魔王を倒して一年もすれば、魔王を倒した勇者なんて肩書きは意味をもたなくなる。
 金はあるから女も酒も手に入るが、心はけして手に入らない。俺が元勇者? だからなに? という目でもって、俺に接する金の亡者を前にして、俺の心はすっかりすさんでしまった。
 かつて俺には仲間がいた。あいつらは俺に冷たい言葉を投げても、その実、想いやってくれているのが分かったものだ。その逆の状況に嫌気がさして、魔王を倒して四年後には安住の地を探して旅に出た。
 そして行き着いたのが、この小国のド田舎村である。

 この村はいい。誰も勇者レオンの顔なんて知らないし、同じ名前だからって勘繰ることもしない。もし俺が勇者だと知ったところで態度は変わらないだろう。
 みながみな、日々を生きることに必死。どこぞで魔族や魔物が出ようと、知ったことではない。ただ自分達が平穏に生きていられるならそれで良し、という考えなのだ。
 そしてこんな田舎に目を付ける魔族はいない。知能の低い、獣のような魔物は出るが、そんなにレベルが高いわけでもない。屈強な村の男たちが全て退けられる程度だ。
 この村に住んで五年、俺は一度も剣を使っていない。握るのは農機具だけ。

 きっと俺はここで、平凡なオッサンとして、平凡に農業こなして生き、そして死ぬんだろうな。
 そう思っていた。今の今までは。

 しかし運命は時に突然荒ぶり、転換する。
 居酒屋の主、サージェンと軽口たたいて帰ろうとしたその時だった。血相変えて村人の一人が走って来たのは。

「大変だ、魔物が出た!」
「なんだまたか。最近多いな」

 息を切らせて走って来た村人に溜め息ついて答えるのは、サージェンだ。村一番の腕っぷしなサージェンが、魔物退治の指揮をとる。
 サージェンはやれやれといった感じで店の中に入り、斧を持ってすぐに出てきた。

「どこだ?」
「あんた一人じゃ無理だ、数が多い!」
「そうか、なら他の連中も呼んで来てくれ。で、どこだ?」

 先に行ってる、とでも言い出しそうなサージェンに、しかし村人は首を横に振った。

「だからあんた一人じゃ無理だって! ここ数年なかった大量発生……魔物が森から大量に湧き出てきやがったんだ! 俺一人だったからダッシュで逃げてこれたが……とにかく、あの数を一人で対処は無理だ!」
「なんだとお? 仕方ねえ、戦える男ども全部呼べ。女子供老人は避難所に向かうよう伝えろ」
「分かった!」

 サージェンの指示に頷いて、村人は「魔物が出たぞ! 男は武器を持て、女子供に老人は避難所へ!」と叫びながら村中を駆けていく。
 それをなんとはなしに見送っていたら、ポンと肩に手を置かれた。サージェンのゴツゴツした手だ。

「レオン、お前も避難所へ……と言いたいところだが、一人でも手は欲しい。なにか武器持ってるか? ないならクワでもいい。なに大丈夫、お前は後方で待機してくりゃいいんだ。俺らが取りこぼした敵が村に向かわないように食い止めてくれりゃあいい」
「分かった。なんか武器になるもの取って来る」

 頷いて俺は自分の家へと向かう。俺とは逆に、サージェンと共に魔物の発生ポイントとやらへ向かう男たちが、ワラワラと出てきた。それとは真逆の方向、避難所へと向かう女子供も見える。それをチラリと横目で見てから、俺は家に入った。

「さて、どうしたものか……」

 村に住んで五年、これまでも魔物が同時に複数出たことはある。数体程度ならばサージェン達は易々と退治していた。が、それを知ってなお、あの村人は無理だと血相変えて言っていたのだ。つまりはそれだけの大量の魔物が押し寄せているということ。
 平穏な村でも、こういった危機は数年に一度は起こる。それが今ということ。

「久々にこいつの出番かな?」

 あまり目立つことをしたくないと思って、俺は一度も魔物退治に参加したことがない。戦えないとうそぶいて。無駄なく鍛え上げた肉体は、ともすれば細身に見える。そんな俺が戦えないと言って、疑われることはなかった。
 このまま正体をずっと隠して、生きて行ければ良かったのだけれど。
 だが村人の命に関わるとなれば別だ。酒に女に欲に溺れた過去があっても、腐っても俺は勇者。人々を守りたいという気持ちは消えることはない。

「手入れしてないってのに、曇り一つねえや。さすがだな」

 ベッドの下に隠しておいた俺の剣。勇者のつるぎ。鞘からスラリと抜き放てば、ギラリと輝く刀身。
 かつて、人が滅び魔物の巣窟となった街があった。魔物が支配してなお、女神の守護が生き続け聖域となった教会に保管されていたそれ。その女神の剣が俺の最後の武器となり、俺は魔王を倒した。女神の剣は、今や勇者の剣だ。
 防具やら冒険中に得た物はほとんど手放した。だがこれだけが唯一俺の手元に残り……いや、残した。俺が勇者である唯一のあかし

「相棒、久しぶりに魔物の血を吸うか?」

 俺の問いに応えるように、刀身が一瞬キラリと輝いた……気がした。
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