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第三章~母
6、
しおりを挟むなぜ葬式の日は雨が降るんだろう。そんなものドラマとか創作の世界だけの話だろう?
ボンヤリと焦点の合わぬ俺の目が見つめる先には、鬱陶しいくらいに降り続ける雨。地面を激しく打ち付ける土砂降りだ。
空が俺の代わりに泣いてくれてるんだな、なんてことは考えない。──だって俺には泣く資格なんて無いのだから。
チラリと視線を横にずらせば、今日が誰の葬式かすぐにわかるように名前の書かれた大きな看板が見てとれた。
そこには【相良博美】と母の名前が明記されている。
「強盗ですって。恐いわねえ……」
「まだ息子さんは高校生なんでしょ? 父親はとうに亡くなっていて、今度は母親が……気の毒に」
雨がうるさくて会話するのも苦労するほどだというのに、なぜかハッキリと聞こえてくるヒソヒソ話。小声でかわされるそれは、否応なしに俺の耳に入る。
『知らない男が入っていくのが見えて……なんだかおかしいなと玄関先で聞き耳を立てていたんです』
一命をとりとめた新井刑事は、病院でそう早川刑事に話したそうだ。
あの日、母さんが家に帰るのを新井刑事はちゃんと車から見ていたのだ。母さんはすぐに家を出るつもりだったのだろう、家に入っても施錠しなかったようで、直後に現れた男が難なく家に入って行ったのだと。不審に思った新井刑事は玄関先まで行って……母の悲鳴を聞いて中に飛び込んだらしい。
それからはあっという間だったとか。
強盗と揉み合う母、強盗の手には包丁。母は血まみれになりながらも必死で抵抗した。だが新井刑事が入るタイミングは一瞬遅く、刑事の目の前で母は強盗に刺されてしまった。
拳銃を抜いた新井刑事に、殺気だった強盗が襲い掛かる。撃つどころか威嚇する間もなく、刑事と男は揉み合いに。その際に放たれた銃弾で、強盗は絶命する。揉み合った際に男が持っていた別のナイフが新井刑事に大怪我を負わせ、刑事もまた床に倒れ込んだ。
その後に早川刑事が、次いで俺が駆け付けた、と。
『でもね、変なんですよ……』
そう新井刑事は言って、首を傾げたそうな。
『俺はたしかに相良君のお母さんが襲われたのを見たし、助けに入ろうとしたんです。残念ながら間に合いませんでしたが……それはともかく、俺は確かに見たんですよ』
『なにをだい?』
『神澤伊織が襲われているのを』
早川刑事の問いに、新井刑事はハッキリ答えた。
『相良君の話を聞いていなければ、ショックによる一時的な記憶障害だと思うでしょう。ですがあれは見間違いなんかじゃあない。相良君のお母さんが家に入り、次いで……神澤伊織が家に入った。強盗はその後だったんです』
その言葉に、早川刑事は眉を上げた。
『見たと認識しているのは、母親と強盗の揉み合い……だったはずなのに、記憶の片隅で別の記憶がある。神澤伊織が強盗と揉み合っていて、今まさに刺されようとする瞬間の記憶が』
それはショッピングモールで俺が見た、伊織と奥田の入れ替わりにあまりに酷似している状況。
『気付いたら神澤伊織は床に倒れていて、相良君の母親が刺されて倒れていたんです』
その話を早川刑事から聞いた俺は、心臓がドクドクと激しく鼓動するのを抑えきれなかった。平山同様に、新井刑事も入れ替わりを見たのだ。証拠も何もない、証明なんてできない。だが記憶が真実を教える。
『信じてなかったわけじゃないが……新井君が言うんだ、これで相良くんの話が本当だと裏付けされたね』
そう言って早川刑事は笑った。ちっとも嬉しそうでない、乾いた笑いを。それを呆然としながら聞いた俺の前には、霊安室に安置された母の遺体。
何も答えず無言の俺の肩をポンと叩いて、早川刑事は出て行った。
俺は母の遺体に何も声をかけることができなかった。
そうして今日、母の葬儀が執り行われている。みなが俺を腫れものを触るかのように接する。久しぶりに会った祖父母でさえも。
父方と母方、両方の祖父母……特に母方の祖父母は泣きはらした目で言った。
「もし良善君さえ良ければ、うちにいらっしゃい」
図体はでかくなっても、俺はまだ高校生で子供。一人で生きていくには不安があるだろうと、双方の祖父母から声をかけてもらった。だが俺は首を縦にも横にも振ることができない。
祖父母もすぐの返事を期待していないのだろう。「考えておいてね」と言ったきり、その話題は口にしない。
ただ今は、葬儀に集中して涙を流している。
放心状態の俺に話しかけてくる人は、祖父母以外いない。葬儀は厳かに執り行われ、気付けば火葬場に着いていた。母との最後のお別れの瞬間だ。
母はとても綺麗な顔をしていた。プロの手にかかったのだから当然かもしれないが、まるで生きているかのよう。
そっと頬を撫でれば、とても冷たい。優しくて温かい笑みをいつも浮かべていた母は、もうどこにも居ない。
父が死んで、母一人では苦労したことだろう。子供の俺には想像もつかないほど大変だったことだろう。
だというのに、母は一切弱った姿を見せなかった。大変だと、しんどいと言ったのを俺は聞いたことがない。
(けして弱音を吐かない、強い人だった──)
けれどどんなに強くても、強盗に敵うものではないのだ。
守るべきだった。
俺が、守るべきだったんだ。
(俺が死なせた)
選択したからではない。
黒い球体による強制力だったとしても、刺した犯人は別にいようとも。
真の殺人犯は、俺だ。
違うと逃げたくなっていた、俺は夢で選んだだけだとどこかで責任から逃げていた。
そんな俺の弱さが母を殺した。
俺の弱さが母を選び、母を死に追いやった。
「ごめん」
呟けば、涙が一筋こぼれた。
「ごめん、母さん」
もう一度言えば、涙が止まらなくなった。どんどん流れる涙に、祖父母もまた涙する。
火葬場に、ボロボロと泣き続ける俺の嗚咽が響き、雨音にかき消された。
* * *
「高校卒業まで、ここに住もうと思います」
心配だからと家に寝泊まりしてくれたのは、母方の祖父母だった。
血で汚れ荒らされた家の中は、祖父が頼んでくれた清掃業者によって綺麗になった。もちろん現場検証もとうに終わり、警察からの許可を得て、である。
母の死から随分と日が過ぎていた。気付けば俺はもうすぐ高校三年生が迫っている。
とはいえ今のままでは高校卒業も危うい。事情が事情だけに、救済措置として大量の課題が渡されていた。そして春休み前に、俺だけのテストが行われることが決まっている。毎日勉強に追われ、悲しむ暇もないくらいに忙しい。
そんなある日、俺は祖父母に今後のことを伝えた。卒業までここに住む、と。
「卒業したらどうするの?」
「それは……家を出ようと思います。一応希望の大学があるんですが、そこはここからは遠くて……ならいっそここは手放して、心機一転新しい場所で一人暮らしを始めようかと」
「そう……そうね。今更転校なんて大変だものね」
「はい」
心配そうに顔を曇らせるも、俺の意思を変えることはできないと判じ、祖母は寂しそうに笑う。
一人娘の残したたった一人の孫。その俺を心から案じてくれているのが分かって、少し申し訳なく思う。
「この家を手放す時には私に言いなさい。ちゃんとした業者で手続きしてあげるから」
「はい、その時にはお願いします」
祖父の言葉がありがたい。
「時々、来てもいいかしら?」
「もちろん」
おずおずと聞いてくる祖母にニコリと微笑んで頷けば、安堵の笑みが返って来た。
しばらくして、祖父母は自分達の家へと帰って行った。最後の最後まで、俺のことを心配して。
何度も振り返りながら帰って行く祖父母に、俺は心の中で謝った。
ごめんなさい、と。
俺は自分で母の死を選びました。
あなた達の大切な一人娘を奪ったのは、誰あろう孫の俺なんです、と。
罪滅ぼしになるとは思わない。だがそうすべきことを俺は心に誓う。
終わらせてみせますと心の中で呟く。
(黒い球体の件、必ず決着をつけてやる──!!)
方法なんて分からない。どうすべきかなんて、まだ何も考えていない。
だがこのままでいいはずがないのだ。
始まりがあったのだ。終わる方法だって必ずあるはずだと、俺は固く決意する。
そうして静かな一人暮らしが始まった頃。
一人寂しく夕飯を食べる俺のもとに、早川刑事から連絡が入った。
『八年前の件で行方不明になっていた元教師に会ってきたよ。キミも一度、会ってみるかい?』
以前はできないと言っていたのに、許可をとってくれたのだろうか。
だがいい、過程はなんだっていい。重要なのは会えるという結果だ。
「会います」
俺は電話に向かってハッキリと答えた。
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