神様の成れの果て

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14. 裏切

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「墨怜危ない!」

 え。

 不意に肩を抱き止められ、気が付けば練太郎くんの腕の中にいた。思わずお弁当バッグを落としてしまい、彼の上半身に身を預ける形になる。
 
 その瞬間、窓にビタンという張り付いた音がした。恐る恐る首だけを動かすと、教科書が開いたまま床に落ちていた。

 もしかして、練太郎くんに助けてもらえなかったら……。考えるだけで背筋が凍った。
 
「おい! 危ないだろ!!」

 練太郎くんが珍しく声を荒げる。廊下を見ると他クラスの男子たちが「やべっ」と不味い顔をしていた。
 すると、一人のクラスメイトが現れて、

「井戸口わりぃ、怪我はなかったか」と声をかける。

 きっとあそこの集団と仲が良いのだろう。大丈夫だと頷くと、「おい何してんだよー」と向こう側に向かって茶化した声を投げかけた。

「手塚も泰泉寺も悪かったなー」

「ほんまや。怪我でもしたらどーするん。きぃつけ」

「わかったー」

 軽い返事をしてそのクラスメイトは教室の外へと向かった。練太郎くんは彼の後ろ姿をじっと睨み付けていた。

「れ、練太郎くん……」

「……」

「練太郎くん、近い」

「あ! 悪い。墨怜、怪我はないか?」

 練太郎くんは以前の時のように顔を伺う。思わず下を向いて練太郎くんの視線から逃げたくなった。それでも、「顔を見せろ」と迫る手に必死で首を振った。

「ない、ないよ」

 僕は今、人に見せられない顔をしている。
 そして、これまでで新たに芽生えた感情の正体わ改めて思い知った。

 僕、練太郎くんのこと好きなのかも。

 そう自覚した時には、今の状況がとても恥ずかしいものだと気づき、僕は直様練太郎くんから離れた。本人は驚愕した様子だったが、その時朝の会のチャイムが鳴り始め、運良く事なき終えた。

 
 授業も終え、放課後へと経過する。僕はまた道場にやって来て、練太郎くんの手伝いに取り掛かっていた。
 稽古時間も終わり、部員メンバーがぞろぞろと帰っていく中、道場には僕と練太郎くんの二人だけだ。

「もうすぐ大会だね」

「あぁ。そのせいもあってか、みんな気を引き締めて稽古に励んでいるんだ。技に磨きがかかった人も増えてきた」

「そうだね。ねぇ、練太郎くん。ちょっと話したいことがあって」

「……どうした?」道着姿の練太郎くんが近寄る。

 視線を合わせようと上を見ると、どこか待ち侘びた様な顔をした彼が凝視している。

「告白のことなんだけれどさ……。僕……」

 そこまで言おうとして、息を止めかける。

 ドクドクドクドクドクドク。

 心臓が痛い。はぁはぁという疲れた息が止まらず、練太郎くんに五月蝿いと思われていたらどうしよう。

 視界の外で汗が垂れ落ちる。汗で濡れた頬が段々と痒くなって思わず掻きたくなった。

「墨怜……?」

「僕も、練太郎くんのこと好きかも」

「それは、本当か?!」

「うん」

 言った。
 言ってしまった。

 猿喰の事も過るが、今は頭の中に練太郎くんの顔がちらつく。

「だから、付き合ってほしい……です」

 突然、視界が真っ白になる。目の前にいた練太郎くんは消えており、練太郎くんは僕を抱き締める形になっていた。
 練太郎くんの道場着の匂いが充満する。

「嬉しい……。本当にいいのか?」

 練太郎くんは僕の存在を確かめる様に背中に手を添える。肩に埋め、くぐもった息がくすぐったい。

「うん」

 何と答えて良いか分からずただ頷く。それでだけでも練太郎くんは嬉しそうな声色で「絶対に幸せにする」と言い遂げ、更に強く抱きしめた。

 僕もそれに返すよう、彼の広い背中に腕を回した。



【猿喰視点】

 坊と揉め合って一日が経とうとしている。俺は坊の高校正門前で待ち伏せている。

 今朝は昨日の件があってからか、坊がぎこちないのも丸分かりだった。あのオドオドした感じが可愛くて堪らない。

 だけど、昨日と今日で少し冷たい反応をしすぎたのではないか?
 まぁいい。気にする必要はない。

 だが、いつもの時間になっても坊の姿が見られない。もしかしたら何かあったのかもしれないと勘付くが、間も無くして坊が歩いてくるのが見えた。

 俺は急いで駆け寄ろうとするもすぐに止めた。坊の隣には先客がいたのだ。

「……は?」

 俺と同じ背丈の男子生徒。ガタイも良く凛々しい顔立ち。

 確か名前は、手塚練太郎だったか。坊の話でよく出てくるので、しっかりと名前も覚えている。

「まさか、こいつが?」俺は訝しげに二人を睨み付ける。

 こいつが、坊に告白してきた奴で、坊をあんなに誑かしている奴?

「……あぁ。そう。そうか」

 これは罠だ。
 俺と坊の関係を引き裂こうとする罠なのだ。

 そう心の中で呟くと、それが徐々に確信へと変わり、思わず笑えてくる。

 なら、さっさと尻尾を捕まえて始末しないと。

 ぞろぞろと下校する生徒たちが俺を見つめる。視線を飛び交わし、何やら静かに騒いでいる。俺を見て内緒話をする者もいた。

 確かに今の俺は側から見れば不審者だ。一人で笑っている、加えて黒ずくめのスーツと学校の者ではないのも一目瞭然。

 このままだと坊に見つかってしまうな。
 そろそろ仕事の時間にもなるし、逆井さんに小言を言われるのは面倒だ。

 俺は坊たちの様子を焼き付けてから、学校を後にした。



【墨怜視点】
 
 夜。
 夕食と入浴も済ませ、そそくさと自室へと閉じ籠り、練太郎くんと通話をしていた。

「うんうん。それでね霧雨くんがね……」

 練太郎くんは僕の話をよく聞いてくれる。面白いなとか反応して、喉奥で笑う声に心臓がドキドキする。

 練太郎くんって結構笑い声を上げる人なんだな。

 どちらかと言えば寡黙そうな方で、お調子者の霧雨くんとかを咎めたり、偶に悪戯で茶化したりという言動がある。
 大人っぽいと言う第一印象が抜け切れてないのか、いつもと違うギャップにドギマギしていた。

 何より、耳元で声が聞こえるから側に居るみたいで恥ずかしい。恋人になることって、こんなに緊張するんだ。

 練太郎くんの話を聞きながら、荒ぶる心をギュッと抑えていた。



「じゃあな、墨怜。おやすみ」

「うん。練太郎くんもおやすみ。また明日ね」

 練太郎くんとの通話を切り、自分もそろそろ寝る準備をする。一度部屋を出ようと自室を開けた時、歩幅二歩分先に人の気配を感じた。

「……猿喰?」

 僕は思わず呟く。すると、黒い影がゆらりと動き始め「坊」という僅かな声が返って来た。

「さ、猿喰?!」

 本当に猿喰だったなんて……。

「こんな時間まで電話ですか?」  

 唐突な質問に僕は気まずさそうにする。もしかして、話し声が一階にまで響いてたのかも。後でケラトたちにも謝っておこう。

「あ、うん。クラスメイトとね……。もしかしてうるさかった?」

 敢えてぼやかして言うも猿喰は「いえ、そんなことはありませんよ」特段と気にする素振りはない。いつもなら「誰?」「名前は?」と聞く癖に、調子が狂う。

 ……それもそっか。
 僕、猿喰に「大嫌い」なんて言っちゃったんだから。きっと愛想尽かされちゃったんだ。

 いや、本当は愛想なんて元々なくて、仕事だからと言う理由で僕に近付いて来てるんだ。事細かく聞くのも、兄さんの命令に従ってるだけ。

 僕、練太郎くんと付き合い始めたのに、何で猿喰のことばかり考えてるんだ。

「坊?」

「……猿喰はさ、僕のことどう思ってるの?」

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