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48話:冒険者登録試験 フィリア
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後ろでひとつに纏めた秋の麦畑を思わせる黄色い髪をを揺らしながら、リアナは再会の喜びからか軽やかな足取りで近付いて来る。
「あれ? よく見たら、お嬢様もいるじゃん⁉」
「お久しぶりです、リアナさん。先日はお世話になりました」
「いやいやそんな、私たちは大したことはできてないですよ。それよりも、なんでカルディナに? まさかまた冒険者に依頼を出すの?」
「いいえ、今回はそういうわけではなくて……」
リアナと親し気に話す俺たちの様子に、職員は軽く驚いたようだ。
「お二方はリアナさんとお知り合いだったのですか?」
「ああ。少し前まで彼女と二人の冒険者に村が世話になってな」
「村が……そういえば、例の魔物が出たと言われた場所の名前はロスウェルとかいう名前だった気が……なるほど、そういうことだったんですね」
俺の言葉を聞いた職員は納得したような表情を浮かべ、かと思うとしばらく思案したのち軽く頷いた。
「丁度良いところに来ましたね。リアナさん、協会から一つ依頼があるんですけど、受けませんか?」
「協会から私に依頼?」
職員がこれまでのいきさつを軽く説明する。
俺たち二人が冒険者になると知ったリアナは大いに驚き、そしてすぐに楽し気な笑みを浮かべた。
「なるほど、それで教官ができるCランク冒険者が必要だと。アゼルはともかく、まさかお嬢様まで冒険者になるなんてねー」
「はい。リアナさんはつい先日Cランクに昇格しましたばかりですが、これまでの実績から教官を務める資格は充分にあるかと。幸いお二人とも面識があるようですし、リアナさんも初の教官役としての経験を積むには良いかと。どうです、受けていただけませんか?」
「要は、冒険者として最低限やっていけるかをチェックすればいいのよね? もちろん受けるわ! 言っておくけど、知り合いだからって忖度はしないからね?」
「はい! リアナさん、胸をお借りします!」
リアナの挑発的な宣言に、フィリアは闘志を燃やしたようだ。
そういえばCランクとなると、新人の教育をする仕事が回ってくるようになるとカイルが言っていたな。
リアナのやや調子乗りがちな性格から、こいつに教官が務まるのかと俺は一抹の不安を覚えたが、カイルや職員の態度を見るにかなりの信頼を得ているようだ。
考えてみれば、俺たちと同い年くらいであるとは言え、彼女は冒険者としては大先輩だ。実際喰血哭戦で見せた動きもかなり良かったし、俺がとやかく考えるよりも協会の評価を信じるのが良いだろう。
「リアナさんの依頼の受理を確認しました。それでは皆さん、訓練場へ案内しますね」
カウンターから出た職員が俺たち三人を建物の奥へと案内する。
職員の先導のもと、俺たちは建物の裏手にある広い庭に出た。庭の中央は広間となっており、そこで試合などができるようになっているようだ。
両端には何体かの訓練用の案山子が立っており、片側には近接武器用と思わしき案山子が、もう片側には弓用の的が立っている。
建物の壁近くには屋根があり、その下には多種多様な形態の木製の武器と、観戦用の簡単な椅子が並べられていた。
「それでは試験の内容を説明します。と言っても、ルールは単純です。教官と五分間の試合をすることです。受験者のお二方には、この五分の間に自分が魔物と戦っても生き残れるということを教官に証明してください。教官のリアナさんは受験者との手合わせで、お二方が最低でもEランクの魔物とも戦えるかどうかを調べてください」
「わかった」
「わかりました」
「今回、フィリア様とアゼルさんはお知り合いということですので、試合の形式を「一対一」か「一対二」のどちらかを選ぶことができます」
「うん? 試験なのに複数人で戦ってもいいのか?」
受験者の実力を測るための試験だというのに、複数人で戦ったら意味がないと思うのだが……。
「問題ありません。冒険者は複数人のパーティーを組んで依頼に当たることが多いです。お二方も、冒険者になったらパーティーを組むのでしょう? 例え一人の力が足りなかったとしても、力を合わせて魔物から生き残れるのであれば問題はありません。もちろん、どちらも強いに越したことはありませんが」
なるほど? 確かに単独で動く冒険者というのはあまり聞かない。二人であろうが四人であろうが、しっかり依頼をこなせて、かつ魔物と戦って勝つか逃げるかできさえできれば良い。協会側からしたら、たとえ二人で一人前だとしても、死にさえしなければ良いというスタンスなのだろう。
「受験者は教官に攻撃を一撃当てるか、五分間倒れることなく戦い続けることを目標にしてください。教官のリアナさんは自身がEランクの魔物であると仮定して、受験者の実力を測ることに集中してください。禁則事項としましては、過度な攻撃をすること。いちおう危険だと思ったら、審判の私が注意しますが、制止を無視した場合は失格となります。これらのルールを守りさえすれば、後は何でもありです。武器は訓練用の物をお渡ししますが、魔術の使用も許可しています」
「はい! 質問よろしいですか――魔術の使用も良いとは仰いましたが、身体に当たった場合の安全策はあるでしょうか?」
「もちろんあります。試合開始前に、皆さんには腕輪型の魔道具を装備していただきます」
職員はそう言うと訓練用の武器が置いてある棚から三つの腕輪を持ってきた。
「こちらは【石膚】の魔術が付与された魔道具で、装備した人の身体を硬化させる効果があります。これを装備していれば、よほどの威力の魔術でなければ怪我をすることはありません」
渡された魔道具を見てみると、腕輪には黄色い魔石が付いてあり、魔力を流さなくても常時発動するようになっていた。試しに手首に嵌めて軽く自身の腕を叩いてみると、普段よりも身体が固くなっている……ような気がした。
「フィリア、どんな感じだ?」
「うん、私の方も問題ないわ。魔術学院では、これよりも強い魔術が付与された物を使っていたけど、これでも十分身を守ってくれるはず」
「そうか……ならまあ、大丈夫だな」
俺の方は魔力の質が異なっているから、魔道具の効果がほぼ皆無。それどころか俺の魔術行使の阻害にもなっているが……まあ、五分程度の試合であれば大した問題はない。魔術も使えないわけではないことだし、何だったら途中で外せばいいか。
「以上で説明は終わりです。質問が無いようであればさっそく試合に移りたいと思いますが、形式はどうされますか?」
「どうするフィリア? 二人で戦うか、それとも一人で戦ってみるか?」
「うーん、そうねえ……別に、戦えることを証明すれば、リアナさんに勝つ必要はないのよね?」
「そうね。どんな方法であれ、アタシを納得させればアンタたちは冒険者になれるよ」
「……なら、ひとりで戦ってみようと思う。今の私が、Cランクの冒険者にどこまでやれるか確かめたい」
「わかった。なら先にどうぞ、出来ることを全力でやれよ」
話が纏まると、俺と職員は観戦席へ離れる。
教官のリアナは木造の短剣を二本持ち、フィリアは自前の杖を握って、二人は訓練場の中央へ向かった。
広場の中央でリアナは短剣を自然に下ろした形で構え、対するフィリアは杖を前方に向けていつでも魔術を放てる状態をとった。
二人の準備が整ったと判断した職員は、腕を高く上げて合図の構えを取る。
「両者準備は良いですね? それでは――――始め!」
職員が腕を振り下ろして合図を出す。しかし両者は武器を構えたまま一歩も動かず、そのまま数秒の睨み合いが続いた。
てっきり試合開始と同時にどちらかが動くだろうと思っていたのだが、予想に反して二人ともなかなか動かない。だが相対する二人の心境は、どうも正反対である様子だ。
リアナがゆったりとした余裕のある佇まいであるのに対し、フィリアは気を張り詰めてリアナの動きを最大限警戒している。
「どうしたのお嬢様。ほらほら、早く動かないと時間がきちゃいますよ?」
リアナが軽く挑発するが、フィリアは動かず静かに魔力を練っている。
ふむ、リアナに先制を打たせたいのかな。いつものように【炎昇】で目を眩ませて、その隙に速い魔術で畳みかける作戦か? 確かに初見では小悪鬼や木陰狼には有効だったが、Cランクの冒険者相手に通用するかどうかは……いや、この魔力の量は――
「敬語を使う必要はありませんよ。どうかフィリア、と呼び捨てにしてくださいリアナさん」
「本当? ならアタシのこともリアナって呼んで。ついでに敬語もとっちゃってよ」
「……わかったわ、リアナ」
「それで良し! ほら、先手は譲ってあげるから、全力で魔術を撃っちゃいなさい。このままだと、不合格にしちゃうよ?」
「そう、それなら遠慮なく――【紅蓮の焔槍】!」
リアナの挑発に乗ったわけではないだろうが、フィリアが先手で放ったのは火属性中級魔術の【紅蓮の焔槍】だった。フィリアがすぐに動かず軽い会話に興じていたのは、おそらく詠唱無しで【紅蓮の焔槍】放つための時間稼ぎが目的だったのだろう。前回は詠唱をしなければ打てなかったが、この短期間で詠唱を破棄して打てるようになったとは恐れ入った。
側で見ていた職員も、フィリアが中級魔術を使えるとは思っていなかったのか驚きの声を漏らしている。
「おお、やるぅ! でも残念」
対するリアナは驚きはそこそこに、迫り来る紅蓮の槍を身を屈めることで回避した。リアナも初手から中級の攻撃魔術が飛んでくるとは予想していなかったようだが、流石にあれだけ魔力を練っていれば魔術の発動タイミングと威力くらいは見抜くか。
彼女は低い姿勢のまま地面を蹴ると、急速にフィリアへ迫る。
フィリアは無詠唱で【小焔球】を放つが、リアナは横へ大きく迂回してそれも避ける。
「なら――【小焔球】!」
今度は同時に三つの火球を生み出すと、リアナの周りを大きく囲うように放った。
あれは――昨日の俺のアドバイスか。身軽なリアナを相手にさっそく試してみたというわけか。
だが――
「甘い! これくらいなら簡単に避けられるわよ!」
爆風による足止めを狙ったのだろうか。三つの火球はリアナの左右と背後に飛んで行ったが、火球が爆発するよりも先に、リアナは火球の間を抜けて前方へ――フィリアに向かって勢いよく跳ぶ。
リアナの後方で爆発が起こるが、そのころにはリアナは爆風の範囲外へ逃れていた。
惜しいな。火球を三つではなく四つにすれば隙間を埋められたかもしれないが、魔力をケチったのだろうか?
「いや、違うか――なるほど、意外と大胆なことをするな」
リアナが【小焔球】の囲いから抜け出したのと同時に、フィリアは【炎矢】を複数放っていた。
おそらく完全に囲わなかったのは、リアナの進行方向を誘導するため。自身の方向を開けていたのは、リアナのスピードを利用してただでさえ弾速の速い【炎矢】を当てやすくするためか。
よりスピードを出すためか、リアナの走り方は僅かに前傾姿勢になっている。あれなら確かに素早く足を前に出すことができるが、逆を言えば急に止まることが難しい。
リアナが後ろに下がるには一度身体を起こして止まる必要があるが、踏鞴を踏むその一瞬の間に【炎矢】は届いてしまうだろう。止まらず回避したとしても、無理に身体を捻ることになるから少なくとも体制は崩れる。
それを見越して、フィリアは複数の矢を放っている。止まるにせよ左右に避けるにせよ、ほぼ確実に当たるようにしている。最初の【紅蓮の焔槍】の避けられたことで学習したフィリアは、下を潜り抜けられないように低い位置にも【炎矢】を放っている。
逃げ場は限られている。これが先日の木陰狼戦であれば、文句なしに満点を出せただろう。
「ふっ――!」
「なっ⁉」
だが今の相手は木陰狼ではなく、知能の高い人間であり経験豊富なCランク冒険者だ。
リアナは止まるでも左右に動くでもなく、地面を強く踏みしめそのまま高く跳躍して矢の群れを回避した。跳び上がった高さは人間の身長を軽々と超えており、その跳躍力は地穿鹿を彷彿とさせた。
「ま、魔術を使えるんだから身体強化は当然できるよな」
リアナの高い跳躍力は魔力による身体強化の恩恵によるものだろう。
身体強化の術は二種類の方法がある。魔術による強化付与か、魔力を身体全体に流すことで起こる自前の身体機能の強化だ。
これらはぞれぞれ「魔術強化」と「魔力強化」と言われているが、この二つをまとめて「身体強化」と呼んでいる。結局魔力を使って身体を強くしている点では同じだからな。
ただ当然、魔力で強化するよりも魔術による強化の方が効果は高い。あくまで魔力強化は魔術を修めていない者の代用のような技術だが、詠唱を必要とせず魔力を流すだけで筋力増強や皮膚の硬化を行えるため、戦士などからは好まれている技術だ。
魔術には劣るとは言ったが、熟練の戦士が使えば下手な強化魔術に匹敵する程の効果が出る。故に、なかなか馬鹿にできない技術だ。
「筋は良かったけど、残念! これで一本――」
「――【魔術障壁】!」
「うえっ⁉」
リアナが上から振り下ろした木剣が当たる寸前、フィリアが展開した魔術防壁によって阻まれた。まさか防がれると思っていなかったのか、リアナは驚きで一瞬だが空中で動きが止まった。
だがそれも一瞬だけだ。リアナはすぐに【魔術障壁】の防壁を蹴って、空中からの離脱を図る。
「「え?」」
しかしその時、予想外のことが起こり、離れて見ていた俺と職員は思わず呆けた声を零した。
てっきりこのまま地面に降り立ったリアナが絶え間ない連撃で防壁を砕くかか、フィリアが魔術を放って反撃をするのかと思っていた。
しかしフィリアは【魔術障壁】を解き、あろうことかその手に握っていた杖すらも手放した。
突如【魔術障壁】が解かれたことで魔力防壁を足場にしようとしたリアナの足は空を蹴ることとなり、そして――
「やあああーーー!」
「えっ、ちょ――ひゃあああ⁉」
杖を手放したことで空いたその両手で、フィリアは宙に浮くリアナの胸倉をがっしりと掴みかかる。そのまま彼女は全身を捻って、天空から地面に向けて勢いよくリアナを叩きつけたのだ。
まるで天から星を引きずり降ろすが如き勢いで叩きつけられたリアナは、一度地面をバウンドしてそのまま身体を広げて動かなくなった。
「「……えぇ」」
何が起こったのかを遅れて状況を理解した傍観者の俺たちは、困惑を多分に含んだ声を漏らす。溜め息混じりのその声は、俺たちの心に浮かんだ「そんなのありかよ……」という感想を十分に表してくれた。
「あれ? よく見たら、お嬢様もいるじゃん⁉」
「お久しぶりです、リアナさん。先日はお世話になりました」
「いやいやそんな、私たちは大したことはできてないですよ。それよりも、なんでカルディナに? まさかまた冒険者に依頼を出すの?」
「いいえ、今回はそういうわけではなくて……」
リアナと親し気に話す俺たちの様子に、職員は軽く驚いたようだ。
「お二方はリアナさんとお知り合いだったのですか?」
「ああ。少し前まで彼女と二人の冒険者に村が世話になってな」
「村が……そういえば、例の魔物が出たと言われた場所の名前はロスウェルとかいう名前だった気が……なるほど、そういうことだったんですね」
俺の言葉を聞いた職員は納得したような表情を浮かべ、かと思うとしばらく思案したのち軽く頷いた。
「丁度良いところに来ましたね。リアナさん、協会から一つ依頼があるんですけど、受けませんか?」
「協会から私に依頼?」
職員がこれまでのいきさつを軽く説明する。
俺たち二人が冒険者になると知ったリアナは大いに驚き、そしてすぐに楽し気な笑みを浮かべた。
「なるほど、それで教官ができるCランク冒険者が必要だと。アゼルはともかく、まさかお嬢様まで冒険者になるなんてねー」
「はい。リアナさんはつい先日Cランクに昇格しましたばかりですが、これまでの実績から教官を務める資格は充分にあるかと。幸いお二人とも面識があるようですし、リアナさんも初の教官役としての経験を積むには良いかと。どうです、受けていただけませんか?」
「要は、冒険者として最低限やっていけるかをチェックすればいいのよね? もちろん受けるわ! 言っておくけど、知り合いだからって忖度はしないからね?」
「はい! リアナさん、胸をお借りします!」
リアナの挑発的な宣言に、フィリアは闘志を燃やしたようだ。
そういえばCランクとなると、新人の教育をする仕事が回ってくるようになるとカイルが言っていたな。
リアナのやや調子乗りがちな性格から、こいつに教官が務まるのかと俺は一抹の不安を覚えたが、カイルや職員の態度を見るにかなりの信頼を得ているようだ。
考えてみれば、俺たちと同い年くらいであるとは言え、彼女は冒険者としては大先輩だ。実際喰血哭戦で見せた動きもかなり良かったし、俺がとやかく考えるよりも協会の評価を信じるのが良いだろう。
「リアナさんの依頼の受理を確認しました。それでは皆さん、訓練場へ案内しますね」
カウンターから出た職員が俺たち三人を建物の奥へと案内する。
職員の先導のもと、俺たちは建物の裏手にある広い庭に出た。庭の中央は広間となっており、そこで試合などができるようになっているようだ。
両端には何体かの訓練用の案山子が立っており、片側には近接武器用と思わしき案山子が、もう片側には弓用の的が立っている。
建物の壁近くには屋根があり、その下には多種多様な形態の木製の武器と、観戦用の簡単な椅子が並べられていた。
「それでは試験の内容を説明します。と言っても、ルールは単純です。教官と五分間の試合をすることです。受験者のお二方には、この五分の間に自分が魔物と戦っても生き残れるということを教官に証明してください。教官のリアナさんは受験者との手合わせで、お二方が最低でもEランクの魔物とも戦えるかどうかを調べてください」
「わかった」
「わかりました」
「今回、フィリア様とアゼルさんはお知り合いということですので、試合の形式を「一対一」か「一対二」のどちらかを選ぶことができます」
「うん? 試験なのに複数人で戦ってもいいのか?」
受験者の実力を測るための試験だというのに、複数人で戦ったら意味がないと思うのだが……。
「問題ありません。冒険者は複数人のパーティーを組んで依頼に当たることが多いです。お二方も、冒険者になったらパーティーを組むのでしょう? 例え一人の力が足りなかったとしても、力を合わせて魔物から生き残れるのであれば問題はありません。もちろん、どちらも強いに越したことはありませんが」
なるほど? 確かに単独で動く冒険者というのはあまり聞かない。二人であろうが四人であろうが、しっかり依頼をこなせて、かつ魔物と戦って勝つか逃げるかできさえできれば良い。協会側からしたら、たとえ二人で一人前だとしても、死にさえしなければ良いというスタンスなのだろう。
「受験者は教官に攻撃を一撃当てるか、五分間倒れることなく戦い続けることを目標にしてください。教官のリアナさんは自身がEランクの魔物であると仮定して、受験者の実力を測ることに集中してください。禁則事項としましては、過度な攻撃をすること。いちおう危険だと思ったら、審判の私が注意しますが、制止を無視した場合は失格となります。これらのルールを守りさえすれば、後は何でもありです。武器は訓練用の物をお渡ししますが、魔術の使用も許可しています」
「はい! 質問よろしいですか――魔術の使用も良いとは仰いましたが、身体に当たった場合の安全策はあるでしょうか?」
「もちろんあります。試合開始前に、皆さんには腕輪型の魔道具を装備していただきます」
職員はそう言うと訓練用の武器が置いてある棚から三つの腕輪を持ってきた。
「こちらは【石膚】の魔術が付与された魔道具で、装備した人の身体を硬化させる効果があります。これを装備していれば、よほどの威力の魔術でなければ怪我をすることはありません」
渡された魔道具を見てみると、腕輪には黄色い魔石が付いてあり、魔力を流さなくても常時発動するようになっていた。試しに手首に嵌めて軽く自身の腕を叩いてみると、普段よりも身体が固くなっている……ような気がした。
「フィリア、どんな感じだ?」
「うん、私の方も問題ないわ。魔術学院では、これよりも強い魔術が付与された物を使っていたけど、これでも十分身を守ってくれるはず」
「そうか……ならまあ、大丈夫だな」
俺の方は魔力の質が異なっているから、魔道具の効果がほぼ皆無。それどころか俺の魔術行使の阻害にもなっているが……まあ、五分程度の試合であれば大した問題はない。魔術も使えないわけではないことだし、何だったら途中で外せばいいか。
「以上で説明は終わりです。質問が無いようであればさっそく試合に移りたいと思いますが、形式はどうされますか?」
「どうするフィリア? 二人で戦うか、それとも一人で戦ってみるか?」
「うーん、そうねえ……別に、戦えることを証明すれば、リアナさんに勝つ必要はないのよね?」
「そうね。どんな方法であれ、アタシを納得させればアンタたちは冒険者になれるよ」
「……なら、ひとりで戦ってみようと思う。今の私が、Cランクの冒険者にどこまでやれるか確かめたい」
「わかった。なら先にどうぞ、出来ることを全力でやれよ」
話が纏まると、俺と職員は観戦席へ離れる。
教官のリアナは木造の短剣を二本持ち、フィリアは自前の杖を握って、二人は訓練場の中央へ向かった。
広場の中央でリアナは短剣を自然に下ろした形で構え、対するフィリアは杖を前方に向けていつでも魔術を放てる状態をとった。
二人の準備が整ったと判断した職員は、腕を高く上げて合図の構えを取る。
「両者準備は良いですね? それでは――――始め!」
職員が腕を振り下ろして合図を出す。しかし両者は武器を構えたまま一歩も動かず、そのまま数秒の睨み合いが続いた。
てっきり試合開始と同時にどちらかが動くだろうと思っていたのだが、予想に反して二人ともなかなか動かない。だが相対する二人の心境は、どうも正反対である様子だ。
リアナがゆったりとした余裕のある佇まいであるのに対し、フィリアは気を張り詰めてリアナの動きを最大限警戒している。
「どうしたのお嬢様。ほらほら、早く動かないと時間がきちゃいますよ?」
リアナが軽く挑発するが、フィリアは動かず静かに魔力を練っている。
ふむ、リアナに先制を打たせたいのかな。いつものように【炎昇】で目を眩ませて、その隙に速い魔術で畳みかける作戦か? 確かに初見では小悪鬼や木陰狼には有効だったが、Cランクの冒険者相手に通用するかどうかは……いや、この魔力の量は――
「敬語を使う必要はありませんよ。どうかフィリア、と呼び捨てにしてくださいリアナさん」
「本当? ならアタシのこともリアナって呼んで。ついでに敬語もとっちゃってよ」
「……わかったわ、リアナ」
「それで良し! ほら、先手は譲ってあげるから、全力で魔術を撃っちゃいなさい。このままだと、不合格にしちゃうよ?」
「そう、それなら遠慮なく――【紅蓮の焔槍】!」
リアナの挑発に乗ったわけではないだろうが、フィリアが先手で放ったのは火属性中級魔術の【紅蓮の焔槍】だった。フィリアがすぐに動かず軽い会話に興じていたのは、おそらく詠唱無しで【紅蓮の焔槍】放つための時間稼ぎが目的だったのだろう。前回は詠唱をしなければ打てなかったが、この短期間で詠唱を破棄して打てるようになったとは恐れ入った。
側で見ていた職員も、フィリアが中級魔術を使えるとは思っていなかったのか驚きの声を漏らしている。
「おお、やるぅ! でも残念」
対するリアナは驚きはそこそこに、迫り来る紅蓮の槍を身を屈めることで回避した。リアナも初手から中級の攻撃魔術が飛んでくるとは予想していなかったようだが、流石にあれだけ魔力を練っていれば魔術の発動タイミングと威力くらいは見抜くか。
彼女は低い姿勢のまま地面を蹴ると、急速にフィリアへ迫る。
フィリアは無詠唱で【小焔球】を放つが、リアナは横へ大きく迂回してそれも避ける。
「なら――【小焔球】!」
今度は同時に三つの火球を生み出すと、リアナの周りを大きく囲うように放った。
あれは――昨日の俺のアドバイスか。身軽なリアナを相手にさっそく試してみたというわけか。
だが――
「甘い! これくらいなら簡単に避けられるわよ!」
爆風による足止めを狙ったのだろうか。三つの火球はリアナの左右と背後に飛んで行ったが、火球が爆発するよりも先に、リアナは火球の間を抜けて前方へ――フィリアに向かって勢いよく跳ぶ。
リアナの後方で爆発が起こるが、そのころにはリアナは爆風の範囲外へ逃れていた。
惜しいな。火球を三つではなく四つにすれば隙間を埋められたかもしれないが、魔力をケチったのだろうか?
「いや、違うか――なるほど、意外と大胆なことをするな」
リアナが【小焔球】の囲いから抜け出したのと同時に、フィリアは【炎矢】を複数放っていた。
おそらく完全に囲わなかったのは、リアナの進行方向を誘導するため。自身の方向を開けていたのは、リアナのスピードを利用してただでさえ弾速の速い【炎矢】を当てやすくするためか。
よりスピードを出すためか、リアナの走り方は僅かに前傾姿勢になっている。あれなら確かに素早く足を前に出すことができるが、逆を言えば急に止まることが難しい。
リアナが後ろに下がるには一度身体を起こして止まる必要があるが、踏鞴を踏むその一瞬の間に【炎矢】は届いてしまうだろう。止まらず回避したとしても、無理に身体を捻ることになるから少なくとも体制は崩れる。
それを見越して、フィリアは複数の矢を放っている。止まるにせよ左右に避けるにせよ、ほぼ確実に当たるようにしている。最初の【紅蓮の焔槍】の避けられたことで学習したフィリアは、下を潜り抜けられないように低い位置にも【炎矢】を放っている。
逃げ場は限られている。これが先日の木陰狼戦であれば、文句なしに満点を出せただろう。
「ふっ――!」
「なっ⁉」
だが今の相手は木陰狼ではなく、知能の高い人間であり経験豊富なCランク冒険者だ。
リアナは止まるでも左右に動くでもなく、地面を強く踏みしめそのまま高く跳躍して矢の群れを回避した。跳び上がった高さは人間の身長を軽々と超えており、その跳躍力は地穿鹿を彷彿とさせた。
「ま、魔術を使えるんだから身体強化は当然できるよな」
リアナの高い跳躍力は魔力による身体強化の恩恵によるものだろう。
身体強化の術は二種類の方法がある。魔術による強化付与か、魔力を身体全体に流すことで起こる自前の身体機能の強化だ。
これらはぞれぞれ「魔術強化」と「魔力強化」と言われているが、この二つをまとめて「身体強化」と呼んでいる。結局魔力を使って身体を強くしている点では同じだからな。
ただ当然、魔力で強化するよりも魔術による強化の方が効果は高い。あくまで魔力強化は魔術を修めていない者の代用のような技術だが、詠唱を必要とせず魔力を流すだけで筋力増強や皮膚の硬化を行えるため、戦士などからは好まれている技術だ。
魔術には劣るとは言ったが、熟練の戦士が使えば下手な強化魔術に匹敵する程の効果が出る。故に、なかなか馬鹿にできない技術だ。
「筋は良かったけど、残念! これで一本――」
「――【魔術障壁】!」
「うえっ⁉」
リアナが上から振り下ろした木剣が当たる寸前、フィリアが展開した魔術防壁によって阻まれた。まさか防がれると思っていなかったのか、リアナは驚きで一瞬だが空中で動きが止まった。
だがそれも一瞬だけだ。リアナはすぐに【魔術障壁】の防壁を蹴って、空中からの離脱を図る。
「「え?」」
しかしその時、予想外のことが起こり、離れて見ていた俺と職員は思わず呆けた声を零した。
てっきりこのまま地面に降り立ったリアナが絶え間ない連撃で防壁を砕くかか、フィリアが魔術を放って反撃をするのかと思っていた。
しかしフィリアは【魔術障壁】を解き、あろうことかその手に握っていた杖すらも手放した。
突如【魔術障壁】が解かれたことで魔力防壁を足場にしようとしたリアナの足は空を蹴ることとなり、そして――
「やあああーーー!」
「えっ、ちょ――ひゃあああ⁉」
杖を手放したことで空いたその両手で、フィリアは宙に浮くリアナの胸倉をがっしりと掴みかかる。そのまま彼女は全身を捻って、天空から地面に向けて勢いよくリアナを叩きつけたのだ。
まるで天から星を引きずり降ろすが如き勢いで叩きつけられたリアナは、一度地面をバウンドしてそのまま身体を広げて動かなくなった。
「「……えぇ」」
何が起こったのかを遅れて状況を理解した傍観者の俺たちは、困惑を多分に含んだ声を漏らす。溜め息混じりのその声は、俺たちの心に浮かんだ「そんなのありかよ……」という感想を十分に表してくれた。
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「これで理想の怠惰な生活が送れる!」と喜んだのも束の間、追われる王女様が俺の庭に逃げ込んできて……? 面倒だが仕方なく、庭いじりのついでに追手を撃退したら、なぜかここが「聖域」だと勘違いされ、獣人の娘やエルフの学者まで押しかけてきた!
俺は家から出ずに快適なスローライフを送りたいだけなのに! 知らぬ間に世界を救う、無自覚最強の引きこもりファンタジー、開幕!
無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした
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ブラック企業SEの相馬海斗は、勇者として異世界に召喚された。だが、授かったのは地味な【システム解析】スキル。役立たずと罵られ、無一文でパーティーから追放されてしまう。
死の淵で覚醒したその能力は、世界の法則(システム)の欠陥(バグ)を読み解き、修正(デバッグ)できる唯一無二の神技だった!
呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。
「もう手遅れだ」
これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
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初期は、サバイバル。
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日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
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