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47話:冒険者協会
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宿屋「樫の木のリス」で十分な休息をとった翌日。俺たちはこの町の冒険者協会へ向かっていた。
「うう……まだだるい……」
訂正。フィリアはまだ休み足りないようだ。
風邪などではないようだから、単純に昨日の疲れが取れていないだけだろう。おそらく宿のベッドに慣れてないためだ。
宿の名誉のため補足するが、ベッド自体は良い物だった。一般家庭のベッドと何ら遜色はない。
フィリアがダレているのは、普段から良すぎるベッドで寝ていたからだろう。ベッドによってそんなに違うものかと疑問には思うが、馬小屋の藁山の上で眠るのと部屋のベッドで眠るので寝心地が変わるのだから、きっと違うのだろうな。
「今のうちに慣れておけよー。この先、野宿とか当たり前になってくるんだからな」
「うぐぅ……しばらくは、寝起きの回復魔術が必要になりそう……」
「そんなことで魔力を使うなよ……まあ、それで動けるならいいか」
フィリアは生来、人よりも魔力の保有量が多い。加えてたゆまぬ努力で魔力の保有量も幼少期よりも増えているから、下級の回復魔術を余分に使ったとしても戦闘に問題はないだろう。
魔力というのは筋肉と同じように、使えば使うほどに量が増えていく。ただ損傷と修復を繰り返して発達する筋肉と異なり、魔力は精神――つまり魂の拡張により増えていくとされている。
正直、その原理は俺も理解しきれていない。だが使えば使うほど、僅かにではあるが増えているのは間違いないようだ。
先生曰く『魔力が精神的活動によって発生するものであるのなら、使用すればするほどその魂は魔力によって研磨されていくのは当然の理屈。研磨され続けた魂はやがて高次のモノに触れ、魔力は理に至る』とのこと。よくわからんよ。
伝説の大賢者に直接教えを受けたとしても、俺が理解できていることなんて高が知れているものだ。
そもそも前世から持っていた【血濡魔術】ですら、俺はすべてを理解しているわけではないのだしな。
「――と、着いたな。宿の人が言ってたのはここだろう」
「大きいわね。下手したら家の館よりあるかも」
辿り着いたのは町の中心に近い所に建った、二階建ての石造りの大きな建物だ。両開きの扉はそこいらの建物と比べても大きく、熊が立ち上がっても余裕で通ることができるだろう。
扉の上には大きく『冒険者協会カルディナ支部』と書かれた看板が掲げられていた。
朝ということもあるからか、扉からは様々な姿の者たちが絶えず出入りしている。甲冑と盾を装備した戦士風の者や、軽い革鎧だけを纏った剣士風の者といった見るからに戦闘職そうな者もいれば、俺たちのような旅装風の装いをした者や、そもそも武器を持っていない者もいる。
「皆、冒険者の人よね? こうして見るといろんな人が居るわね」
フィリアの言ういろんな人というのは、なにも装備に限った話ではない。
男、女、少年、中年――人間、獣人、ドワーフ、エルフと、多様な年齢と種族の者が当たり前のように入り乱れていた。
なんだかんだで、人間以外の人族を見たのは久しぶりだな。特に獣人やエルフは、こういった人間の町で見るのは珍しい。
人間やドワーフなどは自然を切り開いて町を作るのに対し、獣人やエルフは自然の中に町を作る。もちろん各種族、各町で交流はあるため、人間の町にエルフが住むことも、獣人の町にドワーフが住むこともある。とは言え、やはり反対とも言える生活圏でその姿を見ると、どことなく物珍しさを感じるものだ。
「おっと、人の多さに呆けてる場合じゃないか。さっさとコーネルの情報を探るついでに、冒険者の登録しようぜ」
「それもそうね……って、普通は目的が逆じゃない?」
フィリアの突っ込みを聞き流しながら、俺たちは建物の中に入る。
建物の中は外以上にごった返していた。
カウンターといくつもの窓口が備えた受付には多くの冒険者が並んでおり、壁に掛けられた数枚の大きな掲示板にはこれまた多くの冒険者が集まり、そこに貼られた無数の紙を眺めていた。
受付と掲示板の反対側には広いスペースが設けられており、そこで幾組かの冒険者が朝食や酒を楽しんでいた。食事はともかく朝から酒とは、なんとも贅沢なものだな。この後の仕事に支障が出るんじゃないか?
「この列に並ぶのか……もう少し遅めに来ればよかったか?」
「そうだったかも……待って、あそこの窓口だけ空いてない?」
フィリアが指さしたところを見ると、確かに不自然に空いた窓口があった。冒険者も受付の者も立っていないが、その窓口の上には「登録・昇格・除名窓口」と書かれたプレートがかけられていた。よく見ると他の窓口にも同じようなプレートがあり、目の前の大量の行列は「冒険者協会員依頼受注・報告窓口」と書かれた窓口の列だった。
他にも「依頼発注・交渉窓口」や「調査・情報・物資支援窓口」などがあり、中には「監査・苦情受付窓口」なんてものもあった。
ふむ、ということは……。
「協会員じゃない俺たちが行く窓口はあそこか?」
「多分……とりあえず試しで行ってみましょうか」
俺たちは目の前の行列を迂回して、登録窓口へ向かう。窓口には誰も立っていないが、カウンターには小さなベルがこれ見よがしに置いてあった。これで呼べということだろう。
ベルを揺らすと軽やかな音が鳴り、同時にカウンターの奥から「少々お待ちくださーい!」という声が聞こえる。それから一分もしないうちに奥から、青色のスーツに身を包んだ女性が現れた。
「お待たせしました。ご用件は登録でしょうか、昇格でしょうか?」
「えー、こほん……本日私たちは冒険者になりたいと考えて、隣の村から馳せ参じました。お手続きの窓口はこちらで合っているでしょうか?」
職員の問いにフィリアが答える。フィリアの言葉を聞いた職員は、目を見開いて驚きを露わにした。その女性の反応にフィリアも戸惑う。
「えっと、窓口が違ったでしょうか?」
「はっ……ご、ごめんなさい! とても丁寧な言葉遣いだったので驚いてしまいました。えーっと、冒険者登録ですね。はい、この窓口で受け付けています」
どうやら職員が驚いたのは、フィリアの言葉遣いが原因だったようだ。幸い驚いたのは一瞬だけで、すぐに笑みを浮かべて調子を取り戻した。
「そちらの男性もご一緒でよろしかったでしょうか?」
「ああ、よろしく頼む」
「かしこまりました。それでは登録前にまずは軽く、私たち冒険者と呼ばれる者たちの仕事内容を説明をさせていただきますね」
女性はカウンターの下からいくつかの資料を取り出すと、慣れた手つきで資料を広げて軽く咳払いをした。
「まず冒険者協会というのは、ほとんどの国と町に支部が設立している、世界最大の人材派遣組織です。各地の依頼を請け負って、それらを達成することで報酬が発生します。仕事の内容は依頼人によって様々ですが、主な仕事は「討伐依頼」「採取依頼」「調査依頼」の三つですね。他にも商人の護衛や町での雑用などがありますが、世間が抱くイメージ的にもこの三つの依頼が多く持ち寄られます」
「まあ、そうだな」
ロスウェル村に来たカイルたちは調査依頼で来ていたし、その後も村人の護衛も受けていた。世間的にも、自然の環境と荒事に慣れた組織というイメージが強い。
「そのため、冒険者には「探索者」「討伐者」「研究者」三つの役職が存在します。どこかで耳にしたことがありませんか?」
「そういえば、カイルさんたちがそんなことを言っていたような?」
フィリアはあまり知識がないのか、少し曖昧な返事をする。
「役職と言っても、厳密には称号のようなものです。はっきりと人材が分けられているわけではありません。ですがその三つで分けることで、その人材がどのような依頼が適しているのかがわかります。ちなみに、私たち協会職員と呼ばれる者たちはほとんどが研究者です。一般的なイメージとは異なりますが、私たちも立派な冒険者なのですよ?」
「あ、そうだったのですね」
へえ、職員も冒険者か。確かに冒険者協会で働くのならば、どんな形態であれ冒険者と呼べるか。
研究者の仕事は、言ってしまえば他の冒険者のサポートなどを行う裏方。後方支援をする者たちといったところだ。
主な仕事内容としては、依頼の受注や依頼人との交渉などを行い、他の冒険者が持ち帰った物を回収・調査をすることだ。知識人が多く存在し、未知の植物や魔物の素材なんかが持ち帰られた場合は、彼らに回され細かい調査が行われる。荒事を得意とする冒険者のイメージにはそぐわず、戦闘を苦手としている者が大半を占めているようだ。
とは言え、まったく外へ行かないというわけでもないらしく、未開の地へ直接赴いて現地の生態系を調査することもあるらしい。
なるほど、冒険者が今日も平穏に依頼を受けることができるのは、研究者たちの働きが大きく、魔物を狩る者たちが無事に帰ってこられるのも、彼らが魔物や植生の情報をまとめた物を提供してくれるおかげということだ。
彼ら無くして協会は回らないというわけだな。
「研究者についてはあまり知識がなかったが……面白いな」
「ご理解いただきありがとうございます。と言っても、本当にすごいのはもっとランクの高い研究者の人で、私たち低ランクの研究者はほとんど、協会が事務要員として募集した人なんですけどね」
「そんなに卑下することはありませんよ! 皆さんの働きがあってこそ、冒険者の皆さんは安心して外へ出ることができているのですし、私たちも信頼して依頼を出すことができるのですから!」
「あら、うふふっ。そう言っていただけると、私たちも励みになります。最近はそう言って貰える機会も少なくて……」
「あー……」
まあ、色々と想像はつくな。
半分偏見ではあるだろうが、どうしても外で見かける武装した冒険者の大半は粗野なイメージがある。皆がそうであるとは微塵も思っていないが、やはりその人を選ぶ職業故か粗暴な性格の者も一定数いる。
特に若い者には見られる傾向だが、そういった輩は「強い」ことは「偉い」と勘違いしている節があり、立場が弱い者を下に見ることがままある。
受付に立つ研究者なんかはさぞ標的にされやすかろう。
「こほん……ではついでに討伐者についてお話ししましょう。討伐者は、その名と世間のイメージに沿った通りの役職と言えますね。冒険者にとっての花形とも言える役職でしょう。主な仕事の内容としては危険な魔物の討伐や人の護衛です。魔物の討伐を専門にするために、当然腕に自信のある人ばかりです。実際名だたる冒険者は皆、強力な魔物を討伐した討伐者です。協会における最高戦力であり、世界各地で最も必要とされている人たちです」
討伐者ね。冒険者になりたいと思う者たちの憧れであり、冒険者が尊敬の念を与えられる最大の理由。
この世界は多くの国があるが、それでも人類が安全に住める場所は世界の半分にも満たないと言われている。その理由は至極単純で、人類の力よりも自然の中に住まう魔物の方が圧倒的に強いからだ。
強力な魔物に襲われて村が滅ぶことなんてざらにある。SやAランクの魔物が攻めてきたら、国が滅ぶことすらある。
俺たちの故郷、ロスウェル村だって他人事ではない。なにせつい最近、喰血哭に襲われたばかりだからな。もし皆で討伐することが出来なかったならば、ロスウェル村は地図から姿を消していただろう。
そんな魔物の脅威から人々を守るのが、魔物との戦闘に特化した彼ら討伐者だ。彼らは鍛え抜かれたその身体や技を以って魔物と戦い、人類の生存圏の保護と拡張の一助となっている。
その強大な戦力故に、魔物の討伐以外にも護衛を依頼されることも、時には人間同士の戦争に駆り出されることもある。ただ兵士と異なり、冒険者は国に仕えているわけではない。当然拒むこともできるし、嫌になれば他国へ行くこともできる。
とは言え、冒険者の大半はその地で生まれた者であるため、国や家族のために戦争に参加する者は多い。
「そして最後の役職は探索者ですね。探索者とは主に開拓や調査をする役職です。三つの役職の中で最も冒険者らしいと言える役職であり、自然の中へと入っていく人たちにはほぼ例外なくこの役職が割り振られます。主な仕事内容としては、薬になる植物の採取や生態系の調査ですね。最近で言うと、目覚ましい活躍をして貴族から多額の報酬を受け取った探索者の皆さんがいましたね」
探索者――冒険者の代名詞ともいえる役職。主な仕事は植物採取、生態調査といった地道なものが多いが、低ランクの魔物の討伐や雑用なんかもやる、いわゆる何でも屋みたいな立ち位置らしい。傾向的に世渡り上手で器用な者が多く、大成はしないかもしれないが堅実で信頼の置ける者が多い、と職員の女性は言った。
魔物と戦いはするが、討伐者のような武に優れたわけではなく、植生や魔物の生態などの知識に明るいが、研究者のようなより専門的で深い知識があるわけではない。
良く言えば、大抵のことはできるオールラウンダー。悪く言えば、器用貧乏といった印象の役職だ。
だがこう言った人材こそが、この冒険者協会という組織においては誰よりも重要な人材なのだそうだ。
「ある程度戦えて、薬になる材料も採ってきてくれて、街の雑用もこなしてくれる……そういった堅実かつ確実な仕事をしてくれる人にこそ、私たちは全幅の信頼を以って依頼を任せられるのです……なにより、依頼人からの苦情が無いしね」
なんか最後の方で恨み言が聞こえたが、俺たちは苦笑を浮かべて聞かなかったことにした。いろいろストレス溜まっているんだな……。
「と、ここまでが冒険者における三つの役職です。ちなみに依頼はあちらの壁に貼られている物が大半ですが、ランクを上げて冒険者としての実績と信頼が上がれば依頼を指名されることもあります。依頼はそれぞれ五つのランクで分類され、原則自身の冒険者ランクと同等か一つ上のランクまでしか受けられません。冒険者ランクは魔物の脅威度と同じく、下からF・E・D・C・B・A・Sの七段階あります。初めは余程の事情がない限りは、Fランクから始まり、依頼達成数や実力に比例して上がってきます」
「ふむ、ランクを上げるのに依頼達成数を増やすというのはわかるが、実力というのは?」
「Cランクまでは、依頼をこなせばほぼ確実に到達ができます。しかしBランクから上は出される依頼内容がほぼ強力な魔物の討伐か危険な土地への調査ばかりです。護衛依頼もありますが、高ランクの冒険者を対象にした依頼は大半が豪商や貴族からの依頼です。生半可な実力と素行では、組織としても任せられません」
なるほど、それはそうだな。実績と信頼のある者に護衛を任せたいと思うのは誰でも同じだが、それが金持ちの豪商や貴族ならば信頼できる者にしか任せたくはないという気持ちは一入だろう。
高い金を積んだのに冒険者が役に立ちませんでした、なんて依頼した金持ちからしたらたまったものではない。それどころか護衛が金に目が眩んで護衛対象を襲う、なんてことになったら冒険者協会の信頼にも響く。だから協会側も冒険者の昇格は、慎重にならざるを得ないんだろう。
カイルが言っていたランクの壁というのはこういうことだったのか。
「協会を通して依頼されたお仕事は、我々研究者が精査し、問題なしと判断されたものが掲示板に張り出されます。依頼用紙に記載された金額は、依頼の仲介手数料として全体の三割を差し引いた額がそのまま書かれています。差し引いた金額は、協会の運営のための維持費と、冒険者への支援に割り当てられています」
つまり依頼用紙に書かれている額は、全て冒険者の手元に入るというわけか。依頼人が実際に支払う額はもう少しあるのだろうが、全体から引かれる三割はちゃんと冒険者のためになっているというわけか。こうしてきちんと表明していることだし、少なくとも表面上はまったく問題ない。
「次に禁則事項についての説明です。協会を通して請け負った依頼は原則、必ず達成すること。事情によっては放棄することも可能ですが、そうでない限りは罰則として違約金が発生します。次に冒険者に送られる冒険者カードの偽造と、冒険者ランクの偽称は厳罰に処されます。こちらはいかなる理由があっても許されず、偽装が判明した時点でその者は冒険者協会から除名されます。それから依頼人を脅すなどをして、強制的に依頼を達成したことにした場合も同様の処罰を行います」
職員の説明が一区切りしたタイミングを見計らって、フィリアが小さく手を上げた。
「……後半二つは理解しましたが、依頼を放棄できる条件はどれくらいまでならば許されますか? 例えば、依頼内容に大きな齟齬があった場合は同様の処罰を受けるのでしょうか?」
「それが本当であったならば違約金は発生しません。ただ証言が嘘であった場合は、違約金に加えて追加の罰則が発生します。注意点としては、もし依頼者側に何か問題があったら必ず協会に報告することです。報告を怠ってしまえば、後にご自身に大きな不利益を被ることもありますから」
あー……本当は正当な理由があって放棄したのに、報告を怠ったせいで後から依頼人が駆けこんで「冒険者が途中で放棄した」と言われてしまったらどうしようもないもんな。場合によってはただ働きどころか、依頼料よりも多い罰金を取られる可能性もあるのか。
「それ以外の事情――例えば、怪我や病気といった「冒険者側の事情」による放棄ですと、違約金を支払っていただきます。ですので、依頼を受ける際はご自身の体調や実力と向き合って慎重に考えてください」
「ありがとうござます。私からは以上です。アゼルは、何か聞きたいことある?」
「いや、とりあえずは大丈夫だ」
「わかりました。冒険者に対する支援制度について軽く説明しますが、こちらは依頼の達成をお手伝いする制度ですね。魔物や現地の植生といった情報支援や依頼中に発生した怪我の治療や、事故などで死亡した際の補償などがあります。こちらについて質問は?」
「うーん、今は無いな。フィリアは?」
「私もありません」
「かしこまりました。以上で説明は終わりです。それではこちらの用紙に必要事項をお書きください。記入後、希望する役職に応じた軽い試験を行います。あ、お名前の方は名字だけでも、名前だけでも構いません」
そう言って差し出されたのは、余白が目立つシンプルな用紙だった。
冒険者登録用紙と上に書かれた用紙の下には、名前と年齢、出身地を記入する欄と、希望役職と冒険者になった後、どのような依頼を受けたいかを書く備考欄だけがあった。
「わあー、なんてシンプル」
「気持ちはわかるが、口に出して言うなよ」
フィリアの言葉に職員の女性も思わず軽い苦笑を浮かべている。
これくらいシンプルでも十分なのか、はたまたこれくらいシンプルじゃないと文句を垂れるような頭の弱い奴が冒険者に多いのか……前者であることを願う。
とりあえず……名前は「アゼル」っと。年齢「十六歳」、出身地「ノイヴェルト王国 ロスウェル村」。希望役職は「探索者、もしくは討伐者」……備考欄は特に書くことないが、とりあえず「とにかく各地を巡るための路銀が欲しい。遠くの地へ行く依頼があると良い」と書いておけば良いだろう。
「……えっ⁉」
すると突然、俺たちが記入していた様子を見ていた職員から、明らかな動揺の声が漏れた。どうしたと思い、顔を上げると彼女はフィリアの用紙を注視していた。
「あの、どうかしましたか?」
「あ、いえ、そのぉ……」
フィリアの問いに対しても答えず、挙動不審な彼女を不思議に思ったが、俺はフィリアの用紙を見て納得した。
「名前 フィリア・ロスウェル」「年齢 十六歳」「出身地 ロスウェル村」「希望役職 探索者」、そして備考欄が俺とは比べ物にならないほどの文量が書かれている。おいおい、そんなに書いてどうするんだよ。
ともあれ用紙で重要なのは彼女の「名前」と「出身地」だ。
「あの、もしかしてですけど……ご貴族様でしょうか?」
「は、はい。ロスウェル子爵家の娘のフィリアと申します……えっと、何か問題があるのでしょうか?」
「い、いいえ! まったく、問題はありません! ま、まさか貴族の御令嬢だとは露知らず……あの、失礼は無かったでしょうか……」
最初の時点でも丁寧でありながら慣れ故の余裕を感じさせる職員の態度が、フィリアが貴族と知るや否や緊張で言葉がたどたどしくなっている。
まあフィリアの性格を知らないやつからしたら、貴族という時点で大なり小なり緊張するか。
「あー職員さん、大丈夫だ。こいつは確かに子爵家の三女だが、今はただの冒険者志望の旅人だ。ついでに言うと、俺はこいつの親が治める村のいち村人に過ぎないが、産まれてこの方こいつに対して敬語を使ったことがないし、このおてんば娘もそんな小さいことを気にしない。それを抜きにしても、あんたの対応はとても丁寧だった。失礼だとかは気にする必要はない。だよな?」
安心させるように俺は意識的に雑さを感じさせる言葉遣いで説明し、フィリアにも同意を求めるように話を振る。
「なあんだ、そんな事だったのね。なんか失敗しちゃったのかと思って焦っちゃった。大丈夫ですよ、アゼルの言った通り今の私は貴族ではなくただの旅人。三女ですからもともと貴族としての権威は少ないですし、貴族でも継承権の低い下の子どもは家を出て冒険者になるという話は珍しくありません。どうかかしこまらないでください」
俺のぶっきらぼうな喋り方と、フィリアの言葉に安心したのか、職員は安心した様子で胸を撫で下ろした。
「失礼しました。貴族様にお会いするのは初めてなもので……あ、記入は終わりましたね。お受け取りします」
俺たちの用紙を受け取ると、視線を下の方へ送っていく。
「ふむ、お二方は探索者をご志望なのですね。アゼルさんは、討伐者も志望していますが、魔物を討伐することを専門に活動することを視野に入れているようですね。もう一度言いますが、役職はあくまで称号のようなものですので、実際にお二方がどのような依頼をこなすかは自由となっています。言うなれば、こなした依頼の種類によって役職が付随していくものです。実際、普段は研究者として働きながら時折討伐者として討伐依頼を受ける冒険者もいます。あくまでこの役職名は、我々裏方の者が冒険者の皆さんにあった依頼をお勧めしやすくするためのシステムなのです」
「つまり名義上は、あんたも俺たちも同じ冒険者という括りで、討伐者とかの役職は協会内部で通じる通り名や渾名のようなものってことか?」
「そういう認識でほぼ間違いありません。ただ探索者と討伐者を志望した方はその人の安全のため登録前に軽い戦闘試験を行うことになっているのです。基本的に冒険者というのは自己責任の世界ですが、戦えもしない人が無理に討伐依頼を受けても危険ですからね。試験で実力が見合っていないと判断された場合は、登録を見送らせていただいてます」
「なるほど、確かにそうか……それで、試験というのはいつやるんだ?」
「Cランク以上の冒険者が教官役を務める必要があるので、どなたかに依頼するための時間を戴きますが、そう時間はかかりません。少しお待ちください。今、建物で待機している方に声をかけま――」
「アゼル――アゼルじゃない!」
職員の言葉を遮るように、俺たちの背後から妙に喧しい声が飛んできた。
俺たちは揃って、声が飛んできた方向へ顔を向けると、そこには俺の見知った人物が立っていた。
「久しぶりー……ってほどでもないか! なんでここに居るの?」
「相変わらず喧し……もとい、元気な奴だな――――リアナ」
「うう……まだだるい……」
訂正。フィリアはまだ休み足りないようだ。
風邪などではないようだから、単純に昨日の疲れが取れていないだけだろう。おそらく宿のベッドに慣れてないためだ。
宿の名誉のため補足するが、ベッド自体は良い物だった。一般家庭のベッドと何ら遜色はない。
フィリアがダレているのは、普段から良すぎるベッドで寝ていたからだろう。ベッドによってそんなに違うものかと疑問には思うが、馬小屋の藁山の上で眠るのと部屋のベッドで眠るので寝心地が変わるのだから、きっと違うのだろうな。
「今のうちに慣れておけよー。この先、野宿とか当たり前になってくるんだからな」
「うぐぅ……しばらくは、寝起きの回復魔術が必要になりそう……」
「そんなことで魔力を使うなよ……まあ、それで動けるならいいか」
フィリアは生来、人よりも魔力の保有量が多い。加えてたゆまぬ努力で魔力の保有量も幼少期よりも増えているから、下級の回復魔術を余分に使ったとしても戦闘に問題はないだろう。
魔力というのは筋肉と同じように、使えば使うほどに量が増えていく。ただ損傷と修復を繰り返して発達する筋肉と異なり、魔力は精神――つまり魂の拡張により増えていくとされている。
正直、その原理は俺も理解しきれていない。だが使えば使うほど、僅かにではあるが増えているのは間違いないようだ。
先生曰く『魔力が精神的活動によって発生するものであるのなら、使用すればするほどその魂は魔力によって研磨されていくのは当然の理屈。研磨され続けた魂はやがて高次のモノに触れ、魔力は理に至る』とのこと。よくわからんよ。
伝説の大賢者に直接教えを受けたとしても、俺が理解できていることなんて高が知れているものだ。
そもそも前世から持っていた【血濡魔術】ですら、俺はすべてを理解しているわけではないのだしな。
「――と、着いたな。宿の人が言ってたのはここだろう」
「大きいわね。下手したら家の館よりあるかも」
辿り着いたのは町の中心に近い所に建った、二階建ての石造りの大きな建物だ。両開きの扉はそこいらの建物と比べても大きく、熊が立ち上がっても余裕で通ることができるだろう。
扉の上には大きく『冒険者協会カルディナ支部』と書かれた看板が掲げられていた。
朝ということもあるからか、扉からは様々な姿の者たちが絶えず出入りしている。甲冑と盾を装備した戦士風の者や、軽い革鎧だけを纏った剣士風の者といった見るからに戦闘職そうな者もいれば、俺たちのような旅装風の装いをした者や、そもそも武器を持っていない者もいる。
「皆、冒険者の人よね? こうして見るといろんな人が居るわね」
フィリアの言ういろんな人というのは、なにも装備に限った話ではない。
男、女、少年、中年――人間、獣人、ドワーフ、エルフと、多様な年齢と種族の者が当たり前のように入り乱れていた。
なんだかんだで、人間以外の人族を見たのは久しぶりだな。特に獣人やエルフは、こういった人間の町で見るのは珍しい。
人間やドワーフなどは自然を切り開いて町を作るのに対し、獣人やエルフは自然の中に町を作る。もちろん各種族、各町で交流はあるため、人間の町にエルフが住むことも、獣人の町にドワーフが住むこともある。とは言え、やはり反対とも言える生活圏でその姿を見ると、どことなく物珍しさを感じるものだ。
「おっと、人の多さに呆けてる場合じゃないか。さっさとコーネルの情報を探るついでに、冒険者の登録しようぜ」
「それもそうね……って、普通は目的が逆じゃない?」
フィリアの突っ込みを聞き流しながら、俺たちは建物の中に入る。
建物の中は外以上にごった返していた。
カウンターといくつもの窓口が備えた受付には多くの冒険者が並んでおり、壁に掛けられた数枚の大きな掲示板にはこれまた多くの冒険者が集まり、そこに貼られた無数の紙を眺めていた。
受付と掲示板の反対側には広いスペースが設けられており、そこで幾組かの冒険者が朝食や酒を楽しんでいた。食事はともかく朝から酒とは、なんとも贅沢なものだな。この後の仕事に支障が出るんじゃないか?
「この列に並ぶのか……もう少し遅めに来ればよかったか?」
「そうだったかも……待って、あそこの窓口だけ空いてない?」
フィリアが指さしたところを見ると、確かに不自然に空いた窓口があった。冒険者も受付の者も立っていないが、その窓口の上には「登録・昇格・除名窓口」と書かれたプレートがかけられていた。よく見ると他の窓口にも同じようなプレートがあり、目の前の大量の行列は「冒険者協会員依頼受注・報告窓口」と書かれた窓口の列だった。
他にも「依頼発注・交渉窓口」や「調査・情報・物資支援窓口」などがあり、中には「監査・苦情受付窓口」なんてものもあった。
ふむ、ということは……。
「協会員じゃない俺たちが行く窓口はあそこか?」
「多分……とりあえず試しで行ってみましょうか」
俺たちは目の前の行列を迂回して、登録窓口へ向かう。窓口には誰も立っていないが、カウンターには小さなベルがこれ見よがしに置いてあった。これで呼べということだろう。
ベルを揺らすと軽やかな音が鳴り、同時にカウンターの奥から「少々お待ちくださーい!」という声が聞こえる。それから一分もしないうちに奥から、青色のスーツに身を包んだ女性が現れた。
「お待たせしました。ご用件は登録でしょうか、昇格でしょうか?」
「えー、こほん……本日私たちは冒険者になりたいと考えて、隣の村から馳せ参じました。お手続きの窓口はこちらで合っているでしょうか?」
職員の問いにフィリアが答える。フィリアの言葉を聞いた職員は、目を見開いて驚きを露わにした。その女性の反応にフィリアも戸惑う。
「えっと、窓口が違ったでしょうか?」
「はっ……ご、ごめんなさい! とても丁寧な言葉遣いだったので驚いてしまいました。えーっと、冒険者登録ですね。はい、この窓口で受け付けています」
どうやら職員が驚いたのは、フィリアの言葉遣いが原因だったようだ。幸い驚いたのは一瞬だけで、すぐに笑みを浮かべて調子を取り戻した。
「そちらの男性もご一緒でよろしかったでしょうか?」
「ああ、よろしく頼む」
「かしこまりました。それでは登録前にまずは軽く、私たち冒険者と呼ばれる者たちの仕事内容を説明をさせていただきますね」
女性はカウンターの下からいくつかの資料を取り出すと、慣れた手つきで資料を広げて軽く咳払いをした。
「まず冒険者協会というのは、ほとんどの国と町に支部が設立している、世界最大の人材派遣組織です。各地の依頼を請け負って、それらを達成することで報酬が発生します。仕事の内容は依頼人によって様々ですが、主な仕事は「討伐依頼」「採取依頼」「調査依頼」の三つですね。他にも商人の護衛や町での雑用などがありますが、世間が抱くイメージ的にもこの三つの依頼が多く持ち寄られます」
「まあ、そうだな」
ロスウェル村に来たカイルたちは調査依頼で来ていたし、その後も村人の護衛も受けていた。世間的にも、自然の環境と荒事に慣れた組織というイメージが強い。
「そのため、冒険者には「探索者」「討伐者」「研究者」三つの役職が存在します。どこかで耳にしたことがありませんか?」
「そういえば、カイルさんたちがそんなことを言っていたような?」
フィリアはあまり知識がないのか、少し曖昧な返事をする。
「役職と言っても、厳密には称号のようなものです。はっきりと人材が分けられているわけではありません。ですがその三つで分けることで、その人材がどのような依頼が適しているのかがわかります。ちなみに、私たち協会職員と呼ばれる者たちはほとんどが研究者です。一般的なイメージとは異なりますが、私たちも立派な冒険者なのですよ?」
「あ、そうだったのですね」
へえ、職員も冒険者か。確かに冒険者協会で働くのならば、どんな形態であれ冒険者と呼べるか。
研究者の仕事は、言ってしまえば他の冒険者のサポートなどを行う裏方。後方支援をする者たちといったところだ。
主な仕事内容としては、依頼の受注や依頼人との交渉などを行い、他の冒険者が持ち帰った物を回収・調査をすることだ。知識人が多く存在し、未知の植物や魔物の素材なんかが持ち帰られた場合は、彼らに回され細かい調査が行われる。荒事を得意とする冒険者のイメージにはそぐわず、戦闘を苦手としている者が大半を占めているようだ。
とは言え、まったく外へ行かないというわけでもないらしく、未開の地へ直接赴いて現地の生態系を調査することもあるらしい。
なるほど、冒険者が今日も平穏に依頼を受けることができるのは、研究者たちの働きが大きく、魔物を狩る者たちが無事に帰ってこられるのも、彼らが魔物や植生の情報をまとめた物を提供してくれるおかげということだ。
彼ら無くして協会は回らないというわけだな。
「研究者についてはあまり知識がなかったが……面白いな」
「ご理解いただきありがとうございます。と言っても、本当にすごいのはもっとランクの高い研究者の人で、私たち低ランクの研究者はほとんど、協会が事務要員として募集した人なんですけどね」
「そんなに卑下することはありませんよ! 皆さんの働きがあってこそ、冒険者の皆さんは安心して外へ出ることができているのですし、私たちも信頼して依頼を出すことができるのですから!」
「あら、うふふっ。そう言っていただけると、私たちも励みになります。最近はそう言って貰える機会も少なくて……」
「あー……」
まあ、色々と想像はつくな。
半分偏見ではあるだろうが、どうしても外で見かける武装した冒険者の大半は粗野なイメージがある。皆がそうであるとは微塵も思っていないが、やはりその人を選ぶ職業故か粗暴な性格の者も一定数いる。
特に若い者には見られる傾向だが、そういった輩は「強い」ことは「偉い」と勘違いしている節があり、立場が弱い者を下に見ることがままある。
受付に立つ研究者なんかはさぞ標的にされやすかろう。
「こほん……ではついでに討伐者についてお話ししましょう。討伐者は、その名と世間のイメージに沿った通りの役職と言えますね。冒険者にとっての花形とも言える役職でしょう。主な仕事の内容としては危険な魔物の討伐や人の護衛です。魔物の討伐を専門にするために、当然腕に自信のある人ばかりです。実際名だたる冒険者は皆、強力な魔物を討伐した討伐者です。協会における最高戦力であり、世界各地で最も必要とされている人たちです」
討伐者ね。冒険者になりたいと思う者たちの憧れであり、冒険者が尊敬の念を与えられる最大の理由。
この世界は多くの国があるが、それでも人類が安全に住める場所は世界の半分にも満たないと言われている。その理由は至極単純で、人類の力よりも自然の中に住まう魔物の方が圧倒的に強いからだ。
強力な魔物に襲われて村が滅ぶことなんてざらにある。SやAランクの魔物が攻めてきたら、国が滅ぶことすらある。
俺たちの故郷、ロスウェル村だって他人事ではない。なにせつい最近、喰血哭に襲われたばかりだからな。もし皆で討伐することが出来なかったならば、ロスウェル村は地図から姿を消していただろう。
そんな魔物の脅威から人々を守るのが、魔物との戦闘に特化した彼ら討伐者だ。彼らは鍛え抜かれたその身体や技を以って魔物と戦い、人類の生存圏の保護と拡張の一助となっている。
その強大な戦力故に、魔物の討伐以外にも護衛を依頼されることも、時には人間同士の戦争に駆り出されることもある。ただ兵士と異なり、冒険者は国に仕えているわけではない。当然拒むこともできるし、嫌になれば他国へ行くこともできる。
とは言え、冒険者の大半はその地で生まれた者であるため、国や家族のために戦争に参加する者は多い。
「そして最後の役職は探索者ですね。探索者とは主に開拓や調査をする役職です。三つの役職の中で最も冒険者らしいと言える役職であり、自然の中へと入っていく人たちにはほぼ例外なくこの役職が割り振られます。主な仕事内容としては、薬になる植物の採取や生態系の調査ですね。最近で言うと、目覚ましい活躍をして貴族から多額の報酬を受け取った探索者の皆さんがいましたね」
探索者――冒険者の代名詞ともいえる役職。主な仕事は植物採取、生態調査といった地道なものが多いが、低ランクの魔物の討伐や雑用なんかもやる、いわゆる何でも屋みたいな立ち位置らしい。傾向的に世渡り上手で器用な者が多く、大成はしないかもしれないが堅実で信頼の置ける者が多い、と職員の女性は言った。
魔物と戦いはするが、討伐者のような武に優れたわけではなく、植生や魔物の生態などの知識に明るいが、研究者のようなより専門的で深い知識があるわけではない。
良く言えば、大抵のことはできるオールラウンダー。悪く言えば、器用貧乏といった印象の役職だ。
だがこう言った人材こそが、この冒険者協会という組織においては誰よりも重要な人材なのだそうだ。
「ある程度戦えて、薬になる材料も採ってきてくれて、街の雑用もこなしてくれる……そういった堅実かつ確実な仕事をしてくれる人にこそ、私たちは全幅の信頼を以って依頼を任せられるのです……なにより、依頼人からの苦情が無いしね」
なんか最後の方で恨み言が聞こえたが、俺たちは苦笑を浮かべて聞かなかったことにした。いろいろストレス溜まっているんだな……。
「と、ここまでが冒険者における三つの役職です。ちなみに依頼はあちらの壁に貼られている物が大半ですが、ランクを上げて冒険者としての実績と信頼が上がれば依頼を指名されることもあります。依頼はそれぞれ五つのランクで分類され、原則自身の冒険者ランクと同等か一つ上のランクまでしか受けられません。冒険者ランクは魔物の脅威度と同じく、下からF・E・D・C・B・A・Sの七段階あります。初めは余程の事情がない限りは、Fランクから始まり、依頼達成数や実力に比例して上がってきます」
「ふむ、ランクを上げるのに依頼達成数を増やすというのはわかるが、実力というのは?」
「Cランクまでは、依頼をこなせばほぼ確実に到達ができます。しかしBランクから上は出される依頼内容がほぼ強力な魔物の討伐か危険な土地への調査ばかりです。護衛依頼もありますが、高ランクの冒険者を対象にした依頼は大半が豪商や貴族からの依頼です。生半可な実力と素行では、組織としても任せられません」
なるほど、それはそうだな。実績と信頼のある者に護衛を任せたいと思うのは誰でも同じだが、それが金持ちの豪商や貴族ならば信頼できる者にしか任せたくはないという気持ちは一入だろう。
高い金を積んだのに冒険者が役に立ちませんでした、なんて依頼した金持ちからしたらたまったものではない。それどころか護衛が金に目が眩んで護衛対象を襲う、なんてことになったら冒険者協会の信頼にも響く。だから協会側も冒険者の昇格は、慎重にならざるを得ないんだろう。
カイルが言っていたランクの壁というのはこういうことだったのか。
「協会を通して依頼されたお仕事は、我々研究者が精査し、問題なしと判断されたものが掲示板に張り出されます。依頼用紙に記載された金額は、依頼の仲介手数料として全体の三割を差し引いた額がそのまま書かれています。差し引いた金額は、協会の運営のための維持費と、冒険者への支援に割り当てられています」
つまり依頼用紙に書かれている額は、全て冒険者の手元に入るというわけか。依頼人が実際に支払う額はもう少しあるのだろうが、全体から引かれる三割はちゃんと冒険者のためになっているというわけか。こうしてきちんと表明していることだし、少なくとも表面上はまったく問題ない。
「次に禁則事項についての説明です。協会を通して請け負った依頼は原則、必ず達成すること。事情によっては放棄することも可能ですが、そうでない限りは罰則として違約金が発生します。次に冒険者に送られる冒険者カードの偽造と、冒険者ランクの偽称は厳罰に処されます。こちらはいかなる理由があっても許されず、偽装が判明した時点でその者は冒険者協会から除名されます。それから依頼人を脅すなどをして、強制的に依頼を達成したことにした場合も同様の処罰を行います」
職員の説明が一区切りしたタイミングを見計らって、フィリアが小さく手を上げた。
「……後半二つは理解しましたが、依頼を放棄できる条件はどれくらいまでならば許されますか? 例えば、依頼内容に大きな齟齬があった場合は同様の処罰を受けるのでしょうか?」
「それが本当であったならば違約金は発生しません。ただ証言が嘘であった場合は、違約金に加えて追加の罰則が発生します。注意点としては、もし依頼者側に何か問題があったら必ず協会に報告することです。報告を怠ってしまえば、後にご自身に大きな不利益を被ることもありますから」
あー……本当は正当な理由があって放棄したのに、報告を怠ったせいで後から依頼人が駆けこんで「冒険者が途中で放棄した」と言われてしまったらどうしようもないもんな。場合によってはただ働きどころか、依頼料よりも多い罰金を取られる可能性もあるのか。
「それ以外の事情――例えば、怪我や病気といった「冒険者側の事情」による放棄ですと、違約金を支払っていただきます。ですので、依頼を受ける際はご自身の体調や実力と向き合って慎重に考えてください」
「ありがとうござます。私からは以上です。アゼルは、何か聞きたいことある?」
「いや、とりあえずは大丈夫だ」
「わかりました。冒険者に対する支援制度について軽く説明しますが、こちらは依頼の達成をお手伝いする制度ですね。魔物や現地の植生といった情報支援や依頼中に発生した怪我の治療や、事故などで死亡した際の補償などがあります。こちらについて質問は?」
「うーん、今は無いな。フィリアは?」
「私もありません」
「かしこまりました。以上で説明は終わりです。それではこちらの用紙に必要事項をお書きください。記入後、希望する役職に応じた軽い試験を行います。あ、お名前の方は名字だけでも、名前だけでも構いません」
そう言って差し出されたのは、余白が目立つシンプルな用紙だった。
冒険者登録用紙と上に書かれた用紙の下には、名前と年齢、出身地を記入する欄と、希望役職と冒険者になった後、どのような依頼を受けたいかを書く備考欄だけがあった。
「わあー、なんてシンプル」
「気持ちはわかるが、口に出して言うなよ」
フィリアの言葉に職員の女性も思わず軽い苦笑を浮かべている。
これくらいシンプルでも十分なのか、はたまたこれくらいシンプルじゃないと文句を垂れるような頭の弱い奴が冒険者に多いのか……前者であることを願う。
とりあえず……名前は「アゼル」っと。年齢「十六歳」、出身地「ノイヴェルト王国 ロスウェル村」。希望役職は「探索者、もしくは討伐者」……備考欄は特に書くことないが、とりあえず「とにかく各地を巡るための路銀が欲しい。遠くの地へ行く依頼があると良い」と書いておけば良いだろう。
「……えっ⁉」
すると突然、俺たちが記入していた様子を見ていた職員から、明らかな動揺の声が漏れた。どうしたと思い、顔を上げると彼女はフィリアの用紙を注視していた。
「あの、どうかしましたか?」
「あ、いえ、そのぉ……」
フィリアの問いに対しても答えず、挙動不審な彼女を不思議に思ったが、俺はフィリアの用紙を見て納得した。
「名前 フィリア・ロスウェル」「年齢 十六歳」「出身地 ロスウェル村」「希望役職 探索者」、そして備考欄が俺とは比べ物にならないほどの文量が書かれている。おいおい、そんなに書いてどうするんだよ。
ともあれ用紙で重要なのは彼女の「名前」と「出身地」だ。
「あの、もしかしてですけど……ご貴族様でしょうか?」
「は、はい。ロスウェル子爵家の娘のフィリアと申します……えっと、何か問題があるのでしょうか?」
「い、いいえ! まったく、問題はありません! ま、まさか貴族の御令嬢だとは露知らず……あの、失礼は無かったでしょうか……」
最初の時点でも丁寧でありながら慣れ故の余裕を感じさせる職員の態度が、フィリアが貴族と知るや否や緊張で言葉がたどたどしくなっている。
まあフィリアの性格を知らないやつからしたら、貴族という時点で大なり小なり緊張するか。
「あー職員さん、大丈夫だ。こいつは確かに子爵家の三女だが、今はただの冒険者志望の旅人だ。ついでに言うと、俺はこいつの親が治める村のいち村人に過ぎないが、産まれてこの方こいつに対して敬語を使ったことがないし、このおてんば娘もそんな小さいことを気にしない。それを抜きにしても、あんたの対応はとても丁寧だった。失礼だとかは気にする必要はない。だよな?」
安心させるように俺は意識的に雑さを感じさせる言葉遣いで説明し、フィリアにも同意を求めるように話を振る。
「なあんだ、そんな事だったのね。なんか失敗しちゃったのかと思って焦っちゃった。大丈夫ですよ、アゼルの言った通り今の私は貴族ではなくただの旅人。三女ですからもともと貴族としての権威は少ないですし、貴族でも継承権の低い下の子どもは家を出て冒険者になるという話は珍しくありません。どうかかしこまらないでください」
俺のぶっきらぼうな喋り方と、フィリアの言葉に安心したのか、職員は安心した様子で胸を撫で下ろした。
「失礼しました。貴族様にお会いするのは初めてなもので……あ、記入は終わりましたね。お受け取りします」
俺たちの用紙を受け取ると、視線を下の方へ送っていく。
「ふむ、お二方は探索者をご志望なのですね。アゼルさんは、討伐者も志望していますが、魔物を討伐することを専門に活動することを視野に入れているようですね。もう一度言いますが、役職はあくまで称号のようなものですので、実際にお二方がどのような依頼をこなすかは自由となっています。言うなれば、こなした依頼の種類によって役職が付随していくものです。実際、普段は研究者として働きながら時折討伐者として討伐依頼を受ける冒険者もいます。あくまでこの役職名は、我々裏方の者が冒険者の皆さんにあった依頼をお勧めしやすくするためのシステムなのです」
「つまり名義上は、あんたも俺たちも同じ冒険者という括りで、討伐者とかの役職は協会内部で通じる通り名や渾名のようなものってことか?」
「そういう認識でほぼ間違いありません。ただ探索者と討伐者を志望した方はその人の安全のため登録前に軽い戦闘試験を行うことになっているのです。基本的に冒険者というのは自己責任の世界ですが、戦えもしない人が無理に討伐依頼を受けても危険ですからね。試験で実力が見合っていないと判断された場合は、登録を見送らせていただいてます」
「なるほど、確かにそうか……それで、試験というのはいつやるんだ?」
「Cランク以上の冒険者が教官役を務める必要があるので、どなたかに依頼するための時間を戴きますが、そう時間はかかりません。少しお待ちください。今、建物で待機している方に声をかけま――」
「アゼル――アゼルじゃない!」
職員の言葉を遮るように、俺たちの背後から妙に喧しい声が飛んできた。
俺たちは揃って、声が飛んできた方向へ顔を向けると、そこには俺の見知った人物が立っていた。
「久しぶりー……ってほどでもないか! なんでここに居るの?」
「相変わらず喧し……もとい、元気な奴だな――――リアナ」
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