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58話:冒険少女はあの日の謎を尋ねる
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翌日。俺たちは再び緋露芍薬の花を採取しに森へ来ていた。
ゴルドたち鉄牙団との試合を終えた俺たちは、受付に向かい粘魔の魔石とフローレ草を提出して、無事に依頼報酬を受け取った。
緋露芍薬の依頼の方は、やはり花が大きく傷ついてしまったため依頼達成とはならなかった。手続きをしてくれた受付の研究者も酒場での騒ぎを見ていたため、同情の眼差しを向けてくれたが、残念ながら温情の措置は取られなかった。
どうも俺が選んだ依頼の主は、薬効のある根っこではなく花の方を真に欲しているらしく、根っこはあくまで「ついで」ということだった。幸いなことに、リアナが言った通り依頼には期限が設けられていなかったから、長く放置しない限りは花の提出は待ってくれる事となったのだ。
どうせまた花を採りに行くということならということで、受付の研究者は根っこのみを指定した採取依頼を持ってきて、無事な状態で手元に残っていた根っこを買い取りを提案してくれたが、俺はその申し出を丁寧に断った。
金には困っていないしまた土を掘り返すのは面倒臭かったのもあるが、それ以上に最初に受けた依頼なのだからきちんとした形で終わらせたいという意地が出たのだ。
「よし、数もぴったり揃ったな。来て早々だが、もう帰るぞー」
昨日と同じく花を血染布で包みながら、フィリアとリアナに声をかける。
「りょうかーい。昨日ここを見つけられたおかげで早く終わったわね」
ちなみに、今日もリアナは俺たちについて来ていた。
冒険者協会を離れた後、彼女は俺たちが泊まっている「樫の木のリス」の酒場で共に食事をして、そのまま部屋を取って泊っていったのだ。
宿を出た後も緋露芍薬の依頼を優先で片付けるため、冒険者協会には寄らず真っ先にこの森に来たのだが、宿を出た以降もリアナは俺たちから離れようとはせず結局今回も行動を共にしている。
今日は他に依頼を受けないから同行しても退屈だと伝えたのだが、どうも昨日の喧嘩で花が駄目になったことを気にしていたようで、きちんと依頼が完了したところを見届けないとすっきりしないとのことだ。なんともまあ律儀なことだ。
「そういえばアンタたち。これで仕事は終わりだけど、この後何か予定でもあるの?」
「予定と言うほどじゃないんだが、ちょいと調べたいことがあってな」
「それって冒険者協会でってこと? 何を調べるの?」
興味を引いたのかリアナがぐいぐいと迫ってくる。面白そうなものを見つけたら近くに寄ってくるその様は、どことなく子どもや犬の姿を連想させたが、そう考えていることがバレたら怒りそうなので、すぐにその想像を掻き消す。
調べたいことというのは、何を隠そうコーネルの足跡についてだ。昨日は色々あったせいで調べる余裕がなかったが、今日こそは本来の目的を果たそうと思っている。コーネルの出自や活動を知ることができれば、その情報を基に血追いの徒の活動範囲を調べることができると思う。
冒険者協会ならばコーネルの個人記録を保管しているはずだから、それを知ることができれば早いのだが……個人の情報をやすやすと教えてくれる可能性は低いだろう。個人の情報というのは、それだけ重要なものだ。
いちおう受付でも聞いてみるつもりだが、それよりもコーネルを知る冒険者たちに聞いて回ったほうが早そうだ。
最低でも、コーネルがここに来る前はどこに居たたのかくらいは知りたいところだ。ということで――
「実はコーネルのことを追っていてな。リアナは、あいつがどこから来たか知らないか?」
リアナたちは一時的にとは言え、コーネルとパーティーを組んで、しばらくは寝食を共にしていたのだ。その間雑談の話題として何か聞いているのではないかと少し期待しての問いだったが、しかし残念ながらリアナの反応は俺の期待に応えるものではなかった。
「コーネルですって⁉ アイツを見つけたの⁉」
「話を聞いていたか? わからないからこうして聞いたんだろうが……うん?」
なんだ今の会話? こう、話を聞いていないとかではないような、奇妙な違和感を感じたんだが……もしかして、前提の認識が違うのか?
「なあリアナ、ロスウェル村での一件について領主様から何か言われているか?」
「え、急に話が変わったわね……まあ、アンタたちは当事者だし教えても大丈夫か」
話を聞くとやはり、リアナたちはコーネルがどうなったのかも彼女たちは知らないようだった。それに加えて、領主様から本来の報酬とは別に少なくない金額を握らされて喰血哭についてのことを口外しないように言い含められていた。
リアナたちが領主様から報酬を受け取ってロスウェル村を去ったのは、喰血哭を討伐した翌日。つまりロスウェル村の人々による畑の修復作業が開始した日だ。
その頃には既にコーネルの死体は発見されていたし、俺の口から領主様へ奴をどうしたかを伝えている。にもかかわらずリアナが知らないということは、おそらく領主様が意図的に隠したのだろう。
「冒険者協会にも話すなとも言われたけど、その時は流石のアタシも「ん?」って思ったわね。アタシでも疑問に思ったんだから、経験豊富なカイルたちは当然、冒険者協会には報告すべきだって主張したわ。でもあの子爵様は、先に国王に報告してそれから正式に調査を終えてから国から冒険者協会に話すって言って説得されたのよね。これ以上騒ぎが大きくならないようにって」
「……そういえば、軍の救援を要請していたな」
領主様の事情を理解しているわけではないが、おそらくは危機的な状況へ備えた方々への根回しが、貴族としての領主様の立場を危うくしたのではないだろうか
喰血哭は、正真正銘Aランクの魔物だ。Aランクというのは、一体だけでも町ひとつを滅ぼせるほどの危険性を持つ存在だ。人が住む場所の近くに見つかれば、最大の脅威として国から軍が派遣されるほどだ。だからこそあの日、領主様は王都へ向けて緊急の手紙を送り軍の派遣を要請したのだ。
それに加えて、喰血哭はただのAランクではない。この国では伝説に語られるほどの有名な魔物だ。国としては、決して無視はできるものではないだろう。もしこの国の軍が喰血哭と正面からぶつかったのなら、その被害は計り知れない。喰血哭の弱点が水であることを見抜けないままだったならば、軍の全滅すらあり得た。
俺自身が掛けた魔術の効果によるものではあるが、あの血の装甲はそれほどまでに厄介な代物だった。
このことを考えれば、軍の派遣を要請するのは妥当どころか当然の対策と言える。
ところがだ。そんな伝説的な魔物である喰血哭が、あろうことか手紙を出したその翌日の夜に討伐されたのだ。それも、村の僅かな兵によって。
奇跡のような偉業ではあるが、現実に起こった奇跡を現場を見ていない人間に信じさせるのは不可能だ。
起こったことはすべて真実で、下手をすれば国を揺るがすほどの脅威が倒されたのは僥倖以外の何ものではないのだが、残念なことにそれを証明できるのはあの時ロスウェル村にいた者だけである。
軍隊でも討伐できるわからない脅威を相手にたった六十余りという兵力で討伐したというのは、とうてい信じられる話ではない。
これは領主様にとっては頭の痛いことだ。これでは領主様は、いたずらに国王を騒がせた貴族として国王や他領の貴族からの心象が悪化するのは避けられないだろう。
幸いなのは、喰血哭の存在を証言できる人間がリアナたちを含めて何十人もいるという点と、喰血哭の魔石があることだが、これらの証拠がどこまで信用を回復させるものになるのか。
「ま、細かいことに関しては、リアナが良く知っているんじゃないの? 何しろ子爵様の娘なわけだし」
「……そうね。この件に関しては、村を出る前にお父様から色々教えてもらったわ」
「やっぱりね。それで? この話とコーネルには、何か関りがあるの? アンタたちがしばらく村に帰れないのは、コーネルが原因なわけ?」
「……待て。何で俺たちが村に帰れないと知っている?」
リアナには俺たちの旅の目的を話してはいない。確かに村を出て冒険者にはなったが、普通なら故郷にはいつでも帰れると考えるはずだ。俺が記憶している限り、リアナにはひと言だって話していないのに、こいつはいったいどこから……。
「別に確信があったわけじゃなかったんだけど、アンタのその反応を見るに正解みたいね。ちょっと、そんな怖い目で見ないでよ。アタシがそう思ったのは、昨日のアゼルの言葉からなんだからね?」
「なんだって?」
「フローレ草を摘んでいるときにロスウェル村の森にある泉の話をしていたじゃない。あの時のアンタ、村に帰るって言うとき「もし」とか「仮に」とか、あやふやなこと言ってたじゃない。フィリアもそれに何の反応もしなかったし、それだけで何か難しい事情があるなーっていうのはなんとなくわかったわ」
何でもないように言うリアナだったが、俺とフィリアは目を見開いたり瞬くなどをして驚きを露わにする。
こいつ、思ったよりも細かいことに気が回るな。おまけに頭もよく回る。まさかこんな小さな言葉の端を切り取って、俺たちの事情を推測するとはな。
「驚いたな。お前はもうちょっと単純で馬鹿だと思っていたよ」
「……ちょっと。アンタ普段からアタシのことどう思っているのよ?」
自分の言葉から推測されたことに若干の悔しさを感じたので、俺は負け惜しみ代わりに軽い悪口を吐いた。リアナはそれに対し不満げな顔で文句を言うが、その表情にはどこか勝ち誇った気配を感じる。
しかし、困ったな。まさかコーネルが死んだことを知らないとは。領主様が伏せているのなら、隠していたほうがいいだろうか?
「……そうね。リアナも立派な当事者だし、話してもいいかも」
俺が悩んでいると、フィリアがそんなことを言った。
「いいのか?」
「あの時一緒にいたリアナ達なら信用できるわ。勿論、正式な発表があるまでは言いふらしたりしないで欲しいけど……」
「わかってるわよ。子爵様からも口止め料貰っているし、アタシも冒険者として依頼主の秘密の一つや二つくらい守るわ……それで? 何でコーネルを探しているの?」
リアナもコーネルに対して思うことがあったのか、真面目な表情を浮かべながらも興味津々といった様子で前のめりになる。
「調査してわかったことなんだけど、実は喰血哭が村を襲ったのはコーネルさんの仕業だったのよ」
「……え?」
「コーネルさんはあの「血追いの徒」の信徒でね、喰血哭を利用して、教団の邪悪な儀式をしようと――」
「ちょ、ちょっと待って! 血追いの徒⁉︎ あの有名な邪教じゃない⁉︎ おまけに儀式って、どういうことよ⁉︎」
これらの事実はリアナの予想を遥かに超えていたようで、まだ話し始めだと言うのに早くも慌て始め声が大きくなる。やれやれ、秘密の話だというのに……ここが誰もいない森の中で良かったよ。
領主様の口振りからわかっていたことではあるが、やはり血追いの徒は民間でも有名な組織のようだ。どうやら俺が追っている組織は、俺の想像よりも大きな組織みたいだな。
念の為周囲に人の気配がないことを確認し、フィリアと俺はコーネルがやろうとしていた計画を順を追って説明していった。話が進んでいくにつれてリアナの口数は減っていったが、その表情は怒りの感情に染まっていき、血追いの徒の儀式の話をしたあたりからは、明確な不快感を露わにしていた。
「まともじゃないわね……血塗れ夜王の復活とか、血を捧げる儀式とか。それを本気で信じているのも含めて、イカレてるとしか言いようがないわ」
「それに関しては私も同感。お父様から話を聞いたときは、しばらく理解できずに唖然としたわ。それから恐怖も。そんな組織が私たちの何世代も前から存在して今も活動を続けているだなんてね」
実際に話を聞いていた俺も、奴らの正気を疑った。一度狂気に身を浸して凶行に及んだ俺ではあるが、理解できないし相容れないなと感じた。
恐ろしいのは、コーネルはまったくの正気で、理性と信仰を以って凶行を行っているということだ。まったくもって頭が痛い。奴らの信仰の対象が血塗れ夜王ということと、聖遺物と崇めているのが俺の旅の目的であることも含めて……。
「なるほどねえ。だから逃げ出したコーネルを探しているのね。でもそれなら、早く発表してコーネルを指名手配にしたほうが良いんじゃない? 相手が血追いの徒なら尚更」
「それは……」
リアナの疑問にフィリアが言い淀む。説明をしていたのは主にフィリアだったのだが、彼女は意図的に一部の情報を伏せていた。そう、コーネルが既に死んでいるということについてだ。
説明している間も彼女は何度か俺に視線を送り、こちらを気遣いながら話していた。この様子からやはり、フィリアは俺が直接夜王の遺物を破壊したことや、コーネルを殺したことを知っている。本当に、領主様から全て聞いてついて来たんだな……。
彼女がコーネルの死を伏せているのは、単純に俺への心象が悪くならないように配慮しているのだろう。彼女らしい、優しい気遣いだが、村を出た今の俺にはあまり必要のない事だ。人殺しを理由に迫害される心配も、追い出される土地もなくなったのだからな。
「指名手配はされないさ。コーネル本人の身柄は既に押さえていると言えるしな」
俺の言葉にリアナは疑問から、フィリアは心配から戸惑ったように俺を見る。
「アゼル、いいの?」
「いい。やったことは事実だしな。積極的に話すことじゃないが、村を出た今では躍起になって隠すほどでもない」
リアナもいちおう今回の被害者ともいえるし、ましてやコーネルは犯罪者。魔物や盗賊が跋扈しているこの世界において、犯罪者の命は非常に軽い。犯罪者に人権は無い、とまではいかないが軽視されがちなのが実態だ。
コーネルが正しく犯罪者であると証明できれば、俺自身に殺人の罪が課されることはない。
「コーネルは既に死んでいる。俺が殺した」
「……アゼルが?」
「ああ。コーネルが血追いの徒であるとわかったのも、回収したコーネルの死体に教団の刺青が彫られていたからだ。計画のあれこれも、俺が本人の口から聞き出したものだ」
俺の告発にリアナは唖然とする。コーネルが死んだとは、ましてや俺が殺したとは思ってはいなかったのだろう。
しかし、次の瞬間にはどこか納得したような表情で軽く頷いて見せた。
「そう、だったのね。どうりでこの町に戻っても、コーネルを見たという人が居なかったのね」
「なんだ、リアナもコーネルのこと調べていたのか?」
「ちょっと、ね。Bランクのくせして、命に関わる窮地でアタシたちを見捨てたことを問い質してやろうと思ってね。でもカイルたちと一緒にカルディナに戻っても、コーネルの姿どころか、喰血哭が出たっていう情報が噂程度にも広まっていなかったから、ずっと不思議に思っていたのよ。コーネルが町に戻ってたら、絶対喰血哭のことを言いふらしているはずだもん……」
まさか死んでいるなんてねー。そう言って彼女は肩を竦めた。
しかしそうか、リアナもコーネルの行方を調べていたのか。彼女がどのよう方法と文言で探していたかはわからないが、奴が生きている前提で探していたのではいつまでたっても欲する情報は得られなかっただろう。
リアナの仕草から軽い徒労感が感じられたが、おそらくあっちこっち聞き回ったのだろうな。彼女達には世話になったことだし、これで僅かばかりの礼にはなっただろうか。
「あれ? コーネルが死んでるなら、なんでアンタ達は故郷を離れて死人の足取りを追ってるわけ? フィリアはともかく、アゼルは冒険者に憧れて村を離れるような性格じゃないでしょ?」
「……お前は俺の何を知っているんだよ」
随分と知ったような口振りをしてくれるが、その評価は非常に正確と言わざるを得ない。今日を含めても行動を共にしたのは四回しかないというのに、俺の性格がすっかり見抜かれたようで若干の不気味さすら感じる。
「アンタたち二人は素直でわかりやすいわよ。人の喋り方でなんとなくその人の性格がわかるの、アタシ……で、どうなの?」
言外に「アタシの推理当たっているでしょ?」と上目で見つめるリアナに対し、俺は軽く両手を挙げて降参の意を示す。本当は俺達の旅の理由までは言うつもりは無かったのだが、そこに気付くとはいやはや恐れ入った。
「コーネルの足取りを追っているのは、血追いの徒――正確には夜王の遺物を見つけ出して、それをひとつ残らず壊すためだ」
「……聞くからに無茶な目的だけど、その点は一回スルーするわ。なんでそんなことを? アゼルの目的を軽んじるつもりはないけど、大好きな故郷を離れてアンタが危険を冒す必要無いじゃない」
「なんでって、そりゃあ……」
ふむ、改めて聞かれるとちょっと困ったな。俺の事情としては、前世の後始末という意味合いが大きい。当時は……というか、少し前までは俺の魔道具が他の誰かに使われるとは思ってもなかったから、放置してもいいかと思っていたからな。
それ以外の理由を挙げるとしたら、俺が俺の目的のために作った武器を、どことも知らない輩に良いように使われるのは、なんとなく嫌だというのもある。ただそれを説明することは当然だができない。
うーん、理由、理由ねえ……これらの事情を省いて理由を挙げるとなると、強いて言うなら――――
「復讐……だな」
「復讐?」
復讐――何気なく口に出した単語だが、思いの外自分の中でしっくりきた。
やつら血追いの徒のせいで、ロスウェル村は傷付いた。俺の第二の――否、生まれて初めての故郷と呼ぶべき場所が侵されて、家族の次に大切な村の人たち命が奪われた。
であるならば、血追いの徒と夜王の遺物を破壊するという目的は、復讐というのが相応しい。
「俺の大切なモノを奪ったんだ。失ったらもう二度と戻らない大切なモノを、な。であるなら――奴らも同じモノを支払ってもらうさ」
そしてもう二度と、夜王の遺物を利用しようとする輩が現れないよう、ひとつ残らず、ひとり残らず、徹底的に破壊し尽くす。たとえどれだけの時間がかかろうとも……。
そこまで考えたところで、ふと俺の中に自虐的な感情が沸き上がるのを感じ、思わず口の端が歪んだ。
「アゼル……?」
すると突然、俺の頬に柔らかな物が触れ僅かな温もりが伝わってきた。その感覚に少し驚きそちらを見やると、いつの間にかフィリアが手を伸ばして俺の顔に触れていた。その表情は何故か少し不安そうだ。
「いきなりどうした?」
「……わかんない。でも、なんだか怖くて」
怖い? 魔物か何かの気配でも感じたのだろうか。
俺の知覚には何も感じないが、フィリアの不安そうな様子を見て周囲を見渡す。しかし見渡せど、目に映るのは草木の緑ばかりで、それらしい姿も気配もひとつとして見当たらない。
念のため身体強化で五感を強化したり、一瞬だけ【飢魔招香《きましょうこう》】を発動して釣りだそうとしてみるも、やはり何かが現れる様子は無かった。
「何にもいないぞ。勘違いじゃないのか?」
「……そういう意味じゃなかったんだけど」
俺が周囲の安全を教えてやると、フィリアは何とも言えないような微妙な顔をしながらも、俺の頬から手を放した。
解せぬ。怖いと言うから警戒したのに……。
「……はい、そこー。急にいちゃつかないのー。まったく、今の今までアタシと話していたってのに」
「いちゃつくってなんだ、いちゃつくって……」
「はいはい。ま、事情はよくわかったわ。それなら早く帰って、コーネルがどこから来たのか聞いて回らないとねー」
そう言うとリアナはどこか呆れた様子で、俺達の前をずんずんと歩いていく。
なんだあいつ、急に興味を失ったみたいに……。元はと言えば、お前が聞いたから話したというのに。
どこか釈然としないまま、俺はその後ろを追いかけて行く。
「あ、そうだ。アンタ達、冒険者協会に着いたら集られると思うから覚悟しておきなさいよー?」
前を進むリアナがふと思い出したかのようにそう言う。それは……どういう意味だ?
ゴルドたち鉄牙団との試合を終えた俺たちは、受付に向かい粘魔の魔石とフローレ草を提出して、無事に依頼報酬を受け取った。
緋露芍薬の依頼の方は、やはり花が大きく傷ついてしまったため依頼達成とはならなかった。手続きをしてくれた受付の研究者も酒場での騒ぎを見ていたため、同情の眼差しを向けてくれたが、残念ながら温情の措置は取られなかった。
どうも俺が選んだ依頼の主は、薬効のある根っこではなく花の方を真に欲しているらしく、根っこはあくまで「ついで」ということだった。幸いなことに、リアナが言った通り依頼には期限が設けられていなかったから、長く放置しない限りは花の提出は待ってくれる事となったのだ。
どうせまた花を採りに行くということならということで、受付の研究者は根っこのみを指定した採取依頼を持ってきて、無事な状態で手元に残っていた根っこを買い取りを提案してくれたが、俺はその申し出を丁寧に断った。
金には困っていないしまた土を掘り返すのは面倒臭かったのもあるが、それ以上に最初に受けた依頼なのだからきちんとした形で終わらせたいという意地が出たのだ。
「よし、数もぴったり揃ったな。来て早々だが、もう帰るぞー」
昨日と同じく花を血染布で包みながら、フィリアとリアナに声をかける。
「りょうかーい。昨日ここを見つけられたおかげで早く終わったわね」
ちなみに、今日もリアナは俺たちについて来ていた。
冒険者協会を離れた後、彼女は俺たちが泊まっている「樫の木のリス」の酒場で共に食事をして、そのまま部屋を取って泊っていったのだ。
宿を出た後も緋露芍薬の依頼を優先で片付けるため、冒険者協会には寄らず真っ先にこの森に来たのだが、宿を出た以降もリアナは俺たちから離れようとはせず結局今回も行動を共にしている。
今日は他に依頼を受けないから同行しても退屈だと伝えたのだが、どうも昨日の喧嘩で花が駄目になったことを気にしていたようで、きちんと依頼が完了したところを見届けないとすっきりしないとのことだ。なんともまあ律儀なことだ。
「そういえばアンタたち。これで仕事は終わりだけど、この後何か予定でもあるの?」
「予定と言うほどじゃないんだが、ちょいと調べたいことがあってな」
「それって冒険者協会でってこと? 何を調べるの?」
興味を引いたのかリアナがぐいぐいと迫ってくる。面白そうなものを見つけたら近くに寄ってくるその様は、どことなく子どもや犬の姿を連想させたが、そう考えていることがバレたら怒りそうなので、すぐにその想像を掻き消す。
調べたいことというのは、何を隠そうコーネルの足跡についてだ。昨日は色々あったせいで調べる余裕がなかったが、今日こそは本来の目的を果たそうと思っている。コーネルの出自や活動を知ることができれば、その情報を基に血追いの徒の活動範囲を調べることができると思う。
冒険者協会ならばコーネルの個人記録を保管しているはずだから、それを知ることができれば早いのだが……個人の情報をやすやすと教えてくれる可能性は低いだろう。個人の情報というのは、それだけ重要なものだ。
いちおう受付でも聞いてみるつもりだが、それよりもコーネルを知る冒険者たちに聞いて回ったほうが早そうだ。
最低でも、コーネルがここに来る前はどこに居たたのかくらいは知りたいところだ。ということで――
「実はコーネルのことを追っていてな。リアナは、あいつがどこから来たか知らないか?」
リアナたちは一時的にとは言え、コーネルとパーティーを組んで、しばらくは寝食を共にしていたのだ。その間雑談の話題として何か聞いているのではないかと少し期待しての問いだったが、しかし残念ながらリアナの反応は俺の期待に応えるものではなかった。
「コーネルですって⁉ アイツを見つけたの⁉」
「話を聞いていたか? わからないからこうして聞いたんだろうが……うん?」
なんだ今の会話? こう、話を聞いていないとかではないような、奇妙な違和感を感じたんだが……もしかして、前提の認識が違うのか?
「なあリアナ、ロスウェル村での一件について領主様から何か言われているか?」
「え、急に話が変わったわね……まあ、アンタたちは当事者だし教えても大丈夫か」
話を聞くとやはり、リアナたちはコーネルがどうなったのかも彼女たちは知らないようだった。それに加えて、領主様から本来の報酬とは別に少なくない金額を握らされて喰血哭についてのことを口外しないように言い含められていた。
リアナたちが領主様から報酬を受け取ってロスウェル村を去ったのは、喰血哭を討伐した翌日。つまりロスウェル村の人々による畑の修復作業が開始した日だ。
その頃には既にコーネルの死体は発見されていたし、俺の口から領主様へ奴をどうしたかを伝えている。にもかかわらずリアナが知らないということは、おそらく領主様が意図的に隠したのだろう。
「冒険者協会にも話すなとも言われたけど、その時は流石のアタシも「ん?」って思ったわね。アタシでも疑問に思ったんだから、経験豊富なカイルたちは当然、冒険者協会には報告すべきだって主張したわ。でもあの子爵様は、先に国王に報告してそれから正式に調査を終えてから国から冒険者協会に話すって言って説得されたのよね。これ以上騒ぎが大きくならないようにって」
「……そういえば、軍の救援を要請していたな」
領主様の事情を理解しているわけではないが、おそらくは危機的な状況へ備えた方々への根回しが、貴族としての領主様の立場を危うくしたのではないだろうか
喰血哭は、正真正銘Aランクの魔物だ。Aランクというのは、一体だけでも町ひとつを滅ぼせるほどの危険性を持つ存在だ。人が住む場所の近くに見つかれば、最大の脅威として国から軍が派遣されるほどだ。だからこそあの日、領主様は王都へ向けて緊急の手紙を送り軍の派遣を要請したのだ。
それに加えて、喰血哭はただのAランクではない。この国では伝説に語られるほどの有名な魔物だ。国としては、決して無視はできるものではないだろう。もしこの国の軍が喰血哭と正面からぶつかったのなら、その被害は計り知れない。喰血哭の弱点が水であることを見抜けないままだったならば、軍の全滅すらあり得た。
俺自身が掛けた魔術の効果によるものではあるが、あの血の装甲はそれほどまでに厄介な代物だった。
このことを考えれば、軍の派遣を要請するのは妥当どころか当然の対策と言える。
ところがだ。そんな伝説的な魔物である喰血哭が、あろうことか手紙を出したその翌日の夜に討伐されたのだ。それも、村の僅かな兵によって。
奇跡のような偉業ではあるが、現実に起こった奇跡を現場を見ていない人間に信じさせるのは不可能だ。
起こったことはすべて真実で、下手をすれば国を揺るがすほどの脅威が倒されたのは僥倖以外の何ものではないのだが、残念なことにそれを証明できるのはあの時ロスウェル村にいた者だけである。
軍隊でも討伐できるわからない脅威を相手にたった六十余りという兵力で討伐したというのは、とうてい信じられる話ではない。
これは領主様にとっては頭の痛いことだ。これでは領主様は、いたずらに国王を騒がせた貴族として国王や他領の貴族からの心象が悪化するのは避けられないだろう。
幸いなのは、喰血哭の存在を証言できる人間がリアナたちを含めて何十人もいるという点と、喰血哭の魔石があることだが、これらの証拠がどこまで信用を回復させるものになるのか。
「ま、細かいことに関しては、リアナが良く知っているんじゃないの? 何しろ子爵様の娘なわけだし」
「……そうね。この件に関しては、村を出る前にお父様から色々教えてもらったわ」
「やっぱりね。それで? この話とコーネルには、何か関りがあるの? アンタたちがしばらく村に帰れないのは、コーネルが原因なわけ?」
「……待て。何で俺たちが村に帰れないと知っている?」
リアナには俺たちの旅の目的を話してはいない。確かに村を出て冒険者にはなったが、普通なら故郷にはいつでも帰れると考えるはずだ。俺が記憶している限り、リアナにはひと言だって話していないのに、こいつはいったいどこから……。
「別に確信があったわけじゃなかったんだけど、アンタのその反応を見るに正解みたいね。ちょっと、そんな怖い目で見ないでよ。アタシがそう思ったのは、昨日のアゼルの言葉からなんだからね?」
「なんだって?」
「フローレ草を摘んでいるときにロスウェル村の森にある泉の話をしていたじゃない。あの時のアンタ、村に帰るって言うとき「もし」とか「仮に」とか、あやふやなこと言ってたじゃない。フィリアもそれに何の反応もしなかったし、それだけで何か難しい事情があるなーっていうのはなんとなくわかったわ」
何でもないように言うリアナだったが、俺とフィリアは目を見開いたり瞬くなどをして驚きを露わにする。
こいつ、思ったよりも細かいことに気が回るな。おまけに頭もよく回る。まさかこんな小さな言葉の端を切り取って、俺たちの事情を推測するとはな。
「驚いたな。お前はもうちょっと単純で馬鹿だと思っていたよ」
「……ちょっと。アンタ普段からアタシのことどう思っているのよ?」
自分の言葉から推測されたことに若干の悔しさを感じたので、俺は負け惜しみ代わりに軽い悪口を吐いた。リアナはそれに対し不満げな顔で文句を言うが、その表情にはどこか勝ち誇った気配を感じる。
しかし、困ったな。まさかコーネルが死んだことを知らないとは。領主様が伏せているのなら、隠していたほうがいいだろうか?
「……そうね。リアナも立派な当事者だし、話してもいいかも」
俺が悩んでいると、フィリアがそんなことを言った。
「いいのか?」
「あの時一緒にいたリアナ達なら信用できるわ。勿論、正式な発表があるまでは言いふらしたりしないで欲しいけど……」
「わかってるわよ。子爵様からも口止め料貰っているし、アタシも冒険者として依頼主の秘密の一つや二つくらい守るわ……それで? 何でコーネルを探しているの?」
リアナもコーネルに対して思うことがあったのか、真面目な表情を浮かべながらも興味津々といった様子で前のめりになる。
「調査してわかったことなんだけど、実は喰血哭が村を襲ったのはコーネルさんの仕業だったのよ」
「……え?」
「コーネルさんはあの「血追いの徒」の信徒でね、喰血哭を利用して、教団の邪悪な儀式をしようと――」
「ちょ、ちょっと待って! 血追いの徒⁉︎ あの有名な邪教じゃない⁉︎ おまけに儀式って、どういうことよ⁉︎」
これらの事実はリアナの予想を遥かに超えていたようで、まだ話し始めだと言うのに早くも慌て始め声が大きくなる。やれやれ、秘密の話だというのに……ここが誰もいない森の中で良かったよ。
領主様の口振りからわかっていたことではあるが、やはり血追いの徒は民間でも有名な組織のようだ。どうやら俺が追っている組織は、俺の想像よりも大きな組織みたいだな。
念の為周囲に人の気配がないことを確認し、フィリアと俺はコーネルがやろうとしていた計画を順を追って説明していった。話が進んでいくにつれてリアナの口数は減っていったが、その表情は怒りの感情に染まっていき、血追いの徒の儀式の話をしたあたりからは、明確な不快感を露わにしていた。
「まともじゃないわね……血塗れ夜王の復活とか、血を捧げる儀式とか。それを本気で信じているのも含めて、イカレてるとしか言いようがないわ」
「それに関しては私も同感。お父様から話を聞いたときは、しばらく理解できずに唖然としたわ。それから恐怖も。そんな組織が私たちの何世代も前から存在して今も活動を続けているだなんてね」
実際に話を聞いていた俺も、奴らの正気を疑った。一度狂気に身を浸して凶行に及んだ俺ではあるが、理解できないし相容れないなと感じた。
恐ろしいのは、コーネルはまったくの正気で、理性と信仰を以って凶行を行っているということだ。まったくもって頭が痛い。奴らの信仰の対象が血塗れ夜王ということと、聖遺物と崇めているのが俺の旅の目的であることも含めて……。
「なるほどねえ。だから逃げ出したコーネルを探しているのね。でもそれなら、早く発表してコーネルを指名手配にしたほうが良いんじゃない? 相手が血追いの徒なら尚更」
「それは……」
リアナの疑問にフィリアが言い淀む。説明をしていたのは主にフィリアだったのだが、彼女は意図的に一部の情報を伏せていた。そう、コーネルが既に死んでいるということについてだ。
説明している間も彼女は何度か俺に視線を送り、こちらを気遣いながら話していた。この様子からやはり、フィリアは俺が直接夜王の遺物を破壊したことや、コーネルを殺したことを知っている。本当に、領主様から全て聞いてついて来たんだな……。
彼女がコーネルの死を伏せているのは、単純に俺への心象が悪くならないように配慮しているのだろう。彼女らしい、優しい気遣いだが、村を出た今の俺にはあまり必要のない事だ。人殺しを理由に迫害される心配も、追い出される土地もなくなったのだからな。
「指名手配はされないさ。コーネル本人の身柄は既に押さえていると言えるしな」
俺の言葉にリアナは疑問から、フィリアは心配から戸惑ったように俺を見る。
「アゼル、いいの?」
「いい。やったことは事実だしな。積極的に話すことじゃないが、村を出た今では躍起になって隠すほどでもない」
リアナもいちおう今回の被害者ともいえるし、ましてやコーネルは犯罪者。魔物や盗賊が跋扈しているこの世界において、犯罪者の命は非常に軽い。犯罪者に人権は無い、とまではいかないが軽視されがちなのが実態だ。
コーネルが正しく犯罪者であると証明できれば、俺自身に殺人の罪が課されることはない。
「コーネルは既に死んでいる。俺が殺した」
「……アゼルが?」
「ああ。コーネルが血追いの徒であるとわかったのも、回収したコーネルの死体に教団の刺青が彫られていたからだ。計画のあれこれも、俺が本人の口から聞き出したものだ」
俺の告発にリアナは唖然とする。コーネルが死んだとは、ましてや俺が殺したとは思ってはいなかったのだろう。
しかし、次の瞬間にはどこか納得したような表情で軽く頷いて見せた。
「そう、だったのね。どうりでこの町に戻っても、コーネルを見たという人が居なかったのね」
「なんだ、リアナもコーネルのこと調べていたのか?」
「ちょっと、ね。Bランクのくせして、命に関わる窮地でアタシたちを見捨てたことを問い質してやろうと思ってね。でもカイルたちと一緒にカルディナに戻っても、コーネルの姿どころか、喰血哭が出たっていう情報が噂程度にも広まっていなかったから、ずっと不思議に思っていたのよ。コーネルが町に戻ってたら、絶対喰血哭のことを言いふらしているはずだもん……」
まさか死んでいるなんてねー。そう言って彼女は肩を竦めた。
しかしそうか、リアナもコーネルの行方を調べていたのか。彼女がどのよう方法と文言で探していたかはわからないが、奴が生きている前提で探していたのではいつまでたっても欲する情報は得られなかっただろう。
リアナの仕草から軽い徒労感が感じられたが、おそらくあっちこっち聞き回ったのだろうな。彼女達には世話になったことだし、これで僅かばかりの礼にはなっただろうか。
「あれ? コーネルが死んでるなら、なんでアンタ達は故郷を離れて死人の足取りを追ってるわけ? フィリアはともかく、アゼルは冒険者に憧れて村を離れるような性格じゃないでしょ?」
「……お前は俺の何を知っているんだよ」
随分と知ったような口振りをしてくれるが、その評価は非常に正確と言わざるを得ない。今日を含めても行動を共にしたのは四回しかないというのに、俺の性格がすっかり見抜かれたようで若干の不気味さすら感じる。
「アンタたち二人は素直でわかりやすいわよ。人の喋り方でなんとなくその人の性格がわかるの、アタシ……で、どうなの?」
言外に「アタシの推理当たっているでしょ?」と上目で見つめるリアナに対し、俺は軽く両手を挙げて降参の意を示す。本当は俺達の旅の理由までは言うつもりは無かったのだが、そこに気付くとはいやはや恐れ入った。
「コーネルの足取りを追っているのは、血追いの徒――正確には夜王の遺物を見つけ出して、それをひとつ残らず壊すためだ」
「……聞くからに無茶な目的だけど、その点は一回スルーするわ。なんでそんなことを? アゼルの目的を軽んじるつもりはないけど、大好きな故郷を離れてアンタが危険を冒す必要無いじゃない」
「なんでって、そりゃあ……」
ふむ、改めて聞かれるとちょっと困ったな。俺の事情としては、前世の後始末という意味合いが大きい。当時は……というか、少し前までは俺の魔道具が他の誰かに使われるとは思ってもなかったから、放置してもいいかと思っていたからな。
それ以外の理由を挙げるとしたら、俺が俺の目的のために作った武器を、どことも知らない輩に良いように使われるのは、なんとなく嫌だというのもある。ただそれを説明することは当然だができない。
うーん、理由、理由ねえ……これらの事情を省いて理由を挙げるとなると、強いて言うなら――――
「復讐……だな」
「復讐?」
復讐――何気なく口に出した単語だが、思いの外自分の中でしっくりきた。
やつら血追いの徒のせいで、ロスウェル村は傷付いた。俺の第二の――否、生まれて初めての故郷と呼ぶべき場所が侵されて、家族の次に大切な村の人たち命が奪われた。
であるならば、血追いの徒と夜王の遺物を破壊するという目的は、復讐というのが相応しい。
「俺の大切なモノを奪ったんだ。失ったらもう二度と戻らない大切なモノを、な。であるなら――奴らも同じモノを支払ってもらうさ」
そしてもう二度と、夜王の遺物を利用しようとする輩が現れないよう、ひとつ残らず、ひとり残らず、徹底的に破壊し尽くす。たとえどれだけの時間がかかろうとも……。
そこまで考えたところで、ふと俺の中に自虐的な感情が沸き上がるのを感じ、思わず口の端が歪んだ。
「アゼル……?」
すると突然、俺の頬に柔らかな物が触れ僅かな温もりが伝わってきた。その感覚に少し驚きそちらを見やると、いつの間にかフィリアが手を伸ばして俺の顔に触れていた。その表情は何故か少し不安そうだ。
「いきなりどうした?」
「……わかんない。でも、なんだか怖くて」
怖い? 魔物か何かの気配でも感じたのだろうか。
俺の知覚には何も感じないが、フィリアの不安そうな様子を見て周囲を見渡す。しかし見渡せど、目に映るのは草木の緑ばかりで、それらしい姿も気配もひとつとして見当たらない。
念のため身体強化で五感を強化したり、一瞬だけ【飢魔招香《きましょうこう》】を発動して釣りだそうとしてみるも、やはり何かが現れる様子は無かった。
「何にもいないぞ。勘違いじゃないのか?」
「……そういう意味じゃなかったんだけど」
俺が周囲の安全を教えてやると、フィリアは何とも言えないような微妙な顔をしながらも、俺の頬から手を放した。
解せぬ。怖いと言うから警戒したのに……。
「……はい、そこー。急にいちゃつかないのー。まったく、今の今までアタシと話していたってのに」
「いちゃつくってなんだ、いちゃつくって……」
「はいはい。ま、事情はよくわかったわ。それなら早く帰って、コーネルがどこから来たのか聞いて回らないとねー」
そう言うとリアナはどこか呆れた様子で、俺達の前をずんずんと歩いていく。
なんだあいつ、急に興味を失ったみたいに……。元はと言えば、お前が聞いたから話したというのに。
どこか釈然としないまま、俺はその後ろを追いかけて行く。
「あ、そうだ。アンタ達、冒険者協会に着いたら集られると思うから覚悟しておきなさいよー?」
前を進むリアナがふと思い出したかのようにそう言う。それは……どういう意味だ?
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