血染めの世界に花は咲くか

巳水

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57話:不完全燃焼

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「――【振土トレマー】!」

 その声が響くと同時に、俺たちの地面が大きく揺れる。ゴルドの仲間もギリギリ魔術の範囲に入っていたのか、身体を大きくふらつかせたが辛うじて転ぶことは無かった。ゴルドの方は駆け寄りながら戦斧を振り上げていたこともあり、完全にバランスを崩してしまい前のめりになって倒れる。
 対する俺は一瞬ふらついたものの、すぐに両足を踏ん張り体勢を立て直すことに成功する。……それが良くなかった。

「あ……」

 突如襲った揺れとこちらに向かって倒れるゴルドに驚き、俺は半ば反射的に右手を突き出していた。放った拳はゴルドの鳩尾へ予想以上に深くめり込み、一時的にゴルドを【振土トレマー】の振動から離れさせる。

「おごぉ……」

 身体を「く」の字に曲げて空中に浮いたゴルドは呻き声を上げると、受け身の姿勢もとらずに揺れる地面に落下していった。

「しまった⁉ おい、早く魔術を解け!」
「え、わ、わかった!」

 リアナの返事と共に地面に流れていた魔力が霧散すると、まるで夢だったかのようにすぐに揺れが収まる。
 地面に倒れたままピクリとも動かないゴルドを、俺は急いでひっくり返し拳がめり込んだ箇所の状態を確認する。拳の感触からは皮膚を貫いた感じも骨を砕いた感じもしなかったが……大丈夫だろうか?
 急に身体が近付いたことに驚いて、反射的に拳を突き出してしまったから少し力が入ってしまった。加えて、ゴルドも前のめりになって倒れたことで、奴の体重と走行の勢いも乗ってしまった。

「ふう……どうやら、無事みたいだな。内臓も破裂していないようだし、ただ気絶しているだけか」

 あまりの衝撃に一瞬で意識が刈り取られたのか、ゴルドは瞼を開けたまま白目を剥き、大口を開けながら時折ピクピクと痙攣している。Cランク冒険者としてはなんとも情けない姿ではあるが、とりあえず命に別状はないようだ。
 安堵の息を吐きながら、俺は残った二人に視線を向ける。

「あー、どうする……まだやるか?」
「い、いや……」
「そうか。俺も気が済んだ……気絶したこの二人は、仲間のあんたらが始末してくれ」

 それだけ言い放つと、落とした木剣を拾い観戦席にいる二人のもとへ向かう。背後から慌ただしくガチャガチャとした音が聞こえた後、引きずるような音がして遠ざかっていく。気絶した二人を隅の方に運んだのだろう。

「アゼル、大丈夫?」

 二人に合流すると、フィリアが心配そうな面持ちで訊ねてきた。何でもないというように左手をひらひらと振って無事をアピールする。

「見ての通り無傷だ。それよりもリアナ、いきなり乱入してきてどういうつもりだ?」
「だってアンタ、凄い目をしていたわよ? ゴルドも半分正気失っていたし、あのまま続けていたら喧嘩じゃ済まない気がしたから、わざわざ止めてあげたの」
「それは……悪いな。気を回させちまって」

 ゴルドのあの殺意と僅かな狂気に染まった形相を見て、俺は昔の戦場を思い出したのだ。とりわけ俺の場合は、敵味方が入り混じる混戦の状況か、敵地に単身で乗り込む戦いが多かった。
 戦争では多くの人間がそれぞれの思想と思惑を持って臨むが、いざ戦場に立つと皆がただひとつ生きる目的のために戦う。先程まで隣に立っていた仲間が死に、先程まで脅威と見ていた敵が自分の手により悍ましい形相を浮かべて地に転がる。多くの血が飛び、屍が周囲に積み上がり、そしていつ自身に死の災いが齎されるかという恐怖で、正気を失う兵士は少なくない。
 先程のゴルドの顔はまさに、そんな狂気に落ちる一歩手前で生きんとあがく兵士に似ていたのだ。
 そんな勢いに圧されてしまい一瞬……ほんの一瞬、これが試合だということを忘却してしまった。

(自ら試合という形式をとって、わざわざ制限時間まで設けたくせにな。あの程度の殺気をぶつけられたくらいで、一瞬で意識が殺し合いの場のものに変わるとは……馬鹿は死んでも治らないとは聞くが、生まれ変わっても戦場の習慣は取れないってことかね)

 そう考え思わず自嘲の笑みが顔に出る。それを見たフィリアは殊更に心配したようだ。

「ねえアゼル……本当に無理してない?」
「大丈夫だって、一発も攻撃当たってないのは見ていただろ? だいたいあの程度の攻撃じゃあ、身体強化を施せば素手でも――」
「本当に?」

 俺の言葉を遮ってフィリアはその琥珀色の瞳でこちらを覗き込む。そんな彼女の気迫に圧され、俺は思わず口を噤んでしまう。
 やれやれ、どうしてこう人の心の機微に聡いんだか。俺がちょっとセンチメンタルになると、すぐに勘付いてこうして覗き込む。喰血哭ブラッドハウルの件が終わってからというもの、この眼差しを向けられることが多くなった気がする。
 嫌というわけではないが、そんなにまっすぐに見られると少しむず痒さを感じるというものだ。

「大丈夫だ、本当に。そんなに弱って見えるか?」
「そういうわけじゃないけど……はあ、もういいわ。本当に昔からこうなんだから。時折何かを思い出して暗い顔をしたかと思えば、急に人から離れてひとりになりたがるんだから」

 目を離すのが怖いったらありゃしないわ……。
 そんなことを呟きながら、フィリアはやや不満げな表情で俺から離れる。うーん、なんだか既視感のある光景だな。本当に大したことはないんだけどなあ……。

「それよりも、早くここを離れない? さっきから周囲から見られて気まずいんだけど?」

 フィリアの言う通り、先程から野次馬共がこちらを見ているのが後ろからでも感じる。先ほどの試合結果が衝撃的だったのか、この場に集まった冒険者は好き勝手に話している。

「あのガキ、いったい何モンだ?」
「木剣だけでゴルドをのしちまうなんてな……もしかして、異名持ちか?」
「いよっしゃあ! オレの勝ちだ!」
「いや、さっき酒場で聞こえたがFランクだってよ」
「ちくしょう、ありゃあ無効だろ。リアナの野郎が邪魔しなきゃゴルドの奴が勝ってたって」
「いやいや、Fランクがあんな動きするかよ。聞き間違いだろ?」
「なあ、あいつウチのところに誘ってみないか?」

 おっと、面倒臭そうな会話が聞こえたな。これは言う通りに、早く退散した方が良さそうだ。俺たちは会話はそこそこにし、ひとまず訓練場から出ることにした。
 立ち去る直前、俺は後方を振り返ってゴルドたちを一瞥した。ゴルドはまだ気絶しおり仲間たちの介抱を受けているが、彼らを見る周囲の目はどうにも冷ややかだ。そりゃあ自分たちから絡んでおいて、返り討ちになっているからな。それもFランクの新人に。
 気絶したゴルドに同情する目もなくは無かったが、普段から素行が悪いのか、向けられる視線に込められた感情は、嘲笑が六割、軽蔑が三割といったところだ。ちなみに、嘲笑している奴は比較的装備が安そうな冒険者に多く、同情の視線を向ける奴は装備が整っている冒険者が多い。軽蔑の視線は女性や、身なりの良い一部の冒険者のものだ。
 ふむ、リアナへの当たりの強さや、試合中の俺への態度を見るに、新進気鋭の若者に対して強い焦燥感を感じているといったところか。あいつらの実力と周囲からの視線も踏まえて考えると……あまり仕事が上手くいっていないのだろうか?

「だとすると少し、遺恨が残る終わりになってしまったか……」
「どうかしたの?」
「いや、あいつら納得できないだろうなと思ってな。新人に負けた上に、最後はリアナの魔術で不意打ちするような形になっちまったからさ」
「なによ、アタシが悪いって言うの?」
「そうじゃなくてだな……いや、やめよう。責めるような言い方をして悪かったよ」

 両手を挙げて降参のポーズを取って、溜息混じりにリアナに謝罪する。幸いそこまで気にしていなかったのか、リアナは軽く笑って済ませてくれた。
 おそらく奴ら、しばらくは肩身が狭い思いをしそうだ。俺たち――主に俺か――に対する恨みは募るだろう。ゴルドの言動から性格を予測すると、十中八九これで済むとは思えないが、そのときはそのときだな。また絡んで来たら、今度は魔術を使って速攻で片を付けよう。

「ほらほら、早く報告済ませて粘魔スライム討伐依頼分の報酬だけでも貰いましょ。それが終わったら、外で何か食べよ?」
「そうね、私ももうお腹ぺこぺこよ」
「……また、あの列に並ぶのか。今度はお前たちも一緒に並べよ? それ持っていると、変に注目を浴びるんだからよ」

 フィリアが抱えている緋露芍薬ひつゆしゃくやくとフローレ草の花束を指差す。緋露芍薬は茎が折れ花弁も散って潰れてしまったが、フローレ草は見た感じ大丈夫そうだ。もともと葉っぱだけの植物だからな。こちらは問題なく提出できるだろう。
 緋露芍薬の依頼書には花と根をセットで提出するよう書かれていたが、根っこだけが無事の場合はどういう処理がされるのだろうか。
 そんな風に脳内で報酬計算をしながら、俺たちは受付へ向かう。
 まったく、依頼品はダメにされるわ、先輩冒険者に目を付けられるわ、今日は散々だな。まだ本題のコーネルの情報をひとつも入手していないというのに、こんな調子で大丈夫なのだろうか?
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