血染めの世界に花は咲くか

巳水

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56話:アンフェアな喧嘩

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 しばらく待っていると、廊下の奥から鉄牙団の奴らが現れる。広場の中心でひとり木剣を握って立つ俺を見て、戦闘を歩くゴルドは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「へっ、訓練用の玩具を持って準備万端だなおい。を受ける気満々じゃねえか」
「教育? こいつはただの喧嘩だろ。逃げずに来たことは褒めてやるよ。流石は先輩、名ばかりのお飾りCランクではなないようで何よりだ」

 あ、またキレた。よしよし、酒が入っているおかげか、面白いように挑発にのってくれる。まったく、扱いやすくて助かる。

「田舎から出たばかりのクソガキがあ……その生意気な口黙らせてやる!」

 もはや酔いと怒りでまともな思考ができなくなったのか、開戦の合図を待たずして、ゴルドは背中に担いだ戦斧の柄を握りこちらに飛び掛かる。
 これには少し面食らいながらも、俺は冷静に一歩後ろに下がる。上から振り下ろされた革の鞘に収まったままの刃が足元に叩きつけられ、その衝撃で訓練場の硬い土が僅かに砕け砂が飛び散る。

「ちょっと、本物で戦うつもり⁉ 怪我したらどうするのよ!」
「へへっ、誰も訓練用の玩具でやろうなんて言ってないぜ?」

 リアナが抗議の声を上げたが、ゴルドの仲間はそう言って薄く笑った。動かないところ見るに、奴ら喧嘩はゴルドに任せるつもりだな。俺がひとりだったためか、はたまた最初からゴルドひとりに任せるつもりだったのか。いずれにせよ、フィリアにリアナを付けておいて良かった。

 観客席をよそ目に見ながら、次いで来る突きを半身になって軽く躱す。
 ゴルドの戦斧は柄が長く、刃の幅も広い。片刃であるため上からの振り下ろしに力が入りやすく、横に振り回せば長い柄のおかげで大きな遠心力も得られる。振るうのに相応の筋力を要求するが、それ故に一撃一撃の威力が高いのが戦斧という武器種だ。
 安全処置のつもりか刃は革の鞘に収まっているが、これがむき出しの刃であったならば細い腕くらいは容易に斬り落とすことができるだろう。いや、たとえ鞘に収まったままであっても、その重量の鉄塊を叩きつけられれば大怪我は避けられない。戦力で振るった一撃が頭に当たれば、身体強化していない常人であればあっさり死ぬ。

「戦うのはお前ひとりなんだな。てっきり全員で来るかと思っていたんだが?」
「はん。新人のガキ二人とCランクに上がったばかりの女程度、俺ひとりで十分だ――おらぁっ!」

 ふむ、その口ぶりから察するに、最初は俺たち三人をひとりで相手しようとしていたな? 意外と豪胆なのか、自尊心が高いのか。
 戦斧を保護する鞘は先の一撃で既に破れている状態になっていた。まだ穴が開いている程度の損傷だが、何度か叩きつければいずれ完全に刃が露出してしまうだろう。
 戦斧に限らず刃幅の大きい武器は、それを納める鞘を用意するのが難しい。そのため分厚い布で包むか革で鞘を作るかして、刃を隠すしかない。剣のような丈夫な物ではないし、そもそも鞘を付けたまま振るえるようには作られていない。頼りない安全処置も、意味をなさなくなるのも時間の問題だな。
 そんなことを考えながら、俺は横薙ぎに振るわれた戦斧を、またもや一歩下がることで躱した。戦斧は俺の胸を掠める。

「おらおら、どうした! さっきからビビッて、逃げてばっかりでよお! さっきまでの威勢はどこ行ったんだあ?」

 横に薙いだ勢いのまま戦斧を肩に担ぐと、まるで薪を割るが如く振り下ろす。それを避けた俺の足元でガツンという音と共に、砕けた土と戦斧が跳ねる。一瞬前まで立っていたその場に振り下ろされた刃をじっと見つめると、俺は前に構えていた木剣を退屈そうに肩に担いで再び一歩下がって攻撃を躱す。

 期待外れ――否、想定以下の実力だな。
 重い一撃。今にも剥き出しになりそうな刃。一撃でも身体に当たれば大怪我は避けられない。言葉で表せばさも危険な状況に聞こえるが、だがそれだけだ。それをもたらしている目の前の男からは、何一つ脅威と呼べるものは感じられない。
 一撃一撃は重いが、それはただ重いだけ。振りが遅いから見て躱すのは容易だし、どの攻撃も紙一重で躱しているのに触れる程の距離にある刃に微塵も危機感を感じられない。
 次の攻撃までの間も広いし、攻撃を繰り出した後の隙はあまりにも大きすぎる。その隙を補うような動きも見られないし、これではリアナのような素早く動ける相手には簡単に殺されてしまうぞ。

「おらっ、ふんっ、はああっ!」

 一歩下がる、動かず半身になって躱す、また下がる。下がる、下がる、下がる。担いだ木剣は使わず、常にギリギリを見計らって回避し続ける。
 革の鞘は下部分が完全に破れ、もはや刃以外を包む装飾のようになっているが、ゴルドは気付いているのかいないのか、気にした様子もなく戦斧を振るっている。
 いつの間にか俺たちが通ってきた廊下の奥から何人もの冒険者が来て、訓練場の周りを囲っていた。内数人は手には酒の入ったジョッキとツマミの串焼きなどを握っており、時折野次を飛ばして完全に俺を見世物にして楽しんでいる。

「さっきの威勢はどうしたー、坊主!」
「逃げてばかりでないで、少しは打ち込む気概を見せて見ろー!」
「やっちまえー、ゴルドー! 生意気な新人をわからせてやれー!」

 木剣を撃ち込まず逃げ回るばかりの俺を見て、見物人の一部は俺を応援こばかにする。それ以外では何とも言えない、気の毒そうな顔で見守っている。おそらく、Cランク未満の奴らが大半だろう。
 この場にいる者の中で、フィリアだけが悔しさで顔を顰めている。……まあ、フィリアは魔法の腕は達者だが、戦士ではないからなあ。きっと他の奴らと同じく、俺が押されているように見えているのか、はたまた躱すばかりの俺にやきもきしているのか。とにかく、非常に不機嫌そうだ。
 一方、リアナを含めたそれ以外の少数の人間は、他の大多数とは正反対の目で俺を見ている。彼らは興味深げな視線を向けたり、感心したような表情を浮かべて仲間内で何かを言い合ったりしている。
 リアナは俺の実力を知っているためか、口の端に笑みを浮かべて余裕な態度で見ているし、時折心配そうに見ているフィリアを安心させるような声をかけている。

「このっ、ちょこまかと逃げんじゃねえ!」

 一向に攻撃が当たらない事にいい加減焦れてきたのか、苛ついた様子のゴルドから魔力の気配を感じたかと思うと、戦斧を振るう速度が僅かに上がった。

「身体強化……なんだ、魔力を扱えたのか。いや、Cランクなら扱えない方が珍しいか」

 魔術、ではないな。魔力強化か。斜めから振り下ろされた戦斧を少し屈んで回避しながら、頭上を通り過ぎる風切り音に耳を傾ける。
 うん、筋力は上がっているが誤差レベルだな。多少武器が軽くなって、振りやすくなった程度の強化だろう。

「くらえやあ!」
「おん?」

 先ほど躱した戦斧が地面に食い込んだところで、ゴルドは突き立てた斧を支えに回し蹴りを繰り出す。どんな形でもいいから一撃を食らわせてやる。そういう意思を感じるさせる蹴りだが、これは浅慮だろ?
 肩に担いだ木剣を無造作に振るい、迎え撃つ形で迫る脚を強めに叩く。

「いでぇっ⁉」

 コォーン。思ったよりも軽い音が響くと、ゴルドの脚は反対側へ弾かれ、その勢いと痛みから堪らずバランスを崩した。

「相手の武器が自由な状態で素手の攻撃を仕掛けたらこうなるだろ。これが本物だったらその脚切り落とされていたぞ?」
「ぐ、ぐぐ……てめえぇ!」

 地面に蹲るゴルドに呆れたように言ってやると、ゴルドは怒りに吼えて戦斧を大きく振り上げる。
 まったく。単純で、単調で、学ばない奴だな。怒りに任せたこの一撃は、身体強化も相まってこれまでの攻撃の中で最も重く鋭い一撃になるだろうが、腕をいっぱいに振り上げた今のこいつはあまりにも隙だらけだ。俺ならこの隙に最低でも三発、リアナなら五発はぶち込めるだろう。
 俺は溜息を吐きながら、あえて木剣を上に掲げる。

「――なっ、んだと⁉」
「これが全力か? これならまだ、魔術を使わないリアナの方が楽しめたぞ」

 周囲からも動揺の声が漏れる。ゴルドの全力が込められたであろう剥き出しの刃は、俺の片手で持ち上げられた木剣に食い込むことすらできず止められたからだ。
 ゴルドは押し潰そうと更に力を入れるが、俺が強めに木剣を振り上げると戦斧は冗談のように押し返され、ゴルドの腕ごと後方へ弾かれる。

「う、おおっ⁉」

 弾かれる戦斧に引っ張られる形で背中から倒れたゴルドに、本人と周囲から驚きの声が上がる。俺は倒れたゴルドに追撃をせず、試合の残り時間を考えながら奴が起き上がるのを待った。えーっと、そろそろ三分くらいは経ったか?

「ほれ、早く起きろよ。そろそろ、時間が来そうだぞ。先輩殿?」
「て、てめえ……いったい何者だよ、お前は」

 熊のようにのっそりと起き上がったゴルドが、動揺からかそんなことを尋ねる。流石にこうも転がされたら、冷静にもなるか。

「酒場でも言った通り、Fランクの新人冒険者だ。今朝登録したばかりのな。それより約束の時間は覚えているか? 残り二分切ったんだ、そろそろこっちも動くぞ?」
「ほざけ!」

 立ち上がったゴルドは、馬鹿のひとつ覚えのように上段から戦斧を振り下ろす。
 先ほどまでの俺ならば後ろに下がり避けていたが、今からは少しやり方を変える。
 俺は振り下ろした戦斧に木剣を添わせて、振り下ろしの軌道を身体から逸らせる。その際、剣先を刃と柄の根元に引っ掛けて後ろに引っ張ってやる。

「うおっ⁉︎ うぐあっ――」

 斬りかかる勢いを殺さない形で更に同じ方向に強い力を加えたことで、ゴルドは俺に倒れるように体制を崩す。木剣を後ろへ引いた状態から、くるりと回すように振り上げゴルドの顎を打ち据える。
 コォーン。またも木剣の軽い音共に、ゴルドの身体が浮き上がる。このままならば先と同様に背中から倒れることになるが、しかし今度は上に振り抜いた木剣をそのまま振り下ろし、肩を押さえ込むようにして叩いたことで強制的に転倒を妨害する。

「ぐう、このっ――なんだ?」

 転倒を免れたことでゴルドは一時後退して体制を整えようとするが、手に握った戦斧がピクリとも動かず、結果身体を硬直させてしまった。

「てめえ、俺の斧を――」
「ぼけっとしている暇があるのか?」

 地面に突き刺さった戦斧を足で踏みつけにして抑え込んでいる隙に、俺は木剣の腹でゴルドの頬を叩く。一瞬でも武器に固執したゴルドにはこの攻撃を避けることができず、勢いよく顔を横に逸らして地面に倒れ込む。

「あん? 折れたか? 攻撃に身体強化は使ってないんだが……」

 地面に転がった時、ゴルドの口から白い何かが転がったのが見えた。よく見るとそれは折れた歯だった。
 できるだけ怪我をしないように気を遣って攻撃を受け止める以外に身体強化は使用せず、こいつ自身も身体強化で身体の強度が上がっているはずだったのだが、どうもそれだけでは足りなかったようだ。次からは、寸止めして威力を殺してから打ち据えてやろう。

「ゴルド⁉ このガキ、調子に乗るんじゃねえぞ!」

 観戦席の方から怒りの声が聞こえたためそちらを向くと、ゴルドの仲間のひとりが剣を抜いてこちらに向かってくるところだった。
 リアナが止めに動こうとしているのが見えたため、俺は彼女を制するようにクイクイと挑発するように手招きをする。

「もともと、お前ら全員とやり合うつもりだったんだ。ひとりと言わず、全員来るといい」
「なんだと、このガキ!」

 俺の言葉に他の二名も苛立ちを露わにし、各々が武器を構えて乗り込んでくる。
 槍持ちがひとりと、剣が二人か。ふむ、【血濡魔術ブラッティー・マジック】はいらんな。

「はあーっ!」

 最初に声を上げた男は最初から身体強化を用いて斬りかかるが、実力で言ったらゴルドとそう変わらない。戦斧と比べて振りが速い分攻撃の感覚は短いが、リアナと比べると遥かに遅い。遅すぎてあくびが出てしまうほどだ。
 抜き身の剣だが、俺は先と同様に難なく木剣で受け止める。すかさず弾いて、反対側から迫るもうひとつの剣も迎え撃ち、二人の男の間に隠れて放たれる槍の一突きには、剣先を突き合わせて抑え込む。

「ちぃ、武器の魔力強化か!」
「正解、というより当たり前だろ。真剣相手に普通の木剣で戦う馬鹿はいないだろ」

 俺の魔力を流した木剣を軽く振って、二本の剣に対処する。
 魔力強化は何も身体に流すだけではない。武器にも魔力を流し硬化することが可能だ。魔力の伝導率は自身の肉体に流すよりも劣ってしまうが、これにより本来なら数回打ち合っただけでボロボロになるような木剣でも戦えるようになる。もっとも、真剣と本気で打ち合えるレベルにするとなると、魔術レベルの魔力操作や魔力量が必要になる。そのうえ効果は魔術に劣るから、それができるならば普通に強化魔術を学んだほうが良い。
 俺の場合は普通の魔術が使えないうえに、【血濡魔術ブラッティー・マジック】の能力が魔力強化に似ているために達者になったという感じだな。

「はい、隙あり。武器にばかり囚われているようじゃ、まだまだだぞ?」
「ぐほっ!」

 横に振るわれた剣を木剣で受け止めながら、素早く空いた手で男の腹を殴る。腹を抱えて男の頭が下がったのを見て、剣を受け止めたまま木剣を前方へ滑らせて柄頭で男の額を叩く。これにより男の剣を握る手が緩んだのを感じ、殴った手を開いて相手の剣の柄を握り、軽くかつ素早く男の手から剣を奪い取った。

「ふうん? 良くは無いが、悪くもない剣だな。どこにでもある普通の物だが、よく手入れされているじゃないか」

 額を抑えて数歩後退した男に向かってそう言うと、男はようやく剣を奪われたことに気付いたようで、はっとした表情を浮かべたあと鋭く俺を睨んだ。

「返せ!」
「ほい」
「うわっ、え⁉ あ、ありがとう?」

 男の要求に間髪入れずに応じて剣を投げたが、反応はあまり良くないのか男は空中では受け止められず、剣は男の足元に転がった。素直に返すとは思わなかったのだろう、男は動揺のあまり礼を言った。
 あたふたと剣を拾い上げようとする男に、俺は容赦なく木剣を脳天に食らわせる。

「……いや、視線を逸らすのはどうなんだよ」

 気絶して剣と並んで転がってしまった男を見下ろして、俺は思わずそう溢してしまった。
 ふむ、こうして見るとリアナとの差が目立ってくるな。こいつらがCランク冒険者として役不足なのか、それともリアナがCランクよりも高い実力を持っているのか、はたまたCランクというランク帯自体が個々人によって実力差が開きがちなのか。これは少し気になるところだな。
 あっさりと仲間が無力化されてしまったことにより、仲間の二人は動揺が隠しきれていないようだ。先程の勢いは消え、武器を構えたまま警戒している。
 そうして二人が攻めあぐねている間に、ゴルドが両手をついて起き上がってきた。その肩は痛みによるものか怒りによるものかわからないが震えている。

「この、こいつ、このクソガキがああ!」

 口の端から血を流し、戦斧を手に無我夢中で迫ってくる。その瞳からは強烈な怒気と憎悪、そして馴染み深い殺意の感情。
 その瞳に射抜かれた瞬間、俺の身体から熱とスッと抜けた。周囲からの音がどこか遠くのものになり、まるで一瞬にして眠りについたかの如く思考力が消失する。
 自意識の無い状態で、木剣を握っていない反対の手が腰に帯びた赤色の剣へ伸びていき――――そこで俺は、はっとなって手を止めた。

「死ねごらあああ!」
「お、おい待てゴルド!」

 只ならぬゴルドの様子に仲間が静止の声をかけるが、屈辱と怒りに支配されたゴルドは仲間の声に耳を貸さずに戦斧を振り上げる。反対に俺は腰に伸びた手を振り払うように前へ突き出し、木剣すらも手放して無手の状態で構える。なんとなく、今武器を持つのは危ない気がしたのだ。例え刃のない木剣であろうとな。
 気迫はかなりのものだが、幸いながら先の渾身の一撃と大して変わらなさそうだ。外套コートの袖で十分に受け止められるだろう。
 俺はそう判断して外套コートに魔力を流したが、しかしゴルドが戦斧を振り下ろすことはできなかった。
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