血染めの世界に花は咲くか

巳水

文字の大きさ
20 / 69

19話:穢れた泉と野営準備

しおりを挟む
 森の奥へと進むたびに木々の青臭さや動物の獣臭さ、しっとりとした腐葉土のにおいが強くなってくる。しかし強まるにおいとは反対に、どんどんと生き物の気配が減っていっている。
 本来ここは良くも悪くも生命力で溢れているのに、今は森が死んだように静かだ。

「ねえアゼル……ここっていつもこんなに静かなの?」

 不安そうに尋ねるリアナに、俺は無言で頭を振る。
 泉に近付けば近付くほど、生き物の気配が多くなるはずだ。それなのにさっきの泥奔猪マッドタスク以降、他の魔物どころか動物の影も見えないのは異常であった。

「泉で何かがあったと考えるべきだろう……」

 そんな俺の予想は、目の前に広がる光景で明らかとなった。
 本来の泉は澄んだ水が広がり、太陽の光が水面を反射してきらめく美しい場所だ。周りには草食性の動物も腹を満たした後の肉食性の魔物も、ひと時の癒しをもたらす憩いの場所だ。

 だが今は、なんとも酷いありさまだ。
 澄んだ水は岸の近くから薄く赤色に汚され、その周辺にはこの森に住まう生き物たちの死体が複数転がっている。その中には先ほど遭遇した泥奔猪マッドタスクや高位の肉食性の魔物の姿もある。
 明らかに捕食目的ではない殺戮の様相に、各々が言いようのない感情を顔に浮かべる。

「……やはり血が抜かれているな。これまでの調査で見つかった死体と同じだ」

 近くに転がる地穿鹿グロヴェリンの死体を調べていたカイルがそう言った。

「向こうには陽暉大狼ヘリオウルフが倒れていたわ。身体には大きな爪痕と咬傷が残っていた……例の魔物、相当強いわね」

 エマの報告を聞いて俺とカイル、コーネルが険しい顔をする。リアナは陽暉大狼ヘリオウルフについての知識がないのか、首をかしげて質問した。

陽暉大狼ヘリオウルフってどんな魔物?」
陽暉大狼ヘリオウルフはCランクの魔物の中でも強い部類でな、基本群れを作らず単独で動く魔物だ。日の光を浴びるとスピードと攻撃力が増す特性を持っている」
「追加で言うと、この南の森に棲んでいる魔物の頂点捕食者ひとつ――いわゆるぬしだな。この森は昼は陽暉大狼ヘリオウルフ、夜は夜狩熊ハンターベアがそれぞれの時間帯で頂点を張っている」

 日が昇っている間は陽暉大狼ヘリオウルフが森の頂点捕食者として支配し、夜の間は夜狩熊ハンターベアが支配するという循環ができている。
 通常なら生活リズムの違う両者が引き合うことはほぼないが、仮に両者が相対した時どちらが強いかというと、機動力の差で陽暉大狼ヘリオウルフに軍配が上がる。
 純粋な力やタフネスならば夜狩熊ハンターベアの方が上だが、日の光を浴びて強化された陽暉大狼ヘリオウルフならば俊敏さで的確に攻撃を加えていく。
 俺も何度か遭遇して戦ったことがあるが、【血濡魔術(ブラッティー・マジック)】を使わずに勝つのはかなり厳しい。純粋な剣技や身体能力で戦ったら、勝ちはすれど大怪我は免れないだろうし、運が悪ければ相打ちだ。

「……陽暉大狼ヘリオウルフがやられているってことは、少なくとも例の魔物はこいつより強いってことだ。アゼル、この森にBランクの魔物はいるか?」
「いない。そして陽暉大狼ヘリオウルフに――ついでに夜狩熊ハンターベアにも――喧嘩を売るような生き物は俺には思い当たらない。西の山の方に行けばそれなりにいるだろうが……」
「そうか……なんにせよ、例の魔物を追えてはいる。日も落ち始めたし、今日はここで調査を切り上げて、野営の準備をしようと思う。皆、それでいいか?」
「あー、それは良いけど、ここの近くは少し嫌かも……臭いもきついし」

 リアナの言葉に一同は頷きを返した。野営に関しては全員が賛成し、程よい場所を見つけた後は、手分けして森から必要なものを集めていった。
 冒険者の皆は慣れたもので、夜を過ごすのに十分な量の薪を集め、簡易的なテントを張っていく。
 俺も野営をすることは事前に聞いていたため、用意はしてある。とはいえ彼らの物より遥かに簡素なものだ。寝床もテントなどはなく、毛布が一枚あるだけ。

「えアゼル、アンタそんだけしかないの? テントとか、虫除けとかは?」

 俺が毛布を引っ張り出したところを見たリアナが、信じられないというように凝視する。言いたいことはわかるが、俺はこいつで十分なのだ。

「普段は長い時間森には滞在しないし、野営をするにしてもテントなんて使ったことがないな」
「テント使わないでどうやって魔物から身を守ってるのよ……まさか死体のふりして誤魔化してる?」
「そんなわけないだろ。寝るときはいつも木の上だ。地上の生き物に狙われることも少ないし、木の葉があるから飛行型の魔物の目から隠してくれる」

 唯一の危険は木の上に登る魔物くらいだが、あいつらは同族以外が木の上にいるのを想定していないからか、鳴き声を発しながら近づいてくれるので寝ていても気付く。たまに仲間と勘違いして通り過ぎることすらある。

「いやいやいや、落ちたら危ないでしょうが! もう――コーネルさん、カイルー! アゼルを二人のところに入れてあげてー!」

 火を起こしている最中の二人に向かって叫ぶと、了承の声が返ってくる。
 テントを用意しなかったのは俺だし、彼らの物を使わせてもらうのは気が引ける。俺は「狭くなるから別にいい」と断ったが、「せっかくテントを立てたのだから使わないのは勿体ない」と理屈が通っているのかいないのかわからない説得をリアナにされて、他の三人も加わって説得されたため、結局遠慮しきれず使わせて貰うことにした。

 さてここまで配慮されると、俺の中にも少し申し訳なさが湧いてくる。善意で寝床を使わせて貰うのだから、せめて食事くらいは保存食ではなく、もう少し良い物を食わせて善意に見合ったお返しをしたい。
 そう思いウサギでも狩ろうかと探したが、一匹も見つからない。どうしたものかと考えたところ、さっき倒した泥奔猪マッドタスクのことを思い出した。

「悪い。少し離れる」
「うん? どこに行くんだ?」
「今日の夕食の材料を取りにな。そう離れていないし、すぐに戻る」
「ああわかった。それなら俺も――」
「いやひとりでいい。それじゃあ行ってくる」

 カイルに断りを入れてから、俺は身体を強化し来た道を走る。血染布による身体強化のおかげでものの数分で泥奔猪マッドタスクの所に着いた。
 幸いなことに、他の生き物に齧られていないうえ、戦闘中にコーネルが使った【氷天の鉄槌グレイシャル・クラッシュ】のおかげで鮮度がいい。

「ふんふん……五体以上あるな。少し多めに持って帰っても良いな」

 身体の大きい泥奔猪マッドタスクだが、その巨体と相反して食べられる部位は少ない。特に腹や内臓部分はほぼ駄目だ。皮下脂肪なんかは泥や苔に覆われていた影響で雑菌塗れ。加熱したとしても、どうしようもなく臭くて、とても食べることはできない。
 だが肩肉なんかは煮込んでスープにすればよい出汁になる。また顎下は繊維が細かくて柔らかい。少量しかないのが難点だが、臭みも少なく食べやすい。

「それから……鼻も持っていこうかな? いやこいつは変わり種だし嫌がるか……まあ女性が二人いることだし、いちおう二個だけ持っていこうか……」

 少し悩んだが鼻も切り落として持ち帰る。
 泥や土だけでなく、骨と岩をも突き砕く硬質の鼻の中には、わずかだがゼラチンの層がある。これを煮出すと少しのとろみとコクのあるスープになる。
 このスープは一時期、俺の先生が滅茶苦茶ハマっていた。それも何かにとりつかれたように毎日豚を狩っては、大量の鼻を鍋にぶち込んで食卓に出していた。スープは美味かったが、あれは少し恐ろしかった……。

 部位の切り出しも終わったので、血染布を介して切り取った部位の余分な血を抜いておく。これで解体作業も終了したので、足早にテントへ帰った。

「あ、戻ってきた。本当に早かったね」

 戻った時には日も暮れて、焚火も火がついて夕食を作る準備ができていた。どうやら間に合ったようだ。

「手に持っているのが今日の夕飯? 何の肉なの?」

 楽しみにしていたのか、リアナが俺の持っている肉を凝視する。他の皆も興味がある様子だ。

「あー、ウサギでも狩ってこようと思ったんだが、例の魔物がうろついているからかまったく見つからなくてな。さっき倒した泥奔猪マッドタスクから切り取ってきたんだ」
「「「え……」」」
「……え?」
泥奔猪マッドタスクって……食べられるの?」

 リアナを除いた、皆の顔がなぜか固まる。それぞれが微妙に異なる表情をしているが、共通して読み取れるのは困惑と忌避感だろうか。

泥奔猪マッドタスクのお肉ですか……これはどうしましょうね」
「あーアゼル……非常に言いにくいんだが、泥奔猪マッドタスクの肉は都市では「危険肉」として扱われているのは知っているか?」
「え、そうなのか?」
泥奔猪マッドタスクは腐った植物やキノコ、腐葉土を主食とするため臭みも酷く、毒素や寄生虫、泥や菌を通じた感染リスクもあるため、食べる前に徹底的な洗浄と下処理が必要なんです。加熱しても酷い匂いは取れません。そのため都市では特別な認可がないと売りに出すことができないお肉なんです。そんな面倒な手間をかけてまで売りに出すお店はまずないので、泥奔猪マッドタスクは食べられない魔物というのが一般的な認識です」

 コーネルが申し訳なさそうに説明してくれた。なるほどそういうことだったか。コーネルが言っていたのは皮下脂肪や内臓部分の話だろう。
 だが俺が持ってきたのは顎の肉。ここは数少ない雑菌も臭みもない部位だ。これならば、軽く火を通すだけで安全に食べられるんだが……そうか、都市では泥奔猪マッドタスクは危険肉なのか。そりゃあ食べたくないよなあ。
 いちおう持ってきた肉が安全であることを伝えるが、固定観念もあるから食べないだろうなあ

「――とまあ、下顎の肉なら食べても腹を壊したりはしない。実際俺は何度か食ったことがある。だが、心配なのはよくわかる……悪いな。変な期待させちまった」

 仕方がない、持ってきた肉は俺が処理するか。俺は彼らとは別の鍋を用意しようとしたところ、話を聴いていたリアナは特に表情を変えずにこう言った。

「え、食べられるんでしょ? 勿体ないし、これも鍋に入れちゃおうよ」
「「「「え? ――あ」」」」

 誰かが止める間もなく、リアナは軽い調子で俺から肉を取り上げると、そのまま肉を鍋に放り込み摘んできた野草と共に煮込み始めた。

「お、おい。いいのかよ勝手にぶち込んで?」
「え、駄目だった? もしかしてまだ下処理終わっていなかったとか……」
「いや、そこは問題ないんだが……大丈夫か?」

 確認のため他三人を見るが……なんとも言えない顔をしている。

「ま、まあアゼルが食べられるというのなら、食べられるんだろうな。うん」
「せっかく持ってきてくれたものを無碍にするのも……ねえ」
「はは……いちおう下剤含め簡単な解毒薬の用意がありますから、最悪の場合はこれを使いましょう」

 大人組が気を遣ってそう言ってくれるが、その顔に浮かべた笑みは引き攣っている。これが少しでも気性が荒い人間だったら、きっと鍋をひっくり返すくらいには怒っていただろう……。

「うわ、すっごい灰汁出てきた! これ大丈夫⁉」
「……俺が調理する。杓子レードルを寄こせ」

 三人の笑みが不安で崩れるのを見ないうちに、リアナから杓子レードルを受け取り念入りに灰汁を取り除いていく。もうこうなってしまった以上は仕方がない。俺はひたすら浮いて来る灰汁を掬い続ける。
 こうなれば俺も意地だ。何が何でも美味い夕食を作って見せる!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」  ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が転生時に願ったのは、たった一つ。「誰にも邪魔されず、絶対に安全な家で引きこもりたい!」 その切実な願いを聞き入れた神は、ユニークスキル『絶対安全領域(マイホーム)』を授けてくれた。この家の中にいれば、神の干渉すら無効化する究極の無敵空間だ! 「これで理想の怠惰な生活が送れる!」と喜んだのも束の間、追われる王女様が俺の庭に逃げ込んできて……? 面倒だが仕方なく、庭いじりのついでに追手を撃退したら、なぜかここが「聖域」だと勘違いされ、獣人の娘やエルフの学者まで押しかけてきた! 俺は家から出ずに快適なスローライフを送りたいだけなのに! 知らぬ間に世界を救う、無自覚最強の引きこもりファンタジー、開幕!

無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした

夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業SEの相馬海斗は、勇者として異世界に召喚された。だが、授かったのは地味な【システム解析】スキル。役立たずと罵られ、無一文でパーティーから追放されてしまう。 死の淵で覚醒したその能力は、世界の法則(システム)の欠陥(バグ)を読み解き、修正(デバッグ)できる唯一無二の神技だった! 呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。 「もう手遅れだ」 これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

処理中です...