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19話:穢れた泉と野営準備
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森の奥へと進むたびに木々の青臭さや動物の獣臭さ、しっとりとした腐葉土のにおいが強くなってくる。しかし強まるにおいとは反対に、どんどんと生き物の気配が減っていっている。
本来ここは良くも悪くも生命力で溢れているのに、今は森が死んだように静かだ。
「ねえアゼル……ここっていつもこんなに静かなの?」
不安そうに尋ねるリアナに、俺は無言で頭を振る。
泉に近付けば近付くほど、生き物の気配が多くなるはずだ。それなのにさっきの泥奔猪以降、他の魔物どころか動物の影も見えないのは異常であった。
「泉で何かがあったと考えるべきだろう……」
そんな俺の予想は、目の前に広がる光景で明らかとなった。
本来の泉は澄んだ水が広がり、太陽の光が水面を反射してきらめく美しい場所だ。周りには草食性の動物も腹を満たした後の肉食性の魔物も、ひと時の癒しをもたらす憩いの場所だ。
だが今は、なんとも酷いありさまだ。
澄んだ水は岸の近くから薄く赤色に汚され、その周辺にはこの森に住まう生き物たちの死体が複数転がっている。その中には先ほど遭遇した泥奔猪や高位の肉食性の魔物の姿もある。
明らかに捕食目的ではない殺戮の様相に、各々が言いようのない感情を顔に浮かべる。
「……やはり血が抜かれているな。これまでの調査で見つかった死体と同じだ」
近くに転がる地穿鹿の死体を調べていたカイルがそう言った。
「向こうには陽暉大狼が倒れていたわ。身体には大きな爪痕と咬傷が残っていた……例の魔物、相当強いわね」
エマの報告を聞いて俺とカイル、コーネルが険しい顔をする。リアナは陽暉大狼についての知識がないのか、首を傾げて質問した。
「陽暉大狼ってどんな魔物?」
「陽暉大狼はCランクの魔物の中でも強い部類でな、基本群れを作らず単独で動く魔物だ。日の光を浴びるとスピードと攻撃力が増す特性を持っている」
「追加で言うと、この南の森に棲んでいる魔物の頂点捕食者ひとつ――いわゆる主だな。この森は昼は陽暉大狼、夜は夜狩熊がそれぞれの時間帯で頂点を張っている」
日が昇っている間は陽暉大狼が森の頂点捕食者として支配し、夜の間は夜狩熊が支配するという循環ができている。
通常なら生活リズムの違う両者が引き合うことはほぼないが、仮に両者が相対した時どちらが強いかというと、機動力の差で陽暉大狼に軍配が上がる。
純粋な力やタフネスならば夜狩熊の方が上だが、日の光を浴びて強化された陽暉大狼ならば俊敏さで的確に攻撃を加えていく。
俺も何度か遭遇して戦ったことがあるが、【血濡魔術(ブラッティー・マジック)】を使わずに勝つのはかなり厳しい。純粋な剣技や身体能力で戦ったら、勝ちはすれど大怪我は免れないだろうし、運が悪ければ相打ちだ。
「……陽暉大狼がやられているってことは、少なくとも例の魔物はこいつより強いってことだ。アゼル、この森にBランクの魔物はいるか?」
「いない。そして陽暉大狼に――ついでに夜狩熊にも――喧嘩を売るような生き物は俺には思い当たらない。西の山の方に行けばそれなりにいるだろうが……」
「そうか……なんにせよ、例の魔物を追えてはいる。日も落ち始めたし、今日はここで調査を切り上げて、野営の準備をしようと思う。皆、それでいいか?」
「あー、それは良いけど、ここの近くは少し嫌かも……臭いもきついし」
リアナの言葉に一同は頷きを返した。野営に関しては全員が賛成し、程よい場所を見つけた後は、手分けして森から必要なものを集めていった。
冒険者の皆は慣れたもので、夜を過ごすのに十分な量の薪を集め、簡易的なテントを張っていく。
俺も野営をすることは事前に聞いていたため、用意はしてある。とはいえ彼らの物より遥かに簡素なものだ。寝床もテントなどはなく、毛布が一枚あるだけ。
「えアゼル、アンタそんだけしかないの? テントとか、虫除けとかは?」
俺が毛布を引っ張り出したところを見たリアナが、信じられないというように凝視する。言いたいことはわかるが、俺はこいつで十分なのだ。
「普段は長い時間森には滞在しないし、野営をするにしてもテントなんて使ったことがないな」
「テント使わないでどうやって魔物から身を守ってるのよ……まさか死体のふりして誤魔化してる?」
「そんなわけないだろ。寝るときはいつも木の上だ。地上の生き物に狙われることも少ないし、木の葉があるから飛行型の魔物の目から隠してくれる」
唯一の危険は木の上に登る魔物くらいだが、あいつらは同族以外が木の上にいるのを想定していないからか、鳴き声を発しながら近づいてくれるので寝ていても気付く。たまに仲間と勘違いして通り過ぎることすらある。
「いやいやいや、落ちたら危ないでしょうが! もう――コーネルさん、カイルー! アゼルを二人のところに入れてあげてー!」
火を起こしている最中の二人に向かって叫ぶと、了承の声が返ってくる。
テントを用意しなかったのは俺だし、彼らの物を使わせてもらうのは気が引ける。俺は「狭くなるから別にいい」と断ったが、「せっかくテントを立てたのだから使わないのは勿体ない」と理屈が通っているのかいないのかわからない説得をリアナにされて、他の三人も加わって説得されたため、結局遠慮しきれず使わせて貰うことにした。
さてここまで配慮されると、俺の中にも少し申し訳なさが湧いてくる。善意で寝床を使わせて貰うのだから、せめて食事くらいは保存食ではなく、もう少し良い物を食わせて善意に見合ったお返しをしたい。
そう思いウサギでも狩ろうかと探したが、一匹も見つからない。どうしたものかと考えたところ、さっき倒した泥奔猪のことを思い出した。
「悪い。少し離れる」
「うん? どこに行くんだ?」
「今日の夕食の材料を取りにな。そう離れていないし、すぐに戻る」
「ああわかった。それなら俺も――」
「いやひとりでいい。それじゃあ行ってくる」
カイルに断りを入れてから、俺は身体を強化し来た道を走る。血染布による身体強化のおかげでものの数分で泥奔猪の所に着いた。
幸いなことに、他の生き物に齧られていないうえ、戦闘中にコーネルが使った【氷天の鉄槌】のおかげで鮮度がいい。
「ふんふん……五体以上あるな。少し多めに持って帰っても良いな」
身体の大きい泥奔猪だが、その巨体と相反して食べられる部位は少ない。特に腹や内臓部分はほぼ駄目だ。皮下脂肪なんかは泥や苔に覆われていた影響で雑菌塗れ。加熱したとしても、どうしようもなく臭くて、とても食べることはできない。
だが肩肉なんかは煮込んでスープにすればよい出汁になる。また顎下は繊維が細かくて柔らかい。少量しかないのが難点だが、臭みも少なく食べやすい。
「それから……鼻も持っていこうかな? いやこいつは変わり種だし嫌がるか……まあ女性が二人いることだし、いちおう二個だけ持っていこうか……」
少し悩んだが鼻も切り落として持ち帰る。
泥や土だけでなく、骨と岩をも突き砕く硬質の鼻の中には、わずかだがゼラチンの層がある。これを煮出すと少しのとろみとコクのあるスープになる。
このスープは一時期、俺の先生が滅茶苦茶ハマっていた。それも何かにとりつかれたように毎日豚を狩っては、大量の鼻を鍋にぶち込んで食卓に出していた。スープは美味かったが、あれは少し恐ろしかった……。
部位の切り出しも終わったので、血染布を介して切り取った部位の余分な血を抜いておく。これで解体作業も終了したので、足早にテントへ帰った。
「あ、戻ってきた。本当に早かったね」
戻った時には日も暮れて、焚火も火がついて夕食を作る準備ができていた。どうやら間に合ったようだ。
「手に持っているのが今日の夕飯? 何の肉なの?」
楽しみにしていたのか、リアナが俺の持っている肉を凝視する。他の皆も興味がある様子だ。
「あー、ウサギでも狩ってこようと思ったんだが、例の魔物がうろついているからかまったく見つからなくてな。さっき倒した泥奔猪から切り取ってきたんだ」
「「「え……」」」
「……え?」
「泥奔猪って……食べられるの?」
リアナを除いた、皆の顔がなぜか固まる。それぞれが微妙に異なる表情をしているが、共通して読み取れるのは困惑と忌避感だろうか。
「泥奔猪のお肉ですか……これはどうしましょうね」
「あーアゼル……非常に言いにくいんだが、泥奔猪の肉は都市では「危険肉」として扱われているのは知っているか?」
「え、そうなのか?」
「泥奔猪は腐った植物やキノコ、腐葉土を主食とするため臭みも酷く、毒素や寄生虫、泥や菌を通じた感染リスクもあるため、食べる前に徹底的な洗浄と下処理が必要なんです。加熱しても酷い匂いは取れません。そのため都市では特別な認可がないと売りに出すことができないお肉なんです。そんな面倒な手間をかけてまで売りに出すお店はまずないので、泥奔猪は食べられない魔物というのが一般的な認識です」
コーネルが申し訳なさそうに説明してくれた。なるほどそういうことだったか。コーネルが言っていたのは皮下脂肪や内臓部分の話だろう。
だが俺が持ってきたのは顎の肉。ここは数少ない雑菌も臭みもない部位だ。これならば、軽く火を通すだけで安全に食べられるんだが……そうか、都市では泥奔猪は危険肉なのか。そりゃあ食べたくないよなあ。
いちおう持ってきた肉が安全であることを伝えるが、固定観念もあるから食べないだろうなあ
「――とまあ、下顎の肉なら食べても腹を壊したりはしない。実際俺は何度か食ったことがある。だが、心配なのはよくわかる……悪いな。変な期待させちまった」
仕方がない、持ってきた肉は俺が処理するか。俺は彼らとは別の鍋を用意しようとしたところ、話を聴いていたリアナは特に表情を変えずにこう言った。
「え、食べられるんでしょ? 勿体ないし、これも鍋に入れちゃおうよ」
「「「「え? ――あ」」」」
誰かが止める間もなく、リアナは軽い調子で俺から肉を取り上げると、そのまま肉を鍋に放り込み摘んできた野草と共に煮込み始めた。
「お、おい。いいのかよ勝手にぶち込んで?」
「え、駄目だった? もしかしてまだ下処理終わっていなかったとか……」
「いや、そこは問題ないんだが……大丈夫か?」
確認のため他三人を見るが……なんとも言えない顔をしている。
「ま、まあアゼルが食べられるというのなら、食べられるんだろうな。うん」
「せっかく持ってきてくれたものを無碍にするのも……ねえ」
「はは……いちおう下剤含め簡単な解毒薬の用意がありますから、最悪の場合はこれを使いましょう」
大人組が気を遣ってそう言ってくれるが、その顔に浮かべた笑みは引き攣っている。これが少しでも気性が荒い人間だったら、きっと鍋をひっくり返すくらいには怒っていただろう……。
「うわ、すっごい灰汁出てきた! これ大丈夫⁉」
「……俺が調理する。杓子を寄こせ」
三人の笑みが不安で崩れるのを見ないうちに、リアナから杓子を受け取り念入りに灰汁を取り除いていく。もうこうなってしまった以上は仕方がない。俺はひたすら浮いて来る灰汁を掬い続ける。
こうなれば俺も意地だ。何が何でも美味い夕食を作って見せる!
本来ここは良くも悪くも生命力で溢れているのに、今は森が死んだように静かだ。
「ねえアゼル……ここっていつもこんなに静かなの?」
不安そうに尋ねるリアナに、俺は無言で頭を振る。
泉に近付けば近付くほど、生き物の気配が多くなるはずだ。それなのにさっきの泥奔猪以降、他の魔物どころか動物の影も見えないのは異常であった。
「泉で何かがあったと考えるべきだろう……」
そんな俺の予想は、目の前に広がる光景で明らかとなった。
本来の泉は澄んだ水が広がり、太陽の光が水面を反射してきらめく美しい場所だ。周りには草食性の動物も腹を満たした後の肉食性の魔物も、ひと時の癒しをもたらす憩いの場所だ。
だが今は、なんとも酷いありさまだ。
澄んだ水は岸の近くから薄く赤色に汚され、その周辺にはこの森に住まう生き物たちの死体が複数転がっている。その中には先ほど遭遇した泥奔猪や高位の肉食性の魔物の姿もある。
明らかに捕食目的ではない殺戮の様相に、各々が言いようのない感情を顔に浮かべる。
「……やはり血が抜かれているな。これまでの調査で見つかった死体と同じだ」
近くに転がる地穿鹿の死体を調べていたカイルがそう言った。
「向こうには陽暉大狼が倒れていたわ。身体には大きな爪痕と咬傷が残っていた……例の魔物、相当強いわね」
エマの報告を聞いて俺とカイル、コーネルが険しい顔をする。リアナは陽暉大狼についての知識がないのか、首を傾げて質問した。
「陽暉大狼ってどんな魔物?」
「陽暉大狼はCランクの魔物の中でも強い部類でな、基本群れを作らず単独で動く魔物だ。日の光を浴びるとスピードと攻撃力が増す特性を持っている」
「追加で言うと、この南の森に棲んでいる魔物の頂点捕食者ひとつ――いわゆる主だな。この森は昼は陽暉大狼、夜は夜狩熊がそれぞれの時間帯で頂点を張っている」
日が昇っている間は陽暉大狼が森の頂点捕食者として支配し、夜の間は夜狩熊が支配するという循環ができている。
通常なら生活リズムの違う両者が引き合うことはほぼないが、仮に両者が相対した時どちらが強いかというと、機動力の差で陽暉大狼に軍配が上がる。
純粋な力やタフネスならば夜狩熊の方が上だが、日の光を浴びて強化された陽暉大狼ならば俊敏さで的確に攻撃を加えていく。
俺も何度か遭遇して戦ったことがあるが、【血濡魔術(ブラッティー・マジック)】を使わずに勝つのはかなり厳しい。純粋な剣技や身体能力で戦ったら、勝ちはすれど大怪我は免れないだろうし、運が悪ければ相打ちだ。
「……陽暉大狼がやられているってことは、少なくとも例の魔物はこいつより強いってことだ。アゼル、この森にBランクの魔物はいるか?」
「いない。そして陽暉大狼に――ついでに夜狩熊にも――喧嘩を売るような生き物は俺には思い当たらない。西の山の方に行けばそれなりにいるだろうが……」
「そうか……なんにせよ、例の魔物を追えてはいる。日も落ち始めたし、今日はここで調査を切り上げて、野営の準備をしようと思う。皆、それでいいか?」
「あー、それは良いけど、ここの近くは少し嫌かも……臭いもきついし」
リアナの言葉に一同は頷きを返した。野営に関しては全員が賛成し、程よい場所を見つけた後は、手分けして森から必要なものを集めていった。
冒険者の皆は慣れたもので、夜を過ごすのに十分な量の薪を集め、簡易的なテントを張っていく。
俺も野営をすることは事前に聞いていたため、用意はしてある。とはいえ彼らの物より遥かに簡素なものだ。寝床もテントなどはなく、毛布が一枚あるだけ。
「えアゼル、アンタそんだけしかないの? テントとか、虫除けとかは?」
俺が毛布を引っ張り出したところを見たリアナが、信じられないというように凝視する。言いたいことはわかるが、俺はこいつで十分なのだ。
「普段は長い時間森には滞在しないし、野営をするにしてもテントなんて使ったことがないな」
「テント使わないでどうやって魔物から身を守ってるのよ……まさか死体のふりして誤魔化してる?」
「そんなわけないだろ。寝るときはいつも木の上だ。地上の生き物に狙われることも少ないし、木の葉があるから飛行型の魔物の目から隠してくれる」
唯一の危険は木の上に登る魔物くらいだが、あいつらは同族以外が木の上にいるのを想定していないからか、鳴き声を発しながら近づいてくれるので寝ていても気付く。たまに仲間と勘違いして通り過ぎることすらある。
「いやいやいや、落ちたら危ないでしょうが! もう――コーネルさん、カイルー! アゼルを二人のところに入れてあげてー!」
火を起こしている最中の二人に向かって叫ぶと、了承の声が返ってくる。
テントを用意しなかったのは俺だし、彼らの物を使わせてもらうのは気が引ける。俺は「狭くなるから別にいい」と断ったが、「せっかくテントを立てたのだから使わないのは勿体ない」と理屈が通っているのかいないのかわからない説得をリアナにされて、他の三人も加わって説得されたため、結局遠慮しきれず使わせて貰うことにした。
さてここまで配慮されると、俺の中にも少し申し訳なさが湧いてくる。善意で寝床を使わせて貰うのだから、せめて食事くらいは保存食ではなく、もう少し良い物を食わせて善意に見合ったお返しをしたい。
そう思いウサギでも狩ろうかと探したが、一匹も見つからない。どうしたものかと考えたところ、さっき倒した泥奔猪のことを思い出した。
「悪い。少し離れる」
「うん? どこに行くんだ?」
「今日の夕食の材料を取りにな。そう離れていないし、すぐに戻る」
「ああわかった。それなら俺も――」
「いやひとりでいい。それじゃあ行ってくる」
カイルに断りを入れてから、俺は身体を強化し来た道を走る。血染布による身体強化のおかげでものの数分で泥奔猪の所に着いた。
幸いなことに、他の生き物に齧られていないうえ、戦闘中にコーネルが使った【氷天の鉄槌】のおかげで鮮度がいい。
「ふんふん……五体以上あるな。少し多めに持って帰っても良いな」
身体の大きい泥奔猪だが、その巨体と相反して食べられる部位は少ない。特に腹や内臓部分はほぼ駄目だ。皮下脂肪なんかは泥や苔に覆われていた影響で雑菌塗れ。加熱したとしても、どうしようもなく臭くて、とても食べることはできない。
だが肩肉なんかは煮込んでスープにすればよい出汁になる。また顎下は繊維が細かくて柔らかい。少量しかないのが難点だが、臭みも少なく食べやすい。
「それから……鼻も持っていこうかな? いやこいつは変わり種だし嫌がるか……まあ女性が二人いることだし、いちおう二個だけ持っていこうか……」
少し悩んだが鼻も切り落として持ち帰る。
泥や土だけでなく、骨と岩をも突き砕く硬質の鼻の中には、わずかだがゼラチンの層がある。これを煮出すと少しのとろみとコクのあるスープになる。
このスープは一時期、俺の先生が滅茶苦茶ハマっていた。それも何かにとりつかれたように毎日豚を狩っては、大量の鼻を鍋にぶち込んで食卓に出していた。スープは美味かったが、あれは少し恐ろしかった……。
部位の切り出しも終わったので、血染布を介して切り取った部位の余分な血を抜いておく。これで解体作業も終了したので、足早にテントへ帰った。
「あ、戻ってきた。本当に早かったね」
戻った時には日も暮れて、焚火も火がついて夕食を作る準備ができていた。どうやら間に合ったようだ。
「手に持っているのが今日の夕飯? 何の肉なの?」
楽しみにしていたのか、リアナが俺の持っている肉を凝視する。他の皆も興味がある様子だ。
「あー、ウサギでも狩ってこようと思ったんだが、例の魔物がうろついているからかまったく見つからなくてな。さっき倒した泥奔猪から切り取ってきたんだ」
「「「え……」」」
「……え?」
「泥奔猪って……食べられるの?」
リアナを除いた、皆の顔がなぜか固まる。それぞれが微妙に異なる表情をしているが、共通して読み取れるのは困惑と忌避感だろうか。
「泥奔猪のお肉ですか……これはどうしましょうね」
「あーアゼル……非常に言いにくいんだが、泥奔猪の肉は都市では「危険肉」として扱われているのは知っているか?」
「え、そうなのか?」
「泥奔猪は腐った植物やキノコ、腐葉土を主食とするため臭みも酷く、毒素や寄生虫、泥や菌を通じた感染リスクもあるため、食べる前に徹底的な洗浄と下処理が必要なんです。加熱しても酷い匂いは取れません。そのため都市では特別な認可がないと売りに出すことができないお肉なんです。そんな面倒な手間をかけてまで売りに出すお店はまずないので、泥奔猪は食べられない魔物というのが一般的な認識です」
コーネルが申し訳なさそうに説明してくれた。なるほどそういうことだったか。コーネルが言っていたのは皮下脂肪や内臓部分の話だろう。
だが俺が持ってきたのは顎の肉。ここは数少ない雑菌も臭みもない部位だ。これならば、軽く火を通すだけで安全に食べられるんだが……そうか、都市では泥奔猪は危険肉なのか。そりゃあ食べたくないよなあ。
いちおう持ってきた肉が安全であることを伝えるが、固定観念もあるから食べないだろうなあ
「――とまあ、下顎の肉なら食べても腹を壊したりはしない。実際俺は何度か食ったことがある。だが、心配なのはよくわかる……悪いな。変な期待させちまった」
仕方がない、持ってきた肉は俺が処理するか。俺は彼らとは別の鍋を用意しようとしたところ、話を聴いていたリアナは特に表情を変えずにこう言った。
「え、食べられるんでしょ? 勿体ないし、これも鍋に入れちゃおうよ」
「「「「え? ――あ」」」」
誰かが止める間もなく、リアナは軽い調子で俺から肉を取り上げると、そのまま肉を鍋に放り込み摘んできた野草と共に煮込み始めた。
「お、おい。いいのかよ勝手にぶち込んで?」
「え、駄目だった? もしかしてまだ下処理終わっていなかったとか……」
「いや、そこは問題ないんだが……大丈夫か?」
確認のため他三人を見るが……なんとも言えない顔をしている。
「ま、まあアゼルが食べられるというのなら、食べられるんだろうな。うん」
「せっかく持ってきてくれたものを無碍にするのも……ねえ」
「はは……いちおう下剤含め簡単な解毒薬の用意がありますから、最悪の場合はこれを使いましょう」
大人組が気を遣ってそう言ってくれるが、その顔に浮かべた笑みは引き攣っている。これが少しでも気性が荒い人間だったら、きっと鍋をひっくり返すくらいには怒っていただろう……。
「うわ、すっごい灰汁出てきた! これ大丈夫⁉」
「……俺が調理する。杓子を寄こせ」
三人の笑みが不安で崩れるのを見ないうちに、リアナから杓子を受け取り念入りに灰汁を取り除いていく。もうこうなってしまった以上は仕方がない。俺はひたすら浮いて来る灰汁を掬い続ける。
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