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33話:血塗れ夜王が残したモノ
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アゼルは眉を顰め半目を閉じ、あからさまに「何言ってんだこいつ?」と言わんばかりの怪訝な顔をした。
小馬鹿にしたような表情に大きな呆れの感情が加えられた顔に、コーネルは殺意が芽生え思わず杖を向けたが、跪くアゼルが素早く盾を前に向けたことで、魔力の無駄を悟りしぶしぶ杖を下ろした。
「ちっ……まあいいでしょう。愚昧な民衆が血塗れ夜王と呼ぶ御方を、我らは「月血聖帝」とお呼びしています。彼の御方が成した偉業を称え、その道行を追うのが我らの理念です」
「偉業だあ? ……あんな奴はただの狂った殺戮者だ。称えられる偉業なんてものは……いくつかはあったかもしれないが、そんなちっぽけなものは国を滅ぼした時点ですべて台無しにした。残ったのは大国を滅ぼした大悪党という汚点だけだ」
「口を慎みなさい。いくら無知とは言え、それ以上侮辱すれば時を待たずに殺しますよ?」
コーネルは今度こそ明確な殺意を抱き杖を向けた。これ以上言葉を発するようならばナイフの効果を待たず、魔術で頭を砕くつもりだった。
その殺意を感じてか、アゼルはそれ以上の言葉を重ねることなく、口をきつく結び黙り込む。
単なる時間稼ぎの会話だったが、偉大なる主を侮辱されたままというのもコーネルは我慢ならなかった。
「知らないのでしたら教えましょう。そもそもなぜ聖帝は国を――グラディア帝国を滅ぼしたのか……あなたはわかりますか?」
「……復讐だ」
これ以上の不興を買うのを恐れてか、アゼルは端的に答えた。血塗れ夜王が国を滅ぼした動機は諸説があり、アゼルが挙げた「復讐」も数ある説の内の一つだった。
しかしコーネルは――血追いの徒は知っている。そんなありふれた理由ではないことを。
「ちっちっちっ、そんな陳腐な理由ではありません。とはいえ知らないのも無理はありません。なにせこの秘密は我ら血追いの徒しか知らないことですからね」
「陳腐な理由」と言ったところで、アゼルから「ああ?」と不満気な声が漏れたがコーネルは気付かず話を続ける。
「月血聖帝が成した偉業、それはグラディア帝国を滅ぼした果てに「死の秘奥」を見つけ「永生の悟り」を得たことです。大雑把に言えば、グラディア帝国に住まうすべての人間を殺したこと自体が偉業であると言えます」
「死の、秘奥……永生の悟りぃ?」
「そうです! あなたは知っていますか、月血聖帝が固有魔術の使い手であったことを!」
血塗れ夜王が生きていた時代、固有魔術は不浄の力として世界から忌み嫌われ、それを持つ固有魔術使いは「忌み者」「異端者」「魔族の子供」「不浄の子」などと呼ばれ迫害を受けていた。
現代ではそういった迫害の文化は消えかけて社会に受け入れられ始めているが、完全に消えたわけではなくその文化が残っている地もある。
産まれた子供が固有魔術を持っていたというだけで、その家族は魔族と契約を交わした異端者として扱われたり、それを産んだ母親は魔族に貞操を捧げた魔女として処刑されたこともあったと聞く。
そして固有魔術を持つ本人はたとえ産まれたばかりの赤子であっても、生きたまま暖炉に投げ込み、骨は形も残らないように砕き粉にし、最初からこの世にはいなかった者として家系からも抹消する家も少なくなかったという。
「世間では「血塗れ夜王」という異名や伝説から血液に由来する固有魔術と思われていますが、それは正確ではありません」
「へえ…………」
「我々も本当の名前まで知りませんが、我が教団に伝わる話では、聖帝の固有魔術は「生者から命を吸い取り、死を支配する能力」だと言われております」
詩や絵画では殺戮や血の描写がよく描かれているが、それ以上に多いのが夜と死者を引き連れている描写だ。
血塗れ夜王は一〇〇年かけてグラディア帝国を滅ぼし、そこに住まう人間を一人残らず殺しつくし不死骸として支配したという。そこからさらに二〇〇年の時を死者の国と化したグラディア帝国に君臨し続けたと言われている。
「帝国に住まう何万という血と命を得たことにより、かくして彼の王は無限の生を得ました。そうして聖帝は、生きながらにして死を剋した存在――神となったのです。そして神となった聖帝は、命の何たるかを知り、死を思うがままに支配する術を発見しました」
血塗れ夜王は魔物としての不死骸だけでなく、死者ならざる新たな生命を生み出すことができたという。また多くの死と命に触れたことで血塗れ夜王は、死した人間を不死骸としてではない、生前の記憶と人格を持った完璧な蘇生を可能とした。
「死からの蘇り、死の克服――これが月血聖帝の偉業。まさに神のごとき奇跡! 我ら血追いの徒はその奇跡を称え、信奉する者たちの集まりです。我ら信者の最大の目的は彼の神に仕え、血を捧げその奉仕の対価として死の克服する術、そして死からの帰還という恩恵を得ることです……ご理解いただけますか?」
「いや血塗れ夜王、死んでるじゃん……」
誇らしげに胸を張るコーネルに対し、アゼルは淡々とつっこんだ。
そんなアゼルの言葉にコーネルは嘆かわしいと言うように首を軽く振る。
伝説では確かにグラディア帝国の属国となった七つの国の連合軍と、大賢者エクリシア・ヴァルメイリアの手によって血塗れ夜王は打ち倒されたと語られている。
しかしそれは、世界が真実を隠すためにでっち上げた偽りだ。
「いいえ、月血聖帝は生きています。我が教団の教祖様は聖帝からの寵愛を受けておられ、その権能のいくつかを行使できます。残念ながら今ここでそれを証明することは難しいですが、血追いの徒の信者の何名かは教祖様の手により愛する者を蘇らせてもらったことや、実際に死の淵から蘇った者がいます」
その力があるからこそ、血追いの徒は今日まで勢力を衰えることなく存続し続け、神たる血塗れ夜王を信奉しているのである。
「しかし教団の誰も月血聖帝の御姿を見た者がいないのも、悲しいことにまた事実。というのも、彼の王は二〇〇年前の大戦により大賢者エクリシア・ヴァルメイリアによって封印されてしまったのだそうです。彼の王が封印を破りその御姿を降臨させるためには、膨大な血の贄が必要なのです」
その贄を得て降臨なされた暁には、忠実なる僕である血追いの徒は不死の祝福を与えられ、老いや病に怯えることなく永遠にこの世に生き続けることができるのだ。
「……嘘くさいことこの上ないが、まあわかった……つまりお前が喰血哭をけしかけ村を滅ぼそうとしたのは、村の皆の血を集めてそれを教団本部にいる血塗れ夜王に捧げて不死にしてもらおう、てことか?」
「私としてはもっと崇高な行動であるということを知って欲しいところですが……まあ、おおむねその通りですね」
「狂っている、そうでなければ妄想好きの馬鹿の集まりだな……だが血追いの徒が何なのかということと、村を襲った動機はわかった。それじゃあ、この槍とあと宝石か……「夜王の遺物」って呼んでいたよな? 名前から察するに血塗れ夜王が生前使っていた魔道具ってところか。こいつはどれくらいある?」
「生前、ではなくまだ存命しています。改めなさい……こほん、聖帝の遺物は長い年月と共に各地に散らばりました。その内のいくつかは時と共に消失してしまったでしょうが、あなたが持っているその槍と宝石は間違いないでしょう。そして我が教団にはとてもたくさんの遺物が保管されています。それこそ一〇〇や二〇〇では収まらないほどに」
「…………そんなに残ってたかなあ? いやこの槍を見ると特殊な魔道具に限らなそうだな……そう考えるともっとあるか?」
アゼルがぶつぶつと呟くがその意味はよくわからない。とはいえどうせもう間もなく死んでしまうのだから気にしたところで仕方がない。
それを示すようにコーネルはすっと指を立てて、アゼルの脇腹に刺さるナイフを指した。
「聖帝が作り出した魔剣の多くは紋様と「血を集める」機能を持っています。それは聖帝が効率よく命を集めるために、生み出した不死骸に持たせていたと言われています」
教団が保管している九割の遺物がその能力を持っている。その能力を持った遺物は見分けるのも簡単で、共通して蛭の紋様が刻まれている。そして――
「そのナイフにも同じ紋様が刻まれています」
アゼルに突き立てたナイフもまた夜王の遺物の一つであり、生物から血を奪う機能がある。
その名を「生を啜りし狩刀」という。
コーネルが教団から下賜された聖遺物であり、Bランクに昇格する切っ掛けとなった鏡爪虎はこのナイフを突き立て失血死し、その時に犠牲にしたDランク冒険者たちの血もこのナイフに吸わせた。
生物は全体の三から四割以上の血液を失うと死に至る。どんな強力な魔物であったとしても、その身に血を通わせた生物である限りその法則からは逃れられない。
体格が大きければ大きいほど致死量に達するには時間がかかるが、人間程度であれば五分もかからず全身の血を吸いつくしてしまう。
アゼルはナイフの返しがもたらす痛みに怯えず、すぐに抜くべきだったのだ。仮に先端の返しが脇の肉を抉り、その結果失血死してしまう可能性はあったが、確実に起こる失血死に比べれば生存の目はあったというのに……。
「そのナイフが突き立てられた以上、あとは時間を稼ぐだけで良かった――まさか私がただの親切で教えてあげたと思いましたか?」
ナイフが抜かれないまま少なくない時間が経過している。時間稼ぎのために血追いの徒の情報を教えただけだが、死への旅路への手土産には丁度良いとコーネルはほくそ笑んだ。
「ああ……おかげでいい勉強になったよ」
アゼルが静かに言葉を発する。その声は平坦としており、動揺や後悔、怒りといった感情の起伏を感じられない。これから死ぬというのに、目の前の少年は不気味なほどに落ち着いていた。
そこでコーネルは異変に気が付いた。
「――待ちなさい。なぜまだ生きているのですか?」
すでに「生を啜りし狩刀」が刺さってから五分は優に経過していた。普通の人間ならばとうに全身の血が抜かれている頃合いであり、大型の魔物であっても立つことはままならないほどの時間だ。
そうであるにもかかわらずコーネルが話し始めた時と変わらず、アゼルは地に伏せることなく片膝をついた体制を維持していた。それどころか――
「やっと気付いたのか? よほどお喋りに夢中だったと見える」
アゼルは血を失ったとはまるで思えない調子で、悠然と立ち上がった。
小馬鹿にしたような表情に大きな呆れの感情が加えられた顔に、コーネルは殺意が芽生え思わず杖を向けたが、跪くアゼルが素早く盾を前に向けたことで、魔力の無駄を悟りしぶしぶ杖を下ろした。
「ちっ……まあいいでしょう。愚昧な民衆が血塗れ夜王と呼ぶ御方を、我らは「月血聖帝」とお呼びしています。彼の御方が成した偉業を称え、その道行を追うのが我らの理念です」
「偉業だあ? ……あんな奴はただの狂った殺戮者だ。称えられる偉業なんてものは……いくつかはあったかもしれないが、そんなちっぽけなものは国を滅ぼした時点ですべて台無しにした。残ったのは大国を滅ぼした大悪党という汚点だけだ」
「口を慎みなさい。いくら無知とは言え、それ以上侮辱すれば時を待たずに殺しますよ?」
コーネルは今度こそ明確な殺意を抱き杖を向けた。これ以上言葉を発するようならばナイフの効果を待たず、魔術で頭を砕くつもりだった。
その殺意を感じてか、アゼルはそれ以上の言葉を重ねることなく、口をきつく結び黙り込む。
単なる時間稼ぎの会話だったが、偉大なる主を侮辱されたままというのもコーネルは我慢ならなかった。
「知らないのでしたら教えましょう。そもそもなぜ聖帝は国を――グラディア帝国を滅ぼしたのか……あなたはわかりますか?」
「……復讐だ」
これ以上の不興を買うのを恐れてか、アゼルは端的に答えた。血塗れ夜王が国を滅ぼした動機は諸説があり、アゼルが挙げた「復讐」も数ある説の内の一つだった。
しかしコーネルは――血追いの徒は知っている。そんなありふれた理由ではないことを。
「ちっちっちっ、そんな陳腐な理由ではありません。とはいえ知らないのも無理はありません。なにせこの秘密は我ら血追いの徒しか知らないことですからね」
「陳腐な理由」と言ったところで、アゼルから「ああ?」と不満気な声が漏れたがコーネルは気付かず話を続ける。
「月血聖帝が成した偉業、それはグラディア帝国を滅ぼした果てに「死の秘奥」を見つけ「永生の悟り」を得たことです。大雑把に言えば、グラディア帝国に住まうすべての人間を殺したこと自体が偉業であると言えます」
「死の、秘奥……永生の悟りぃ?」
「そうです! あなたは知っていますか、月血聖帝が固有魔術の使い手であったことを!」
血塗れ夜王が生きていた時代、固有魔術は不浄の力として世界から忌み嫌われ、それを持つ固有魔術使いは「忌み者」「異端者」「魔族の子供」「不浄の子」などと呼ばれ迫害を受けていた。
現代ではそういった迫害の文化は消えかけて社会に受け入れられ始めているが、完全に消えたわけではなくその文化が残っている地もある。
産まれた子供が固有魔術を持っていたというだけで、その家族は魔族と契約を交わした異端者として扱われたり、それを産んだ母親は魔族に貞操を捧げた魔女として処刑されたこともあったと聞く。
そして固有魔術を持つ本人はたとえ産まれたばかりの赤子であっても、生きたまま暖炉に投げ込み、骨は形も残らないように砕き粉にし、最初からこの世にはいなかった者として家系からも抹消する家も少なくなかったという。
「世間では「血塗れ夜王」という異名や伝説から血液に由来する固有魔術と思われていますが、それは正確ではありません」
「へえ…………」
「我々も本当の名前まで知りませんが、我が教団に伝わる話では、聖帝の固有魔術は「生者から命を吸い取り、死を支配する能力」だと言われております」
詩や絵画では殺戮や血の描写がよく描かれているが、それ以上に多いのが夜と死者を引き連れている描写だ。
血塗れ夜王は一〇〇年かけてグラディア帝国を滅ぼし、そこに住まう人間を一人残らず殺しつくし不死骸として支配したという。そこからさらに二〇〇年の時を死者の国と化したグラディア帝国に君臨し続けたと言われている。
「帝国に住まう何万という血と命を得たことにより、かくして彼の王は無限の生を得ました。そうして聖帝は、生きながらにして死を剋した存在――神となったのです。そして神となった聖帝は、命の何たるかを知り、死を思うがままに支配する術を発見しました」
血塗れ夜王は魔物としての不死骸だけでなく、死者ならざる新たな生命を生み出すことができたという。また多くの死と命に触れたことで血塗れ夜王は、死した人間を不死骸としてではない、生前の記憶と人格を持った完璧な蘇生を可能とした。
「死からの蘇り、死の克服――これが月血聖帝の偉業。まさに神のごとき奇跡! 我ら血追いの徒はその奇跡を称え、信奉する者たちの集まりです。我ら信者の最大の目的は彼の神に仕え、血を捧げその奉仕の対価として死の克服する術、そして死からの帰還という恩恵を得ることです……ご理解いただけますか?」
「いや血塗れ夜王、死んでるじゃん……」
誇らしげに胸を張るコーネルに対し、アゼルは淡々とつっこんだ。
そんなアゼルの言葉にコーネルは嘆かわしいと言うように首を軽く振る。
伝説では確かにグラディア帝国の属国となった七つの国の連合軍と、大賢者エクリシア・ヴァルメイリアの手によって血塗れ夜王は打ち倒されたと語られている。
しかしそれは、世界が真実を隠すためにでっち上げた偽りだ。
「いいえ、月血聖帝は生きています。我が教団の教祖様は聖帝からの寵愛を受けておられ、その権能のいくつかを行使できます。残念ながら今ここでそれを証明することは難しいですが、血追いの徒の信者の何名かは教祖様の手により愛する者を蘇らせてもらったことや、実際に死の淵から蘇った者がいます」
その力があるからこそ、血追いの徒は今日まで勢力を衰えることなく存続し続け、神たる血塗れ夜王を信奉しているのである。
「しかし教団の誰も月血聖帝の御姿を見た者がいないのも、悲しいことにまた事実。というのも、彼の王は二〇〇年前の大戦により大賢者エクリシア・ヴァルメイリアによって封印されてしまったのだそうです。彼の王が封印を破りその御姿を降臨させるためには、膨大な血の贄が必要なのです」
その贄を得て降臨なされた暁には、忠実なる僕である血追いの徒は不死の祝福を与えられ、老いや病に怯えることなく永遠にこの世に生き続けることができるのだ。
「……嘘くさいことこの上ないが、まあわかった……つまりお前が喰血哭をけしかけ村を滅ぼそうとしたのは、村の皆の血を集めてそれを教団本部にいる血塗れ夜王に捧げて不死にしてもらおう、てことか?」
「私としてはもっと崇高な行動であるということを知って欲しいところですが……まあ、おおむねその通りですね」
「狂っている、そうでなければ妄想好きの馬鹿の集まりだな……だが血追いの徒が何なのかということと、村を襲った動機はわかった。それじゃあ、この槍とあと宝石か……「夜王の遺物」って呼んでいたよな? 名前から察するに血塗れ夜王が生前使っていた魔道具ってところか。こいつはどれくらいある?」
「生前、ではなくまだ存命しています。改めなさい……こほん、聖帝の遺物は長い年月と共に各地に散らばりました。その内のいくつかは時と共に消失してしまったでしょうが、あなたが持っているその槍と宝石は間違いないでしょう。そして我が教団にはとてもたくさんの遺物が保管されています。それこそ一〇〇や二〇〇では収まらないほどに」
「…………そんなに残ってたかなあ? いやこの槍を見ると特殊な魔道具に限らなそうだな……そう考えるともっとあるか?」
アゼルがぶつぶつと呟くがその意味はよくわからない。とはいえどうせもう間もなく死んでしまうのだから気にしたところで仕方がない。
それを示すようにコーネルはすっと指を立てて、アゼルの脇腹に刺さるナイフを指した。
「聖帝が作り出した魔剣の多くは紋様と「血を集める」機能を持っています。それは聖帝が効率よく命を集めるために、生み出した不死骸に持たせていたと言われています」
教団が保管している九割の遺物がその能力を持っている。その能力を持った遺物は見分けるのも簡単で、共通して蛭の紋様が刻まれている。そして――
「そのナイフにも同じ紋様が刻まれています」
アゼルに突き立てたナイフもまた夜王の遺物の一つであり、生物から血を奪う機能がある。
その名を「生を啜りし狩刀」という。
コーネルが教団から下賜された聖遺物であり、Bランクに昇格する切っ掛けとなった鏡爪虎はこのナイフを突き立て失血死し、その時に犠牲にしたDランク冒険者たちの血もこのナイフに吸わせた。
生物は全体の三から四割以上の血液を失うと死に至る。どんな強力な魔物であったとしても、その身に血を通わせた生物である限りその法則からは逃れられない。
体格が大きければ大きいほど致死量に達するには時間がかかるが、人間程度であれば五分もかからず全身の血を吸いつくしてしまう。
アゼルはナイフの返しがもたらす痛みに怯えず、すぐに抜くべきだったのだ。仮に先端の返しが脇の肉を抉り、その結果失血死してしまう可能性はあったが、確実に起こる失血死に比べれば生存の目はあったというのに……。
「そのナイフが突き立てられた以上、あとは時間を稼ぐだけで良かった――まさか私がただの親切で教えてあげたと思いましたか?」
ナイフが抜かれないまま少なくない時間が経過している。時間稼ぎのために血追いの徒の情報を教えただけだが、死への旅路への手土産には丁度良いとコーネルはほくそ笑んだ。
「ああ……おかげでいい勉強になったよ」
アゼルが静かに言葉を発する。その声は平坦としており、動揺や後悔、怒りといった感情の起伏を感じられない。これから死ぬというのに、目の前の少年は不気味なほどに落ち着いていた。
そこでコーネルは異変に気が付いた。
「――待ちなさい。なぜまだ生きているのですか?」
すでに「生を啜りし狩刀」が刺さってから五分は優に経過していた。普通の人間ならばとうに全身の血が抜かれている頃合いであり、大型の魔物であっても立つことはままならないほどの時間だ。
そうであるにもかかわらずコーネルが話し始めた時と変わらず、アゼルは地に伏せることなく片膝をついた体制を維持していた。それどころか――
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