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34話:魔族ともう一つの固有魔術
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***
「な、なぜ立てる⁉」
想定外の結果にコーネルは激しく動揺し後ずさる。
【氷天の鉄槌】と【千滴の矢雨】に隠れて小さな魔力が動いていることは気付いていたから警戒はしていたが、まさか鏡爪虎の毛皮に景色に溶け込む性質を持っていたとはな。おかげで発見が遅れてしまい、まんまと脇腹に食らってしまった。
とは言え内臓は外れたから、怪我自体は存外大したことはない。しかも予想外なことに、このナイフからは馴染み深い――それはもう非常に馴染み深い魔力を感じたのだ。その時点で俺に焦る要素はなかった。
「なぜってそりゃあ、自分の魔術で殺されるなんざ魔術師としては笑い話にしかならんだろ?」
コーネルが「生を啜りし狩刀」と呼んだそれを【血濡魔術】で作り直して、先端の返しどころか刃その物を消して、自分の脇腹から抜いた。
ついでに脇腹付近の服の繊維を少し解き、その繊維で傷跡を縫い合わせる。
ナイフに刻まれた【渇紅紋】はとっくに消したから、俺から血はまったく減っていない。
「生を啜りし狩刀なんて大層な名前を付けやがって……しかもよく見たらこれ、俺が解体用に使っていたナイフじゃねえか」
【渇紅紋】も槍に刻まれていたものと違い、普段俺が使っている蛭の這い紋だけの単純な物。戦闘用に刻んだ紋様はすべて、効力をより強力なものにするために月と星を象った円と菱形を加えている。
つまりコーネルが自慢しているこのナイフは、俺にとっては武具でもなんでもないただの便利道具でしかなかった。
「しっかし血追いの徒ねえ……俺のことが伝説や童謡になっていると知った時は驚いたが、まさか宗教にもなっているとはな」
長い時間の流れの中では事実がいかようにも歪んでしまうのはわかるが……こうもしょうもない伝説となって、しょうもない奴らに祀られるとは思いもしなかった。
「自分の魔術、ですって? 何を戯けたことを――」
「戯けはお前らの方だ、血追いの徒。俺の個人的な復讐をおかしな方向に美化するだけに飽き足らず、血塗れ夜王は生きているなんて妄言を吐きやがって……あまつさえ手前の勝手で無作為に人を殺して、その理由と責任を俺のせいにしようなんて……ふざけるのも大概にしろよ?」
殺意を込めて睨みつけると、その気迫に押されてかコーネルはビクリと身体を震わせた。
こいつから話を引き出すために抑えていた殺意が漏れ出てしまったのか、コーネルの俺を見つめるその目は困惑にまみれている。
「お、お前は、いったい……」
血追いの徒という教団。血塗れ夜王の名の下に、人を殺すことを目的に活動する破滅的カルトの存在。
「夜王の遺物」という、前世の俺がまき散らした魔道具の数々。それが今もなお残っているとは思っていなかった。教団の本部に二〇〇以上も残っているとなると、アレやソレなんかも残っていそうだ。
「お前の話は不快だったが、良い情報が聞けた」
こいつのせいで村の人が犠牲になった。それを許すつもりは微塵もないが、こいつがもたらした情報は俺のやるべきことを理解させてくれた。
おそらくコーネルが……いや喰血哭が現れなければ、俺は知ることなくこの人生を終えてしまったかもしれない。
「死への旅路の手土産だ。お前に倣って、答え合わせをしてやろう」
「答え、合わせ?」
今宵は満月。そしてこの場には膨大な血と夜闇の魔力が揃っている。
その力は何故か転生した際に備わっていなかったため、もう二度と使えないと思っていた。
しかし今、あの魔術を発動するために必要な要素が全て揃い、そして目の前には血塗れ夜王を信奉する阿呆がいる。
なんとも出来過ぎた状況だな。
「そうだなまずは……血塗れ夜王の名前を知っているか?」
「なんですって?」
「名前だよ名前。童謡とかじゃ残ってなかったんだ。お前たちの教団に伝わってないか?」
コーネルは怪訝な顔をしながらも思案したが、名前が出なかったのか軽く首を振る。
ふむ血塗れ夜王を神として信奉する教団でもその名が伝わっていないのか……あるいは残っているが、秘匿され一部の者にしか伝わっていないのか?
どちらにせよ、知らないのなら教えてやろう。
「クロウ――クロウ・アルヴィン。それが血塗れ夜王と呼ばれている、男の名前だ」
「……聞いたことがありませんね。口から出まかせを言って、私の注意を逸らそうという魂胆ですか?」
「そうじゃないさ。ただ……俺は認めないが、信者を名乗るなら知らないまま死ぬのも哀れだと思ってな」
このクロウ・アルヴィンという名は実の両親がつけた名前じゃない。というのもクロウは戦災孤児だったから、産みの親の顔も名前も、彼らからつけられてであろう名前も知らなかった。
五歳の時には瓦礫の中を這いまわり、埃や泥にまみれた残飯を漁っていたのを俺は覚えている。そんな俺を見つけて拾ったのが俺の名付け親にして育ての親だ。
その人の名はエクリシア・ヴァルメイリア――今なお生きている大賢者であり、クロウの魔術の師。そして血塗れ夜王を殺した人だ。
「先生は、世間にとっては血塗れ夜王を殺した英雄でもあり、血塗れ夜王にとっては命を救ってくれた恩人でもある。だから殺されたことに恨みはないし、むしろ感謝している。強いて先生に思うことがあるとしたら、不出来な弟子の後始末をさせたことと、無駄な戦いをさせてしまったことに対する罪悪感といったところか」
復讐の対象も失い、不死の肉体では自ら死ぬこともできず――ただ廃都となった帝国で無気力に生きて、たまに来る他国からの敵軍を煩わしさから適当に相手していた。
今思うと、どうしようもない馬鹿弟子だ。
「馬鹿な! そんな逸話どこにもありません!」
「だが事実だ。もっともそれを知っているのは、先生か俺くらいなもんだろうよ。ああだが、固有魔術についての考察は良かったぞ。聴いていて思わず感心した」
世間では血塗れ夜王は血に由来する固有魔術を持っていたという説が有力視されている。
コーネルたち血追いの徒ではそれが間違いであると考えているようだが、この点に関しては見当違いだ。クロウが産まれ持っていた力は間違いなく【血濡魔術】だ。
しかし血塗れ夜王が持っていた力は【血濡魔術】だけではなかった。
「なぜ血塗れ夜王が血に固執した戦いをしたのか。それは命を吸い取るためでもなければ、死を克服するためでもない。単純な話、大量の血がないと固有魔術が使えなかったんだ」
「……くだらない。あなたが言っているのは一般的な説を並べているだけにすぎません。聖帝を信奉する我らの情報の方がよほど――」
――――パァン
俺が柏手を打つと軽やかな音が森中に響き、講釈を垂れるコーネルは自然と口をつぐんだ。
「血塗れ夜王が持っていた固有魔術の名は【血濡魔術】……その名の通り、血に濡れた物を支配する権能を持つ」
それがクロウ・アルヴィンが持って産まれた魔術の名前であり、先生と共に極めた俺の本来の力だ。この力を知る者は今やもう先生しかいないだろう。もしかしたら広報していないだけで極少数の者には伝わっているかもしれない。
だが復讐を誓ったクロウは――血塗れ夜王はそれ以上の力を求め、そして見つけた。
「だがもう一つ、あるんだ。これは先生――大賢者エクリシア・ヴァルメイリアですら知らない力……お前たち血追いの徒の考察は、その真実にとても近かった」
「……なんだと、いうのですそれは……アゼル、お前はいったい、何を知っているというのです?」
かつてクロウ・アルヴィンはある魔族の存在を聞いた。
魔族とは瘴気により生まれ、瘴気を支配するこの世の上位存在だ。この世のありとあらゆる負の概念を骨子として、この世の不浄を担う不滅の種族である。
彼らは俺たちが住まう世界とは異なる異界に住んでいるとされているが、特殊な手順を踏めば異界からこちらの世界に招くことができる。
この世の正の概念を担う精霊の対になる存在であり、人よりも概念に近い存在。そんな彼らは、人の願いや捧げもの次第では、超常の力をもたらしてくれる。
クロウ・アルヴィンはそんな魔族から、力を貰った。ではどんな力か?
「命を吸い取る」力? 違う。
「死を支配する」力? 惜しい。それは夜王が得た権能の一部でしかない。
「その力の名は【夜闇呪文】――それが魔族と契約を交わし、不老不死の肉体と共に与えられたもう一つの固有魔術だ」
契約を交わしたその魔族が担う概念は「死と夜闇」。そして契約によってもたらされたのは、死を誤魔化す肉体と、夜を操る力だ。
【夜闇呪文】――その固有魔術が持つ権能は「死と夜闇を支配する力」。夜という限定された時間のみ使用することができ、星月の光や夜闇に形を与え、そして「夜に蠢くモノたち」を支配する能力を持つ。
血塗れ夜王が夜に殺戮を行った理由であり、不死骸の軍勢を生み出したのも、この固有魔術がもたらしたものだ。
「見せてやるよコーネル。これが血塗れ夜王がかつて使った魔術の神髄にして、もはや二度と見られない奥の手だ」
手に握る槍を天に掲げ全力で魔力を練る。
本来であればこの技は使えるはずがなかった。なぜならこの技は【血濡魔術】と【夜闇呪文】の二つの固有魔術の複合魔術だったからだ。
今の俺は【夜闇呪文】を持っていないため、かつての俺のように扱えるかは正直わからない。暴走することはないだろうが、不発に終わる可能性は大いにある。
そう考えると、今の俺は果たして本当に「血塗れ夜王」の生まれ変わりと言えるだろうか? もしかしたら今の俺は「血塗れ夜王」の記憶を植え付けられた別の人間なのかもしれない。
そんなアホらしい考えが一瞬浮かび、俺は人知れず自嘲した。
俺は俺だ。
仮にそうだったとしても今の俺はロスウェル村のアゼルとして生きているし、クロウの記憶を持っている以上、同時に俺はクロウでもある。それでいいじゃないか。
「それに、この魔術が上手く発動すれば、俺とクロウは同一人物であることの証明になるしな」
魔力というのは個々人によって性質が異なり、この世に二つと同じ魔力はない。例え死人の記憶を完全に写し取った人造人間であっても、ひとつの身体から分裂した粘魔であっても同じものはまったくない。
喰血哭から回収したこの槍には血塗れ夜王自身の魔力で刻み込んだ二つの固有魔術の魔術紋様がある。
蛭を模した這い紋の【渇紅紋】はもはやお馴染みだが、月と星を象った円と菱形は【夜闇呪文】の魔術紋様だ。この紋様には【夜闇呪文】の最大の特徴たる能力が込められている。
槍の紋様に込められた【夜闇呪文】の夜闇の魔力を、同じように紋様に込められた【血濡魔術】の血の魔力に絡めて、一緒に引き抜き魔術として昇華させることができれば、一度だけ俺は【夜闇呪文】を使用することが可能となるだろう。
今から発動するこの魔術に必要なのは【夜闇呪文】と【血濡魔術】、そして大量の血液と魔力だけ。
喰血哭は足りなかった二つを運んできた。あとは俺が俺であれば使えるはずだ。
「紅月は天に昇り 血は地を染める――」
「くっ、魔術を……させません!」
コーネルが【水弾砲撃】を放つが、俺は自身の衣服を触手のように伸ばして木々を掴んで回避する。
「――紅き舞台に刻まれるは 終焉と悦楽の円舞曲――」
「ちょこまかと――【千滴の矢雨《デルージュ・リキッドアロー》】!」
千の矢が広範囲にわたって降り注ぐが、俺は六つの【鎌首】を背中から蜘蛛の足のように生やし、それらを高速で動かし自身の頭上に降り注ぐ水の矢を弾き飛ばした。【血濡魔術】の最大の弱点は水だが、こういった一発一発が小さい水は盾で防ぐより、濡れて血が流されるより先に切り裂いて打ち払った方が損耗が軽微で済むのだ。
「――歌うは刃 酒は血潮 踊るは影のみ――」
「三節目っ、上級の魔術ですか⁉」
コーネルが驚くが、残念ながらこれは上級でない――上級には留まらない。
固有魔術は属性魔術と違って術式を必要としないものが多い。俺の【血濡魔術】も基本的には魔力を通し、形をイメージするだけで魔術として完成する。だが物に付与する【渇紅紋】や【飢魔招香】などは魔力を通すだけでは成立しない。しっかりと理論と術式を作らなければ望んだ効果を発揮しない。
【夜闇呪文】は固有魔術の中でも珍しい、術式を構築しないといけない魔術だ。きちんと術式を作っておかないと上手く発動しないから、前世でもいささか苦労した。
言い換えればこの【夜闇呪文】は、体系化が可能な固有魔術である。もっとも、夜闇の魔力を必要とするため第三者が使えるかは微妙なところだ。
特にこの魔術は【夜闇呪文】の魔術の中でも、制御の難易度や魔力量が馬鹿みたいに多いため、こうして詠唱しないと今の俺ではきつ過ぎるのだ。
「――血を求め 命を咲かせ 沈黙を食らえ――」
血塗れ夜王の国殺しはたったひとりで行った。何十万という兵を相手にだ。いくら不死の肉体を得たとはいえ、ひとりですべてを殺し尽くすのは魔力が持たない。
ならばどうやったのか? その答えこそ【夜闇呪文】の最大の能力だ。
【夜闇呪文】は夜にしか使えないという時間的な制限がある。
夜の判定は太陽が沈んだその瞬間から昇る瞬間までを指す。その時間を超えると、発動中の【夜闇呪文】の魔術はすべて消滅もしくは停止する。
だから血塗れ夜王は夜にしか動かなかったのだ。そのせいで、後世では吸血鬼なんていう説が出たんだろうな。
だがその厳しい制限故に、凄まじい恩恵を【夜闇呪文】はもたらす。
その恩恵というのが「夜の間、魔力量と魔術の出力が大幅に向上する」というものだ。その増加量は最も弱い新月の夜であっても二倍、満月の場合は十倍まで上がる。
その圧倒的な魔力量を以て血塗れ夜王はグラディア帝国を滅ぼすことができたのだ。
「上級、じゃない⁉ まさか最上級――くそっ止まれ、止まれぇ‼」
「――万象よ 血に酔い 死に踊れ――」
やはりというか、俺の魔力量では少しばかり足りないようだった。しかし問題はない。
もう一度言うが――――今宵は満月だ。
槍に付与された【夜闇呪文】の魔術紋様の「魔力増幅」と「魔術の出力向上」効果が最大にまで高まる日。加えて喰血哭が貯め込んだ二〇〇年分の血液がある。血液を魔力で増幅するのと同じ要領で、血液を贄として消費することで足りない魔力を補うことができる。
さあこれですべての準備が整った。二〇〇年振りの血の宴を始めよう。
「――【血染めの月下舞踏】」
「な、なぜ立てる⁉」
想定外の結果にコーネルは激しく動揺し後ずさる。
【氷天の鉄槌】と【千滴の矢雨】に隠れて小さな魔力が動いていることは気付いていたから警戒はしていたが、まさか鏡爪虎の毛皮に景色に溶け込む性質を持っていたとはな。おかげで発見が遅れてしまい、まんまと脇腹に食らってしまった。
とは言え内臓は外れたから、怪我自体は存外大したことはない。しかも予想外なことに、このナイフからは馴染み深い――それはもう非常に馴染み深い魔力を感じたのだ。その時点で俺に焦る要素はなかった。
「なぜってそりゃあ、自分の魔術で殺されるなんざ魔術師としては笑い話にしかならんだろ?」
コーネルが「生を啜りし狩刀」と呼んだそれを【血濡魔術】で作り直して、先端の返しどころか刃その物を消して、自分の脇腹から抜いた。
ついでに脇腹付近の服の繊維を少し解き、その繊維で傷跡を縫い合わせる。
ナイフに刻まれた【渇紅紋】はとっくに消したから、俺から血はまったく減っていない。
「生を啜りし狩刀なんて大層な名前を付けやがって……しかもよく見たらこれ、俺が解体用に使っていたナイフじゃねえか」
【渇紅紋】も槍に刻まれていたものと違い、普段俺が使っている蛭の這い紋だけの単純な物。戦闘用に刻んだ紋様はすべて、効力をより強力なものにするために月と星を象った円と菱形を加えている。
つまりコーネルが自慢しているこのナイフは、俺にとっては武具でもなんでもないただの便利道具でしかなかった。
「しっかし血追いの徒ねえ……俺のことが伝説や童謡になっていると知った時は驚いたが、まさか宗教にもなっているとはな」
長い時間の流れの中では事実がいかようにも歪んでしまうのはわかるが……こうもしょうもない伝説となって、しょうもない奴らに祀られるとは思いもしなかった。
「自分の魔術、ですって? 何を戯けたことを――」
「戯けはお前らの方だ、血追いの徒。俺の個人的な復讐をおかしな方向に美化するだけに飽き足らず、血塗れ夜王は生きているなんて妄言を吐きやがって……あまつさえ手前の勝手で無作為に人を殺して、その理由と責任を俺のせいにしようなんて……ふざけるのも大概にしろよ?」
殺意を込めて睨みつけると、その気迫に押されてかコーネルはビクリと身体を震わせた。
こいつから話を引き出すために抑えていた殺意が漏れ出てしまったのか、コーネルの俺を見つめるその目は困惑にまみれている。
「お、お前は、いったい……」
血追いの徒という教団。血塗れ夜王の名の下に、人を殺すことを目的に活動する破滅的カルトの存在。
「夜王の遺物」という、前世の俺がまき散らした魔道具の数々。それが今もなお残っているとは思っていなかった。教団の本部に二〇〇以上も残っているとなると、アレやソレなんかも残っていそうだ。
「お前の話は不快だったが、良い情報が聞けた」
こいつのせいで村の人が犠牲になった。それを許すつもりは微塵もないが、こいつがもたらした情報は俺のやるべきことを理解させてくれた。
おそらくコーネルが……いや喰血哭が現れなければ、俺は知ることなくこの人生を終えてしまったかもしれない。
「死への旅路の手土産だ。お前に倣って、答え合わせをしてやろう」
「答え、合わせ?」
今宵は満月。そしてこの場には膨大な血と夜闇の魔力が揃っている。
その力は何故か転生した際に備わっていなかったため、もう二度と使えないと思っていた。
しかし今、あの魔術を発動するために必要な要素が全て揃い、そして目の前には血塗れ夜王を信奉する阿呆がいる。
なんとも出来過ぎた状況だな。
「そうだなまずは……血塗れ夜王の名前を知っているか?」
「なんですって?」
「名前だよ名前。童謡とかじゃ残ってなかったんだ。お前たちの教団に伝わってないか?」
コーネルは怪訝な顔をしながらも思案したが、名前が出なかったのか軽く首を振る。
ふむ血塗れ夜王を神として信奉する教団でもその名が伝わっていないのか……あるいは残っているが、秘匿され一部の者にしか伝わっていないのか?
どちらにせよ、知らないのなら教えてやろう。
「クロウ――クロウ・アルヴィン。それが血塗れ夜王と呼ばれている、男の名前だ」
「……聞いたことがありませんね。口から出まかせを言って、私の注意を逸らそうという魂胆ですか?」
「そうじゃないさ。ただ……俺は認めないが、信者を名乗るなら知らないまま死ぬのも哀れだと思ってな」
このクロウ・アルヴィンという名は実の両親がつけた名前じゃない。というのもクロウは戦災孤児だったから、産みの親の顔も名前も、彼らからつけられてであろう名前も知らなかった。
五歳の時には瓦礫の中を這いまわり、埃や泥にまみれた残飯を漁っていたのを俺は覚えている。そんな俺を見つけて拾ったのが俺の名付け親にして育ての親だ。
その人の名はエクリシア・ヴァルメイリア――今なお生きている大賢者であり、クロウの魔術の師。そして血塗れ夜王を殺した人だ。
「先生は、世間にとっては血塗れ夜王を殺した英雄でもあり、血塗れ夜王にとっては命を救ってくれた恩人でもある。だから殺されたことに恨みはないし、むしろ感謝している。強いて先生に思うことがあるとしたら、不出来な弟子の後始末をさせたことと、無駄な戦いをさせてしまったことに対する罪悪感といったところか」
復讐の対象も失い、不死の肉体では自ら死ぬこともできず――ただ廃都となった帝国で無気力に生きて、たまに来る他国からの敵軍を煩わしさから適当に相手していた。
今思うと、どうしようもない馬鹿弟子だ。
「馬鹿な! そんな逸話どこにもありません!」
「だが事実だ。もっともそれを知っているのは、先生か俺くらいなもんだろうよ。ああだが、固有魔術についての考察は良かったぞ。聴いていて思わず感心した」
世間では血塗れ夜王は血に由来する固有魔術を持っていたという説が有力視されている。
コーネルたち血追いの徒ではそれが間違いであると考えているようだが、この点に関しては見当違いだ。クロウが産まれ持っていた力は間違いなく【血濡魔術】だ。
しかし血塗れ夜王が持っていた力は【血濡魔術】だけではなかった。
「なぜ血塗れ夜王が血に固執した戦いをしたのか。それは命を吸い取るためでもなければ、死を克服するためでもない。単純な話、大量の血がないと固有魔術が使えなかったんだ」
「……くだらない。あなたが言っているのは一般的な説を並べているだけにすぎません。聖帝を信奉する我らの情報の方がよほど――」
――――パァン
俺が柏手を打つと軽やかな音が森中に響き、講釈を垂れるコーネルは自然と口をつぐんだ。
「血塗れ夜王が持っていた固有魔術の名は【血濡魔術】……その名の通り、血に濡れた物を支配する権能を持つ」
それがクロウ・アルヴィンが持って産まれた魔術の名前であり、先生と共に極めた俺の本来の力だ。この力を知る者は今やもう先生しかいないだろう。もしかしたら広報していないだけで極少数の者には伝わっているかもしれない。
だが復讐を誓ったクロウは――血塗れ夜王はそれ以上の力を求め、そして見つけた。
「だがもう一つ、あるんだ。これは先生――大賢者エクリシア・ヴァルメイリアですら知らない力……お前たち血追いの徒の考察は、その真実にとても近かった」
「……なんだと、いうのですそれは……アゼル、お前はいったい、何を知っているというのです?」
かつてクロウ・アルヴィンはある魔族の存在を聞いた。
魔族とは瘴気により生まれ、瘴気を支配するこの世の上位存在だ。この世のありとあらゆる負の概念を骨子として、この世の不浄を担う不滅の種族である。
彼らは俺たちが住まう世界とは異なる異界に住んでいるとされているが、特殊な手順を踏めば異界からこちらの世界に招くことができる。
この世の正の概念を担う精霊の対になる存在であり、人よりも概念に近い存在。そんな彼らは、人の願いや捧げもの次第では、超常の力をもたらしてくれる。
クロウ・アルヴィンはそんな魔族から、力を貰った。ではどんな力か?
「命を吸い取る」力? 違う。
「死を支配する」力? 惜しい。それは夜王が得た権能の一部でしかない。
「その力の名は【夜闇呪文】――それが魔族と契約を交わし、不老不死の肉体と共に与えられたもう一つの固有魔術だ」
契約を交わしたその魔族が担う概念は「死と夜闇」。そして契約によってもたらされたのは、死を誤魔化す肉体と、夜を操る力だ。
【夜闇呪文】――その固有魔術が持つ権能は「死と夜闇を支配する力」。夜という限定された時間のみ使用することができ、星月の光や夜闇に形を与え、そして「夜に蠢くモノたち」を支配する能力を持つ。
血塗れ夜王が夜に殺戮を行った理由であり、不死骸の軍勢を生み出したのも、この固有魔術がもたらしたものだ。
「見せてやるよコーネル。これが血塗れ夜王がかつて使った魔術の神髄にして、もはや二度と見られない奥の手だ」
手に握る槍を天に掲げ全力で魔力を練る。
本来であればこの技は使えるはずがなかった。なぜならこの技は【血濡魔術】と【夜闇呪文】の二つの固有魔術の複合魔術だったからだ。
今の俺は【夜闇呪文】を持っていないため、かつての俺のように扱えるかは正直わからない。暴走することはないだろうが、不発に終わる可能性は大いにある。
そう考えると、今の俺は果たして本当に「血塗れ夜王」の生まれ変わりと言えるだろうか? もしかしたら今の俺は「血塗れ夜王」の記憶を植え付けられた別の人間なのかもしれない。
そんなアホらしい考えが一瞬浮かび、俺は人知れず自嘲した。
俺は俺だ。
仮にそうだったとしても今の俺はロスウェル村のアゼルとして生きているし、クロウの記憶を持っている以上、同時に俺はクロウでもある。それでいいじゃないか。
「それに、この魔術が上手く発動すれば、俺とクロウは同一人物であることの証明になるしな」
魔力というのは個々人によって性質が異なり、この世に二つと同じ魔力はない。例え死人の記憶を完全に写し取った人造人間であっても、ひとつの身体から分裂した粘魔であっても同じものはまったくない。
喰血哭から回収したこの槍には血塗れ夜王自身の魔力で刻み込んだ二つの固有魔術の魔術紋様がある。
蛭を模した這い紋の【渇紅紋】はもはやお馴染みだが、月と星を象った円と菱形は【夜闇呪文】の魔術紋様だ。この紋様には【夜闇呪文】の最大の特徴たる能力が込められている。
槍の紋様に込められた【夜闇呪文】の夜闇の魔力を、同じように紋様に込められた【血濡魔術】の血の魔力に絡めて、一緒に引き抜き魔術として昇華させることができれば、一度だけ俺は【夜闇呪文】を使用することが可能となるだろう。
今から発動するこの魔術に必要なのは【夜闇呪文】と【血濡魔術】、そして大量の血液と魔力だけ。
喰血哭は足りなかった二つを運んできた。あとは俺が俺であれば使えるはずだ。
「紅月は天に昇り 血は地を染める――」
「くっ、魔術を……させません!」
コーネルが【水弾砲撃】を放つが、俺は自身の衣服を触手のように伸ばして木々を掴んで回避する。
「――紅き舞台に刻まれるは 終焉と悦楽の円舞曲――」
「ちょこまかと――【千滴の矢雨《デルージュ・リキッドアロー》】!」
千の矢が広範囲にわたって降り注ぐが、俺は六つの【鎌首】を背中から蜘蛛の足のように生やし、それらを高速で動かし自身の頭上に降り注ぐ水の矢を弾き飛ばした。【血濡魔術】の最大の弱点は水だが、こういった一発一発が小さい水は盾で防ぐより、濡れて血が流されるより先に切り裂いて打ち払った方が損耗が軽微で済むのだ。
「――歌うは刃 酒は血潮 踊るは影のみ――」
「三節目っ、上級の魔術ですか⁉」
コーネルが驚くが、残念ながらこれは上級でない――上級には留まらない。
固有魔術は属性魔術と違って術式を必要としないものが多い。俺の【血濡魔術】も基本的には魔力を通し、形をイメージするだけで魔術として完成する。だが物に付与する【渇紅紋】や【飢魔招香】などは魔力を通すだけでは成立しない。しっかりと理論と術式を作らなければ望んだ効果を発揮しない。
【夜闇呪文】は固有魔術の中でも珍しい、術式を構築しないといけない魔術だ。きちんと術式を作っておかないと上手く発動しないから、前世でもいささか苦労した。
言い換えればこの【夜闇呪文】は、体系化が可能な固有魔術である。もっとも、夜闇の魔力を必要とするため第三者が使えるかは微妙なところだ。
特にこの魔術は【夜闇呪文】の魔術の中でも、制御の難易度や魔力量が馬鹿みたいに多いため、こうして詠唱しないと今の俺ではきつ過ぎるのだ。
「――血を求め 命を咲かせ 沈黙を食らえ――」
血塗れ夜王の国殺しはたったひとりで行った。何十万という兵を相手にだ。いくら不死の肉体を得たとはいえ、ひとりですべてを殺し尽くすのは魔力が持たない。
ならばどうやったのか? その答えこそ【夜闇呪文】の最大の能力だ。
【夜闇呪文】は夜にしか使えないという時間的な制限がある。
夜の判定は太陽が沈んだその瞬間から昇る瞬間までを指す。その時間を超えると、発動中の【夜闇呪文】の魔術はすべて消滅もしくは停止する。
だから血塗れ夜王は夜にしか動かなかったのだ。そのせいで、後世では吸血鬼なんていう説が出たんだろうな。
だがその厳しい制限故に、凄まじい恩恵を【夜闇呪文】はもたらす。
その恩恵というのが「夜の間、魔力量と魔術の出力が大幅に向上する」というものだ。その増加量は最も弱い新月の夜であっても二倍、満月の場合は十倍まで上がる。
その圧倒的な魔力量を以て血塗れ夜王はグラディア帝国を滅ぼすことができたのだ。
「上級、じゃない⁉ まさか最上級――くそっ止まれ、止まれぇ‼」
「――万象よ 血に酔い 死に踊れ――」
やはりというか、俺の魔力量では少しばかり足りないようだった。しかし問題はない。
もう一度言うが――――今宵は満月だ。
槍に付与された【夜闇呪文】の魔術紋様の「魔力増幅」と「魔術の出力向上」効果が最大にまで高まる日。加えて喰血哭が貯め込んだ二〇〇年分の血液がある。血液を魔力で増幅するのと同じ要領で、血液を贄として消費することで足りない魔力を補うことができる。
さあこれですべての準備が整った。二〇〇年振りの血の宴を始めよう。
「――【血染めの月下舞踏】」
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異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~
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