BAR eternityの奇跡

冬野俊

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~ヒロイン~

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 私が彼と出会ったのは小学校四年の時でした。私の家族は転勤族で、幼い頃からいろんな所を転々としていたんです。その時、福井県の地方の小学校に行くことになり、出会ったのが佐原君だったんです。もちろん、向こうは私のことなど知らなかったと思います。学年もあちらが一つ上だったので、話す機会もほとんどありませんでしたから。でも、学校で初めてすれ違ったときに、そう、一目惚れと言うんでしょうか。もう、好きになってしまいました。幼い頃の恋ですから、具体的な理由など特になく、ただ好きという感情のみの、本当に子供らしいものだったと覚えています。
 佐原君は当時から少年野球をしていました。いつもは通っている小学校のグラウンドで、野球の練習が行われていたんですよ。私はいつも、放課後に学校に残って、自分のクラスの廊下から佐原君の姿を見ていました。今、考えると、ストーカーみたいですけど。
私は野球については全くの素人でしたが、プレーしている姿を見ているだけで、私は何故だか元気になれるような、そんな気がしたんです。佐原君はいつも全力でプレーしてたんですよね。決してレギュラーじゃないけど、それでも必死でボールを追いかけていました。一塁へはいつもヘッドスライディングで、一番大きな声を出してみんなを盛り上げて。先輩って凄いなと思っていました。小さい頃から気が弱く、友達がなかなかできなかった私にとっては憧れのような存在でした。
 確かに、話したいという気持ちはありましたよ。でも、当時の私にはそんな大それた事、到底無理でした。まあ、話をしたことがなくても、一緒に遊んだことがなくても、私はそれで満足だったんです。
 小学校を卒業するタイミングで、私の転校が再び決まりました。
 その時、佐原君は中学生になっていましたが、やはり野球部に入り、私も気付かれないように、時々その中学校の近くに行って、練習試合なんかも見ていたんです。ただ、転校したらもう彼の野球をする姿は見られない。いつもなら彼のプレーから元気をもらっていたので、これからどうしようかと悩みました。うーん、そうですね、その頃には佐原君の野球をする姿を見ることが日課になっていたと言っても良いと思います。
 そこで私は考えたんですよ。転校してからもずっと、佐原君を応援し続けようと。
 幸い、私の次の転校先は京都でした。特急を使えば二時間とかからない距離です。だから、私は福井県に通い続けたんです。決して多くはなかったお小遣いを必死に貯めて。それはずっと続きました。
 私が中学三年生の時、彼が地元の高校に進学し、また野球を続けるということを聞きましたから、高校時代もずっとです。私の高校ではアルバイトが許されていたので、コンビニでバイトをしたりもして、そのお金を交通費に充てていました。
彼は二番手の投手でした。試合に出ることも滅多にありませんでした。でもね、それでもベンチから声を出し続けて仲間を励まし続けていたんです。誰よりも輝いて見えました。私、思うんですよ。ベンチの控え選手はレギュラーの選手に比べて、それこそ考えられないくらいの悔しさを抱いていると。だって、そうでしょう。ずっと練習をしても、それは試合で結果を残すためです。でも、試合にすら出られない。そして、自分の存在価値が分からなくなる。どれだけ努力をしても、報われるとは限らないのだろうかと、日々、感じているはずです。でも、佐原君はその悔しさを超えて努力ができる人でした。
 彼が高校を卒業したとき、私は兵庫の高校に居ました。そこで、私は小学校時代の友達を辿り、佐原君の進学した大学を探し出しました。そう、私も同じ大学に行こうと思ったんです。もし、佐原君が野球を止めていたら、他の大学も考えていたかもしれません。ですが、彼は野球を続けていました。迷いはまったくありませんでした。両親からすれば、東京の大学だったために、一人暮らしをさせることを心配している様子でしたが、それでも最後には快く送り出してくれました。
 そして、大学に入学し、野球部のマネージャーになりました。元々、男性と交際もしたことがなく、高校も女子高だったので、男子ばかりの環境に慣れるのは大変でした。それでも佐原君と同じ空間で、同じ「野球」というものに携われたからこそ、日々、楽しく過ごせたのかもしれません。
 そこから私は勉強を始めました。もちろん、野球の勉強ですよ。私は佐原君の姿こそ、それまで幾度となく見ていましたが、相変わらずルールも何も知りませんでしたから。マネージャーを始めてから佐原君と話すこともほとんどありませんでした。あちらも、私が同じ小学校だったことも、それから試合を見に行っていたことも気付いていない様子でしたから。まあ、もし話ができるチャンスがあっても、きっと何を話して良いのか分かりませんでしたけどね。
 そして、三ヶ月ほど経ち、野球のルールもようやく理解できるようになりました。まあ、それまで毎日、練習を見てたんですから当然と言えば、当然なんですけどね。ただ、ふとした時に気付いたんです。選手たちの投げたり、打ったりしているフォームが、日によって微妙に違うことに。私は最初、ただの思いつきで、その違いを毎日、書き留めることにしました。すると、その中でも調子が良い時と悪い時でかなり、違う部分があるんですよね。もしかしたら、これを選手たちに教えれば何か力になれるかもしれないと思いました。
 ただ、きっかけがなかった。それと、自信がなかったんだと思います。そのノートをただ、誰でも良いからそれを書いたノートを渡せば良かったんです。でも、それができなかった。情けなかったです。そんなことすらもできない自分が。
 そんな時に、きっかけをくれたのは、やはり佐原君でした。
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