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~ヒロイン~
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入学して半年後、確か九月ごろだったと思いますが、私は風邪を引いてしまいました。ありがたかったのは、こんなおとなしい、存在感の無いようなマネジャーに対して、チームの皆が気遣ってくれたことです。そして、佐原君にお見舞い役を頼んでくれた。私からすると、誰かがお見舞いに来てくれるなんて思ってもみませんでしたから、佐原君が家を訪ねてきた時は、冗談ではなく本当に心臓が止まるかと思いました。それほど驚いたんですよ。
彼は普段の部活の時と同じように言葉少なでしたが、風邪薬やドリンク剤などがどっさり入った袋を私にくれました。身体が本当に辛く、外に出ることもままならない状況だったので、あの時の嬉しさは忘れられません。
そこで、私は思い立ちました。「もしかしたら、今こそチャンスなのではないか」と。私は玄関口まで彼を招き入れました。男の人に部屋を見られるのは初めてでしたが、相手が佐原君だったことで私にとっては、なんというか一つハードルをクリアしたような、そんな嬉しさもありました。
そして、渡したんです。それまで毎日、皆の特徴を書き留めていた、あのノートを。佐原君はそのノートを開いて、本当に驚いていた様子でした。当然ですよね。佐原君は私のことを「野球とは無縁」だと思っていたんですから。まあ、野球を眺めていてもルールは本当に知らなかったので、あながちそれも外れてはいなかったんですが。もちろん、佐原君が居るから入部したということも、誰にも言うことなく、ずっと心の中に秘めていました。
佐原君は、そのノートを見て言ってくれたんです。「お前、やるなあ」って。飛び上がりたいくらい、本当は嬉しかった。少しでも皆の、そして佐原君の力になれそうだということが分かり、喜びを叫び出したいほどでした。でも、私は「たいしたことないよ」としか言えませんでした。まあ、当時の自分なりによく頑張った方かもしれませんけど。
それからは徐々に他の部員とも会話ができるようになりました。佐原君は相変わらず、私には興味が無いような感じでしたけど。そこからチームも佐原君を中心に少しずつ強くなっていきました。
え?告白ですか?確かに他の選手に告白されたことは何度かありましたね。でも、私には佐原君しか見えていませんでしたから。やっぱり、中途半端な気持ちで他の人からの告白は受け入れられなかったというのが正直な気持ちです。
その状況に変化が起きたのは、私が三年生になった時でした。友人に人数あわせでどうしても出てほしいと言われて行った合コンで田辺さんという男性に出会ったんです。その日は、本当に気乗りはしていなかったので、すぐに帰ろうと思っていました。それは顔にも表れていたと思います。ですが、向かいの席に座っていた田辺さんは、そんな私の気持ちを悟ってか、一生懸命盛り上げようとしゃべるんです。とにかくしゃべっていたという記憶しか無いくらいです。その場は凄く和やかな雰囲気になって、私も気付いたら笑っていました。そして、ふと田辺さんの方を見た時、その姿が佐原君と重なりました。どんな状況であれ、人を元気づけたり、笑顔にしたりできるということは凄いことだと思います。
その日はやはり一次会で帰ったんですが、そんな思いもあったので、田辺さんに「連絡先を教えてほしい」と言われた時にも快く電話番号を交換しました。その日から、田辺さんの猛アタックが始まったんです。一緒に食事に行こう、遊園地にでも遊びに行こうと何度も誘われました。その時でも、私は佐原君を好きでしたよ。でも、女性というものはストレートな押しに弱いんです。ましてや、その時は私も大学生で恋愛経験も無かったですから。「一度だけ誘いを受け入れれば少しは田辺さんの気も治まるかもしれない」と思い、とうとうオーケーしてしまったんです。
初めて行ったデートは水族館でした。一緒に居る最中、田辺さんはいろんな話をしてくれました。それまでは知らなかったんですが、田辺さんは有名な私立大の法学部で、有名企業の息子でした。でも、そんなことをおくびにも出さないんです。デートの最中も私の顔色をうかがいながら「楽しい?」「つまらなくない?」って何度も聞いてくるんです。私は、大企業の息子ってもっと横柄な感じかと思ってましたが、それは単なるイメージだったんです。私は田辺さんに少しずつ惹かれるようになりました。それから何度か田辺さんとのデートを重ね、確か四回目だったかな?とうとう告白されたんです。
そりゃ、悩みましたよ。でもね、私と佐原君はずっと昔から出会って、大学時代までずっと傍に私は居たんです。でも、距離は縮まらなかった。私は佐原君とほとんどまともに話をしたことすらありませんでしたから、「もしかしたら、佐原君は一生、憧れの人で終わるのかもしれない」とも考えました。
だから、田辺さんの告白を受け入れて、お付き合いをすることにしたんです。
それから、私に彼氏ができたという噂はあっという間に野球部内に広まりました。ただ、私は佐原君の耳にその話が届いてほしくなかったという気持ちもありました。まだ、佐原君の事を嫌いになったわけではありませんでしたから。まあ、私って本当に都合の良い人間だと思いましたけど。だから、他の選手にはことあるごとに「彼氏が出来たのか?」って問いただされましたが言葉を濁してなんとか誤魔化していたんです。
そんなある日、大学の正門に田辺さんが私を迎えに来てくれたことがあったんですが、その時に佐原君とバッタリ会ってしまって。佐原君は最初、こちらには気付いてないような感じだったんですが、その時、思ったんです。佐原君にはきちんと、直接私が伝えなきゃいけないと。理由は分からないんですけどね。それまで誰から聞かれても答えたくなかったんですが、佐原君の姿を見たら、「ちゃんと言わないと」って思ったんです。私が田辺さんを紹介しても佐原君は相変わらず淡々としていました。やっぱり、佐原君は私のことなんか意識していなかったのだと思いましたよ。私はただのマネジャーで佐原君は選手。その関係から距離が近づくことなど無いのだと。
彼は普段の部活の時と同じように言葉少なでしたが、風邪薬やドリンク剤などがどっさり入った袋を私にくれました。身体が本当に辛く、外に出ることもままならない状況だったので、あの時の嬉しさは忘れられません。
そこで、私は思い立ちました。「もしかしたら、今こそチャンスなのではないか」と。私は玄関口まで彼を招き入れました。男の人に部屋を見られるのは初めてでしたが、相手が佐原君だったことで私にとっては、なんというか一つハードルをクリアしたような、そんな嬉しさもありました。
そして、渡したんです。それまで毎日、皆の特徴を書き留めていた、あのノートを。佐原君はそのノートを開いて、本当に驚いていた様子でした。当然ですよね。佐原君は私のことを「野球とは無縁」だと思っていたんですから。まあ、野球を眺めていてもルールは本当に知らなかったので、あながちそれも外れてはいなかったんですが。もちろん、佐原君が居るから入部したということも、誰にも言うことなく、ずっと心の中に秘めていました。
佐原君は、そのノートを見て言ってくれたんです。「お前、やるなあ」って。飛び上がりたいくらい、本当は嬉しかった。少しでも皆の、そして佐原君の力になれそうだということが分かり、喜びを叫び出したいほどでした。でも、私は「たいしたことないよ」としか言えませんでした。まあ、当時の自分なりによく頑張った方かもしれませんけど。
それからは徐々に他の部員とも会話ができるようになりました。佐原君は相変わらず、私には興味が無いような感じでしたけど。そこからチームも佐原君を中心に少しずつ強くなっていきました。
え?告白ですか?確かに他の選手に告白されたことは何度かありましたね。でも、私には佐原君しか見えていませんでしたから。やっぱり、中途半端な気持ちで他の人からの告白は受け入れられなかったというのが正直な気持ちです。
その状況に変化が起きたのは、私が三年生になった時でした。友人に人数あわせでどうしても出てほしいと言われて行った合コンで田辺さんという男性に出会ったんです。その日は、本当に気乗りはしていなかったので、すぐに帰ろうと思っていました。それは顔にも表れていたと思います。ですが、向かいの席に座っていた田辺さんは、そんな私の気持ちを悟ってか、一生懸命盛り上げようとしゃべるんです。とにかくしゃべっていたという記憶しか無いくらいです。その場は凄く和やかな雰囲気になって、私も気付いたら笑っていました。そして、ふと田辺さんの方を見た時、その姿が佐原君と重なりました。どんな状況であれ、人を元気づけたり、笑顔にしたりできるということは凄いことだと思います。
その日はやはり一次会で帰ったんですが、そんな思いもあったので、田辺さんに「連絡先を教えてほしい」と言われた時にも快く電話番号を交換しました。その日から、田辺さんの猛アタックが始まったんです。一緒に食事に行こう、遊園地にでも遊びに行こうと何度も誘われました。その時でも、私は佐原君を好きでしたよ。でも、女性というものはストレートな押しに弱いんです。ましてや、その時は私も大学生で恋愛経験も無かったですから。「一度だけ誘いを受け入れれば少しは田辺さんの気も治まるかもしれない」と思い、とうとうオーケーしてしまったんです。
初めて行ったデートは水族館でした。一緒に居る最中、田辺さんはいろんな話をしてくれました。それまでは知らなかったんですが、田辺さんは有名な私立大の法学部で、有名企業の息子でした。でも、そんなことをおくびにも出さないんです。デートの最中も私の顔色をうかがいながら「楽しい?」「つまらなくない?」って何度も聞いてくるんです。私は、大企業の息子ってもっと横柄な感じかと思ってましたが、それは単なるイメージだったんです。私は田辺さんに少しずつ惹かれるようになりました。それから何度か田辺さんとのデートを重ね、確か四回目だったかな?とうとう告白されたんです。
そりゃ、悩みましたよ。でもね、私と佐原君はずっと昔から出会って、大学時代までずっと傍に私は居たんです。でも、距離は縮まらなかった。私は佐原君とほとんどまともに話をしたことすらありませんでしたから、「もしかしたら、佐原君は一生、憧れの人で終わるのかもしれない」とも考えました。
だから、田辺さんの告白を受け入れて、お付き合いをすることにしたんです。
それから、私に彼氏ができたという噂はあっという間に野球部内に広まりました。ただ、私は佐原君の耳にその話が届いてほしくなかったという気持ちもありました。まだ、佐原君の事を嫌いになったわけではありませんでしたから。まあ、私って本当に都合の良い人間だと思いましたけど。だから、他の選手にはことあるごとに「彼氏が出来たのか?」って問いただされましたが言葉を濁してなんとか誤魔化していたんです。
そんなある日、大学の正門に田辺さんが私を迎えに来てくれたことがあったんですが、その時に佐原君とバッタリ会ってしまって。佐原君は最初、こちらには気付いてないような感じだったんですが、その時、思ったんです。佐原君にはきちんと、直接私が伝えなきゃいけないと。理由は分からないんですけどね。それまで誰から聞かれても答えたくなかったんですが、佐原君の姿を見たら、「ちゃんと言わないと」って思ったんです。私が田辺さんを紹介しても佐原君は相変わらず淡々としていました。やっぱり、佐原君は私のことなんか意識していなかったのだと思いましたよ。私はただのマネジャーで佐原君は選手。その関係から距離が近づくことなど無いのだと。
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