櫻花荘に吹く風~201号室の夢~

柚子季杏

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櫻花荘に吹く風~201号室の夢~ (8)

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 ホームセンターでの買い物は楽しかった。
 俺が年下だと分かって、言葉遣いが若干柔らかくなったせいもあるのかもしれないけれど。畏まって喋られるよりはよっぽどいい。

 まずはレースとセットになっている安いカーテンを物色する。クリーム色にしようか薄黄緑にしようか、そんなどうでも良さそうな事に本気で悩むまーくんが面白い。
「クリームで良いんじゃね? まーくんっぽいよ」
「そうかな? ……うん、じゃあ、これに決めた」
 面倒になって適当な事を言えば、にっこり笑って頷く素直さ。これって騙されても気付かないタイプだよな。春ちゃんともちょっとタイプが違うけど、何か危なっかしい。
 そのままホームセンターでバス用品や洗濯用の洗剤。タオル類に布団用のシーツなど、一気に買い物を済ませてしまう。
 二件も三件も店回って歩くの、疲れるし。こういう時ホームセンターって便利だよな、値段もお手軽だし何でも揃ってるし。
「カラーボックスとテーブルはあるし……テレビとかは?」
「そんなのいらないって! 一階にあるテレビは自由に見ていいんでしょ? だったら贅沢は極力避ける」
「まーくんて真面目なんだなぁ。どうせ給料から分割で引き落としなんだから、買っちゃえばいいのに」
 出掛けにみっちゃんから預かって来た、お金の入った封筒を振りながら促す俺に、まーくんはとんでもないと首を振る。
「住む所が決まって、その上仕事を紹介してもらえるってだけでも、僕には十分過ぎるし。あんまり欲を出しちゃったら、神様に怒られそうだもん」
「あはは、桜の神様?」
 笑いながらも今朝の不思議な声を思い出す。
 あんたを見つけた時に、俺にも桜の声が聞こえたと教えたら、この人はどんな顔をするのだろう? ま、言わないけどね。
「んじゃー買うものは取り敢えずこの位でオーケー?」
「うん……後は、生活してみてからじゃないと、何が必要なのかも分からないしね」
 さほど買う物は無いかと思っていたけれど、洗い替え用のシーツやタオルも二、三枚ずつと思えば、予想よりもかさ張るもので。気付いたらカートが一杯になっていた。
「あ、そだ……まーくん、ちょっと待ってて」
「え? 良くん?」

 そうだそうだ、大事なもんを忘れてた。荷物と一緒にまーくんをその場に残し、俺は大急ぎで目的の場所へと駆け出した。
「どれにすっかなー……お? これ良いじゃん」
 目的の品をゲットして再びまーくんの元へと戻ると、少々心細そうな顔付きをした彼が、手持ち無沙汰に手近にある商品を眺めていた。
 さっきまでくるくると変わっていた表情が、何となく寂しそうに見えてドキッとした。何でかなんて分からないけど、ああいう表情は、なるべくして欲しくないかもしれない。
「まーくん、お待たせっ」
 声を掛ければホッとした様子で微笑む姿に、俺までホッとする。
「お帰り。何忘れたの?」
「へへー秘密。後で教えるよ」
 不思議がって首を傾げるまーくんを引き連れて、会計の列へと並ぶ。
 俺の顔を見た途端に安堵の表情を浮かべるまーくんが、年上なのにちょっと可愛い。

 会計の済んだ商品の袋詰めをまーくんにお願いして、その間に先ほど急いで選んで来た品の会計も済ませた。こちらは俺の自腹だ。いわゆるプレゼントってやつ。

「おおぉー、結構な量だな」
「ごめん、荷物まで持たせちゃって」
「良いって良いって、一人じゃ持ち切れねえだろ?」
 何だかんだで大きな袋に4つになった荷物を、手分けして両手に下げて店を出る。気持ち良いくらいに晴れた空が、このまま帰るのは勿体無いと言っているようだった。

 天気の良さに眩しそうにしているまーくんを、ちらりと横目で眺めて方向転換。
 櫻花荘へと戻るには、真っ直ぐ進んだ方が早いのだけれど、わざと右へと道を折れる。
「まーくん、寄り道していこう! こっちこっち!」
「え? ちょっと、良くん待って!」
 来た道とは違う方向へと歩を進める俺のあとを、まーくんが慌てて付いて来る。はぐれたら一大事とばかりの表情が、何となく面白い。
「早く帰らないと、春海さんに掃除任せっ放しだし……」
「平気だって! お昼までに戻れば大丈夫」
 心配そうに引き留めようとするまーくんに向かって、問題無いと笑って見せる。
 歩を止める気配の無い俺に諦めたのか、少し進んだところで諦めたような苦笑が返って来た。
「そう言えば、お昼に一緒にご飯食べようって観月さんが言ってたのは誰のこと?」
「んっとねえ、由野さんと北斗って言って、二人とも櫻花荘の住人」
「そうなんだ……あそこには、全部で5人?」
「今まではね。今日からは6人! でしょ?」
「あ……そっか……へへ」
 首を傾げるまーくんに微笑んで見せれば、その顔が照れ臭そうに綻んだ。

 桜の魔法は本当にあるのかもしれない。そういう顔がもっと見たいと思ってしまう。同じ男だというのに、しかも年上だっていうのに、可愛いなんて思えてしまって。

「ここ、ここ! 昼飯まで直ぐだから、たこ焼きで我慢すっかー」
「うわぁ……凄いね、ここ」
「でしょ? この辺じゃちょっと有名な花見場所なんだよ」
 まーくんを連れて来たのは、近場の少し大きめな公園。桜の木の下では、既にブルーシートでの場所取りなんかもされている。きっと今日の夜も賑わうのだろう。
「この辺の隅っこ、ちょっとだけ借りちゃお? すぐ戻るから待っててねー」
 目に付いた芝生の上に敷かれたビニールのでかいシート。
 その端っこに荷物を下ろし、まーくんに荷物番を頼んだ俺は、鼻腔を擽るソースの香りの元へと駆け出した。
 朝は結局おかわりをする事も出来なかったから、多分腹もいい具合に減ってるはず。起き掛けの腹の虫の音を思い出せば、絶対茶碗に一杯じゃ足りなかっただろう。
 まあ、遠慮もしてたのかもしれないけど。

 そんな事を思いながら、たこ焼きをワンパック。序でに赤い缶の炭酸飲料と、青い缶のスポーツドリンクを購入した。勿論これは、みっちゃんの封筒から……というわけにはいかないので、俺が出す。
 どうしてこういう露天で買うと、缶ジュースが一本150円もするのか、少しばかり腹が立つ気はするけれど。
「お待たせー! どっちがいい?」
「あ、半分出すよ!」
「良いって良いって、財布の中が全財産なんだろ? これくらい奢るって」
 差し出した二本の缶のうち、スポーツドリンクを手に恐縮するまーくんに笑い掛け、俺も隣へと腰を下ろした。
「そうなんだよね……全財産……お給料、振り込まれてるとか、無いよなあ」
「んー朝の話を聞いた感じじゃ、無理っぽいね」
「だよねえ……」
「まあいいじゃん! おかげでこうやって知り合いになれたんだし? 前向きにいこうぜ、前向きにさ! ほら、食って食って、熱い方が美味いぜ」
 焼き立てのたこ焼きを頬張りながら、俯きがちになる隣の背中を軽く叩く。眉を下げて微笑んだまーくんに、悪い事を言っちまったかと、柄にもなく反省。
「そーだっ、これ、俺からの入居祝い!」
「え? 僕に? 悪いよ、そんな……」
「良いから開けてみろって。返されても困るし、そんな高い物じゃないしさ」
 先ほどのホームセンターでこっそり購入した品。紙袋に入れられた商品を、袋から取り出して、まーくんの胸元へと押し付けてやる。
 逡巡しながら紙袋を開けたまーくんの瞳が、きょとんと大きく開かれた。
「マグカップ?」
 取り出した品を見て、まーくんが不思議そうに首を捻る。伸ばしっ放しなのだろう長めの髪が、動きに合わせてさらりと揺れた。
「そ、マグカップ! 櫻花荘ってさ、食器や箸って別に誰が使うって決まってないんだけど、マグカップだけは自前で用意すんだよね」
「そんな決まりがあるんだ」
「うん、えーっと、何だっけかなー」
 たこ焼きを口に放り込みながら、俺も入居し立ての頃に聞いた話を語って聞かせた。

 食器棚のスペースにも限りがあるから、お客さん用の湯呑み以外はお皿も全部共用なのだということ。
 台所にある以外のグラスや食器が使いたい場合は、破損の恐れがあるから、各自が部屋で管理すること。
 けれどマグカップ位は、皆で揃ってお茶を飲んだりする事もあるから、各自気にいった物をひとつだけ、食器棚の中に置かせてもらっているという事。

「結構ね、誰が誰のかひと目で分かって面白いぜ? 春ちゃんはキャラクターがプリントしてある奴だし、由野さんは年季の入った青いカップだろ? 北斗が黒のシンプルなやつで、みっちゃんは白の同じ形のやつ。俺は赤いデカめの使ってるんだ」
「で、僕のがこれになるんだね?」
「気に入らなかった?」
「ううん! すごく嬉しいよ、ありがとう良太くん」
「へへ、良かった。これで晴れて櫻花荘の一員だな!」
 本当に嬉しそうに微笑むから、何だか安物なのが申し訳なくすら感じる。
 俺がこっそり買って来たカップは、ごく薄い茶色の陶器の側面に、桜の花弁が舞っている物だった。


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