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櫻花荘に吹く風~201号室の夢~ (11)
しおりを挟む北斗に連れられて足を向けたのは、リビングらしい広い場所。ダイニングテーブルも置かれていて、その奥には台所も見えていた。
「ホリ、お待たせ!」
「おうっ、お茶ご馳走になってるぜ」
「いいなぁー春ちゃん俺も何か飲みたい」
「ココア入れようと思ってたんだけど、北斗くんもそれでいい? って、あ、その子が話してた子?」
「初めまして! 鈴木良太って言います! 今高校三年です!」
和やかなムードが漂う中、俺は直角に身を折って自己紹介をした。先ほどの大輔との会話で少しはリラックス出来たと思っていたのに……今まで受けて来た面接の中でも、最低だ。
「げ、元気良いね……ビックリした」
「ぶっ、はははっ、お前これ、イキがいいな!」
「だろ? 俺の弟分なんだから可愛がってやってくれよな?」
張り上げた大声に、春ちゃんと呼ばれた優しそうなほわんとした雰囲気の男が、目をパチクリさせていた。同じテーブルに座っていた作業服姿の男には、思い切り笑われた。
(あ……怖い人かと思ったけど、笑うと雰囲気変わるかも)
以前見た目は少し怖い、と言うようなことを大輔が言っていたけれど、確かに。見て納得した。
ガッシリした体格で、キツそうな目元。ついでに無精ヒゲを生やしたその人は、黙って立っていたら、その辺の不良なんて目を伏せて脇をすり抜けるだろう。
「まあ座れって、良太」
「え……っと」
大輔が苦笑交じりに俺を促し、俺の上司になるだろうその人も、大輔の言葉に鷹揚に頷いてくれた。軽く頭を下げて目の前のイスに腰を下ろした俺を、彼が表情を改めて凝視してくる。
「坊主、話は聞いてると思うが、思ってる以上にハードな仕事の割りに、給料は大して多くねえ。それでも大丈夫か?」
「は、はいっ」
「中途半端に辞められても、こっちとしちゃ困るんだ。やる気のねえ奴に教えるのは時間も無駄になるしな」
「頑張ります。身体を動かす事は好きですから、何でもやります!」
値踏みするかのような視線に、思わずごくりと喉が鳴る。大輔はといえば、そんな遣り取りをニヤニヤしながら眺めているだけだった。
緊張する俺をジッと見つめる目線の鋭さにドキドキしながらも、目を逸らしたら負けのような気がして、俺も必死でその眼差しを見つめ返した。
「ふ…ははっ、いいわお前! 聞いてた通りだな、やる気はあるみたいで安心したぜ」
「へ?」
「ほらコレ。学校に提出しなきゃならねえんだろ?」
「え……あっ、内定通知……って、え? なんで?」
突然笑い声を上げた男性が、脇に置いてあった封筒を俺に差し出して寄越した。目線で促されて中を見れば、内定と書かれた薄い紙が一枚に、会社概要のような資料が一部。
「秋元の紹介だからな。よっぽど駄目そうな奴じゃなければ、後は俺が鍛えてやりゃ良いと思ってよ」
「ホリって良い性格してるよなあ」
「てめえだって説明も録にしてなかった癖によく言うぜ。 ああ、その資料に名刺も一緒にしてあるけどよ、俺は堀内一雄だ。入社式なんて洒落たものはねえから、4月から宜しくな」
急展開過ぎて、俺の足りない脳みそじゃ話についていけなかったけれど……多分これは。
「お、俺……雇ってもらえるんですか?」
「そういう事だから良太、俺の顔潰さねえようにしっかり働けよ?」
「バシバシ鍛えてやっからな!」
まさかその場で内定通知をもらえるなんて思ってもいなかった。
驚きと安堵で視界が潤みそうになって俯く俺の頭を、ぐしゃりと大輔が撫でてくれる。小さい頃はよくしてもらっていた仕草だったけれど、久しぶりのそれは、思い出の中の温もりよりも温かな気がした。
「あの……堀内さんのとこって、住み込みとかは……無いですよね?」
「あーそっか……その問題も残ってたか」
恐る恐る、駄目もとで口に出した言葉に、大輔がそうだったと溜息を零した。
「住み込みは、悪いが無理だな。何せもうすぐ家族が増えるもんでな」
「あっいえ! 全然っ、大丈夫です!」
「嫁さんの予定日来月だっけ?」
「そうなんだよ! 女らしいんだけどよ、どうするよオイ、俺嫁に出したくねえぞ?」
申し訳ないと述べる堀内さんの口元が、だらしなく緩んだのを見て、大輔も嬉しそうに顔を綻ばせた。
そうか、奥さんが妊娠中なのか。
親がいない状態で育っただけに、幸せそうな家族を見ると、羨ましいを通り越して嬉しくなる。家族仲良く、ずっと一緒に過ごして欲しいと、心からそう思う。
多分大輔も、俺と同じような心境なのだろう。
「生まれる前からそんなんじゃ先が思い遣られるな」
「うっせえよ!」
にやつきながらからかう大輔に、それでも嬉しそうに返す堀内さんを見ていると、産まれて来る子の幸せは間違いないな、なんて。そんな事を思って、少し切なくて、目茶目茶嬉しくなった。
こういう人の下で働けるなら、多少きつくても、きっと頑張れる。
幸せそうに語る堀内さんを見ながら、温かだろう家庭の様子を想像して、何だかちょっとにやけてしまった。
「住み込みの方が良かったの?」
それまで黙って話を聞いていた春ちゃんさんが、大輔と俺にココアの入ったカップを出しながら首を傾げる。頭を下げてカップを受け取れば、隣に座る大輔が、俺の代わりに口を開いた。
「ほら、俺らの場合ちょっと事情が特殊じゃん? さすがにあそこに住めるのは、高校卒業がギリギリのラインなんだよ。どんどんチビ達も増えるからね」
「なるほど、そうだよねぇ……あっ、だったらここに住んじゃえば? 北斗くんの紹介なら信用出来るし、みっちゃんも良いって言ってくれるよ、きっと」
「ああそりゃ良い! こっからなら家の仕事場も近いしな!」
「……え?」
「は? 春ちゃん、マジで言ってる?」
良い事を思いついたと両手をポンと合わせながら、春ちゃんさんがニコニコの笑顔で提案してくる。その脇では堀内さんまで頷いていて。
言われている意味が分からずに呆然としていると、何故か大輔が一人慌てた様子で春ちゃんさんを問い質す。
「え、だって困ってるんでしょ? ここならほら、部屋も余ってるし。良太くんも北斗くんがいれば心強いんじゃない?」
「や……でも、その……うー……みっちゃん、良いって言うかなあ?」
「大丈夫だよ、みっちゃん優しいもん」
大輔が渋っていた理由は、その後分かる事になったのだけれど。その時の俺は立て続けの急展開に、目を白黒させる事しか出来なかった。
「よーっし、春ちゃんお茶ご馳走さん」
「あっ、もう始めるんですか?」
「もうすぐ三十分になるしな。お茶休憩も終わりだ。日が暮れる前に少しでも進めておきてえし」
丁度良いから見学して行けと言われて外に出れば、堀内さんは慣れた様子で組んだ足場の上へと上って行くところだった。
「ペンキ塗り?」
「そ。春ちゃんが自分でやるって言ってたんだけどさー、ちょっと危な過ぎるから。俺がホリに声掛けて、空いてる時間で良いからって事で安くやってもらってんだ」
「へー何か、面白そう」
「お前ならそう言うと思った」
個人での請負仕事になるから、余り大きなものは受けられないらしい堀内さんのところの仕事。リフォームと言っても、せいぜい二階建ての家のちょっとした修繕が限度なのだそうだ。
確かに体力的にはなかなか大変そうだけれど、綺麗になって行く壁を見ているだけで、気持ちはわくわくと高揚していた。
「とまあ、そんなこんなで、高校出てから櫻花荘に引っ越したんだよねー。それが一年前くらい」
「なんか……僕と似てる……」
「ん? ああ! そうそう! ぽやっとしてるように見えて、結構春ちゃんて強引だよなっ」
朝方の自分の処遇を巡る一連の遣り取りを思い出したのか、まーくんが瞳をパチクリとさせながらボソッと呟く。
俺の時も本人は蚊帳の外で、あっという間に決められていた。翌日北斗から電話が掛かって来て、引越しの日程を告げられて驚いたの何のって。
春ちゃんがみっちゃんを口説き落としたのだという北斗の言葉に、あの人の何処にそんな力があるのかと呆然としたんだよな。詰め寄られて困惑するみっちゃんの顔を、想像しただけでも笑ってしまう。
「さぁて、そろそろ帰るか! 今日の昼飯は何かなー?」
くんと背を伸ばして立ち上がった俺に続いて、まーくんが慌てて腰を上げる。
こんな風にのんびり過ごすのも、これまでの生い立ちを逐一話したのも、実は初めての事だったけれど……思っていた以上に心穏やかな自分に、内心ちょっと驚いていた。
並んで歩く俺より少し低い位置にある頭を見ながら、楽しくなりそうな二年目の櫻花荘での生活を思う俺だった。
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