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櫻花荘に吹く風~201号室の夢~ (13)
しおりを挟む真新しいカーテンが掛けられただけで、部屋の雰囲気がぐっと明るさを増した気がする。
敷布団と掛布団にもそれぞれシーツを掛け終え、これもまた購入して来たばかりの枕を重ねて押入れの上段に収めた。出来ればマットレスも欲しいところだけれど、そこまでの贅沢は言っていられない。
襖を取り外した状態の押入れに突っ張り棒を張って、窓に掛けたのとお揃いのカーテンを吊るす。
押入れの下段は、箪笥代わりに使えという事なのだろう。引き出し式の衣装ケースが2つとカラーボックスがひとつ収められている。
隣の部屋に面した壁側にも、横に倒したカラーボックスが置かれ、上にはスタンドライトが設置されていた。その横には小ぶりなハンガーラック、部屋の中央にはガラステーブル。
電気ストーブも綺麗に掃除された状態で置かれている。十分過ぎる充実ぶりに、心底有り難さが募る。
池上の部屋に預けたままになっている荷物といっても、スーツケースにひとつ分ほどしかない僕には、持て余してしまいそうだった。
「こんなもんかなー? この風呂セットは一階の風呂場に棚があるから、そこに置いておけば楽だよ。2階にもシャワーだけはあるんだけど、狭いんだよなあ」
「色々とありがとう良くん、本当、助かった」
「……へへ。ま、これからヨロシクな」
買って来た品物とボストンバックの中身を整理し終えると、そこはもう『部屋』ではなく『住居』になった。これからここで生活していくのだという実感が、じわじわと湧いて来る。
テレビが見たくなったら俺の部屋に来てもいいよと、笑いながら良くんが差し出してくれた手を握り返した時、階下から春ちゃんの声が聞こえて来た。
「行こっか? 多分皆揃うと思うぜ?」
「う……ちょっと緊張する」
平気平気と鼻歌を歌いながら部屋を出る良くんに続いて下りていけば、朝食事をしたダイニングテーブルには、確かに二人、人が増えていた。
「君が昌樹くん? 初めまして、僕は由野です。ここでは一番おじさんだけど、よろしくね」
「何言ってんの由野さん、まだまだイけるって! あっ、俺は北斗。ヨロシクー」
「は、初めましてっ! 今日からお世話になります、よろしくお願いします!」
眠そうな顔で、無精ヒゲを生やした優しそうなメガネの男性が口を開けば、隣に座る美形の男性が片目を瞑って挨拶を寄越す。
良くんからざっと話は聞いていたから、挨拶を交わすまでも無く、どちらがどちらか分かってしまった。僕も慌てて頭を下げながら、自分の予想がピタリとはまった事に、心の中で小さく拳を握ってみたりして。
「飯食い終わったら、賃貸契約書にサインしてくれよな? で、それが終わったら少し早めに出て、店に出す前に軽く研修するから」
「あっ、分かりました」
「もう、みっちゃんってばー、そんな怖い顔で言ったらまーくんが緊張しちゃうよ」
「そうそう、みっちゃんは笑った方が可愛いんだから」
「大輔ッ! か、可愛いとか言うな!」
春ちゃんの言葉に身を乗り出した北斗さんの言葉に、観月さんの頬が赤く染まる。
うん、確かに可愛いかも。なんて思って見つめていたら、照れたように眉間に皺を刻んだ観月さんから、早く座れと促されてしまった。
「うっわ、美味そう!」
食卓に並べられていた昼食を見て、良くんが嬉しそうな声を上げた。
片付けにはさほど時間は掛からなかったと思うのだけれど、短時間でコレを準備したのかと思うと、春ちゃんの料理の腕前に感心してしまう。
テーブルの上には、ジャコとゴマの入ったチャーハンとザーサイのスープ。その他に、それぞれ数個ずつ小皿に盛られた、肉団子の甘酢あんかけが置かれていた。
定食屋にでも入ったかのようなメニューに、食欲をそそる良い香りが立ち昇る。
「昨日の夜作っておいた杏仁豆腐も冷えてるから、食べ終わったら出すね」
「すごい……」
「お昼だから簡単なものばっかりだよ? 肉団子も作り置きを解凍したから、そんなに手間掛かってないしね」
こんなに豪華なのに、更にデザートまでつくなんて……ビックリしてしまう。思わず口を突いて出た言葉に、春ちゃんがにっこりと微笑んでくれた。
食事の時間は思っていた以上に楽しいもので、最初に感じていた緊張もあっという間に吹き飛んでいた。
仕事柄なのか、北斗さんも僕に気を遣って話し掛けてくれたし、由野さんも穏やかな表情を浮かべて時折口を挟んで来る。
ひと際賑やかに喋る良くんを叱り付けながらも、邪険にする事なく言葉を受け止めて会話を交わす観月さんに、にこにこと笑顔でその様子を見守る春ちゃん。
美味しく食事を頂きながら、こんな幸せな空間に立ち入る事を許された幸運に、胸の内で再び桜へと感謝した。
「そんじゃー行って来んなー」
「いっ、行って来ます!」
「行ってらっしゃーい! 気を付けてね、まーくんも、頑張って!」
「はいっ」
和やかなムードのまま食事を終え、賃貸契約を交わした僕に、観月さんが無くすなよと鍵を預けてくれた。玄関用と自室分の二つの鍵を手にして初めて、本当にここが、今日から僕の家になるのだと実感した。
「お前バイトの経験って、弁当屋だけか?」
「はい」
「そっか……んじゃイチからだな……今日はそんな難しい事はさせねえし、研修で終わるようなもんだけど」
「頑張ります!」
「……ああ、まあ、頑張れ」
春ちゃんに見送られて店へと向う道すがら、観月さんが軽く仕事内容を説明してくれた。
主に接客と裏方仕事に分かれるアルバイトの仕事。
僕は稽古の関係で、夜の部のバイト開始時間には間に合いそうも無かった。その事も考慮してくれたのだろう。稽古が休みの日には通しで表に入り、通常はシフト制。
ただし、入り時間が多少遅くなる分稼ぎも少なくなるのを、観月さんは気に掛けてくれたようで。
他のバイトが上がった後に、ホールの片付けと掃除。その後に裏に入って残っている洗い物。と、時間的には他のバイトさんたちと差異が出ないよう取り計らってくれた。
時給も最低賃金ギリギリだった弁当屋と違って高めだし、これなら多分、以前のバイトの倍近くは軽く稼げるんじゃないだろうか。
(僕のこと信用したわけじゃないって言ってたのに……優しいんだな、観月さん)
半歩前を歩く彼の姿に、感謝の念を向けた時だった。
「あーっと、それから、な……」
「はい?」
「どうせバレるだろうから先に言っておく。もしお前が受け入れられないってんなら、金が溜まったら他のアパート紹介してやるから……」
「え?」
仕事の説明を一通りし終えた観月さんが、言い辛そうに言葉を探す。
何を言わんとしているのかが分からず首を傾げた僕をチラリ流し見て、続いた言葉に思わず足が止まった。
「俺と北斗、付き合ってんだ。それから、春海と由野さんも……」
「……付き合う? っ、ええっ? そ、そうなんですか?」
「良太は恋人とかいねえらしいから、なるべく公共スペースじゃそういう雰囲気出さないように気を付けてるつもりなんだけど……ま、そういう事だから、何か見たり聞いたりしても、スルーしてもらえると助かる……」
「な、何か……って……」
「いやっ、違うぞ? そうじゃなくて! その、あんだろ、恋人同士特有の空気、とかさ」
春海とかだだ漏れだしなあ、と言い訳めいた台詞を小声で口早に告げる観月さんの、ちらりと見える項までが赤く染まっていた。
「……引いたか?」
足を止めて黙り込んでしまった僕を振り向きながら、観月さんが幾分緊張した表情を浮かべた。慌てて観月さんの元へと駆け寄りながら、突然もたらされた衝撃の告白に固まっていた脳みそをフル回転させる。
今日は本当に、何という一日なのだろう。朝から驚く事の連続で、流石にもう打ち止めだろうと思っていたのに、まだあったなんて。
「さっきも言ったけど、もしお前が無理だって言うなら――」
「いえっ! 驚きはしましたけど、僕は別に、そういうの偏見無いっていうか……あの、その……」
「そっか、ならいいや。それなりに真剣に恋愛してるつもりだから、そんだけ分かって欲しかったんだ。大っぴらに言えるような関係じゃねえから、家の中でくらい堂々としてたいからさ――っと、ここが俺の店な、どした?」
「あっ……いえ、何でも……」
偏見が無いと言うよりも、僕も同性へ恋心を抱いていました。その事を告げて良いものかと逡巡する間にも歩みは止まらず、気付けば店の裏口へと到着していた。
口を開きかけた僕へと首を傾げてくれる観月さんへ、それ以上話を続ける勇気は無かった。
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