Family…幸せになろうよ

柚子季杏

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Family…幸せになろうよ (4)

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 大人の僕らから見れば、全てがミニサイズのそれらが、ひとつの皿の中に上手い具合に納まっていた。
「雄大なんておじちゃんで十分だろ」
「可愛くねえなあ――まあいいけど」
「ありがとうございます、いただきます」
「……いただきます」
 苑良の意識がそちらに持っていかれたことが、何故だか面白くなくて。悪態を吐いた僕に肩を竦めて見せた雄大に、濱田は笑いながら礼を述べる。そりゃ、大事な息子がこんなに喜んでいるなら、親としては嬉しいだろう。子供みたいに拗ねた自分が恥ずかしくて、僕も小さく手を合わせた。
「とお、とおっ、たべていい? これぜんぶ、そらがたべていいの?」
「いただきますしてからな」
「いただきますっ!」
「ははは、そんだけ喜んでもらえりゃ、作った甲斐もあるな。いっぱい食えよ?」
「うんっ」
 じゃあな、と僕の肩をひと叩きして雄大が去っていく。
 目の前では、小さな口を大きく開けて、苑良が無心で特製お子様ランチを頬張っている。おいしいね、と目を細める苑良の世話を焼きながら、濱田も美味いと顔を綻ばせた。
(喜んでもらえたなら、いいか……)
 懸念事項は現実になってしまったけれど、初めての場所での初めての食事を楽しんでくれている二人の姿に、この店に連れて来て良かったと思えた。

 食べ終える頃を見計らって、僕らにはコーヒー、苑良にはプリンまでサービスしてくれた雄大の考えは目に見えていたけれど、久々にこんな時間を過ごせた事を一番楽しんでいたのは、きっと僕自身だったのだろう。
「なぁやくん、めがねとっちゃったの?」
「……え?」
 プリンのカラメルで口元をベタベタにしながら、苑良が不思議そうに首を捻る。次いでその口から飛び出た言葉に、すっかりリラックスしていた僕は、思わず硬直してしまった。
「苑良? 成宮さん、最初から眼鏡なんてしてないだろ?」
「してたよっ! ね?」
「苑良、誰かと間違えてるんじゃないのか?」
 間違えていると言われたことが面白くなかったのだろう。苑良はスプーンを握り締めたまま、唇を尖らせた。
「おひるには、してたもん」
「お昼?」
「……よく分かったね、今まで気付いた人、いなかったんだけどな」
 怪訝な色を浮かべながら記憶を辿る濱田。そんな濱田を見て泣き出しそうになる苑良を前に、さすがに人違いだとしらを切る気にはなれなかった。
 苦笑を浮かべて頷いた僕に、苑良の表情がぱっと輝く。
「わかったよ! だっておめめがいっしょだもん!」
「目……そっか、同じだったか……」
「ええ? ちょっと待てよ、苑良。何処で会ったんだ?」
「とお、わかんないのぉ?」
 大人ぶった仕草で「だめだなあ」等と口にして、苑良が得意気に微笑む。口の周りには、プリンのカラメルをつけたまま。
(参ったなあ――――)
 今まで僕に懐いてくる子供なんていなかったから、こんなに小さい子と触れ合うのも初めてに近い経験だった。
 昼間は前髪を下ろして眼鏡を掛け、どこにでも売っているダサいスーツに身を包み、目線を合わせる事も無くぼそぼそと喋る。そんな大人に子供が懐くわけも無く、親に連れられて役所に来る子供達の多くは、僕を見ると親の後ろに隠れて出てこない。
 時折子供を見ていなければならない状況になったとしても、何を話していいかが分からず黙ったままの僕に、子供の方も怖がって話しかけて来る事は無かった。酷い時には、しんと静まった空気に泣き出す子供もいるほどで。
(子供って、こんなに可愛いのか)
 くるくると変わる表情。自分の思うままに力いっぱい行動して、全身で感情を表現する。僕には、出来ないことばかりだ。
「おひるにあったもんね?」
「そうだね……役所で、お会いしたんです。転入届けの受理をさせて頂きました」
「え? ええ? 嘘、だって……全然違う」
 人懐こく首を傾げて僕を見つめる苑良に頷きながら、未だ思い至らないらしい濱田に種明かしをしてやる。視線を彷徨わせながら驚く濱田に、まあこれが普通一般の反応だろうと苦笑が浮かんだ。
「うっわぁ……マジでビックリですよ」
「職場とライフスタイルは別ですから、切り離したいんです――」
 本心半分、言い訳半分。けれど僕には、そうとしか説明のしようがなかった。
「あ……それじゃあ、成宮さんは、帰りも早いんですか?」
「え? ああ、はい……大抵十八時には帰ってますけど」
 もっと何か突っ込まれるかと気負っていた僕に、濱田は意外な切り替えしをしてきた。それがどうかしたのかと首を捻れば、濱田は逡巡するように何かを考え込んでいる。
「あの?」
「っ、あ…すみません……成宮さん!」
「はい?」
 流れる沈黙に耐え切れず口を開けば、小さく深呼吸をした濱田に真摯な瞳で見つめられる。身を乗り出すように僕を見る濱田の勢いに、思わずこちらは身を引いてしまったほどだ。
「お願いがあるんです」
「お、お願い……ですか?」
「ほぼ初対面で、たまたま隣に越して来ただけなのに、こんな事頼むのも心苦しいんですけど……苑良の事、気に掛けてやってもらえませんか?」
「……はい? え、何…どういう……」
 姿勢を正した濱田に、突然頭を下げられる。
 面食らう僕に構う事無く、濱田の言葉は続いた。
「面倒見て欲しいとは言いません。日中は保育所に入れる予定ですし。ただ、俺が側にいられない時間も多いんで、一人で留守番させなきゃならない時間、ちょっとだけで良いんで、片隅にこいつの事気に掛けててもらえれば有り難いなって」
「……えっと……お預かりして、って事では、無いんですよね?」
「違います、違います! そんな迷惑な事は頼めませんよ!」
「はぁ……気に掛けておくだけで、良いんですか?」
 唐突なお願い事に、頭の中が上手く整理できない。
 疑問符を浮かべながら言われた言葉を反芻する僕を見て、濱田は自嘲気味に薄く微笑んだ。
「恥ずかしい話なんですけど……俺ちょっと、借金抱えて……昼も夜も、働いてるんですよ」
「借金……ですか……」
 思い掛けない言葉に戸惑う僕から視線を外した彼が、ちらりと苑良にその視線を向けた。
「あぁあ、べたべた」
 静かだと思っていたら、お腹がいっぱいになって満足したのか、苑良はスプーンを握り締めたままコクリコクリと舟を漕いでいた。
 優しく微笑んだ濱田がその手から慎重にスプーンを抜き取り、汚れた口元をおしぼりで拭う。
 少しむずかった苑良は、そのまま濱田に抱き上げられて寝てしまった。直前まであんなにはしゃいでいたのに、まるで電池が切れたようにパタリと眠りに落ちる。子供って本当に不思議だ。
 黙ってその様子を見ていた僕に、濱田の言葉は続く。
「うち、実家が小さな工場やってたんです。母親は病気で早くに亡くなって、父が男手ひとつで育ててくれたんですけど、不況には勝てなくて。工場が潰れて残ったのは借金だけで……仕事辞めた途端に、親父もポックリ逝っちまって」
「そんな――」
「何とか家だけでも残したいって、頑張ってたんですけど、明美……あ、こいつの母親です。明美も事故であっけなく……」
 こんな話を、僕が聞いてしまっていいのだろうか。
 余りにも重過ぎる現実に、僕は顔を上げている事も出来なくて、ただ黙って話を聞いていた。
「もうこりゃ心機一転してやり直そうって思って、引越しを決めたんです。競売に掛けてた工場跡も家も買い手が付いたんで、借金の額も大分減ったんですけど」
「はあ……」
「明美が生きてた頃は、ホスト一本で稼いでたんです。でも苑良の事もあるし、今は昼の仕事に移れないかと思ってて」
「ホスト……ですか」
 言われてみれば、確かに。役所での初対面から、何の職業なのかと、ちょっと疑問に思っていた。
 サラリーマンにしては髪の色も明る過ぎるし、髪型も派手。一瞬見ただけだったけれど、印象に残っていたのはそのせいもあったのかと腑に落ちる。
「そこの先輩の紹介で、日中はカフェの厨房で使ってもらえる事になったんですけど、その稼ぎだけじゃ返済が追い着かないんで、夜の仕事も暫くは辞められなくて」
「そういう事、だったんですか」
 柔らかそうな苑良の髪を梳きながら、濱田が再び僕に視線を合わせて寄越す。躊躇いながら、僕も顔を起こして、その視線を受け止めた。
「苑良にはちゃんと話して聞かせてるし、これまでも一人で留守番とかさせてたんで、大丈夫だとは思うんですけど……」
「――分かりました。僕じゃ大した事は何も出来ませんけど、家にいる時は、少し気に掛けておきます」
「あ、ありがとうございますっ! 本当に、すみません。初めての人に言うような事じゃないって、分かってるんですけど……でも俺にはもう、苑良しかいないんで」
 深く頭を下げた濱田の搾り出すような声に、胸が痛む。寂しげに感じた瞳の奥に、こんな理由があったなんて。
「そろそろ出ましょうか?」
 時計を見れば、もう二十時を回っていた。
 僕の言葉を受けて時間を確認した濱田は、長居をしてしまったことに、一層申し訳無さそうな表情を浮かべた。


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