Family…幸せになろうよ

柚子季杏

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Family…幸せになろうよ (7)

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 大学に進んでからも、極力人との係わり合いは避けて過ごした。
 家族ともなるべく距離を取りながら、奨学金を貰って通った大学生活。二十歳を迎えた日を機に、僕は両親にカミングアウトをした。縁を切られることも覚悟の告白だった。
 けれどもともと放任主義の両親からは、同性しか愛せないと言った僕の言葉に、他人に迷惑を掛けなければ良いと言われただけで。
 安堵するのと同時に、それでも両親を裏切っているような罪悪感に苛まれ、僕は実家を出た。
 独り暮らしを始め、時間を持て余すようになれば、若い身体は欲を発散させる場を求め始める。
 特定の相手を求めるのは怖い。ならば後腐れなく、身体の欲求を満たせればと。抱き合う一瞬の時間だけでも、孤独を忘れさせてくれればと。
 それまで自制し続けてきた分、衝動は止まらなかった。
 昼間は下ろしている髪をスタイリングし、派手な服装で夜の街へと繰り出す。昼の自分がばれないようにと、そこでもまた自分を偽り過ごす日々。素性も本名も明かす必要が無い場所で、タカと名乗った僕は、誘って来た相手にパートナーの影が見えない限りは、誰とでも寝た。その頃の夜の街ではちょっとした有名人になっていたほど、尻軽だった。
 恋をするのは怖いから。僕に執着することなく、一晩肌を合わせてくれる相手がいれば、それで良かった。


 その日も僕は、昼の自分とはガラリと変わった姿で、発展場へと顔を出した。
「お、タカ? 今日はもう相手決まってんの?」
「まだだけど……」
「マジで? んじゃ久々にどう?」
「お前、彼氏出来たんじゃ無かったっけ?」
 声を掛けてきたのは、以前何度か寝た事のある男だった。
「いつの話だよ、今はフリーだっつうの」
「本当に? 揉め事に巻き込まれたりするのは御免だよ?」
 節度の守った付合いが出来る相手……というか、僕に対しては、寝る事以外には重きを置いていない男。そもそも彼の好みは可愛い系の子だから、やる事が終わればさっさと帰ってしまうし、互いに連絡先を知っているわけでもない。
 こうして時折顔を会わせ、その時向こうに特定の相手がいなければ、僕に声を掛けてくる程度の気楽な関係だ。
 パートナーがいる時にはここにも顔を出さない男だから、多分その言葉に嘘は無いだろう。
「本当だって。だからさあ、今結構溜まってんだよね」
「――ま、いいけど」
 僕の腰に手を回す男に頷きを返す。
 質の悪い相手に捕まる事もあるから、それを思えば相手を探す手間も省けて良い。そんな事を思いながら、店を出ようとした時だった。
「っ……お前……」
「え? っ、あッ、嘘――」
 扉を潜って店に入って来ようとしていた男が、俺の顔を見て目を瞠る。そして僕もまた、その男に瞠目し、動きが止まった。
「知り合い?」
「……ぅ、ん……ちょっと――行こう」
「待てよ……兄ちゃん悪いな、今日はこいつ、諦めてくれ」
「ちょっ、待って、放せってば」
「え? あ、オイッ!」
 僕と隣にいる男を見比べて、ニヤリと口角を持ち上げたのは、雄大だった。数年ぶりに会ったというのに、雄大の持つ独特の雰囲気と存在感に、ひと目で彼だと気付いた。
「痛いって!」
「そんなに強く掴んで無いだろ」
 強引に僕の腕を取り歩を進める雄大に戸惑いながらも、引き摺られるようにして夜の街を歩くしかなかった。時折背後にちらりと視線を走らせながら、立ち止まる事無く進んだ先は、いわゆる、そういう事をする為の場所で。
「ちょ……お前っ」
「しっ! 悪いけどちょっと合わせてくんね?」
「は?」
 言いながら建物の中へと向かった雄大が、入り口の自動ドアを潜ったところで、再び背後を気にする様子を見せた。
「……厄介事に巻き込まれるの、嫌なんだけど」
「だから悪いって謝ったろ? 部屋、適当で良いよな?」
「何なんだよもう」
 慣れた手つきでタッチパネルを操作しつつも、腕が放される事は無いままだった。無言で乗り込んだエレベーターの中、僕も諦めて溜息を吐いた。
「疲れたぜ……」
「それはこっちの台詞だろ? 僕はまだ何も説明してもらって無いんだけど?」
 部屋に入るや否や大きなベッドに倒れ込んだ雄大に、やっと解放された腕をさすりつつ、剣呑な声で訊ねる。
「……ビール取って。冷蔵庫に入ってんだろ?」
「はあ?」
「ちゃんと話すって……ビール」
「……」
 渋々と要求に応えれば、ベッドの上に胡坐を掻いて座る雄大は、渡した缶ビールを一気に煽り始めた。

「立ってないで座れば?」
 ベッド脇に立ったままでいた僕に促すと、雄大は再びベッドに肩肘をついて横になる。怒涛の展開に気持ちの整理も何も付かずにいた僕は、勢いを付けて示された場所に座ってやった。
「うおっ……くっ、ははっ、お前も結構感情出るんだな?」
 寝転んでいた彼の身体がバウンドして慌てる様子に、少しだけ溜飲を下げる。
「そっちこそ――良く、僕だって分かったね」
「お前もな……ってか、一緒にいた奴、成宮の彼氏か?」
「彼氏なんかじゃないけど……だったら何?」
「いや、だったら悪かったなって思って」
 雄大の口からするりと出てきた『彼氏』という単語に、少し驚く。
 出会った店は、もちろんそういった店ではあったけれど、ノンケのはずだった彼の口から、そんな言葉が出るなんてと。
 あの頃も雄大は、僕を軽蔑の目で見たり、虐めに加担したりという事は無かった。それでも、だからと言って、内心でどう思っていたかは分からなかったから。
「そっちは、なんで? 小沢……ノンケだったよな?」
「俺? 俺はまあ、頼まれりゃ男でも女でもどっちでもいけるけど、女役するのは勘弁だな」
「うそ……お前、バイだったの?」
「――あの店さ、俺の兄貴がやってんだ。雇われ店長だけど」
 人の悪い笑みを浮かべながら告げられた事実には、驚愕するしか術が無かった。何て事は無いとばかりに、すらすらと語られた小沢の話によれば、年の離れたお兄さんは僕と同類……つまり、ゲイだった。
「そういうやつらもいるってのは、薄っすらだったけど理解してたしな。だからお前が男を好きだったとしても、そういうやつなんだなってしか思わなかった」
「……だったら! だったら、もっとこう、何ていうか……」
「あそこで俺がお前を庇って世話焼いたら、それこそありもしない噂立てられたんじゃねえの? あいつらもさ、俺のこと少年院上がりだとか誤解してたみたいだったから、睨み利かせとくだけでもまあ、いいかと思ってさ」
 辛く苦しかった中学時代、偏見が無かったのなら、もう少しだけでも孤独から掬い上げて欲しかったと。上手く言葉に出来ないまでも、恨みがましく視線を向けた僕に、彼は肩を竦めながらあっさりとそう告げた。

 言われてみれば確かに。思い返せば雄大は、いつもそれとなく、僕と同じ空間にいてくれた事を思い出す。そしてその頃から、悪質な虐めが減っていった事を。
「俺の兄貴がどうしようもないやつでさ。あっさりカミングアウトしちゃ、周りから白い目で見られたりしてたから、ああいうの許せなかったんだよな……まあ、あの頃は自分も男相手もいけるってのは思ってなかったけど」
「え……そう、なの?」
「どっちかって言えば今でも女の方が好きだけどな――お前は、男だけ?」
「あ、うん……女の人には、そういう意味の興味は持てない」
 雄大が余りにもさらりと述べるから、僕も思わずすらすらと答えてしまう。そんな僕に彼は、更なる衝撃発言をぶつけて来た。
「俺が男もいいかもって思ったのは、成宮が切っ掛けだ」
「ぼ、僕が?」
「卒業間際にさ……出くわしたことがあったろ? お前の貞操の危機ってやつに……あん時さ、勃起しそうで参ったんだよな」
「っ!」


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