Family…幸せになろうよ

柚子季杏

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Family…幸せになろうよ (8)

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 笑いながら言われた言葉に、絶句する。
 何食わぬ顔をして僕に背を向けた雄大が、そんな事を思っていたなんて。卒業までの間、雄大の口からあの時の話題が出る事も無かったから、想像もしていなかった。
 その後も会う事は無いまま今日まで来て……。
「そんなの、僕のせいじゃないし」
「ははっ、まあそうだけど」
「それよりも! まだ説明が不十分なんじゃないのか?」
 友達だと言えるほど親しくも無かった。そんな相手からの驚愕の告白に動揺しながら、話題を逸らす。
「ちょっとな、しつこく付き纏われて困ってたんだ」
「……誰に?」
「女」
「女?」
 肩を竦めて告げる雄大に眉を顰めれば、決まりが悪そうに視線を逸らされる。
「一回寝たら彼女気取りでうざくてさ」
 付き合って欲しいという強烈なアプローチに辟易した雄大は、自分は本当は男が好きなのだと、その子に言ったらしい。そうすれば諦めるだろうと思ってのことだったようなのだけれど。
 それでもそんな嘘は信じないという彼女に見せ付ける意味で、あの店を訪れたのだと。最悪、お兄さんに頼んで、彼氏のふりをしてもらうつもりだったようだ。
「入り口でお前見付けてビックリしたぜ。ま、助かったけど……ずっと後ろ着いて来てたからさ、ここまですりゃ諦めんだろ――ってわけだから、せめて休憩時間分は付き合ってくれよ」
「う、わぁ……引くわ、お前」
「丁度付き合ってる相手もいなかった時期だったし? 据え膳があったら普通食うだろ、男として」
 さばさばと語る雄大に、こういうやつだったのかと、初めてその性格を知った。中学時代は口数も少なくて、近寄り難い印象の方が大きかったのにと。
「……その気が無いなら手出すなよ」
「お前だってだろうが」
「何が?」
「さっきの男、付き合ってるわけじゃ無いんだろ? っつうかお前、彼氏いねえの?」
 眉を顰めたままの僕に、今度は雄大からの突っ込みが入る。僕のことになんて、興味を示さなくて良いのに。
「彼氏なんて、いらないし」
「は? 何で?」
「どうだっていいだろ? 別にセックスするのに相手が恋人じゃなきゃ駄目だとか、そんな決まりは無いんだし、誰としたってやる事は一緒だろ?」
 明後日の方向を向きながら言い捨てた僕に、雄大はむくりと身体を起こした。
「お前、馬鹿だな」
「なっ」
「本気で好きな相手とのセックスは、その辺のどうでもいい相手とやるのとは天地の差があんだぜ? お前そういう経験無いわけ?」
「――うるさいな…自分だって、据え膳は食わなきゃ、なんだろ?」
 自分の事は棚に上げて何を言っているのかと、呆れ口調で返した僕に、雄大は自慢気に微笑を浮かべた。
「言っとくけど、俺は付き合ってる相手がいる時は、どんなに美味そうな据え膳が目の前にあっても手は出さねえぞ」
「付き合ってる時は、って……結局別れるんなら意味無いだろ」
「そりゃあまあ別れる場合もあるけど、セックスって身体だけでするものじゃないからな……何ていうの、心? 両方がピタッとはまった時の幸福感って、他に比べるものなんて無いくらい幸せだぞ」
「僕には、必要ない――辛い想いをするなら、好きな相手なんて作らない方が、精神的にも良いに決まってる」
 どこか遠い目をしながらそんな事をいう雄大に、いらいらした。

 きっと雄大は、僕のように傷付いた経験は無いのだろう。心を切り裂かれる位の絶望も、逃げ出したくなるような悲しさも経験した事が無いから、だからそんな風に思えるのだ。
「お前……今まで彼氏いたこととか、ねえの?」
「無くて悪いか?」
「もしかしてさ、中学の頃の事が、原因だったりする?」
「っ……小沢には関係ない」
 ズバリと言い当てられて、思わず言葉に詰まってしまう。
 こいつのこういうところが苦手だったのだと、唐突に思い出す。他人には興味が無さそうにしていながら、全てを見透かすような視線と態度。
 あの頃唯一普通に会話が出来る相手だったにもかかわらず、それでも仲良くなろうと思わなかったのは、こういうところが怖かったからだ。
「関係はないけど……虚しくねえ? ずっとそのスタンスで生きてくのか?」
「そのつもりだよ」
 何かを考えるようにしながらの問いかけに対し、素気無く返した僕に向かって、雄大は大袈裟に溜息を吐いて見せる。
「つっまんねえ人生だな……お前、友達はいるのか?」
「は?」
 つまらないと言われた事に反論し掛けた口元が、続いた言葉に疑問に変わった。
「だから、ダチはいるのかって聞いてんだ。一緒に飲んだり、くだらねえ話したりするようなダチ」
「……いなくても、別に困らない……煩わしくなくて良いし」
 高校でも大学でも、心を許せるような友人は作らないようにしていた。人を好きになって気味の悪い目で見られるより、恋人に裏切られる事より、友人に去られるダメージの方が大きい事は、中学時代に嫌というほど思い知ったから。
 知人レベルで留めておけば、離れて行かれたところで諦めもつくというものだ。
「……お前さあ、何が楽しくて生きてんの?」
「何が、って――」
「人間は幸せになる為に生まれてくるんだって、俺は思ってる。成宮は自分で自分の幸せを放棄してるよな……そんなんじゃ、人生が勿体無いと思わないのか?」
「別に、そんな……」

 幸せになる為に。
 そんな事、考えた事も無かった。平穏無事に生活が出来て、時折誰かと温もりを分かち合えれば、それで良いと思っていた。
 僕なんかが幸せを求める事自体、高望みなのだと。

「今はまだいいさ。若いってだけで、セックスの相手も選り好みしなきゃすぐに見付かる。だけど、歳取ったら? 枯れたオヤジを相手にしようと思うやつなんて、そうそう見付からねえぞ。恋人もいない、友達もいないじゃ、寂しいと思うぜ――独りで生きていくのって、きっと考えてる以上に辛いぞ」
 何かを言い返さなきゃと思うのに、言葉が出てこない。雄大が言っている事は、薄々僕の中にも思う部分があった事だったから。
「適当な相手とその場限りの関係持つのも良いけどさ、成宮はこう…何ていうか……ちゃんとしたパートナー? そういうの探した方が良いんじゃないのか?」
 唇を噛みしめて俯く僕に、雄大の諭すような言葉が続く。
 僕にパートナー? 僕が、そんな事を望んでも良いのだろうか……また誰かに恋をして、あの時のような思いをするのは、二度と御免だ。
「俺もまあ、お前がどうしてもって言うなら、抱いてやるのはやぶさかじゃねえけど――」
「誰がっ、お断りだ!」
「だよな」
 黙ったままの僕の顔を覗き込むように身を倒した雄大の口からは、とんでもない提案が飛び出す。
 僕にだって好みのタイプというものくらいはある。まして、過去の僕を知っている相手なんて、勘弁して欲しい。 即答で否と応えた僕に、我が意を得たりとばかりに、雄大は口の端を持ち上げた。
「俺もお前とはそういう関係にはなりたくない」
「からかったのか? そう言われれば僕が喜ぶとでも思って――」
「違うって。俺さ、本当はお前ともっと、色んな話をしてみたかったんだよ……再会したのも何かの縁だろうし、俺を友達第一号にしてみるってのは、どうだ?」
 良い事を言ったと、小さな頷きを繰り返しながら、雄大が微笑む。
「お前……それこそ、馬鹿じゃないのか? 友達だって?」
「成宮よりは賢いと思うぜ、人間としては」
 絶句しながらも絞り出した言葉に、事も無げに返って来る言葉に呆れてしまう。僕には到底理解出来ない思考回路だ。
「友達だなんて言って……本当は僕を抱いてみたいだけなんじゃないのか?」
「ああ、そりゃないから安心しろ」
「言い切ったな? だってさっきお前、僕を見て、その……欲情したって……」
 同級生を相手に何を言っているのかと、羞恥に悶えそうになる。これじゃあ僕も、本当に、馬鹿になってしまったみたいじゃないか。
「確かに、自覚したのはあの時だったけど……俺さ、成宮みたいな綺麗系より、可愛い系の方がタイプなんだよね。それに追っ駆けるより追われた方が楽しいだろ?」
 頭が痛くなってくる。
 そんな考えでいるから、今こうしてここにいる要因でもあるような事が起こるんだ。
「ってことで、決定な。俺が友達になってやるよ」
「……断るって選択肢は無いのか?」
「無いな。まあ深く考えんな。携帯貸せよ」
 眉間を揉み解しながら訊ねてみるも、淡い期待はバッサリと打ち破られる。ほら、と手を差し出された僕は、もう逆らう事も面倒で。
 その日僕の携帯に初めて、「友人」というカテゴリが登録された。


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