《SSTG》『セハザ《no1》-(3)-』

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第6記

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 今、路地裏へ続く建物の間の道をちょっと覗いていたミリアは、空からのその日の光が、ビルの間の影に遮られていて。
その影が造る街の幾重《いくえ》にもある深い独特の光景を少し観察していたのだが。
路地裏の多いこの辺りに住まう人たちの生活拠点はこういった所みたいだ。
リプクマ周辺の区画の様な大きなビル内ではなく、剥き出しの旧式の建物が少し雑然とした道路に建ち並ぶ古風《ノスタルジック》な風景の中にある。
まあ、ミリアにとっては『ノスタルジック』というほど親しんだ景色ではないけれど、良き下町みたいな、なんとなくそんなイメージだ。
だから、小さな角へ顔を出して覗けば、汚れた路地裏の道の奥に何処へ繋がるかもわからない小道と曲がり角が見えたりするのは、少し物珍しく。
そして、それ以上は特に目を引く所も無く、下町のそんな景色が続いている周辺での、今は事件後に集まった警備の人たちによる一時的な指定保存域になっているそこ一帯を、事件現場の商店と周囲を屯《たむろ》する警備部の彼らの様子へミリアは目を戻していた。

その商店の看板、明るい色使いが経年で汚れた『ステファンズ・ハッピーデイマート』というアート芸術を一瞥すると。
それから、その店先の辺りではAPTI発現調査チームらがアイウェアを装着して付近を調べていた。


 APTIアピティチーム、ミリア達が到着した頃には既に彼らは、リプクマが開発した独自のアイウェアシステムを使って周囲の調査を開始している。
以前、その調査システムの説明を聞いたことがある。
そのアイウェア機器は複数のセンサーを備えていて、データを採取しつつ、AR機能も備えた視界を用いてリプクマ本部のサーバーやオペレーターとやり取りをし、シームレスリアルタイムで相談しつつ解析を行っているらしい。
今も、彼らは床や壁の細かい箇所をじっと、跪いて屈んだり、手ですりすり触ったりしてる作業をしている。

最近見慣れてきた光景だけど。
まあ、傍《はた》から見てるとそんな感じなので、少し近寄りがたい雰囲気はあるけれど。
夢中でやっているとそうなってしまう気持ちも、なんとなくわかる、と思う。
たぶん自分もそうなってしまうだろうし、なんて。
そんな事を思いつつミリアは彼らへ足を向けていた。
傍のガイも、こっちに付いて歩いて、現場の様子を見回していた。


調査の警護役で来てる私たちは、APTI発現調査チームの身辺警護やお手伝いが仕事だ。
警備部に関わる仕事は直接リリー・ドーム内の治安に関係する大切な仕事なので、気を抜くことはできない、のだけれど。

靴で踏むと、しゃりっと少し砂で滑る固いコンクリートの道を歩いて、ミリアはその傍へ、そこのお店の入り口付近で蹲《うずくま》っていた彼へ声を掛ける。
「ベインズさん、」
顔を上げてこちらを見つける彼は顔見知りで、リプクマから来たAP調査チームの1人だ。
「ん?おおミリアノァ、さん。」
「お疲れ様です。ミリアでいいですよ。」
「お疲れ様。あぁ、そうだったね。先にやらせてもらってるよ。」
3、4回ほど今までに会った事のある彼は、基本的には研究室に所属している研究者を兼任しているらしくて、調査チームにはそういう人が多いらしい。
今回は一足先に現場に到着していて、車中の無線連絡の際にも言っていた通り調査を開始していたようだ。
他にも作業している、見える所に同じようなリプクマの作業ジャケットを着た人たちがいて。
目元に顔の見えるアイウェアを着けた彼らは、それぞれがARの視界で話していたり、リプクマの本部とでやり取りをしているみたいだ。
「進捗《しんちょく》はどうですか?」
「うん、問題は無い。後はデータと照合して確定を取るくらいだな。」
「それは、良かったです。なにかお手伝いできますか?」
「うん?そうだな。警備部の彼らと一緒に、何か見つけたら教えてくれ、」
「はい。」
ミリアはそう、返事はしたものの。
ちょっと思ったのは、彼らはしっかり機械を使って調査しているのだし、何も持たないこちらが役立てる事も無いだろう、ということだ。

確か、調査チームが使うそのアイウェアで、見たものをデータ化して発現現象らしき痕跡を本部のデータベースと自動照合させるらしい。
単純に言えば、そのアイウェアを通して見れば何でも自動的に解析し、判別してくれるらしいから。
傍で対象をよく見たり、じっくり時間をかけてじーっと見るなどすれば精度がさらに増す、という怪しい所を探す経験の差もあるとは言ってたけど。
ちなみに、ベインズさんはこっちを一瞬見てたので、たぶん私の事もそのデジタルな視界のインターフェース内で発現の痕跡みたいな何かを判別されてたのかもしれない。

「何か出て来なければ、早く家には帰れそうだ。」
と、彼の言葉に肩越しに頷くミリアは、踵《きびす》を返していた。
「ん?なに?ああ、そこのくぼみか。無関係だろう、経年劣化か・・・だろう?、ほらな。」
彼は通信相手とも会話しながらで。
こちらも、何事もなく早く仕事が終わるのを祈るのみだ。
その場から離れかけたミリアはちょっと、入口から商店の中を覗き込んでみる。
店内の、入り口近くの棚が2つほど倒れていて、載っていた商品たちが派手に散乱していた。
お菓子とか食べ物の缶とか、工具みたいな物も床に転がっていて。
そのさらに奥の方は、被害は無いらしく異常はないように見えた。
入り口近くのカウンターの間取りとかに、少し古さを感じる旧式なお店のようだけど、前もって聞いていた通りに被害は店先を少し荒らされたというくらいか。
「ん・・?」
ミリアが目を留めたのは、床の上に赤黒い跡が溜まっているような。
「血痕《けっこん》・・?」
「うん、ひと悶着があったみたいだな、」
と、目を少し細めていたミリアに、店内の傍の調査チームの1人のお兄さんが答えてくれた。
たぶん初めて見る人で。
「確か、レポートには負傷については無かった気が、」
「そうだったかな。うーん、発現には関係ないみたいだけどね、」
「ちょっと聞いてきます」
とりあえず、ミリアは警備部の人たちの方へ足を向けてみる。
まあ、調査チームの彼らは発現に関してしかあまり興味ないみたいだし、事件内容まではあまり知らないのかも。
ふと隣のガイと目が合って。
付いてきてるガイはちょっと肩を竦めたりしてた。


 実は、発現調査をしたからといって、100%信用に足るっていうものでもないらしい。
最高水準を自負するリプクマでも、信頼できるのは50%ってところらしいから。
もちろん、調査がまるっきり無駄というわけではないだろうけど、未だに警備部が信頼して動くには低すぎるとは思っている。
でも、安心を感じるのは必要だから、APTI発現調査は法律化されている。
政府側は市民へ与える安心が欲しい、という立場だ、って誰かが言っていた気がする。
政府機関と民間研究機関であるリプクマやEAUなども、法的にルール化された関係だ。
『事件など困ったことがあったときに、特能力などが関係してないか必ずチェックせよ』、という法律は安心を与えられるから。

それでも、APTI発現調査チームにとって、この現場で重要なのは事件当時に『特能力者』がいたかどうかだ。
そして、その調査結果によって、依頼した警備部の人たちの取るべき捜査手順も分岐する事になる。

例えば仮に、現場に特能力者がいたなら捜査すべきことは、『その特能力者の『彼・彼女』は捜査の際に脅威となり得るのか』を優先する。
他に、『どういったルーツ経歴の特能力者なのか』
そして、『彼・彼女』が発現させ得る現象の仔細や能力タイプのカテゴライズ情報など、政府の登録データベースからできる限りを参照して捜査に役立てる。
それは、一定以上の影響があった事件に限られ、今回の様な暴行、器物破損などがあった事件には適用される。

また、対象の『彼・彼女』がデータベースに登録されていない場合もある。
その時は、事件に関わった事により義務として、身柄を確保した後で然るべき施設で『発現検査 - 1st プロトコル』、いわゆる『1stファーストチェック』を受ける事になる。
その検査結果によって、日常生活に支障がないか、ケアサービスを必要とするか、などの登録者への対応・保障が変わって行く。
それはプライバシーなどが含まれるデリケートな問題だし、煩雑《はんざつ》な手続きのある側面だけど。
それら全てが、発現者たち本人の医療環境に関わってくるものであり、警備部などが犯人を逮捕するために使われる情報であるので、多くの市民の人たちの生活保障にも繋がっている。
勿論、強制的なやり方に反対している人たちもいるけれど、現在のドームの生活が比較的安定しているのも事実だと思う。

まあ、APTI発現調査などで手間がかかる割には、そんなに『犯罪に手を染めた未登録の発現能力者』という、特殊な発見例は少ないんだけれど。
大抵は子供の内に、そういう検査は受けているから。

まあ、『先天的・後天的』といったケースもあるし、稀なパターンはゼロという事でもないらしいんだけれど。


 その辺りで警備部の彼らが談笑していたので、ミリアは彼らに声を掛けてみる。
「こんにちは、」
「あ、お疲れさん。・・ぁぁ、特務の人?」
着ているジャケットを見てそう思ったようだ。
「はい。調査のお手伝いです。」
「へぇ・・。」
ちょっとじろじろと見てくる彼らは。
AP発現現象の反応、どうだって?」
「はっきりとはわかりませんが、今のところは問題なさそうらしいです。結構、広い範囲で制限してますね?」
辺りを見れば、店先などまで進入禁止域に指定しているので、店内だけの捜査じゃ無いようだ。
「うん?ああ、暴れた奴らが外でも器物破損したらしくて、せこい事件の割には参ったよな。」
「おかげでゴミ探しか証拠集めか手間が増えてる。ったく、みみっちい事件起こしやがって、」
ふむ、被疑者をカメラなどで特定できても、裁判のための証拠をできる限り集めなきゃいけない、という話みたいだ。
「そうですね。怪我人とかはいたんですか?」
「いやいや、切って大量に血が出たって人がいたみたいだな。」
「え、そうなんですか?」
経過報告には載っていなかったが、やっぱり記載漏れだろうか、たぶん。
「まあ血が出たくらいで命に別状はないだろうってよ。医者じゃないからわからんが、」
「そうですか。」
なるほど、だから少し大きめの騒ぎになったのか。
周囲にはけが人は見えないので、既に運ばれたのかもしれない。
それに、被疑者の罪状も増えていっているのかもしれない。
警備部の彼らの視線を追ってみたら、向こうのお店の主人らしい初老男性の相手をしている警備部の仲間の様子を横目に見ていたようで。

ふむ。
そういう事件性の話を聞くと、もうちょっと、商店の中を奥まで覗きたくなってくるけれど。
警備部の管轄内で余計な事をしたら、面倒事になるのも良くないか。

叱られたりするのも嫌だし。

でも、事件はそんな感じか。
なるほどね。
ふむ。

「――――ああ、そのCM見ましたよ、渋いっすよね、」
「あれさ、正直どう思う?イメージが合わなくないか?」
って、隣のガイはいつの間にか、彼らとお喋りしているけど。
「もっと硬派な感じっすかね、」
「あの人は好きなんだけどな?どうもイメージがなぁ――――」

―――――・・・捜査してる景色を眺めてるミリアは。
「あ、それじゃあ。」
「おう、」
ミリアはとりあえず、現場の様子を眺めながら歩き出していた。

「早く終わんねぇかなぁ・・」
と、近くの誰かが呟いていたのは背中に聞こえていたけれど。
ミリアは振り返ったりはしなかった。


 それから、車両に寄り掛かっているミリアと、隣のガイは。
作業している事件現場を眺めていても、特に何もしておらず、正直、暇である。
専門家の彼らが頑張っていても、発現現象への調査で役立てる事が無いので。
身体を張って貢献するタイプの仕事のミリア達は、彼らの身辺警備や、万が一にも犯罪に巻き込まれないよう注意する役回りや・・・。
・・つまり、基本的に暇ではあるのは仕方ないのである。

そう、とりあえず割り切っているミリアは、ちょっと腕を胸の前で組んで。

一瞥すれば、隣のガイも似たような恰好をしている。

そもそも、特能力者が事件に絡む確率も高いわけじゃないので、今回もやっぱり出番は無いんじゃないかなと思っている。
それに、高い脅威となり得る特能力者なんて、そうそういないものだ。

どこにも所属していない脅威。
アストレイヤー無所属の特能力者』って言われる人たちも・・・。
いわゆる俗語の方の、自然発生した脅威と言う意味での『ナチュラル』も。
私が見た事あるのは、たぶん1人だけだ。

あのときのブルーレイクは―――――ブルーレイクは、深い夜の闇を、鈍く光るような獣の眼光を持った、生き物が動いた・・・―――――――私を、狙っていた・・・それは、人間のはずで・・――――――

「天気がいいよなぁ・・」
って。
隣で、腑抜《ふぬ》けてるガイに、・・・つられて。

少しプリズム色の空を見上げるミリアは、ちょっと込み上げてきた欠伸を、かんでいた。
抑えきれなくて、ちょっと口が浮いていたけれど・・・。


―――――この辺りだと、少しプリズムディバイダの傘の面積が小さく、カバーされていない端も見えるので、プリズム色の空の範囲と直射日光の位置が、ちょっと心もとない感じだ。
・・・強い太陽のある空をあまり見ないように、浴びないようにした方がいいかもしれない、って思って。
ミリアは空から目を下ろして、事件現場へと戻していた。
そこでケイジやリース達が、壁に寄り掛かって向こうを眺めているのを見つけたけど。
相変わらず、だるだるしているみたいだった。

小さく嘆息しつつミリアは腰に手を当てたまま、その事件現場の様子へ目を向ける―――――――

 そう、・・商店の入り口の近くに白い何かが落ちているのに気が付いて。
・・何となく歩き出す、その道の端に落ちていた白い毛の、ウサギの小さな、可愛らしいマスコットみたいだった。
新品なようで、商店の棚にでも並んでいた物だったんだろうか。
ビーコンの表示範囲外、だから指定保存されたエリアからはみ出してしまっているみたいだった。
ケンカ騒ぎで店外にも散乱した物が飛んだ可能性はあるが・・・、ミリアはそれを見下ろしていた。
「拾うんじゃねぇぞぉ、」
って、声を後ろから掛けられた。
ミリアが振り返って見つけた、低い声の、少しガラガラしただるそうな声の主は、髭不精な中年の男の人みたいで。
くたびれたような顔に、目の下に大きなクマもあるし、徹夜明けの様な顔をしている。
「店の物に手を出したらややこしい話になる。」
独特ののったりとした声の響きで、その彼が着てるよれよれのスーツは何十年も使い古しているように見える。
「わかってますよ。」
ミリアは答えて、ちょっと頷いていた。
ミリアは別に、拾おうと思って見ていたわけじゃあない。
彼の言うとおりで、もし仮にそれがお店の物だとしたら、一時的にでも触ったとかで、物的証拠の無断移動や再配置などで、つまりその扱いとかで法律的にめんどくさい事になる、のは知ってる。
盗品を所持したとかで、まあつまり、許可が無いと法律的にめんどくさい事になるらしいから、何もしないのが正しいとも教わっている。
「おう、そうか。よお、また派手なケンカがあったってな、」
彼はそれ以上は別に興味も無いようで、向こうの警備部の人たちに声を掛けに歩いていってた。
「あれ?どうした?ロブ、お前の管轄じゃないだろう」
「なぁに、気になってな。どんな調子なんだい?」
彼はそう、警備部の人たちと顔なじみの関係の様だった。
「シンプルな事件だよ。後はAP発現現象チェックだけだ。」
警備部の刑事だろうか、となんとなく思うミリアはそれから、また現場の彼らが動くその光景から、その商店の看板、明るい色使いが経年で汚れた『ステファンズ・ハッピーデイマート』の看板を見上げていた。

・・・やっぱり、ハッピーじゃないよな、ってミリアは見てて思った。
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