《SSTG》『セハザ《no1》-(3)-』

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第13記

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 ――――クライパー、確かに発現現象を確認した。ああ、追跡は任せた。負傷はしていないはずだ・・・走って逃げたらしいからな―――――」

駆け付けた人員や、特に救護班の人員が失神したままの彼女をようやく介抱できている中で、EPFの彼は誰もいない向こうの壁へ向かって話していた。

――――――わぁかってますよ・・なにを?・・・いやだって、あのタイミングで行くしかなかったじゃないっすか、・・・・・そりゃそうっすよね、そっちにも映像は行ってるんですから、わかりましたよ、何も言い訳はしないっす、・・・でも結果的にですよ?あれがベストだったと思いません・・・?・・うーん・・そっすかねぇ・・・?」
彼が多少の言い訳を考えながら、周りへ目を移していくついでに。
ふと気が付くのは、・・その慌ただしくなった場所で、あの特務協戦の青年が既にどこかへいなくなっていた、という事だった。


 ―――――――大通りを走って逃げる様な、一般市民らしきパーカー姿の青年に目に留めた彼が、その無精ひげを手でじゃりじゃり擦り始めたのはただの癖だ。
その青年が周囲を注意せずに、道路を横切って路地へ走って離れて行くどこか危なっかしい様子を・・・眺めていたロブは。
「なんだあいつは?」
傍にいた警官の彼も見つけたらしい、少し不思議そうに顔を覗かせる様子もちらりと見た。
敷地と道路に面する一角で見張りをしていた警官の彼らと、少しばかり世間話でもして適当に一息ついていたのだが、『あれ』を見つけたらやはり目を引いたようだ。
周辺は車の通りが多いわけじゃないが、注意はした方が良いだろうが。
「EPFでも見て興奮したんだろ、」
ロブは参ったように頭を振っていた。
「そうですか?なんか慌ててるようにも見えますけどね、」
ロブは、そのくたびれたようによれたスーツ姿に、顔からも滲み出る眠気を覚ますように、手に持ったチューブから一口吸い上げる・・・栄養満点を謳《うた》うドリンク、『ジェリポン:コーヒーバナナ味』を飲んで。
「興奮ですか。EPF見てあんな興奮するもんですかね?」
警官の彼もそんなロブの様子を一瞥《いちべつ》するだけで、興味もすぐ薄れたらしい、暇そうなのを隠しきれない視線を向こうに向ける。
『ん・・、くはぁ・・・大り物したんだ、誰だって興奮するだろ?』
『それもそうですね。』
適当に返す彼が、またチューブを咥えるロブを一瞥《いちべつ》してから前を向くのとほぼ同時に、耳に着けている無線機から声が聞こえてくる。
『うちのガキなんか、テレビに映っただけで大騒ぎだぜ?』
繋がりっぱなしの、警備情報交換用通信《みんなの雑談》チャンネルに会話が載っていたらしい。
『そりゃ小っちゃい子はそうでしょうよ、』
『俺の大きい娘なんか『本当にパパなんかがEPFの手伝いしてんの?』とか言ってくれちゃって、俺らがいないと現場は回らないっつうの』
『大層かわいい娘さん』
『若者じゃなくてもネットやSNSで話題は多いですけどね、』
暇《ひま》な奴らが警備部のお決まりのS-10エスジュー共通チャンネルでまた急に話が盛り上がり始めるようだ。
『ロブ、聞いてるのか?指定したチャンネルは開いてるか?』
と、名指しされたロブが。
「・・おっと、忘れてたかな?」
一応、ポケットを触って無線の設定をいじる振りをしている。
隣で見ているもう1人の彼、ロブと同じようなスーツ姿のアヘイロがそれを見ていたが。
短い茶髪に白髪交じりの中年の男、アヘイロにはロブのそれがただの振りだとわかっている、ロブとは長い付き合いだ。
『EPFグッズでも発売されたらどうする?』
『そんなの軍部が許可するわけないでしょ』
『もしもだよ、もしも、』
『子供が欲しがる玩具がまた増えるだろ、』
『もしもだよ、もしも・・っ』
『おい、お前らもこのチャンネルを喋り場にしてるんじゃあない。俺の横でボス警備長がカップを握りつぶす直前だぞ、』
警備長《ボス》のあの怒り顔は容易に想像できるが、それは流石《さすが》にそいつの口から出まかせ、軽口の冗談だろう。
いや、ボスもEPFやら他所《よそ》の特務協戦の責任者とのコミュニケーションご機嫌取りでストレスが際限なく溜まってそうだが。
だが、上司からのお叱りが出るなら暫《しばら》くはこの『みんなの雑談チャンネルS-10』が静かになるはずだ。
ロブはポケットから取り出したタバコを口に一本咥える。
別に口に咥えるだけだ、火は点けない。
「新人のジュリィにまたキャンキャン言われるぞ、だらしないって。」
隣の相棒は、下手な小言を言ってくるが。
「あいつ、俺の事が嫌いなのかね」
「まともな人間ならそう感じるってことだろ、へっへ、」
アヘイロは敬意を感じないニヤり顔だ。
「俺がだらしねぇってか?」
嫌味に返すロブは、耳障りが悪いアヘイロの声から耳をふさぐように、手元のPDAを操作して無線の指定チャンネルを開いた―――――
『―――西側のチロラ・プライムビル内で事件関与の疑いがある特能力者が確認されている。』
『追加の警備連絡。この辺りで別の事件があったらしい、例の関係者と思《おぼ》しき少年複数人が逃亡してるそうだ。重要と言っていい参考人がいるらしい。詳細は追って伝えると。』
「なんだ?慌ただしいじゃねぇか?」
「はぁ、俺らの街も治安が悪くなったもんだな?」
と、ロブの驚きもよそに、相棒のアヘイロがため息を吐いていた。
最初からアヘイロは聞いてたが、ロブへ言って寄越さなかったようだ。
「たまたまですよ。こんな事件、」
警官の青年が苦笑いでなだめているが。
「・・あれ?もしかして、さっきの奴・・・?」
彼はハタ、と気付いたようだ。
『そういえばさっき、結構な人数で走る迷惑行為の情報があったな、』
『見つけた場合は、標準手順《ノーマル・プロトコル》で逮捕を?』
『・・ザっ・・いや、手荒な真似はするな。関係者か参考人ってだけだ。任意同行を願う。』
「どういうことだ・・?」
ロブはアヘイロと目を合わせるが、彼も肩を竦めるだけで答えを持ち合わせていない様子だ。
『逃げたらどうするんで?公務執行妨害で良いんですよね?発砲は?』
『許可する。ただし、正当防衛が成り立つまでは決して撃つなよ』
『特能力者ですよね?とっさに危険人物かどうかの判断はできませんよ』
『なら『EPF』を待て。無理させるためにお前たちを配備しているんじゃないんだぞ』
あっちの事件も、こっちの事件も、EPFは大変だねぇ・・・と、手がポケットのライターを探していたいつもの手癖に気づいたロブは、アヘイロの視線に気が付き、手をぱっと放して見せていたが。
『・・シャロト、俺たちの仕事は警告までだ。逮捕はEPFに任せろ』
『わかってますよ。』
『どっちにしろEPFたちの出番だ。俺たちの出る幕はねぇよ、』
『お前たち、EPFはプロだが、組織は1人じゃ動かせない。だから・・』
『しかしですね、重要な参考人とだけ言われても、判断がつきませんよ』
「どうせ、市内のシステムで追跡すればすぐ身元はわかるだろ。俺たちが動くのはその時だ。」
と、傍のアヘイロが無線で彼らに伝えていた。
「まあ、それもそうだな、」
彼らの会話を眺めていたロブも肩を竦めて見せる。
『そういうことだ。しっかり連携を取って危険な真似はするなよ――――』
「・・わからない場合もあるが」
と、アヘイロが通信へではなく、ロブだけに聞こえるようにマイクを切った後に潜めた声で呟いたようだ。
ロブは片眉を上げて、アヘイロへ少々怪訝な顔を見せた。
アヘイロは、おじさんのとぼけた横顔を見せてきた。

・・それから、ロブは顔を上げて人がまだ集まる向こうの景色へ目を向ける。
さっきビルからガラスを割って飛び出してきた、治安を乱す容疑者たちが制圧された、あの広場の方ではまだ物珍しさに惹かれる野次馬が集まってきている。
「あと、お前にゃ禁煙は無理だ、」

・・からかうようなアヘイロに、・・・無視するロブは口に咥えていたタバコも取って、ポケットに適当に押し込んだ。



 ―――――残りの、建物内に潜伏していた1人も制圧しました。他に脅威報告はありません。」
コンソールから顔を上げるオペレーターの彼は室内全体に聞こえるよう、声を張って報告した。
それを受け取る警備部のジャケットを身に纏っている男、当事件の作戦指揮責任者の彼は、想定通りに動いた状況から次の指示を円滑に周囲の人たちへ通す。
「掃除終わりの一歩手前だ。待機してた班を向かわせろ。後続も加えて安全確認をする。」
『乗り込むぞ。手筈通りに。』
「はい。お願いします。」
オペレーターの彼らが各自、現場と応答を繰り返す。
「市内のセキュリティシステム上では既に確認済みだが、最後には人の目が判断を下すべきだ。」
そう、その席にどっかりと腰を下ろした彼は静かに息を吐く・・それから、傍へ控えていた男へ。
「・・問題は無いですね?」
傍に控えていた、黒がベースのジャケットを纏う男、そのEPFという文字を入れる男へ、彼は表情のない横顔を見せた。
「・・現場指揮官、口を出す権利は私にはありませんよ。むしろ、こちらの隊の我がままを聞いてくださり感謝いたします。」
彼の静かな会釈を見届け、現場指揮官の彼は前を向く。
「後続隊、チーム『ボンゴ、アルファ1、ブラボー3』に続き警備隊員も増員、現場建物内へ向かいます」
全てが終わりに近づいているが、現場は動いており警備部の仕事はまだまだ残っている。
「俺の無線機を全体につないでくれ、」
「了解」
数人のオペレーターの彼らと現場とのやり取りを耳に入れながら、責任者の彼は手元の通信機のスイッチをONにする。
「準備OKです」
「・・当現場の責任者、マイデラ・ジョカリッヒ警備長だ。全体に告ぐ。現在は既に『リリー・セキュリティ』が大勢《たいせい》を制した。先遣隊によって場の制圧はほぼ完了したと言っていい。最終宣告は後になるが、それまで変わらずに気を引き締めていてくれ。もう暫《しばら》くの辛抱だ。そして、今回の作戦に注力してくれた全ての組織、人員に感謝する。以上だ。」
『危険人物が残っているかもしれん。確認している。後続隊は市民の安全を確保、優先しろ。後ほど誘導の指示を出す――――』



 ―――――その無線が届ける声を耳元に。
プリズム色の青空の下で。
ミリアは、広場に面する歩道に集まる人込みの境界近くに立っていた。

「――――あれ、あそこにいたの本物のEPFだろ?」
「やっぱすげぇ、」
「押さないでくださいねー」
「すいません、この子が迷子みたいなんですが、」
「迷子?あぁ・・ちょっと待ってください。ケリーさん、迷子って・・、」
「とりあえず保護を。親が現れるまで。ご協力感謝します。こちらでお預かりします。・・少し待った後で登録しておいて、」

―――――人込みに集まっている市民の人たちの声は、気ままで、乱雑で、途切れる事がない。
そんな人たちを警備部の彼らがしっかり応対しているのを見ていたミリアは、周りをまた少し見回していた。

『状況が落ち着いたようです。EAUのチームも引き続き担当の仕事に当たっていてください。追って指示を伝えます。』
EAUのオペレーターの声も不意に聞こえてくる。
たぶん、知らない女性の声だけど。

『警備本部からの要請を伝える、チーム『Bブラボー5、6、7』は周辺の警備に移ってもらう。』

耳元の無線からの声、表示は警備本部で特殊回線からの指示も聞きつつ。
「ケリーさん、迷子を捜してる母親がいるそうです、」
傍の警備部の彼らの声も行き交う状況だ。

『ミリアネァ・Cさん。サポートします。Bブラボー5への指示が出ています。指定警戒エリアを表示させます。警備お願いします。』
「了解です。」
周辺の状況と指示を確認しつつ、携帯端末の画面から顔を上げたミリアは周囲をまた見回すと、ふぅ、と少し息を吐いた、のは無意識だ。
でも、肩の力が少しだけ抜けた。

現在、この大きな事件の大部分が片付いたのは通信でわかったし、このまま無事に解決しそうだ。
とりあえず、耳元の通信機を通してミリアは向こうへ声を通す。
「移動するよ、」
少し離れた場所で、仲間のガイが向こうの現場の様子を眺めていたが、すぐに気が付いてこっちへ向かって来る。
そんな様子を見ていたミリアは、また耳元の無線を抑えつつ声を通す。
「アミョさん、いいですか?」
『――――はい、なんだい?』
「ケイジたちから連絡はありましたか?」
『ああ、えっと、まあ、問題はもう・・いや、問題無いかな。』
ちょっと歯切れの悪いアミョさんだから。
「何かあったんですか?」
『いや、問題ないよ。後で詳しく説明しよう。今は目の前の仕事だ、』
まあ、ケイジ達がなにかやったのは確定みたいだ。
それにアミョさんも、ここへ来るまでのちょっと愚痴っぽい様子とは裏腹に、現在はこの現場のどこかに停まっている車両の中のコンソールの前でちゃんと仕事しているみたいだ。
ケイジはそのサポートを受けている筈だし、滅多な事は無いと思う・・というか、ケイジが何か問題起こしてなきゃいいけど、と思いつつミリアはまた周囲を見回していた。
「あいつは揉め事に首突っ込みそうなタイプ、だろ?」
って、傍に来てたガイがちょっと口端を持ち上げてたけど。
「ケイジ達からの連絡が無いから、」
肩を小さく竦《すく》めてみせるミリアは。
「どうせ忘れてるんだろ、」
「ふむ、」
ケイジやリースなら、と思ったら、そうかも。
『ああ、もう終わってるよ。』
って、急に耳元からアミョさんの声で。
『こう人が多くちゃね。位置を知らせておくよ』 
と、向こうで設定したようでアイウェアの視界に反応が表示される、はっきりケイジとリースの今いる場所を示した。
ここから大して離れていない位置、向こうの歩道付近にいるようだ。
もうあのビルから降りて来ていたのか。

ミリアはそっちへ顔を向けて一応確認したけど、姿は人込みが多くて見えない。
2人は、こっちへ合流する気は無いみたいで。
まあ、あのケイジとリースだし、またサボりというか、息抜きでもしてそうだ。

そんな事を思いつつ、ミリアがまた歩き出すのは別の方向で、指定されたエリア周辺の見回りのためのルートだった。


―――――この辺りも事件現場の周辺も、犯人たち以外が関わる騒ぎはほとんど聞いていない。
周辺の人込みは警備部の人たちがコントロールしてるし、たまにざわめきがあるけど、市民に対してエリアを区切っているので、人の整理はちゃんとされている。

ラインを表示してる光学式ビーコンの、指定されたエリア内へ誰かが侵入したとも聞いていないので、概《おおむ》ね安全みたいだ。

さっき犯人が飛び出して来た時のような、大きなどよめきや汚い罵《ば》声も混じってたけど、今はもうあれほど強い声はほぼ聞こえてこない。
『EPF』を呼ぶ興奮のままの声がたまに上がるけれど。
私の方へ呼び掛けて来てるのかわからないので、とりあえず目を合わさずに無視している。

それから、現場で動く大勢の彼らの姿は、まだ避難している人たちのために、安全を確保するために動いている。

そう、あの時――――――。
ビルから飛び出してきた発現者の彼が姿を現して、大きなざわめきと悲鳴が溢れて。
発現した彼が、身体が紅く発現していく、変わっていく姿に、慄《おのの》きと悲鳴が更に強くなっていった。

それは、きっと、発現者への恐怖を感じていた。

そして、EPFが取り押さえた時に起きた興奮の声と歓声は、耳に残っている。

その時を。

あの光景を。

私が立つここで、目の前で起きていた。



―――――ふと、ミリアが目を留める、輸送車両へ彼らが連行されていく姿を。

カバーされて、ほぼ見えない、一様に俯き加減に歩く。
まるで、砂に沈んでいく鳥のようだった。
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