20 / 46
第20記
しおりを挟む
連行されていく人たちが移送車に送られていくのが、カバー向こうの遠くに、車両や人の隙間に、小さくチラチラと見えていた。
たぶん、彼らが今回の事件の犯人たちで、ビル内のショッピングモール『コールフリート・アベニュー』の建物内や構内に立て籠もった人たちなんだろう。
姿を見たのは今回が初めてだけど、彼らは応急手当ても受けたらしく、中には包帯が見えたり服の上からベルトを巻かれている人の姿も見えた。
ミリアが、そんな光景に目を留めていたのは、ふと気が付いたからだ。
警備部の人たちが多く集まる場所に移動してきたから、ちょっと周囲の様子を見ていた際にその遠目の光景に気が付いた。
それは、即席で作られた目隠しのカバーの道を通って出てきたところ、移送用の中型装甲車までのカバーが無い短い距離に、ちょっとだけ見えていた。
警備部の集まるこの場所の、あるべき光景としてあるみたいだった。
だって、その光景の中で、その様子を見ている人もいれば、見向きもしない人たちは私の前を横切るだけだったから。
あの光景へ、私がその目をほんの少しの間でも、留めていたのは。
・・・たぶん、事件を起こした人たちが、どんな人たちか気になったからかもしれない。
・・彼らは犯罪者であって。
ドームの、リリーの治安を守るために、正当な扱いを受けているのは、わかっている。
でも、ちらりと見えている彼らは、思ってたよりも若く見えた。
自分と、そう年齢が変わらないようにも見えた――――――。
「取るならカップの方を取ってくれ」
って、近くで大きめの声が聞こえて、ミリアは反射的に振り向いていた。
傍では、簡易に設置されたテーブルの上に並ぶカップと、それらを取っていく警備部の彼らが近づいて離れて行く。
その近くに立っていたミリアは、その警備部からサービスされたという配膳コーナーで、どうしようかちょっと様子を見ていたわけで。
ガイや他のチームの人たちがホットドッグとか、軽食をもらいにいったのはさっき見送ってて。
ケイジやリースは、ガイとちょっと話している間にさっさとどっかへ行ったみたいだった。
まあ、アイウェアに映る表示で、ケイジ達がいる方向はわかるんだけれども。
だから知らない人たちの中で1人、辺りを見回せば、警備部の彼らが集まってくる中に、ちらっとEAUのジャケットを着た他の人たちも少ないながら見かける。
彼らも招集されたEAUのメンバーみたいで、見覚えのある人たちは何人かいるみたいだった。
それで、動くのに億劫《おっくう》にならないくらいの、ちょうどいい込み具合の中で。
ちょっと初めての中の、どうしようか、と少し考えていたんだけれど。
そういえば、無線では誰かが『ケータリング』と言ってたけど、どちらかと言うと、用意された飲み物や食べ物は配達されたというか、差し入れに近いみたいだった。
できあいの1つずつ包まれたホットドッグに、サンドイッチと手軽に食べられる物から、カップに入れたドリンクを配っているコーナーで人が賑《にぎ》わっている。
ジュースやコーヒーの入ったドリンクサーバーを前に、警備部らしい人がカップに入れていく作業もしているようだ。
そのテーブルの前には、ジュースのカップやらが粗雑《そざつ》にまとめて置かれていて。
どれも同じ外見の容器なので、中身がなにかがわからないのが、今のミリアがじっと観察している理由であり、目の前の最大の懸念《けねん》でもある。
ちなみに、カップには簡易の蓋《ふた》付きなので、砂や小さな埃《ほこり》などが入ってはいなさそうだ。
「前にあるヤツから取ってくれよ」
時短が目的か、係《かかり》の人の呼びかけの通りに取っていく、わいわい話しながら彼らが白い使い捨てのカップを取って、それに倣《なら》ってミリアもちょっと覗き込んでみるけど。
彼らは中身をさほど気にしてないのか、適当に仲間と話しながらカップを取っていくわけで。
「よお、何があるんだ?」
「コーヒーに紅茶にフルーツジュース、」
テーブルの向こうにいたおじさんに声を掛け人が、短い会話をしてカップを取っていくのも見えた。
だから、ミリアは彼の方へ近づいていく、テーブルの横に広げた透明なゴミ袋にゴミを放り投げる誰かの音も横目にちょっと目を向けながら。
「―――――・・換算すると1分で1000万稼ぐらしい、」
「さすがビリーボだな、っていうか売れっ子俳優ってそんなに儲かるのか・・?」
「俺の娘も好きみたいで、よく・・・」
世間話でも話している誰かの声が止まりかけるような、珍しげに見てくるような気配と、その視線を感じるけれど。
「好きなの取っていいぞ」
その警備部っぽいおじさんが皆に声を掛けてるのも、目の前まで来ればわかった。
「紅茶ってどれですか?」
とりあえず声を掛けてみたミリアは。
「ん・・?」
一瞬、こっちを見てちょっと怪訝《けげん》そうな間があった気がしたけれど。
「・・これだな、」
彼はぶっきらぼうにでも軽く指差して教えてくれたので、その1まとめの辺りの数個のカップから、ミリアは適当なカップに手を伸ばした。
しっかり蓋《ふた》が閉まってるのは確かめながらで。
「どうも、」
こっちを見ていた彼に小さく頷くように、ミリアはその場を離れた。
まあ、どうせならそこのサーバーを使って、自分で入れたいけれど。
そんな事を思いつつ、ちょっと横目に見たサーバーから目を離して。
ついでに、周囲が邪魔にならない辺りで、蓋《ふた》をちょっと開けて、カップの中をお茶っぽい色の水面が揺れているのを覗《のぞ》き込んでみてた。
と、何かの声か、音に気が付いたのか、ふと顔を上げたミリアは・・向こうの方で、数人かが見ていた視線の先へ。
なにかの異常というわけじゃない・・視界の端にあった、あの移送車が動き出したのを、見つけた。
道路に出て行くのは、現場の整理がついたからかもしれない。
犯罪者である彼らを乗せて、拘留する警備部の本署へ向かったんだと思う。
そして、彼らは取り調べを受けるんだろう。
・・今回の事件はこれで終わる、と思う。
ようやく、この一時的な厳戒態勢《げんかいたいせい》が解《と》かれて。
警備部が中心となって敷かれていた態勢が、少しずつ縮小していくはずだ。
そうしたら、私たちEAUの任務も解《と》かれる。
現場統括のためIISで繋《つなが》がっていた、特務協戦などの人員が順次、現場から離れていくはずだ。
どこか遠くでサイレンがまた鳴り響き始めた。
・・ミリアは、その手に持っていたカップの蓋《ふた》を開けて、鼻に届く香りもないその紅茶らしいそれを、口に含んでみる。
ほのかに甘い、温《ぬる》い・・レモンの香りかな、ちょっと鼻に紅茶らしい香りがようやく届いた。
息を吸ったのは、胸からで。
・・小さく、ほっと一息を吐けたようだった。
・・何気なく周囲を眺めていて思うのは、ここにいる人たちの制服は、みんなバラバラだってことで。
黒に、白、濃紺《のうこん》の色とか、本当に色々、人数のバランスも違うし。
警備部に混じるような、防弾ベストなどが分厚い人たちはハイセキュリティの人たちかもしれない。
音の無いサイレンが回る強い色の光が傍《そば》にある、色とりどりというか。
でも、どこかみんな同じ色になっていく。
それは、繋がれた透明な糸のような。
そんな見えないもので、みんなが繋がっていた、・・のかもしれない。
糸が、少しずつほどけていく。
各自のリンクが解けていく。
そんな様子は、目に見えるようだった。
道端《みちばた》の彼らが敬礼をしあったり。
微かに笑みを交えて、別れの挨拶をする。
それを、傍目《はため》に見ている私は。
・・なんだか、不思議な感じがあるかもしれなくて。
見える繋がりがほどけていく。
たくさんの人たちの。
こんなに、仕事を全《まっと》うしていた。
事件が起きてから、たくさんの。
目に見えないような繋がりが。
この事件で、解決をするための。
この光景を望んだ人たち。
他の人の声も、顔も知らないけれど。
どこで何をしていたのかも、わからないけれど。
たぶん、穏やかなんだな、表情がきっと。
カップを片手に、可笑しそうに笑って話して。
1つのチームだった。
それは、とても大きなチームで。
顔を知らなくても。
声を知らなくても。
それがなんだか、不思議な感じなんだ。
・・・路上に佇《たたず》んでいたミリアは、口に残ったちょっとの甘味に、ちょっと小さく舌で唇《くちびる》を舐めて。
手でちょっと口を拭うようにしてから、また何度か、辺りを見回していた。
手に持っていたカップに、ほのかに甘くて・・レモンの香り、たぶん。
思い出すように、ちょっと鼻にその香りが届くような温《ぬる》い紅茶を口に含んだ。
見上げた空はまだ青いけど、少しだけ紫色が混じり始めたような気がする。
先に、カップをもらって休んでいたケイジ達は、あの街灯の傍に寄り掛かっているらしいのが視界に入った。
視界に表示された小さな光が案内するから、ミリアは・・。
それから、ケイジ達の方へ足を向けて、そっちへ歩いていく。
周りで動いている警備部の人たちは、まだ仕事に従事していて。
これからまだやる事は多いだろう。
現場の調査や、事件の調査などに及ぶのか、犯人たちの素性や暴動に及んだ経緯とかも必要そうだし、・・刑事事件、起訴して裁判・・・大きな事件だから。
破壊されたかもしれないビルの損害とかも、他にもありそうだし。
まあ、今日はもう、私たちの特務協戦としての仕事はほぼ終わりだろうけど。
―――――――・・なんで、彼らは暴れたんだろう・・・?
不意に頭をよぎったのは・・・。
――――・・顔を上げれば、そこで、傍を通った、視界の端にあった街灯に色鮮やかな色彩・・・寄り掛かるようにとまっていた、1匹のちょうちょ、か。
羽を休ませているように、羽をゆっくり動かす・・・。
そのちょうちょが、どこかで見た事があるような気がして。
ミリアは、カップから口を放して、口の中のほんのり甘いレモンティーを飲み込んだ。
「よ、ミリア、」
って、向こうからホットドッグを貰《もら》って戻って来てたガイが来てた。
「ホットドッグいいのか?本当に?サンドイッチもあったぞ、」
一口齧りながら、追いついてきたガイはちょっとご機嫌ぽいようだ。
「うん、」
頷いて、振り返ったら・・、ちょうちょが、ひらひらと青空へ飛んでいってた。
ちょっとミリアは、そのちょうちょの羽ばたきを目で追っていたけれど。
「いらない、」
ガイへ返事して、私が歩く傍をガイが付いてくる。
というか、その話はさっきもしたけど、ガイは私にホットドッグを食べさせたいのかもしれない。
「それどんな味?」
「なんつうか、普通だな。」
ガイがしれっと答えるような、ホットドッグの味は、見た目通りみたいだった。
別に、ガイたちほど警備部の食事とかに興味は無いし、とか、安っぽそうだし、とは口にはしないけど。
「ケチャップとマスタード?」
「ああ。そしてソーセージ。家に帰ったらすぐ作れそうだ。」
って。
「ただのホットドッグでしょ?」
「まあな、」
って、ガイが悪戯っぽく笑ってたから。
ついなんとなく、ミリアはまたガイへ、肩を軽く竦めて見せてたけれど。
私とガイが連れ立って歩くその先、たくさんの人たちが動く中心から外れて行ってる気がして。
警備部の人たち、その中にEAUのジャケットを着ている人たちはほんの一握りだ。
私たちの着ているメインのものからベースの色はまた違っている人たちもいるけれど。
街灯の傍やその一角に屯するような彼らに混じって、ケイジ達の姿が見えた。
アイウェアの視界に補足表示されているから間違いないんだけど、その傍では誰かと一緒にいるのも見つけていて。
ちょっと瞬くように見てれば、意外だったけど、さっきのEAUの同僚のチームの人、数人と一緒にいるようで、いつの間にか彼らとは仲良くなっているみたいだ。
わいわい楽しそうにやっている、そういうものなのかな、ってちょっと思ったけど。
近づいていくにつれ、どっちかっていうと、ケイジ達は彼らにつかまっていた様な感じみたいだ。
だって、ケイジやリースがなんか、目をつむったネコみたいな顔をしているから。
ネコみたいには、かわいくないけど。
「あ、お前ら。EPFに会ったって言ってたろ?他の奴らに自慢してもいいぜ。」
まあ、ケイジたちも満更じゃ無いようだ、たぶん。
仲良くはやっていたみたいだ。
ケイジとリースが、ちょっと、ぐったりしている様にも見えるけど。
「特にClass - Bの奴らとかが羨《うらや》ましがる。」
私たちが傍に立てば、気が付いた彼らがこっちを見て、目が合った。
軽く冗談ぽい話をしている彼は、ニヤっと面白そうにそう言っていた。
たぶん、彼らが今回の事件の犯人たちで、ビル内のショッピングモール『コールフリート・アベニュー』の建物内や構内に立て籠もった人たちなんだろう。
姿を見たのは今回が初めてだけど、彼らは応急手当ても受けたらしく、中には包帯が見えたり服の上からベルトを巻かれている人の姿も見えた。
ミリアが、そんな光景に目を留めていたのは、ふと気が付いたからだ。
警備部の人たちが多く集まる場所に移動してきたから、ちょっと周囲の様子を見ていた際にその遠目の光景に気が付いた。
それは、即席で作られた目隠しのカバーの道を通って出てきたところ、移送用の中型装甲車までのカバーが無い短い距離に、ちょっとだけ見えていた。
警備部の集まるこの場所の、あるべき光景としてあるみたいだった。
だって、その光景の中で、その様子を見ている人もいれば、見向きもしない人たちは私の前を横切るだけだったから。
あの光景へ、私がその目をほんの少しの間でも、留めていたのは。
・・・たぶん、事件を起こした人たちが、どんな人たちか気になったからかもしれない。
・・彼らは犯罪者であって。
ドームの、リリーの治安を守るために、正当な扱いを受けているのは、わかっている。
でも、ちらりと見えている彼らは、思ってたよりも若く見えた。
自分と、そう年齢が変わらないようにも見えた――――――。
「取るならカップの方を取ってくれ」
って、近くで大きめの声が聞こえて、ミリアは反射的に振り向いていた。
傍では、簡易に設置されたテーブルの上に並ぶカップと、それらを取っていく警備部の彼らが近づいて離れて行く。
その近くに立っていたミリアは、その警備部からサービスされたという配膳コーナーで、どうしようかちょっと様子を見ていたわけで。
ガイや他のチームの人たちがホットドッグとか、軽食をもらいにいったのはさっき見送ってて。
ケイジやリースは、ガイとちょっと話している間にさっさとどっかへ行ったみたいだった。
まあ、アイウェアに映る表示で、ケイジ達がいる方向はわかるんだけれども。
だから知らない人たちの中で1人、辺りを見回せば、警備部の彼らが集まってくる中に、ちらっとEAUのジャケットを着た他の人たちも少ないながら見かける。
彼らも招集されたEAUのメンバーみたいで、見覚えのある人たちは何人かいるみたいだった。
それで、動くのに億劫《おっくう》にならないくらいの、ちょうどいい込み具合の中で。
ちょっと初めての中の、どうしようか、と少し考えていたんだけれど。
そういえば、無線では誰かが『ケータリング』と言ってたけど、どちらかと言うと、用意された飲み物や食べ物は配達されたというか、差し入れに近いみたいだった。
できあいの1つずつ包まれたホットドッグに、サンドイッチと手軽に食べられる物から、カップに入れたドリンクを配っているコーナーで人が賑《にぎ》わっている。
ジュースやコーヒーの入ったドリンクサーバーを前に、警備部らしい人がカップに入れていく作業もしているようだ。
そのテーブルの前には、ジュースのカップやらが粗雑《そざつ》にまとめて置かれていて。
どれも同じ外見の容器なので、中身がなにかがわからないのが、今のミリアがじっと観察している理由であり、目の前の最大の懸念《けねん》でもある。
ちなみに、カップには簡易の蓋《ふた》付きなので、砂や小さな埃《ほこり》などが入ってはいなさそうだ。
「前にあるヤツから取ってくれよ」
時短が目的か、係《かかり》の人の呼びかけの通りに取っていく、わいわい話しながら彼らが白い使い捨てのカップを取って、それに倣《なら》ってミリアもちょっと覗き込んでみるけど。
彼らは中身をさほど気にしてないのか、適当に仲間と話しながらカップを取っていくわけで。
「よお、何があるんだ?」
「コーヒーに紅茶にフルーツジュース、」
テーブルの向こうにいたおじさんに声を掛け人が、短い会話をしてカップを取っていくのも見えた。
だから、ミリアは彼の方へ近づいていく、テーブルの横に広げた透明なゴミ袋にゴミを放り投げる誰かの音も横目にちょっと目を向けながら。
「―――――・・換算すると1分で1000万稼ぐらしい、」
「さすがビリーボだな、っていうか売れっ子俳優ってそんなに儲かるのか・・?」
「俺の娘も好きみたいで、よく・・・」
世間話でも話している誰かの声が止まりかけるような、珍しげに見てくるような気配と、その視線を感じるけれど。
「好きなの取っていいぞ」
その警備部っぽいおじさんが皆に声を掛けてるのも、目の前まで来ればわかった。
「紅茶ってどれですか?」
とりあえず声を掛けてみたミリアは。
「ん・・?」
一瞬、こっちを見てちょっと怪訝《けげん》そうな間があった気がしたけれど。
「・・これだな、」
彼はぶっきらぼうにでも軽く指差して教えてくれたので、その1まとめの辺りの数個のカップから、ミリアは適当なカップに手を伸ばした。
しっかり蓋《ふた》が閉まってるのは確かめながらで。
「どうも、」
こっちを見ていた彼に小さく頷くように、ミリアはその場を離れた。
まあ、どうせならそこのサーバーを使って、自分で入れたいけれど。
そんな事を思いつつ、ちょっと横目に見たサーバーから目を離して。
ついでに、周囲が邪魔にならない辺りで、蓋《ふた》をちょっと開けて、カップの中をお茶っぽい色の水面が揺れているのを覗《のぞ》き込んでみてた。
と、何かの声か、音に気が付いたのか、ふと顔を上げたミリアは・・向こうの方で、数人かが見ていた視線の先へ。
なにかの異常というわけじゃない・・視界の端にあった、あの移送車が動き出したのを、見つけた。
道路に出て行くのは、現場の整理がついたからかもしれない。
犯罪者である彼らを乗せて、拘留する警備部の本署へ向かったんだと思う。
そして、彼らは取り調べを受けるんだろう。
・・今回の事件はこれで終わる、と思う。
ようやく、この一時的な厳戒態勢《げんかいたいせい》が解《と》かれて。
警備部が中心となって敷かれていた態勢が、少しずつ縮小していくはずだ。
そうしたら、私たちEAUの任務も解《と》かれる。
現場統括のためIISで繋《つなが》がっていた、特務協戦などの人員が順次、現場から離れていくはずだ。
どこか遠くでサイレンがまた鳴り響き始めた。
・・ミリアは、その手に持っていたカップの蓋《ふた》を開けて、鼻に届く香りもないその紅茶らしいそれを、口に含んでみる。
ほのかに甘い、温《ぬる》い・・レモンの香りかな、ちょっと鼻に紅茶らしい香りがようやく届いた。
息を吸ったのは、胸からで。
・・小さく、ほっと一息を吐けたようだった。
・・何気なく周囲を眺めていて思うのは、ここにいる人たちの制服は、みんなバラバラだってことで。
黒に、白、濃紺《のうこん》の色とか、本当に色々、人数のバランスも違うし。
警備部に混じるような、防弾ベストなどが分厚い人たちはハイセキュリティの人たちかもしれない。
音の無いサイレンが回る強い色の光が傍《そば》にある、色とりどりというか。
でも、どこかみんな同じ色になっていく。
それは、繋がれた透明な糸のような。
そんな見えないもので、みんなが繋がっていた、・・のかもしれない。
糸が、少しずつほどけていく。
各自のリンクが解けていく。
そんな様子は、目に見えるようだった。
道端《みちばた》の彼らが敬礼をしあったり。
微かに笑みを交えて、別れの挨拶をする。
それを、傍目《はため》に見ている私は。
・・なんだか、不思議な感じがあるかもしれなくて。
見える繋がりがほどけていく。
たくさんの人たちの。
こんなに、仕事を全《まっと》うしていた。
事件が起きてから、たくさんの。
目に見えないような繋がりが。
この事件で、解決をするための。
この光景を望んだ人たち。
他の人の声も、顔も知らないけれど。
どこで何をしていたのかも、わからないけれど。
たぶん、穏やかなんだな、表情がきっと。
カップを片手に、可笑しそうに笑って話して。
1つのチームだった。
それは、とても大きなチームで。
顔を知らなくても。
声を知らなくても。
それがなんだか、不思議な感じなんだ。
・・・路上に佇《たたず》んでいたミリアは、口に残ったちょっとの甘味に、ちょっと小さく舌で唇《くちびる》を舐めて。
手でちょっと口を拭うようにしてから、また何度か、辺りを見回していた。
手に持っていたカップに、ほのかに甘くて・・レモンの香り、たぶん。
思い出すように、ちょっと鼻にその香りが届くような温《ぬる》い紅茶を口に含んだ。
見上げた空はまだ青いけど、少しだけ紫色が混じり始めたような気がする。
先に、カップをもらって休んでいたケイジ達は、あの街灯の傍に寄り掛かっているらしいのが視界に入った。
視界に表示された小さな光が案内するから、ミリアは・・。
それから、ケイジ達の方へ足を向けて、そっちへ歩いていく。
周りで動いている警備部の人たちは、まだ仕事に従事していて。
これからまだやる事は多いだろう。
現場の調査や、事件の調査などに及ぶのか、犯人たちの素性や暴動に及んだ経緯とかも必要そうだし、・・刑事事件、起訴して裁判・・・大きな事件だから。
破壊されたかもしれないビルの損害とかも、他にもありそうだし。
まあ、今日はもう、私たちの特務協戦としての仕事はほぼ終わりだろうけど。
―――――――・・なんで、彼らは暴れたんだろう・・・?
不意に頭をよぎったのは・・・。
――――・・顔を上げれば、そこで、傍を通った、視界の端にあった街灯に色鮮やかな色彩・・・寄り掛かるようにとまっていた、1匹のちょうちょ、か。
羽を休ませているように、羽をゆっくり動かす・・・。
そのちょうちょが、どこかで見た事があるような気がして。
ミリアは、カップから口を放して、口の中のほんのり甘いレモンティーを飲み込んだ。
「よ、ミリア、」
って、向こうからホットドッグを貰《もら》って戻って来てたガイが来てた。
「ホットドッグいいのか?本当に?サンドイッチもあったぞ、」
一口齧りながら、追いついてきたガイはちょっとご機嫌ぽいようだ。
「うん、」
頷いて、振り返ったら・・、ちょうちょが、ひらひらと青空へ飛んでいってた。
ちょっとミリアは、そのちょうちょの羽ばたきを目で追っていたけれど。
「いらない、」
ガイへ返事して、私が歩く傍をガイが付いてくる。
というか、その話はさっきもしたけど、ガイは私にホットドッグを食べさせたいのかもしれない。
「それどんな味?」
「なんつうか、普通だな。」
ガイがしれっと答えるような、ホットドッグの味は、見た目通りみたいだった。
別に、ガイたちほど警備部の食事とかに興味は無いし、とか、安っぽそうだし、とは口にはしないけど。
「ケチャップとマスタード?」
「ああ。そしてソーセージ。家に帰ったらすぐ作れそうだ。」
って。
「ただのホットドッグでしょ?」
「まあな、」
って、ガイが悪戯っぽく笑ってたから。
ついなんとなく、ミリアはまたガイへ、肩を軽く竦めて見せてたけれど。
私とガイが連れ立って歩くその先、たくさんの人たちが動く中心から外れて行ってる気がして。
警備部の人たち、その中にEAUのジャケットを着ている人たちはほんの一握りだ。
私たちの着ているメインのものからベースの色はまた違っている人たちもいるけれど。
街灯の傍やその一角に屯するような彼らに混じって、ケイジ達の姿が見えた。
アイウェアの視界に補足表示されているから間違いないんだけど、その傍では誰かと一緒にいるのも見つけていて。
ちょっと瞬くように見てれば、意外だったけど、さっきのEAUの同僚のチームの人、数人と一緒にいるようで、いつの間にか彼らとは仲良くなっているみたいだ。
わいわい楽しそうにやっている、そういうものなのかな、ってちょっと思ったけど。
近づいていくにつれ、どっちかっていうと、ケイジ達は彼らにつかまっていた様な感じみたいだ。
だって、ケイジやリースがなんか、目をつむったネコみたいな顔をしているから。
ネコみたいには、かわいくないけど。
「あ、お前ら。EPFに会ったって言ってたろ?他の奴らに自慢してもいいぜ。」
まあ、ケイジたちも満更じゃ無いようだ、たぶん。
仲良くはやっていたみたいだ。
ケイジとリースが、ちょっと、ぐったりしている様にも見えるけど。
「特にClass - Bの奴らとかが羨《うらや》ましがる。」
私たちが傍に立てば、気が付いた彼らがこっちを見て、目が合った。
軽く冗談ぽい話をしている彼は、ニヤっと面白そうにそう言っていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる