《SSTG》『セハザ《no1》-(3)-』

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第25記

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 ――――――ドーナッツを買って帰るのは、やぶさかではない」
と、ミリアがケイジにきっぱり、そう言っておいたけれど。

「おま・・それ、つまりどっちだよ?」
「内容による。」
ケイジが聞けば、ちょっと偉《えら》ぶるようなミリアの声も軽いし、乗り気ではあるみたいだ。
「なんで偉《えら》そうなんだよ・・・」
って。
「リーダーだし?」
「・・・」
一応理由になっているのか?ミリアに、ケイジが軽く口を噤《つぐ》んでしまったが。
「そりゃそうだな。で、なんだよ?」
ガイが横から続きを軽く促《うなが》してきたので、ケイジはまあ納得はしてなさそうだが、また話し始めた。
「なんかストロベリーチョコレート?がクリームケーキのトッピングで、みたいなのが売ってるってよ、」
「ほぅ、」
低めに唸《うな》るミリアは、眼光をきらんと細めて。
「よくわからないんだが、ドーナッツだろ?ケーキって言ったか?」
ガイは早速、混乱している。
「よくわかんね。なぁ?リース、聞こえてるか?」
『・・コラボ商品らしい・・・』
遠くから無線を通じた、ちょっと後ろを歩いてるリースのかろうじてる声も届いた。
「つまり、ケーキ寄りなのか?ドーナッツ寄りなのか?」
疑問のガイが。
「そういうもんなんだよ。」
って、ミリアが、ガイの背中にぽんと手を置いて、妙《みょう》に悟った風にガイを諭《さと》していた。
だから、瞬くようなガイは口を閉じてたけど。

『君たち、』
って、無線からのアミョさんに、気が付いて。

『買うなら僕のもよろしくね』
「了解です。」
ミリアはちょっと背筋を正しつつ返事していたけど。
任務の帰りにドーナッツを買ってくるのは咎《とが》められないようだ。
「どこのお店?」
「店は・・・、」
「―――――ぅうおー、すげー、」
「EPFだー、」
――――――って、ミリアが振り向いて見えた、警備の彼らが立つ制止線の向こうで、3人か4人、数人の子供たちがバタバタ走って来てて、中型の装甲車両の方へ興奮してるように手を大きく振っていた。

あの子たちが見送るあれらは軍部の車両だ、周囲の警備部のものとはデザインからして違うから目立つが・・現場の関係者が集まる周辺をその車両は移動している。

たぶん、あの子たちはEPFか関係者の姿か、車両へ乗り込んだ姿を見たのかもしれない。
「はっ、人気あんなEPF・・、」
って、傍のケイジがそう、ちょっと悪態《あくたい》のような響《ひび》きがあったのも、ミリアは横目に見てたけど。

そういえば、さっきの、見た背中を思い出していた。
ジャケットにEPFの文字を背負って歩く、そんな彼の背中だ。
ケイジと一緒にいた人で、EPFらしい人・・・。

ふと視界に入ったリースが、傍で大きめの欠伸《あくび》に口を開けていたみたいで、口元を背《そむ》けて隠そうとはしているけれど。
いつの間にか、立ち止まっていた私たちで、そんな追いついていたリースを見たら。
早く帰ろうって思った、なんとなく。

気が付けば隣のガイが、手元の携帯を操作してて、画面を見ていて。
ミリアが見ていたら、視線に気が付いたガイがちょっとこっちへ微笑んだみたいだった。
「遅くなったな、」
時間でも気にしたようなガイはそう言うけど、メッセージでも送っているかのような手の動きみたいだった。
「定時も過ぎるかもね、」
それから、ガイはさりげなく携帯をポケットに仕舞ってた。
「それくらいで済むなら、ラッキーなんだろうがな。」
ガイが口元を笑ませて、向こうの警備部たちがいまだに屯《たむろ》する車両たちと、サイレンの強い光に照らされる中心地の光景に目をやったようだ。

ほんと、1つの大事件が、私たちがここにいた理由だったから。

でも、ミリアがその道路から出るちょうど一歩が、小さく跳《は》ねたように、軽くなった。
「で、どこのドーナッツ?」
って、振り返るような横顔でみんなへ聞いて。
「そういや、どこの店だ?」
ガイも思い出して振り返る。
2人の視線に気が付いたケイジは。
「・・どこの店だ?」
ケイジも振り返る、傍でちょっとだるそうにしてるリースへ聞いてた。
「おい、」
ガイがちょっと咎《とが》めてたけど。
「その辺に広告あったんだよ、」
めんどくさげにケイジが言うけど。
「調べるか、」
携帯に手を伸ばしかけたガイの。
『僕が調べよう、』
そう言うアミョさんが頼もしい、アミョさんも楽しみだからかもしれない。
「お願いします、」
「リース大丈夫?体調悪い?」
「・・だいじょうぶ、」
「早く車の中で休もうか、」
「そうだな。」
「腹減った。」
「そういや夕飯と被《かぶ》るかもな、」
「いや、5個はイケる」
「マジか」
「私もそれくらい、」
「お、勝負するか?」
「ふふん、」
「張り合ってんな。夕メシ食えるのか?2人とも」
『僕は2個でいいよ、』
「デザート用に回そうかな、」
「デザートで勝負か?」
「それはいいや」
「腹具合によってくるだろ、夕飯も買っていくか?」
『これかな?タルトで知られる菓子店『ミシン・デ・ドルチェ』とコラボして、『ミシニェのラズベリータルトとジキティズ・オリジナルドーナッツ生地のハルモニア』、期間限定。店の名前は『ジキティキズ キッチン』、』
「おー。」
「それだな、」
気に入ったらしいミリアとケイジの、ちょっと感嘆《かんたん》混じりの自然な声が重なったけれど。
『数日前に出たばかりで、美味しいって評価は高いね。近隣のお店も特定しておいた。マークしておくよ。』
「さすが早いっすね、」
「ケイジが言ってたのと違わない?」
「ストロベリーとかのもあったんだよ、」
『いくつか種類があるね。量がありそうだから、やっぱり僕は1個でいいかな』
「はい。まあ、お前らなら何個も食えそうだな。」
「冷蔵庫に入れとこうかな。勝手に食べないでね、ケイジ」
「食わねぇよ、なんで俺だけ言うんだよ、」
「食べそうなのケイジだけだから、」
「食わん。」
「俺もそれくらい食えそうな気がしてきた。なぁ、リース?」
「ぇ?」
「お前は何個食う?というか腹減ってるか?」
「・・うん、お腹空いた」
「じゃあ決まりだな、」
珍しくリースがお腹空いたらしいから、ミリアやガイもちょっと笑ってた。
ケイジは大きな口を開けて、夕空へあくびをしていたけれど。

 それからミリアが、その残る微笑みを向ける街並みは、人が歩く明かりが灯り始めている。
この辺り、『北域の第3番区周辺』は、ドーム『リリー・スピアーズ』で珍しく空の見える繁華街《はんかがい》の光景があるというのは、ミリアもなんとなく知っていて。
今まで来たことは無かったけど、それなりに清潔感がある街並みは砂も少ないし、この辺だとマスクする必要は本当に無さそうだ。
道の壁には錆《さ》びたパイプなど汚れた所もあるけど、屋外でそれなりに明るい大通りに面した、暗くなり始める景色には明かりがガイドのように連なっている。
それに時間に合わせてか、街の要所の明かりが全体的に灯り始めている。

屋内の施設じゃないから、不思議な感じ、鼻先や髪先に届く風もまた、自由な気がして。
ミリアは眺めていたまま、なんとなく、指先でジャケットの裾を叩いて、砂埃《すなぼこり》かの汚れを落としていた。

向こうでは今も、警備部の中心から出るサイレンの強い灯りが目立って、見た目も騒がしいけれど。


―――――――少し溜まっていた息に、空気を吸って。
ほぅ・・と、深めに吐いて。

・・口を閉じたら、自然に、ほんのちょっとだけ、また微笑むのは。
それは、美味しいと噂のドーナッツを今から買いに行くから、かもしれないけれど。

人の営みのある街が、次第に今の景色と溶《と》けてきた気がする。
お店と、街灯が誘うこの通りの街並みに目は行く。


 歩く自分たちが向かう先にあるのは、高層ビルの下に集まる車両群の一部だ。
その道路の一角を占拠している数種の車両たちは、緊急で集まった組織の物たちで、私たちの車も既に整理されて停めてある。
自分のアイウェアの視界にアイコンと共に捕捉《ほそく》されている、私たちの軽装甲車、『ラクレナイ』のある場所もわかっている。
ガイたちも大股《おおまた》で私の先を歩くから、位置はわかっているみたいだ。
「俺はクラシカルなドーナッツっていうのか、あれが好きだ、穴が空いた丸いヤツ」
「ドーナッツってそういうもんだろ、」
「穴空いてないヤツだってあるだろ、パンみたいにクリーム挟んであるやつとか、」
「穴が空いてないってのはドーナッツなんか?」
「それいい深い質問だ、」
「あん?」
「いろんなドーナッツがあるもんな?美味けりゃいいんじゃねぇか?」
「おう。」
ガイたちが会話で、笑みを交わしてるようなのも聞こえてる。
どうでもいい会話みたいだけど。

―――――――歩く先で、ふと視界に入った、足が向く先にある頭上高いビルに掲げられたスクリーンが切り替わった。
その時に動き出した色と光が、ムーヴィングの意味を成し始める。

光が作った形、『HIKOJIMAヒコジマ』、というロゴが空間から迫《せ》り出したように動いて、そして消えた。

それから、カメラのフレームのようなお洒落《しゃれ》なデザインの物が現れると、ごとっと何かが動いて、大きな女性の顔が覗いた。
フレーム内でその綺麗な目と私の目が合うと、彼女の笑顔は大きく輝くように強く惹《ひ》き込んだ。
目元に愛嬌《あいきょう》が溢《あふ》れる彼女が、・・一旦離れて、全身をしなやかに伸ばして、嬉しそうに、跳ねるように歩き出す。
そこは、緑豊かな大空も見える、明るい場所だった。

―――――明るい音楽が流れていた、高い空に薄《うす》まっていくように広がるような。

彼女はモデルで、とても健康的そうだ。
燦燦《さんさん》と輝く太陽と海の水平線を向こうに、全身で喜びの風を感じている。
元気で軽やかで、お洒落で活動的な服を着ていて。

爽《さわ》やかな茶色の長い髪の毛先まで風に遊ばせて。
宝石のように色鮮やかな光を連れ成す海と。

そう、いつの間にか青い空と海が見える緑豊かな場所を歩いていて。
彼女は、こちらへ笑顔で小さく手を振っていた――――――――

――――――そんなビルの壁に、浮かび上がるような広告だった。

立体的な感触に見えるムーヴィングのスクリーンが見せる、よくあるヤツだけれど。
フレームのさらに奥にある風景が、新しいレジャー施設が映る、でも服のブランドのロゴも出たし、複数の会社のタイアップ提携広告みたいだ。
わざわざ風景を見せてるし、たぶんVRなどでも体験できるものなんだろう。
その広告は、ドーム『リリー・スピアーズ』の夕闇の空を彩《いろど》る、街景色の一際《ひときわ》大きな1つで。
ミリアが見上げるように目を留めていた、それらが、まるで街を目覚めさせたような、そんな瞬間のようだった。
さすがに、屋外であんな大きなムーヴィングを、たくさんは出していないけど。

気が付けば、それでも、未だまばらな人の通りへ、視線を落とせば、あのムーヴィングを見上げるような人も、まばらにいるようだった。
少しずつ街は落ち着いていって、次第に歩く人はまた増えて行くんだろう。

ミリアが、行く先へ振り返ったら、その先にある軽装甲車のドアをちょうど開いたガイと、乗り込む前にこちらを見たようなケイジとリースがいたから、自分の歩く足が遅くなっていたのに気が付いた。

だから、ちょっと前がかりに歩いて、足を速めつつ耳元へ、指を当てていた。
アイウェアの重なる視界を、光が動いて補足するその視界を、『OFF』にした。

スイッチの固有の操作音が聞こえ、表示されていた文字の羅列《られつ》や情報が一斉《いっせい》に静かに消えていく。
現場のガイドも何もかも無くなった視界はすっきりして、情報が遮断《しゃだん》された。
まあ、事件現場の情報はとっくに遮断《しゃだん》されていたので、EAU側のAR拡張現実上のメインヴィジョンしか映ってなかったけれど。

透過していくように飾り気の視界が消えて、馴《な》れてしまっていたその瞳を少し瞬《またた》かせて。
ミリアは、街にある色彩の感覚を確かめるように顔を向けていた。


――――――ビルに囲まれた空は、暗くて深くて、紫色を通り越しかけている暗闇が遠くから流れて来ていた。

それを確かめて、街へ顔を戻すミリアは。
ケイジ達が、軽装甲車に寄り掛かるように、何かを話しながら、こちらを待っていたから。
ミリアが、またほんの少しだけ前がかりに、小走りになって―――――――

―――――夕焼けの空を見上げて広がるような、リリー・スピアーズの街並みは少しずつ戻ってくる。

それは、この大きな事件が解かれてから。
その夕闇に融《と》ける空の下で。


◆――――――――――――――――――◆


―――――――あれ?ロブさんも署へ戻るんですか?」

車両の傍を歩く、大きく口を開けて眠気を誤魔化さない無精ひげの彼が。
呼ばれて欠伸《あくび》をかみ殺しながら、警備部の見慣れた顔を見た。

「っくぁ・・ああ、戻る・・」
「ついでにジュリィたちを乗せてやっていってください、」
「・・あぁ?なんでだ?」
「上がってくる『ゲンサイ(犯罪現場状況再現データ)』を見たいんですって。移動許可はもう貰《もら》ってましたよ。」
「・・・」
「ついでなら若手とS-DAISエスデイズで意見交換ってのもいいんじゃないですか?いいってよ、ジュリィ乗っちまえ。あの車だ、」
「おい、俺は・・」
「いいんですか?」
ジュリィがもうこっちに早足に歩いてきていた。
だいぶ急いでいるのか。
「他に戻るって人は?」
「ロブの車か?俺ぁいいや、」
「俺はまだいいとは・・おいジュリィ、」
既に無断で助手席のドアを開ける彼女は怖いものなしの様だ。
・・ため息を吐きながらロブがドアに手を掛けるが。
「俺らばっかりに仕事を押し付けんなよ?」
「はは、」
言ってやったが、軽く笑われただけだったが。
そこで車の中を覗き込んだジュリィが助手席を睨《にら》むように止まっているようだ。
それもすぐ合点《がてん》がいったロブが言ってやる。
「ゴミは後ろに放り投げとけ、他は捜査資料だ、」
「・・・」
ジュリィにはその車内が整理されていないごちゃつきぶりは、どこからが要る物かわからないが、仕方なくそのさっき食べたらしいハンバーガーの汚い包み紙を、極力触らないように後ろへ放り投げる。
「丁寧に扱えよ」
先に運転席に乗り込むロブが偉そうに言ってくるが。
「・・ゴミ、何日分ですか・・・」
「そんな溜めてねえよ」
先に乗り込んだロブが、まるで心外そうにだがこちらを待つから。
なんとか座るスペースを確保したジュリィは静かに、意を決して、息を止めて、そのロブに私物化された車に乗り込むのだった。

ドアを閉めれば動き出す、ジュリィが窓を開ける横で、旧式のドライブシステムを起動させたロブが、登録内の目的地を慣れた手つきで設定した。
「仕方ねぇから乗せてやるが、俺は寝る。・・起こすなよ、」
シートに深々と腰を預けて後ろに倒すロブと、動き出す車内で返事をする気も失せているジュリィが窓の外で息を吐く・・・その眼は、夕暮れに流れる景色を映した。

そう、未だに事件を調べる警備部の者達が残る現場と――――――――


◆――――◆――――――――――――――◆


――――――なんか、凄いことになってたっすね、」
軽快でいて耳に好いポップ・ミュージックが流れる車内で、機嫌よく身体を揺らしていた彼はその声に顔を向けた。
「あぁ?さっきの事件か。ああいう事件は初めてだったか?テッド、」
「報告されてない事とか結構あるって話は聞いたんですけど、」
「噂は間に受けるなよ?」
「俺も久しぶりに見たが、最近のナチュラルはあんななのかよ。前はもっと可愛げがあったが、」
「さすがにあれは少し特殊だろ、」
「俺の中では、あのルーキーたちに会ったのが一番びっくりでしたけどね、」
「レアケースって事か?あいつら、噂の印象とだいぶ違って、随分可愛らしかったじゃねぇか、」
「あの隊長の事ですか?」
「ん?はは、あれはたしかに、目立つな。」
「5分後には到着する」
「今日の仕事が早く終わらねぇかな。大事な試合があるんだ、」
彼が手を伸ばしチョコレートを摘まんで口へ放り入れる、足を伸ばしてくつろぎ、休んでいた彼らも身体を起こし、次の準備を整えるEAUの仲間たちと。
彼らを乗せて走る軽装甲車は、街の郊外に差し掛かる。


◆―――――――――◆―――――――――◆

「あぁぁ、すっげぇ退屈・・・あのクズエナたち、うっざっしぃ・・、・・・あー、だっりぃい・・・・っ・・」
イラついた彼女は足を放り出すように、その車両の長椅子の上で脚を広げて座っている、・・彼女が手につかんだボトルのキャップが、床へ落ちて転がっていった・・・。
その広い空間は軽いロッカールーム程度の広さがあり、別の長椅子に座る男の足元まで辿り着く。
「静かにしていろ・・カレン、」
そのキャップの動きを見ていた彼は静かに目を閉じて、低い声で注意した。
「ぁあ?・・・っち・・、」
明らかに機嫌悪いその鋭い眼光で睨みつけた彼女は・・仮眠でも取るらしい彼の命令に、舌打ちをして、どっかりと背中を預けて天井を仰いでいた・・・。
『・・っし・・ゃがって・・・・たしが・・・こん・・・ょごれ・・・だけ・・・』
小さな声で空に悪態を吐き続けているが。
「ようやく大人しくなりやがった・・、」
「・・ぁあ゛?」
仲間の彼が呟いて目も合わせない。
同じ空間で休む彼らの距離は離れているが、それでも彼女には聞こえるらしい距離だ。
その一角でも、こそこそなにか話している男女がいる・・・。
「・・なんでイライラしてるか知らないですけど、いつもあんなですから・・・気にせずに。はい。」
「そうなんですかね・・?はぁ・・やっぱり苦手だなぁ・・・ここの・・ぁ、ぃぇ、貴方《あなた》たちがというわけじゃなくてですね、なんと言いますか・・ぁの人・・・ぅぁ、こっち見てる・・・・、え、なんか笑ってませんですかぁ・・・?やっぱ別の車にしとけば良かったぁ・・・?・・」

―――――――揺れる車両で静かに目を閉じる、彼を筆頭に、市民を守る英雄たちと。


◆――――――――――――――◆――――◆

―――――――そして、街を、ついには駆け抜けた彼は、ドアを強く叩いた。
何度も、何度も、叩いた、その人たちに、その名前を呼ぶために。
「ウルクが・・っ・・・ウルクたちっ・・が・・・、」
息を荒げる彼が、ドアの前で崩れ落ちるように倒れ掛かる。

「・・だれ・・?・・・?」
ドアの向こうから、彼女の声が聞こえた。

「ぜぇっ・・はぁっ・・・はっ・・、みんなが・・・、はぁっ・・・ウルクが・・、ウルクたちが・・・っ・・」
「チャイロ・・?・・チャイロなの・・・?」
汗だくに彼は、その場で涙を溢《あふ》れさせ・・・―――――ドアが開くその隙間へ――――何度も伝えようとする。

「・・ウルクたちが・・・っ・・・、」

――――――それを認める事が怖くて、何度も・・名前を呼ぶ・・・。

「ウルクが・・・・―――――――――

――――――『ウルク』たちが、いなくなったと。

◆――――――――――――――――――◇


 リリー・スピアーズの夕闇が広がったのは、花のようなのか。
深く融《と》けこむ空と街の景色・・・、言い表せないほどの濃淡を、重ね色に美しくも広げたその時に、全ての景色が変わる。
複雑な街の表情が一瞬、瞬《まばた》きをする内に。

人々が気づかない内に夜へ入る、足を踏み入れたその瞬間に、暗がりに広がっていく街を、歩く誰もが気に留める事は無い。
それは、ただの毎日の摂理《せつり》に過ぎないから。
それは当然のことだ。

街の誰かがふとした時を仰ぎ見るその時を、高く聳《そび》え立つ3本の白い尖塔、ドームの象徴であるリリー・スピアーズがある、夜空の街の光景は花のようなのか。
でもその全てを、知る人がいるはずもない。


――――――――そのミリアの背中が小走りに見せる姿は、ケイジ達が待つ軽装甲車へ辿《たど》り着く。

目覚める街の景色の先にいる、ガイやケイジ、リースが少なに言葉を交わして共に乗り込む。
ミリアの小さな背中が、道路脇に駐《と》められた軽装甲車『ラクレナイ』に足をかけて、乗り込んでいった。
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