《SSTG》『セハザ《no1》-(3)-』

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第32話

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 軍人である彼らが胸を張り一点を見つめる、毅然《きぜん》とした態度で、整然《せいぜん》と並んで。
その屈強《くっきょう》な姿は誇《ほこ》らしくて、前を見据《みす》え堂々とした佇《たたず》まいを見せている。

その画面に映る彼らは『EPF』の正式なジャケットを着ていて、軍部の特殊な戦闘服《バトルスーツ》の上に纏《まと》っているようだ。
男性も女性も並び立つその様子の中に、目を惹《ひ》かれたのは彼女が美人だから・・、いや、やっぱり。
たぶん、よく映像の真ん中に彼女がクローズアップされるからかもしれない。

「お、美人だ。」
って、ソファに座って見ていたガイが、ちょっと嬉《うれ》しそうに反応してたけど。
「『アイスドール』か。へぇ、彼らも来てたって本当だったんだな、」
カップを片手に立っているアミョさんも、ちょっと驚《おどろ》いてるようだった。
ソファのミリアも、またドーナッツを一口かじりながら。
大きなモニタを、ちょっと瞬《またた》くように見てたけど。

『アイスドール』と呼ばれる彼女は確かに、表情をぴくりとも動かさないで、冷静な女性のように見える。
それは、軍人らしいと言えば軍人らしい。
それに、その呼び名はニュース以外の、SNSとか、どこかでも聞いた呼び名だ。
彼女は記者に声を掛けられたような様子でも、ちらっとカメラの方を一瞬見ただけで。
僅《わず》かに眉根を動かして、冷めた瞳は遠くを見るようだった。
仕事に準じているんだろうけど、どっちかっていうと、無愛想《ぶあいそう》にも見える、って思ったミリアだけど。
「ちゃんと見たのは初めてだけど、かわいいかもしれない」
って後ろのアミョさんが、ちょっと嬉しそうだ。
「美人系じゃないっすか?」
「確かに。でも『かわいい』も入ってるだろう?」
「あーたしかに、」
「彼女の本来のコードネームは確か、『キヤシャ』・・だったかな、って言うらしいんだけど。そっちより『アイスドール』って呼ばれてるみたいなんだよね、界隈《かいわい》じゃ」
「どんな界隈《かいわい》っすか。」
「ニュースとか、」
「詳しいっすね、」
まあ、アミョさんとガイはちょっと楽しそうだ。

ふむ・・・・。
あと、あの男の人、画面に映っているザレッド隊長と握手をして笑顔をカメラに見せる、もう1人、彼はケイジと一緒にいた人だと思う。
『―――――『EPF』の正規部隊『インフロント - 4』の面々を中心にメディアへ丁寧《ていねい》に対応していました。その様子からも事件直後の緊迫感《きんぱくかん》が残っていましたね』
『モティビーがメディアの前に立つことは多いですが、『インフロント - 4』の彼らが直にコメントをするというシーンもなかなか無いですよ。
心強い発言にみなさんも勇気を分け与えられたんじゃないでしょうか、』

そう、『モティビー』だ。
なんとなくメディアで見かける人だ。

「ん、『DBC』か。」
って、ガイが気が付いたようで。
「ん?」
ニュースを見ていたミリアが顔を上げれば、ケイジがまたチャンネルを変えていたけれど。
「あ。・・いつもで安心するのにな、」
って、ソファでくつろぐガイがちょっと、肩を竦《すく》めるような。
ケイジが勝手に変えたからの、冗談交じりかもしれないけれど。

『DBC』は、リリー・スピアーズ政府が公認しているドーム群の公共放送局だ。
軍部や『EPF』に関連する番組では好意的な内容もけっこう多い、というのは政府と繋《つな》がりを持っているから、らしくて。
元々、政府から支援を受けている成《な》り立ちがあるらしいので、政府関連の報道もいち早く伝えられる。
特能力者に関しても正しい知識がよく伝えているし、良いリテラシー番組も多い印象だ。

『―――――特能力者がいたからこそですよ。』
って。
変わった画面にはあの2人、またエロイド&リケノが映っている。
『特能力者たちが危険だったという事です。
当時は、その注意喚起《ちゅういかんき》と言いますか、彼ら『EPF第3対』の存在が比例してその意義が増していくことになります・・・』
『ちょっといいですか。話すのは『特能力』が絡む不測の事態に我々はどう対応するのか?というテーマじゃなかったですか?』
『えぇ、まあ、自由にどうぞ、』
『今から本題に入る所ですよ?』
「長かったですね、どうぞ」
「ハイ?」

「あのコンビはずっとバチバチだな、」
感心したようにガイが頷《うなず》いていたけど。
ケイジがさっきのニュースにまた戻したみたいで、画面の中でヒートアップしているみたいだ。
「まあ、」
アミョさんがちょっと苦笑い気にマグカップのコーヒーを啜《すす》ってて。

そんな途中からの彼らの話もよくわからないし、彼らの話は小難《こむずか》しくなってくるので。
一応は聞きながらも、ミリアもマグカップを小さく啜《すす》ってた。
それから、目の前に開いているノートの画面に目を戻してた。


 ノートで改《あらた》めて調べる、『北域の第3番区周辺』はドーム:『リリー・スピアーズ』では珍しい、空の見える繁華街《はんかがい》で有名だ。
事件現場になった『コールフリート・アベニュー』の、一部のガラス天井の通路もそうだけれど。
プリズムディバイダ越しに空を仰《あお》ぎ見れる建物の外では、普段から基本的に、砂風を和《やわ》らげる構造工夫くふうなどのおかげで、屋外の街を自然に歩ける広い場所らしい。
一度、再開発されたらしいし、道路に隣接《りんせつ》する店も充実しているらしい。

『―――――『EPF第3対』がいるのは、特能力者が起こす騒ぎの尻拭《しりぬぐ》いみたいなものです。』

って、耳に届く声に顔を上げるミリアは、まだニュースで何か話している彼らの様子に目を留めつつ。

『―――――そういったものが特能力者を呼び寄せている、みたいなデマもありますからね。信じられないですよ、リテラシーが育ちきってない現代の問題が浮き彫りになっているんです。』
『でもそれね、それは強《あなが》ち間違いとは言えないかもしれませんよ。』
『えぇ?』
「なに言ってんだこいつ?」
ケイジがそう、ニュースへ、それから、みんなに顔を向けて見回すような。
こっちにも目が合ったから。
ミリアは軽く肩を竦《すく》めておいた。
「『こいつ』というか、『こいつら』、適当な事言ってるよな。」
「盛り上がってるからね、」
ミリアがそう答えといた、ニュースに目を戻しつつで。
「それでいいのかよ、」
まだこっちへ言ってくるケイジだから。
「良くはないけど、」
ミリアはそう、また肩を軽く竦《すく》めるようにして。
持ってたマグカップを置いて、ノート端末の画面に目を戻していた。

『―――――『EPF』が炙《あぶ》り出すんですよ、特能力者がいるかどうかを、』
オカルト超常現象の話みたいだな、」
ガイがそんな事を言うのを聞き流しつつ、ミリアはノートにまた目を通し始めてた。

――――――そして、『コールフリート・アベニュー』は、道路から直接に入れるその広場が入り口に面していて。
一歩ドアに入って、まず最初に目に入る輝《かがや》くホールは自然光できらびやかな反射光が広がり、床から見上げるほど大きな像が展示される光景に、その高い天井近くにまで迫《せま》る巨大なガラス張りの構造がお買い物に来たお客様の目を楽しませます。
『リリー・スピアーズ』が創立されてから数十年もの時を経て、なおもエントランスは、フロアの象徴としても市民の皆様に親しまれています。
『コールフリート・アベニュー』へ、いらっしゃいませ。
と、書かれている丁寧《ていねい》な説明は、ドキュメンタリー番組の文句《もんく》みたいだ。

添《そ》えられる写真を見ても、レトロのような、モダン近代的のような雰囲気《ふんいき》のデザインは綺麗だと思う。

そんな有名な場所だから、余計に目立ったのかもしれない。
たくさんの人たちが集まって、見物に来たりして。
交通の便《べん》も悪くないみたいだし。

「―――――しょうもねぇな、」
って、ケイジがあくび交じりに、わいわいしてきてたテレビのチャンネルをまた変えたみたいだった。
気が付けば、部屋の端っこのリースが、我関せずっていう感じだけど、いつの間にかドーナッツを手にしてて。
小さな口で齧《かじ》りながら、一緒にニュースを見ている。
いつになく、のんびりしているような。

『―――――な凶悪事件です!現在建物内で作戦が遂行中とのことですが、今回もEPFの活躍をしているとの情報が・・・あぁっと!なんでしょうかっ、一体何が・・っ・・?犯人ですっ、犯人の姿が・・っ・・・!』

チャンネルを変えてたケイジの――――――

そして、映像は一瞬だ。
飛び出してきた容疑者《ようぎしゃ》たち、それを組み伏せる彼ら。
実際に目の前で見ていた時も、凄《すご》く速かったと感じたけれど。
映像で見ると、更に速い気がした。
一瞬で地面に組み伏せられた男へ、『EPF』は降伏しろと伝えたのか。
それでも暴れようとした男に『EPF』の彼は冷静な判断で容疑者をスタンさせた。

――――何回も見てるな、この映像。

――――――さっきの、犯人たちはだいぶ年若いように見えた。
今も彼らの一部が連れて行かれている姿が遠目に、建物の影に見えにくいけれど、ちらっと見えた。衝動的《しょうどうてき》な犯罪だったのか、なんだか、違和感のある光景に見えるのか。
あの時もそう思ったのか、今も、

――――・・なぜ、彼らはあんな行動をしたんだろう。
人通りも多いところで暴れて、すぐ取り押さえられるか、下手すれば射殺《しゃさつ》される可能性もあった。


画面がまた切り替わると、またインタビューしている姿か。
『EPF』・・『インフロント - 4』の彼らが前に並び立ち、軍人の彼らが堂々と胸を張って待機する中で、一歩前へ出る彼が口を開く。
『我々は我々の仕事をした。市民を救助し治安を守った事を誇《ほこ》りに思う。』

『――――なかなか姿を見せない彼らの姿ですが、この時ちょっとしたハプニングがあったようです。
なにより今回投入された『EPF』の面々の記者会見でのやり取りは予定外のことだったようですね。
『EPF』の『ザレッド』隊長によって率いられる『インフロント - 4』は街の治安を守るヒーローですが、なかなかこういう事件現場でインタビューを受ける事も稀《まれ》です。
ですが、彼らの顔は誇《ほこ》りに満ちているようでした。
そして、入れ替わりに現れたのはご存知《ぞんじ》、『トップ・オブ・モティビー』。
彼らは熱い気持ちを示すように笑顔で言葉を交わしていました。』

隊長の『ザレッド』、彼の傍で笑顔で握手をして言葉を交わす、彼ら2人はこちらへ顔を向けて、その様子へフラッシュが浴《あ》びせられる。
またチームメンバーの女性が映ると、その1人を中心に、また画面に歩く姿が映って。
無表情な中でも一瞬、カメラを見た目線は、すごいクールというか。
「美人だ、」
って、ガイがまた反応してたけど。
さっき言ってた『アイスドール』って人は、また違う角度で映ったり、カメラ映像が動いたりしていて。
切り替わったらさっきの彼、『モティビー』が笑顔で、『インフロント - 4』のメンバーと挨拶《あいさつ》を交わしているようだった。

『握手《あくしゅ》を交わして、お互いの健闘《けんとう》を称《たた》えているようでした。』
テレビで紹介するアナウンサーの声が流れてるけど、EPFの彼らの声は聞こえない。

「そういえばケイジ、この人と一緒にいたよね。」
ミリアが、傍のソファのケイジへ聞いてみる。
「あぁん?・・・、」
「『モティビー』と、」
「・・・」
何にも言わないケイジだ。
さっきもそんな感じだったし、まだちょっと彼に対してはなのかもしれない。
報告書には、別に『何か』があったとは書いてなかったけど。
もしかして、書かなかっただけで『なにか』あったんだろうか。
『初めて会った』、とケイジはさっきもハッキリ言ってたので、そんな不機嫌になるほどの何かがあったとは思えないけど。
あと、映像だからか、実際に会った彼とちょっと印象が違う気がする。

「彼女も人気なんすかね、」
「人気が出て来てるみたいだね。カメラがすごい追ってるよ。なかなか無い機会だから頑張ってるんだろうけど」
「やっぱ珍しいんですか?こう、『EPF彼ら』がテレビに出るって、」
ガイがアミョさんに聞いてて。
「ああ、大体もよおし物とか公式の場で姿が見れるんだけど、軍部って固いでしょ?ほぼ決まったユニット部隊しか出てこないんだよ。
ずっと同じメンツが出ていると広報部隊って言われちゃってるみたいでさ。
こういう非公式の場で『EPF』が顔を合わせてるって貴重《レア》なんじゃないかな。」
「ちゃんと対応してても文句言われるんすね。そりゃ悲しい。『彼』はよく見ますよね、」
「『モティビー』は特別さ。彼はかなり場慣れしてるみたいだからね。インタビューはよく見るよ、」
「へぇ・・」
道理で、あの人《モティビー》には見覚えがあって当然みたいだ。
それに、確かに現役《げんえき》の『EPF』の人たちのインタビュー映像はあまり見た事がない。
軍部だから、管理がきっちりされているんだとは思うけど。

『―――――の好意的な意見も多く聞かれますが、近年、特能力者が関わる事件、いわゆる『特能力事件』が凶暴《きょうぼう》化してきている、と心配の声も上がっているらしいですね?』

『特能力者が関係する犯罪の厄介《やっかい》なところは、犯人が一般市民に混じって狡猾《こうかつ》に近づくところです。
こちらは相手が何かするかまでわからない。
見えない武器を持っているようなものですよ。我々には到底持ち得ない武器をね、』

「特能力者に限らねぇだろ、」
って、ケイジがニュースに言ってた。
それで、ドーナッツを摘《つ》まんでいる。

まあ。
コメントした彼が言ったのは正論《せいろん》かもしれないけど、その話は特能力者だから、というわけじゃないはずで。
例えば、もし自分が街を歩いていて。
すぐ傍《そば》をすれ違う人が、ナイフを隠《かく》し持っているか。
その人が自分を攻撃してくるか、なんて、そんなのは特能力者だからというのは関係なく。

そして、相手が何もしてこない、と信じられるのは。
それは、知らない人への、隣をすれ違う人への信頼関係でしかない話だ。

まあでも・・・それが成立しているのが、私たちの日常生活で。
その信頼関係は、積み重ねたからできあがった、というのもまた事実であって―――――。

『だからと言って、猜疑心《さいぎしん》で人を疑《うたが》いながら歩くのも建設的ではないと。
見ず知らずの隣人《りんじん》が特能力者である確率は0.1%にも満たないのですから。』

『セントラル付近では厳《きび》しく武器の規制はしていますね。今後も必要以上に心配する必要はありません――――――』


まあ、ニュースはどこも似たような感じだけれど。

何に対しても話が繋《つな》がって、いろんな話が出てくる。
それは当たり前の事で。

ただ、速報が入らないから、現場ではもう問題が起きていないってことだろう。
結局は、警備部は問題なく事件を収《おさ》めたみたいだ。



「――――――ニュース以外の見ていいだろ?」
ケイジが、そう飽《あ》きてるような。
「うーん、まあいいよ。」
アミョさんがOKしてた。
「もう目新しい情報は無さそうだね、」
観念《かんねん》したようなアミョさんみたいで。
ノートに目を戻すミリアは書類の続きにまた向かってた。
「明日の朝にまた同じのやってそうっすね、」
「当分は報道されるかも、」
『これでお腹いっぱいだね!』
って。

『うん、ありがとう!』
ん?とミリアが顔を上げると、満面の笑顔の、アニメのカバ(?)とウサギがニコニコ笑ってた。
『ぜんぶ食べちゃダメだよ?』
子供向けのアニメか、ほのぼのと和やかな雰囲気の。
『じつは、・・クッキーも焼いてきたんだ!』
『ええー、わーい、ありがとー』
『おいしそうだねー』
『あとでみんなもくるから、一緒に食べよー!』
動物の縫《ぬ》いぐるみの様な、ウサギさんの様なクマさんの様なアニメのキャラクターが、一緒に食卓を囲んだり、友達をもてなしてて、笑顔でパンや果物を食べて、楽しそうだ。
『わぁー、わぁーい、』

なんだか、

『わー、わぁー、わぁ~』

とても、ほんわかしている。

「・・・・」

横を見れば、適当にチャンネルを変えてたらしいケイジは、あくび交じりに自分の携帯を見ていた。
・・ミリアは半眼に、ケイジをちょっと見てたけども。


「そろそろお腹いてきたな。」
って、アミョさんの。
「みんなはまだ食堂へ行かない?」
お腹が空《す》いてたのを、このアニメを見て思い出したのかもしれない、たぶん。
「ふぁぁ、確かに疲れた。メシ食いに行くか?」
ガイもあくび交じりで。
ふむ。
「行こうか、」
そんな顔を見てた、ミリアも。
「腹ぁ減った、」
ケイジも、立ち上がったらあくび交じりで。
「ドーナッツ冷蔵庫に入れとく?」
「そうだな、」
「あ、連絡がきた。」
って、アミョさんが言ってた。
「え?」
「なんのだ?」
「聴取《ちょうしゅ》のでしょ」
「マジかよ、メシどーすんだよ、」
「先に聴取《ちょうしゅ》行くしか、」
「ぁー、今日の聞き取りはなしになったって」
って。
「マジか、」
嬉しそうなケイジだ。
「けっこう待たされたぞ、」
ガイはちょっと不満ぽいけど。
「ふぃ・・、」
小さなため息を吐くミリアも。
「まあ、やっと帰れるか、」
立ち上がるガイが、ため息を吐いたようだ。

ミリアはノートに顔を戻して、操作し始めるのはまだちょっと残っていた書類のいくつかを、手早く。
「ただし、『後日に聞き取りするかもしれないからそのつもりで」、だってさ」
「なんでだよ」
歩き出してたケイジが、文句っぽかった。
「えぇ・・」
「結局やるのか、」
「いつですか?」
「いつだろうね?期日は書いてないや。」
「うん?そなんですか?」
ノート上で最後のサインをタッチし終えたミリアは、送受信完了したことを確認して。
「またお説教かもしれない、」
アミョさんがそう言ってたけど。
それから、ミリアはソファを立ち上がってた。
「なんでだよ、」
ミリアが息を深めに、ちょっと伸びをすれば、コキ、ポキ、関節が小さく鳴ってた。
アミョさんが冗談なのか、ちょっと笑ってて、からかうようなだけど。
ケイジは微妙な顔で、ジャケットに手をかけてた。
「ケイジは心当たりあるでしょ、」
「あん?」
ミリアの声にも、ジャケットを肩に掛けるケイジが不可解そうだけど。
「ハハ、」
ガイがなんでか笑ってた。

そんな、帰り支度に動き出してるみんなの様子を横目に、ミリアはとりあえず歩きながら、マグカップに残ったちょっとの冷めきった紅茶を、こく・・っと、ほぼ一口で飲みつつ。
「おい、起きろよリース、」
「あれ?僕の上着は・・あぁ、あった、あった」
「こんな時間か・・」
ミリアは給湯コーナーのテーブルに、カチャり、とカップを置いて。
振り返って、ちょっと散らかってるテーブルの上のゴミ、ピザの箱とかもあるけど、そのままにしておけば定期的に来るクリーニングが片付けてくれるだろう。
そこの、黄色い花を咲かせたサボテン縫いぐるみと、遠目に目が合った気がしたけれど。
そういえば、『やわらかサボテン』たちはいつもキレイになった部屋の良い所に、捨てられずに、ちゃんと置かれている。

丸っこいフォルムのサボテンには目が無いので、と言うか本当に黒い点も何も目らしいものは無いので、こっちに珍妙なポーズを取ってるだけだ。


「あ、そうだ、」
って、ミリアが思い出した。

「例の招待の話、参加しようと思います。」

「ん?」
ガイとか、部屋のみんなは、ちょっと瞬くようにしてたけれど。
リースだけは、ちょっと遅れてこちらに気が付いたみたいなのは、またぼうっとしているみたいだけど。

「え?あれかい?」
アミョさんがちょっと驚《おどろ》いてた。

「なんだ?」
ケイジが不思議がっていて。
「ほら、あれ、『お城への招待』、」

「ああー、そういやそんな話あったな、」
って、ガイも思い出したようだ。

みんな、ついさっき、とは言えないけど、お昼当たりの話だったのに、すっかり忘れていたようだ。
まあ、いろいろあったから。
私もまたノートのメッセージを見るまで、ちょっと忘れてたし。

ミリアは帰り支度に私物のチェックと、小物入れから取り出した保湿クリームを手の甲から塗り込みながら。
「『なんたらランド』に行くのか?」
って、ケイジは。
「行くよ。」
「マジかよ?」
「合同演習の話だ、」
って、ガイが教えてた。
ちょっと眉を寄せたケイジが考えるなり、・・ハッとして。
「マジかよ・・・」
ケイジのテンションがわかりやすく下がったのは、面倒そうな事を思い出したからみたいだ。
そんなみんなの変な感じに、あっちにいるリースが気が付いたのか、ちょっと顔を上げて眠そうな顔で部屋をきょろきょろしてた。

ミリアはそれから、掛けてたジャケットを取って。
みんなの帰り支度も済んできたようだ。
「それ全員参加だっけか?」
「チームに誘《さそ》いが来てるからなぁ、」
「ちょうどその日、ちょっと熱っぽいって、どうなんだ?」
「証明書もらってきて?というか、今言う話じゃないでしょ?」
「なにかあったの?」
「リース、行くぞ、」
ってケイジの呼びかけに、リースがちょっと速めにソファから立ち上がってた。
「どこへ?」
「メシ食うのか?」
「そうだね、」
「着替え終わったら集合しようか、」
「ドーナッツは?」
「ぁ~持っていくか。」
「デザート、」
「誰かにあげたら食うだろ、」
「僕は一足先に、」
「モニタのリモコンどこだ、」
「お?こいつもあそこにいたのかよ、」
って、ケイジが携帯をいじってて、なんか嬉しそうな声で。
「どしたんだ?」
ガイが覗《のぞ》きに行ってたけど。
「リース、リモコン、」
「あぁ、こいつか、」
ガイも知ってる。
「誰?」
ミリアが聞けば。
「ハごペンが、」
って、こっちへケイジが、携帯を見せてきた。

ちょっと遠目だから、かろうじてわかったくらいだけど。
たぶん、どうやら、その『ハごペンが』がストリーマー配信者として、私たちもいたあの事件現場で配信していたらしい。

『HeyHeyHEY!!いまさいっこーにやばいことがおきてっからな!!みってくれよぉっ・・この人の数!!いまはよぉっ、『EPF』が暴れてんだ!悪い奴らをやっつけるためになぁああ!?ハァグリッジョォオォ!!!』

いくつもの顔が出てくる、他のストリーマーたちとの『ジャミング』も一斉に盛り上がっているみたいで。
「ぅわ、すご・・」
ミリアが思わず漏らした声と。

『――――でした。続いてのニュースで――――――
――――――画面が消え黒くなる、テレビを消したリースの姿が、モニタから離れて――――――――話しながらオフィスから去っていくみんなを追う、そんな様子がブラックアウトした画面にわずかにでも反射はしていた。



***********第1章・END**********
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