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序章 遠き日の決意
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若草萌える、広大な草原の中心に聳立した桜の大樹
その付近では、そよ風が吹く度、淡い蛍光の様に桜の花弁が舞い散り、大樹の下で楽しげに唄う少女の体を、優しく包み込んでいる
音程が少し外れてはいたが、無邪気に微笑む彼女の笑顔は、まるで天使の様だった
淡い光を帯びて舞い落ちる花びらを手で受け止めながら大樹に寄り掛った直後、少女の瞳には、彼方から大きく手を振って走って来る人影が映った
十歳ほどの彼女と同じ年頃の少年で、その姿を見た瞬間、少女の表情は、ぱっと明るくなり、満点の笑顔で少年に手を振り返した
彼女の名は、リルティ・ユエル
そして彼女の元へ駆けて来る少年の名は、ビュウ・クロウディアといった。
「ここに居たのかよ、けっこー探したんだからな?」
疲れているのだろう、ビュウは彼女の傍までやって来ると、息を切らしながら桜の木の下へすとんと座り込んだ
「うん!この花も、この場所も大好きだから!ビュウ、どしたの?」
ビュウの座った方へ振り向くと、リルティはその隣へ座り込んだ
「別に何でもないけど。リル、桜が好きなのか?」
「そうだよ?まさか忘れたとか」
「忘れた。ってか、言ったっけ」
きっぱりと言い切る。
「え、何それ!?私、絶対言ったよ、忘れちゃったの?」
「あぁごめんごめん、ま、誰にだって忘れる事はある。気にすんな」
「もー、今度こそ覚えてよ、今日の所は百歩譲って許してあげるよ」
適当にあしらうように謝るビュウに、リルティは不愉快な表情を見せたが、本人曰く、今回は百歩譲って見逃してやったそうだ
その後、ビュウはふと思い出したかの様にポケットに手を突っ込むと、中から数枚、正方形の白い紙を取り出した
何か企んでいるのだろうか、薄笑いを浮かべながら、彼はその紙をリルティに渡した
「そうそう、さっきこれ貰ったんだよね。何か作ろうぜ」
「折り紙?まぁ、いいけどさ、何作るの?」
「船ね、俺より上手く出来なかったら、リンゴ奢れよ」
「あ、船でいいの?なーんだ、簡単じゃない」
「よく言うぜ、リル、卵も上手く割れないだろ」
「何で覚えなくても良い事は覚えてんのよ!?」
「さぁ?」
笑いながら船を作っていくビュウ、その様子を見たリルティは、必ず見返してやろうと懸命になり、ビュウとは少し離れた場所で折り始めた
二人が作業に取り掛かり、しばらくした後、ビュウの方は船が完成したようだった。
彼はリルティの出来具合を覗き見しようとしていたが、余りにも彼女が見られまいとして隠すので、仕方なく二つ目を折り始めた
数分が経過し、ビュウが二つ目の船を折り終えても、未だにリルティは作業に没頭していた
待ちくたびれたビュウは、密かにリルティの背後へ忍び寄り、作りかけの彼女の船を、首を伸ばして覗き見した
それを見た瞬間、ビュウは腹の底から笑いが込み上げて来たのか、リルティに気付かれない様、必死に口を押さえながら、その場に笑い転げた
ビュウが見た物は、折り直しすぎでよれよれのぼろぼろになった紙屑だったのだ
外見に相応の、リルティは猛烈な不器用さの持ち主で、先ほどビュウが言った様に、卵もろくに割れないのだ
幼馴染で昔からその事を知っているビュウは、殊更に折り紙をしようと持ち込んだという訳だった
にも拘らず、折り紙を甘く見て見事に自滅したリルティ
必死に笑いを堪えていたビュウもとうとう耐え切れなくなったのか、遂には腹を抱えて爆笑し始めた
それに気が付いたリルティ、驚いた様にビュウの方を振り返ると、顔を真っ赤にして怒りだした
「ちょ、何勝手に見てんの!?もうちょっと待ってって言ったじゃない!!」
「充分待ったっての!なんだこれ、バナナの皮か?」
「ひ・・・ひどっ!もっと別の言い方ないの!?」
「これが船に見えた奴、ある意味最強だって
二十分もかけた上に原型わかんねぇとか、ぶっ、く・・・」
再び、ビュウは腹を抱えて笑い出した
「笑うなぁ!馬鹿!!」
彼女はそんなビュウの肩を強く叩き始め、ビュウはそれから逃れる様に桜の木へ上り始めた
「うわちょっ、痛ぇ!?やめろよっ!」
「逃げるなぁ!男なら正々堂々勝負でしょ、この意気地なし!」
意外と男勝りでお転婆なのか、彼女はビュウの後を追い、滑る様に身軽な動きで木へ上り始めた
「・・・そうだった、こいつ木登りだけは得意だ」
うな垂れる様に自分で自分の額を軽く叩くと、逃げるのを諦めたかのように近くの太い枝へ座り込んだ
すぐにリルティがやって来て、自分を馬鹿にしたビュウへの当て付けに、そっぽを向いて腕を組み、隣にどすんと座る。
「そんな怒んなって、悪かったよ」
その様子を見て少し罪悪感を感じたのか、ビュウは素直に謝った
「別に、本当の事だからいいもん」
リルティは拗ねたように顔をそむけている。
「ま、そういう所もお前らしくて良いと思うけどさ」
「・・・本当?」
少し驚いた様に目を大きくさせてビュウの方へ振り向くリルティ
余りにも単純な彼女に、ビュウは思わず噴き出しそうになったが、ここは真剣に言わなければ例え本音であろうと誤解を招いてしまうため、必死に笑いを噛み殺し、強く頷いた
「うん、ありがとう」
リルティの笑顔からは少し悲し気な何かが感じられたが、それはビュウが御世辞を言っているのだと誤解した訳では無く、他の理由からだった
「ねぇビュウ、ちょっと悲しい話になっちゃうけどさ」
「んー?」
「私って不器用で何も出来ないのに、神子としての役割を果たすことが出来るのかなぁ」
不安げに話すリルティを横目で見ながら、ビュウは少しの間黙っていた
「お母さんは、私がまだ幼いからその事はあんまり気にしなくて良いって言ってくれたけど、本当にこのままで良いのかなって」
「そうか?」
「うん、だって物凄く真剣に話すから。お母さん」
リルティは悲しげに俯いている。
その様子をじっと見つめていたビュウは、
「俺も詳しいことは知らないけどさ。リラさんがそれで良いって言うなら、それで良いと思う」
ビュウの言葉を聞いたリルティは、顔を上げて彼を見た
目の前をゆっくりを舞い落ちていく一枚の花びらを見ながら、呑気に頭の後ろで腕を組むビュウ。
「確かに真面目な顔して言われたら気にするけどさ、それでリルが暗い顔してたら、なんつーか、性に合わないし」
微笑しながら言うビュウ
彼なりの励まし方だったのだろう、リルティは頷きながら彼の話を聞き終えると、笑顔で微笑み返した
「そっか、そうだよね。楽しいこと考えなきゃ。
今は大人になるためだと思って、お母さんに教えてもらったことや注意は、ちゃんと直していこっと!」
もとの明るさを取り戻し、リルティは元気良く両手でガッツポーズをとった
その言葉に興味が湧いたのか、身を乗り出すビュウ
「で、何て言われたんだよ?」
「えぇと、その・・・敬語とか」
恥ずかしそうに言うリルティ、笑われると思ったのだろう
ビュウの表情をちらちらと伺っている
しかし意外な事に、ビュウは真顔で感心した表情を見せながら、軽く何度か頷いた
「敬語かー、確かに必要かもな」
「あ、あとね!不器用な所もちょっと直した方がいいって」
その態度により、安心した様子で次の事を話し始めるリルティ
しかしそれを聞いた瞬間、ビュウは軽く噴き出し、笑い始めた
「痛い事言われたな、不器用を治すのは神子のつとめより難しいんじゃ?」
「わ、笑わないでよ!私だって真剣なんだから」
「そっか。じゃその為に今日から俺がバナナの皮の折り方を教えてやるよ。
ちゃんとした卵の割りかたでも良いけど、好きな方選べよ」
「もうバナナはいいから!!」
苦笑しながらからかうビュウ、揚げ足を取られたリルティには成す術が無い
そんな風に二人が楽しげに話していると、遠くの方で、手を振っている人の姿が現れた
良く見ると、それは二人の母だった
昼食の準備が出来たのだろう、帰って来いと、二人を呼んでいる
「お、リラさんじゃん!そういや腹減ったな、早く帰ろうぜ」
「やった!ご飯だー!」
彼女の姿を見た二人は、すぐさま大樹から降りると、
嬉しそうな顔で彼女のいる方へ走り出した
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