karma

千尋

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1章

7話「月燐」

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遥か西の虚空が朱色に染まる夕暮れ、四人は丁度アルガンタへ到着し、街中を歩いている所だった。

中途、リュイはふと、目先を歩く女性に目が止まった。

そして、女性の背に担がれている、"槍"に目を止めた。見覚えがあったのだ。

リュイは槍に注目したまま、懸命に思考を巡らせた。

ガラスの様に透明な空色をした先端の刀身に、銀鉱特有の光沢を放つ柄。

下部に彫られた〝S.S〟という英文字に、リュイはようやく、その槍が弟の物と同一であるという事を思い出した。

同時に、彼女の足は女性の元へと動き出す。

「リュイ?」

ビュウら三人がリュイの異変に気付き、リルティが思わず声を発した頃、既に彼女は女性へ声を掛けていた。

「あの、すみません!失礼ですが、その槍はどこで?」

少しだけ興奮気味になるリュイ、彼女に応じる様、女性は振り返った。

「私?えっと、これの事?」

女性は背に担いでいる槍を指差しながら、軽く首を傾げる。

リュイは頷き、見知らぬ女性へ声を掛ける彼女を不思議に思う三人も、後を追って彼女の元へ近寄った。

「この辺で知り合った男の子に渡されたのよ。少しの間、預かっててくれって」

溜め息の様な声で言う女性の一言に、リュイは驚いた。

「えっ、本当ですか?失礼ですが、その男の子とはどういった関係で・・・」

「偶然知り合っただけよ。目の前で怪我されたから、治療してあげたわ。それから親しくなったんだけど、急に用事を思い出したらしくって。急いでどこかへ走っていったわね」

一つ一つを思い出しているのか、女性はゆっくりと話す。

「名前は、聞いていませんか?」

「聞いてないわね。そうそう、あなたと同じ髪の色をしていたわ。よく似てたみたいだけど、兄妹か何か?」

女性の問いにリュイはもう一度、強く頷いた。

「多分、そうだと思います。私、弟を捜してるんです。ご迷惑をお掛けしてしまっているみたいで、ごめんなさい」

リュイは深く頭を下げる。

「良いのよ。それより、私が彼と別れたのはついさっきだから、今から近くを探せば見付かるかもしれないわ。武器も取りに戻るだろうし、一緒に探しましょうか?」

「あ、えっと」

ビュウら三人と同行している為、リュイは女性の気遣いに快く応じる事が出来ず、もごもごしている。

「お?何か弟見付かりそうじゃん!探して貰えよ」

彼女の様子を見兼ねたビュウが、いち早く助け舟を出した。

「弟さん、きっと見付かるよ」

続いて、リルティも微笑んで言う。

二人の言葉に、リュイは驚いて振り返る。

「ありがとう」

言い終えると、彼女は女性の方へ向き直り、快く返事をした。

「それじゃ、行きましょうか」

女性の言葉を聞き、頷くと、リュイはもう一度、三人の方を振り返った。

「みんな、今までありがとね。短かったけど、一緒に冒険してくれて嬉しかった。凄く楽しかったよ!」

満面の笑みで礼を言うリュイを、三人は笑顔で見送る。

「こちらこそ、ありがとうリュイ。また会おうね」

「またな」

リルティ、ソルトが別れを言うと、リュイはそれに応じる様に手を振った。

「元気でなっ!」

ビュウは最後に言うと、同じ様に手を振り返す。

彼女ら二人が歩き出した後も、暫くの間は二人の後姿を見送っていた。

「また、ちょっと寂しくなったな」

少しだけ小さな声で、しんみりしてビュウが言った。

「まぁ、ようやく弟と会えるんだろ。良かった」

「優しそうな人も一緒だもんね、きっと大丈夫」

ソルトとリルティの二人が言い終えると、三人は再び、月燐を目指して歩き始めた。

「んで、これからどうする?今日はもう宿に泊まるか、このまま月燐に行くか」

ビュウの一言に、ソルトはちらとリルティを見た

「え、えっと。私は、どっちでも良いかな」

ビュウは、少しだけ動揺しているリルティを不思議に思ったが、同時に、彼は大切な事を思い出し、二人を交互に見つめた。

「ってか、俺らかなり呑気に歩いてるけどさ。大丈夫なのか?リル、ちゃんと間に合うよな?」

「え、えっと・・・」

彼の問いにリルティは酷く動揺し、彼女の口調はだんだんとしどろもどろになってゆく。

三人の間に、少しの沈黙が走った。

「・・・間に合わないか・・も・・・」

重い空気の中、リルティはうっすらと口を開いて言った。

その答えに思わず嘆声をもらすビュウ、ソルトは思わず失笑している。

「走るか」

「ですね」

ソルトの言葉に即答するや、ビュウはソルトと共に走り始めた。

「ったく、何で早く言わねぇんだよっ。ほら行くぞ!」

「ごめん・・・」

二人の後を追う様に、リルティも続いて走り出す。

「つーか、リル!間に合わないかもって、神降ろしはいつなんだよ!?」

息を切らして疾走しながら、ビュウは叫ぶように言う。

「今日の夜から、明日の朝までのうちに・・・」

「アホかっ!!」

その答えに即答するや、再び走る事に集中するビュウ。

「リル、呑気過ぎだって!万が一の事あったらタダじゃ済まないって」

「ごめん」

か細い声で呟くリルティ。

「納得してる場合かっ」

思わず突っ込むビュウ。

暫くの間、三人は全力疾走で月燐への道を駆け抜けていた。

ふと、ビュウの額に冷たい雫がぶつかった。

雫に反応して空を見上げるビュウ。

走る事に集中していて気が付かなかったが、既に辺りは仄暗くなっていた。

見上げた途端、曇天の空から沢山の雫が零れ落ち、三人の頭上へと降り注ぐ。

―――――雨だ。

それは瞬く間に勢いを増し、やがて滝の様な豪雨となった。

激しい雨音と、三人の足が水を弾く音だけが規則正しく聞こえてくる。

そんな時、ふと、三人の周りには深い霧が立ち込めた。

突然現れた濃霧に、ビュウは思わず立ち止まって辺りを見回した。

「兄さん!リル!」

ビュウが叫ぶと、その声を頼りに彼の元へと二人がやって来た。

「良かった、消えたらどうしようかと」

先程まで走り詰めて疲れたせいか、ビュウの声は自分の思ったほど出なかった。

二人も息が荒く、その表情から疲労が溜まっている事が伺えた。

体力の限界と言うほどでは無いが、霧が濃くては進むべき道も定かでない。

ビュウが悩んでいると、それが分かったかの様にリルティが助言をした。

「霧が深いけど、大丈夫。この辺りは、誰かが月燐へ入って悪さをする事が無い様に、こうやって霧をたち込ませて防いでいるみたい。私は道順を聞いた事があるから、付いて来てくれる?」

ビュウとソルトが頷いたのを確認すると、リルティは霧の中を走り始めた。

彼女を追う様に走って行くと、その先には




濃い霧と豪雨の中、ひっそりと聳え立つ白い塔が、三人を見下ろす様に立っていた。
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