karma

千尋

文字の大きさ
7 / 8
1章

6話「和解」

しおりを挟む
リルティが獅子の元へ近づくと同時、三人は周辺の木陰へ身を潜めてその様子を見守る。

リルティは横たわる獅子より少し離れた場所へ座ると、鞄からそっと笛を取り出した。

それをそっと口に当て、ゆっくりと演奏を始める。

♪...♪♪...♪♪♪♪

まるで林の木々全てを包み込む様に響き渡る、優しく柔らかな演奏。

ラノの森で聴いた旋律と同じものを聴きながら、ビュウは彼女の様子を見つめていた。

演奏が始まり、しばらく経過した時の事。

全く動く兆しの無かった獅子に意識が戻ったのか、ゆっくりと目を開き、目の前で演奏をしているリルティに目をやった。

目覚めた事に気付いたリルティは、自分を見詰める獅子に応えるよう優しく微笑む。

すると次の瞬間、獅子はゆっくりと起き上がり始めた。

「起きた!大丈夫かな、襲い掛かったりしないよね」

二人の傍でささやきながら、焦るリュイ。

「リルの演奏には、動物を落ち着かせる、不思議な力があるみたいでさ。あの様子だと、多分、大丈夫なんじゃねぇかな」

ビュウの言葉に、リュイは少し驚いてリルティの方を見た。

体勢を整えた獅子は、まだ演奏を続けているリルティをただ呆然と眺めていた。

その瞳からは先ほどの凶暴な気迫は消え、澄んだ紅の瞳へ変化している。

演奏を終えると、リルティはその瞳を見つめたまま、口を開いた。

「初めまして」

そう微笑むと、獅子は驚いた様に目を見開く。

彼女の言葉に応じる代わりに、獅子は目を細めてリルティを見据えた。

そして、すぐに彼女の両目が紅紫である事に気が付く。

〈綺麗な瞳を持っておるな。そなた、神子であろう〉

その声が聞こえないのは勿論、獅子は話ぎわに口を開く事も無い為、ソルトとリュイには、リルティが独り言を言っている様にしか聞こえないだろうが、ビュウは、その声をはっきりと聞く事が出来た。

リルティが静かに頷くと、獅子は納得して呟き、頭を垂れた。

〈生涯、こうして貴女にお会いする事が出来るとは。有り難いが、少し恐縮であるものだ〉

それを見るなり、リルティは驚いたような顔をし、首を左右に振った。

「あの、私そんなに凄い人でも無いから、普通に話してくれたら良いよ」

それを聞き、獅子は頭を上げる。

〈神に値する存在であろう〉

「それは・・・。でも、気を使わないで大丈夫。その方が私も嬉しいから」

獅子は、そうか、と微妙に俯いた後、すぐに顔を上げた。

〈それでは、楽にさせて頂くとしよう〉

その返答にほっとしたリルティは、話を本題へ移す事にする。

「ところで、どうして私達を襲おうとしたの?今のあなたからは、想像も出来ないのだけれど。何かあったの?」

〈襲おうとした?この私がか〉

彼女の言葉に、獅子は意外な一言を発する。

気のせいか、怪訝な表情へと変化した様な気もした。

リルティは表情を伺いながら曖昧に頷いたが、獅子ははてなと首を傾げる。

〈ほう、成程〉

その直後、ふと、獅子は何かを思い出したのか、溜め息を漏らした。

〈そなたの言う通りかもしれぬ。すまない〉

獅子は再び、深く頭を垂れる。

「もしかして、自分のした事を覚えていない?」

リルティが不思議気な顔をした瞬間、獅子は顔を上げた。

〈面目無い。私の耳元へ取り付けられている、奇妙な機械を外してはくれまいか〉

獅子は応える代わりに、リルティの方へ頭をもたげて言った。

耳元には、先程見た小さな機械が取り付けられている。

リルティは獅子の耳元へ近づくとそれをいじり、暫くして外す事が出来た。

「外したよ。これで良いのかな」

獅子は有り難そうに頷くと、助かったと礼を言った。

〈それにより、私はつい最近まで自由な行動を取る事が難しかった。先程の事も、その支配による影響だ。とは言え、真に無礼をしてしまった。申し訳無い〉

リルティは大丈夫と首を振る。

「それより、自由な行動が取れなかったなんて。誰かに操られていたの?」

彼女の問いに、獅子はゆっくりと頷いた。

〈余り記憶に無いのだが〉
 
困った様に呟くと、今までのいきさつを語り始めた。

どうやらこの獅子は、仲間と共に狩りをしている所を何者かに捕らえられてしまい、その何者かにより、奴隷として厳しい扱いを受けていたという。

監禁されてからのある日、隙を見て逃れて来たそうなのだが、その奇妙な機械を取り外す事が出来ず、逃亡してからの意識が無かったのだと言う。

〈その機械が何であるのか、分からぬ。だが私達、獣にとっては危険であるようだ〉

「今は、もう大丈夫?」

話を聞き終えた後、リルティは心配気に呟いた。

〈先程、貴女が取り外して下さった事により心配は要らんだろう。副作用などと、厄介事が起こらねば幸いなのだがな〉

「そうだね、でも無事で良かった」

リルティがほっと溜め息をついた直後、今まで、木陰に身を潜めていたビュウら三人が立ち上がり、彼女の元へ向かって行く。

会話を聞きながら、ビュウが安全だと判断したのだろう。

彼らの存在に気が付いた獅子はその方を見つめた。

「皆、私の友達なの。月燐へ向かう為に一緒に旅をしていて、アルガンタへ向かう途中、こうしてあなたと出会ったの」

それを聞くと、突然、獅子は目を見開きリルティの方を向いた。

〈月燐?そうか、貴女は〉

言いながら、獅子はリルティを見つめている。

彼女はそれに答える代わりに、笑みを返した。

「リル!」

途端、彼女の元へ到着したビュウが声をかける。

その後に続き、ソルト、リュイの二人が遣って来た。

「よっ、お初だな」

彼らの会話を仕舞いまで聞き続けていたビュウは、陽気に挨拶をした。

〈明るく達者な少年だな〉

リルティの方を向くと、獅子は率直な感想を述べた。

「あ、俺も聞こえるから、普通に話せるんだ」

〈それは本当か?〉

思わせ振りなビュウの態度に、獅子は怪訝な表情で彼を見ている。

「ばっちり」

ビュウは何度か頷いてみせる。

〈それは誠か、驚いた〉

神子でなくとも、ビュウが、獣と意思疎通が可能な事を知り、獅子は目を丸くしている。

「何でかは分かんねぇけど、神子と同じ様に動物の言葉が分かるって言うか。ま、一種の特技って事にしといて、あんま気にしてないけどさ」

明るく達者な声で言いながら、ビュウは片手で、さぁ?という様な素振りをした。

〈稀有な特技を持つのだな。何十年もの間、私は、各地を彷徨い生きて来た。だが、神子であらずとも、その様な力を持つという人間は、そなたが初めてだ〉

「そっか。・・・って、何十年!?ライオンってそんな長生きだっけ?」

思い掛けない獅子の一言に、ビュウは目を見開く。

〈獣にも、様々な種族が存在する。同じ類であろうと、数年で死を迎える者もいれば、私の様に何十年と永らえる者も存在するのだ。獣の齢は、殆どが有角か無角かにより見分ける事が出来る。額の角が長く鋭いほど、世を生き永らえて来たのだという事が解るだろう〉

ビュウは納得して頷きながら、獅子の額にある一本の雄大な角を見つめた。

「ビュウも動物と話す事出来るんだね。良いなぁ、私も一度で良いから、話してみたいな」

彼らが話を終えた様な気がしたリュイは、

ビュウとリルティを交互に見ながら、羨まし気な顔をした。

「こればっかしは、な」

ビュウは、やれやれという様な素振りを見せる。

「さっきは悪かった、もう平気かと伝えてくれ」

ふと、ソルトがビュウに言うと、彼はそれを通訳して獅子に伝えた。

すると獅子は、言葉の通じない彼にも解る様、静かに頷いてみせた。

〈私の方こそ、済まなかったと伝えてくれ〉

獅子にビュウは応じると、その事をソルトに伝える。

「それで、何の事情があったんだ?」

ソルトの問いに、リルティは獅子から聞いた事を、順序良く説明した。

何者かにより獅子は、数年間捕らえられていた事。

そしてその何者かにより奇妙な機械を取り付けられ、自由を奪われていた事。

彼女が、獅子から聞いた話の重要な事柄全ての説明を終えた時、その事情を知ったリュイは顔をしかめていた。

「あの辺は、密売が多いから。だから生き物が奴隷の為に」

彼女の言葉に、三人は少し驚いた表情をみせた。

〈もう良いのだ。貴女のお陰で、束縛から解放される事が出来た。私の様な獣などへ、情けを使い、心を痛める事は無用〉

悲し気な表情をするリュイを見兼ねたのか、獅子は首を振りながらリルティを見た。

そして、彼女の手に握られている機械が獅子の視界に入る。

〈それはそなたら人間が有していてはまずい。壊し、捨ててくれるか〉

「うん、分かった」

リルティの返事に獅子は強く頷く。

「それで、これから行くあてとかは?」
 
ビュウが訊ねると、獅子は唸った。

〈余り考えてはいないのだが、再び仲間を探し、各地を放浪することにしよう。砂漠と違い、この辺りは珍しい物が多い。色々と楽しませて頂く〉

言い終えると、獅子は四人に背を向け、振り返りながら言った。

〈先程は、真にかたじけなかった。再び、偶然に巡り合う事が出来たならば、今度は、私がそなたらの力となる事を、約束する〉

「えぇ、お互い頑張りましょう。旅先、どうかあなたも気を付けてね」

リルティが言うと、獅子は一度だけ頷いた。

〈神子よ。貴女に、神のご加護が有らん事を〉

獅子は瞳を閉じ、今までよりも少しだけゆっくりと言うと、林の中へと走り去って行った。

「ありがとう」

見えなくなった獅子の方を見詰めたまま、リルティはそっと呟いた。

「行っちゃったな。ま、正気に戻ったみたいだし、良かった良かった」

ビュウが安心して言うと、リュイも頷いた。

「いつまでも、元気でいて欲しいね」

リュイがはにかんで笑う。

「あぁ。俺らも出発するか」

別れた途端、アルガンタの方向へと歩き始めるソルト。

そんな彼を追う様に、後に続くリュイ。

ビュウとリルティの二人も、その後へ続き、歩き始めた。

「また、どっかで会えると良いな」

「え?あ・・・うん」

待ち望んで言った一言であったが、

自分の予想と余りにも違う彼女の曖昧な返事に、ビュウは不思議に思った。

「何かあった?」

「ううん、そうだね。またどこかで会えると良いなぁ」

ぼんやりしていただけなのだろう。彼女の明るい笑顔に、ビュウはそう考えた。

獅子と別れを告げ、四人は再び、アルガンタを目指していった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

物語は始まりませんでした

王水
ファンタジー
カタカナ名を覚えるのが苦手な女性が異世界転生したら……

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

処理中です...