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序章 ある研究員の記録『ZERO』IS SLEEPING
第29話 記憶喪失という嘘
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「今日もありがとう光男君。僕、映画に誘ってもらったの初めてだよ」
「そうなのか?」
「うん…今まで友達なんていなかったからね…ああ、もちろんナーバルさん達も友達だよ」
「そうか…まあ、喜んでくれてよかったよ」
「…でも、そんなにいっぱい買っていいの? 結構すると思うんだけどそのプラモデル」
「大丈夫大丈夫」
初任給が百万Gだとかいうエライ金額だったからなどどいう事は口が裂けてもいえない。
まあ、それはそうと。
「まさか本当に『劇場版パト○イバー』をやっているとは…」
そしてまさかの一作目と二作目の同時上映である。
5月22日 水曜日 浜大津商店街。午後6時13分。
俺とオールは映画を見に来ていた。
目的はもちろん『劇場版パ○レイバー』である。
「でもやっぱり、劇場のスクリーンでみると迫力あるな」
「そうだね…あれ全部手書きっていうのがまた」
「それもデジタルじゃなくてセル画だぞ。よくやったよまったく…ところでこの後どうする?」
「そうだね…」
オールはあたりを見回した。
すでに太陽は沈み、街灯がついていた。
会社帰りや夕食や惣菜の買出しなんかで人やら魔族やら神族の往来が多い浜大津商店街だが、この時間帯はレストランや居酒屋に人が集中している。
(どこも満員か…)
ここらへんのレストランや居酒屋は大抵、山城基地第一食堂で働いていた人が営んでいる。つまりジョナス料理長の下で修行をしていた人たちだ。間違いなくおいしい。人気があるに決まってる。
おまけに浜大津商店街自体、浜大津停車場から湖畔の浜大津港までを一直線に結んでいる。
浜大津停車場は山城基地のスタッフが通勤のためによく使っている。戦略機動隊の終業時間は6時。そしてそこからこっちに帰ってくる人がここで夕食や買い物をする。
さらに浜大津港は極東各地から来る航空艦の停泊地。そしてこの時間帯は航空艦の出航は禁止されているから、停泊している船は一泊確定。で、夕食の買い物でここを利用。
ボロ儲けである。
「どうしようか光男君。コンビニで何か買って食べる?」
「いや、それはさすがに…」
正直な話、金を使いたい。
ただでさえ技術使用権を売ってエライ金額もらったのに、更に百万Gとかいう大金を貰ったせいで、現在の俺預金はエライ事になっている。
「しかしこれじゃあな…」
しょうがない。オールの言うとおりにコンビニでなにか買って、
「…まてよ」
「どうしたの光男君」
「一つだけ、一つだけ空いているかもしれない店がある」
「らっしゃーい」
そう、無表情でタリヌは言った。
「何名様ですか?」
「二名様でーす」
「カウンター席にどーぞ」
タリヌに案内されて、正面のカウンターに俺達は座った。
予想通り、客の姿はまばらだ。
(まあ、そりゃそうだわな…)
ここ、路地裏の更に路地裏だからな。
「ご注文が決まりましたら呼び鈴を、でわでわ」
「ありがとうタリヌさん…でも、よくこんなレストランを見つけたね」
「レストランじゃなくて喫茶だ、『ろまねすか』っていう…メニューの幅は広いが」
なんで喫茶店でフルコースランチが食べられるんでしょうかね…
でもまあ人がいないのはよかった。
いや、完全に俺達と店員しかいないと言われればそうではない。
もう1人、客がいた。それも俺達の隣にいる。
すごく疲れているらしくカウンターに伏している。金髪のエルフで眼鏡をかけていてスーツ姿のいかにも教師的な人だ。
…っていうか、
「「ルース先生!?」」
「ああ、朽木君。ちょうどよかった…」
そういう先生の顔はもう病人というか死人の顔をしていた。
恐る恐る聞いてみる。
「な、なんですか?」
「…選択科目、早く決めてね」
「…ああ、そういえば」
すっかり忘れていたなそれ。
「ついでに明日一日中自習だから、後よろしく…」
「そっちがついでですか!?」
だがすでにルース先生は糸が切れたように机に突っ伏してそのまま動かなくなっていた。
「期末テストの日程が早まったらしいです…あ、お水どうぞ」
そう言って、カウンターに居た交野が水を出してきた。
「ああ、ありがとう交野君…今の話本当?」
「ええ、さっきからずっとその事で愚痴を言ってばかりで…それはもういつも以上に」
「忙しいからな先生は…ていうか、先生ここの常連なの?」
「ええ。先輩が知らないのも当然です。この人が来るのは夜の九時ぐらいですから…」
多忙だな…というか本当に大変だろう。
近頃、色々な事があったせいで授業、及び学習計画が大幅に乱れている。
授業ももう完全に急ぎ足になっているし…期末テストの範囲もそうとう狭いだろう。ありがたい話だが。
「そうだ、先に注文聞かせてもらっていいですか?」
「そうだったな」
俺はカウンターにあったメニューを取り、見る。
「じゃあ…俺はカツ丼定食で、オール、好きな物えらんでいいぞ。俺の驕りだ」
「うーん…いや、いいよ。僕もカツ丼定食で」
「分かりました」
そう言って交野は店の奥に行き、注文を告げると「またカツ丼か、いいかげんにしろ!」とかいう声が聞こえた。どうも裏で働いているのは浅葱らしい。
「あ、光男君。ちょっとトイレ行ってきていい?」
「あ、いいよいいよ」
そう言ってオールはトイレの方に行き、入れ替わりで浅葱を説得した交野がカウンターに戻ってきた。
「おはぎ十個で手を打ちました」
「相変わらず好きなのね…」
ちなみに茜はチョコレートパフェが好きらしい…それもイ○ダコーヒーの。まあ分からんでもないが。
「ていうか、人気なのねここのカツ丼」
「ええ…といっても大方、ある客の大量注文ですが」
「ある客?」
「黒髪で四十代。眼鏡を掛けている人で…そういやメアリーがどうこう」
「総司令だな」
あの人なにやってんの…多分、メアリー副司令から逃げるためだろうが」
俺は改めて店内を見回す。
客はやはり、俺とルースしかいない。
つまり、人にあんまり聞かれたくない話もできる状態だ。オールがトイレから戻ってくるまでの時間はそう長くない。
俺は本題から入った。
「『ヴィントシュトース』の封印が決定した」
「理由はなんですか?」
交野は皿を洗いながら聞いてきた。
「強すぎる。理由はそれだけらしい」
散々調査して戦技研が出した結論がそれだ。
『これは、手に負えない』
エルメス局長は真剣な顔でそう言った。
『実を言えば…前の襲撃の時に分かっていた。だがそのまま放置する訳にもいかなくてな』
だから、
『つまり、今まで調査はこいつを封印するための調査だった訳だ』
俺は水を一口のみ、続ける。
「作業は明日から。具体的にどうするかは…知らされていない」
というのは嘘だ。エルメス局長曰く、液体窒素的な何かを混合した硬化冷却液を使用して氷漬けにし、そしてその周囲をコンクリートやら封印術式で固めるそうだ。よくある事(!?)らしい。
「一応お前に知らせておきたかった」
「…そうですか」
素っ気無い返事だった。そして間を置いて、
「当然といえば当然ですよ。あんなものをそのまま置いておく方がおかしいです」
世界をたった六機で滅ぼしたものですからね、そのまま何も話さなくなった。
一瞬の沈黙、俺は思い切って聞いた。
「正直な話、俺の事をどう思っている?」
「…どうしてそんな事を?」
「なんとなく」
もちろん嘘だ。
交野もそれを察したようだったが、すぐに、正直に答えた。
「恨んでいないといえば嘘になります」
「…そうか」
そうだよな。
俺はみんなを騙していたのだから。
「…ここのカツ丼、人気なのか?」
「はい」
「そうか、それは期待できる」
そう言って、俺は水を煽った。そして、正直に考える。
向き合う。
(…やっぱり、『アレ』はそういう物なのか?)
葛葉の事を知っていて、俺の事も知っている。ならばあれは、
「旨すぎるッ!!」
一口食べただけで確信した。
俺は一気にカツ丼を食い尽くす。
オールが食べている間暇だったので更に二つオーダーした。が、結局
「ごちそうさまでしたァ!!」
「…やっぱり、前から思っていたけど。光男君。ご飯食べるの速くない?」
「いやぜんぜん」
むしろ前より遅い。
俺のカツ丼補給の最速記録は一つ辺り一分二十三秒だ。現在の記録一分二十二秒
(一秒の壁ッ!)
「そんなに食べて大丈夫ですか?」
交野が奥の方からでてきて領収書を渡してきた。
「あ、先輩。お会計です」
「ああ…あれ?」
「どうしたんですか?」
「いや…なんか金が減っているんだけど」
端末に出された俺の預金通帳。金額にして約十万G。俺の預金から無くなっている。
どうも誰かに送金したらしい。その人物は、
「…メルト・ランズデイ?」
「あれ? それ先輩が昼食の時メルトさんにあげた奴じゃないですか?」
交野が思い出すように言った…いや、え?
「俺がメルトに金をやった?」
「その通りだ朽木光男。今日の2年E組全員で一緒に昼食をした時、お前がメルトに与えたんだろう…ボケたか?」
そう言うのは奥から出てきた浅葱だ。メイド服である事にはツッコまないでおこう。
…っていうか、え?
「うちのクラス全員で昼食?」
「ああ…本当に覚えていないのか? 今日の事だぞ」
「…覚えていない」
いや、それどころか今日、山城基地を出たときから帰ってくるまでの記憶が全くない。
全く、
何も。
「光男君、もしかして…昨日の夜、相談した事も忘れている?」
「相談?」
「うん」
そう言ってオールは端末を取り出す。古く安価だが使い安い機種。それを操作し、オールは俺にあるものを乗せた。それは、
「チャットの履歴?」
すぐさま俺も確認する。あった。
午後11時15分から11時49分。
チャット参加者。オール・オートン。
「昨日、『三毛猫』についていつも通り連絡したり、相談してたんだけど…覚えていないの?」
「……」
覚えていない。
何も、覚えていない。
おかしい。
考えてみれば、いま交野がカツ丼を持ってくるまでの間、そしてなによりも、
(食べている時の記憶が無い?)
おかしい。
何かがおかしい。
…違う。
これは俺がそう思っているだけなんだ。
そう思いたいだけなんだ。
記憶を失ったようにしたいんだ。
だからこれは、
(これは嘘だ)
「!!!」
端末が鳴った。着信、エルメス局長からだった。
「はい朽木ですが」
『朽木研究員、アレサを送った。今すぐこっちに戻れッ!!』
「いきなりなんですか!?」
『話している暇h』
ブツリ、と通信が途切れた。
こちらからかけるが、
「…非常事態宣言発令のため規制!?」
「光男君、これは?」
「分からない…ただ、一つだけ言える事は」
そう言った時だ。『ろまねすか』の扉が派手な音を立てて内側に開いた…同時に扉の後ろで掃除をしていたタリが吹っ飛ばされた。
その中から出てきたのは、
「マスター、お迎えに参りました!」
アレサだった。だがその顔は険しかった。まるで、何か大変な事が起きたかのように。
「分かった」
理由は聞かない。聞くだけ無駄だろうと思ったからだ。
俺は交野に『後で二倍にして払う」と言って『ろまねすか』から出た。
店の前に置かれていたのは一台にサイドカー付きのオートバイ。エンジンは掛けたままだった。
俺はサイドカーに乗り込み、アレサが跨った。
「飛ばすので気をつけてください!!」
「俺に構うな!!」
はいと言った時にはもうオートバイは裏路地を抜けていた。
浜大津商店街を抜け港の方へ、そのまま左に向かい山城基地への輸送道路に入った時に、上空を巨大な影が通った。
風が下まで吹いてくる。
大きい。かなり大きい。だが、見覚えがあった。
一週間前から山城基地の西側にある陸港で補給と修復を行っている戦略機動隊のバハグスク級高速航空戦艦だ。名は、
「『金剛」『榛名』!? まだ補修が終わっていないだろッ!!」
しかも速度が速い。
あっという間に頭上を抜けて琵琶湖に侵入していった。
そしてその後を航空駆逐艦が追っていく。どれもまだ補給が終わっていないのか、外殻装甲を開けっ放しにしたままのもあった。
明らかに、急いでいた。
「いったい…どこへ?」
聖暦3017年5月22日。
ギガル皇国南方37キロ地点にて、戦略機動隊所属、アルマダ級山城型航空巡洋艦六番艦改『若狭越前』墜落。
「そうなのか?」
「うん…今まで友達なんていなかったからね…ああ、もちろんナーバルさん達も友達だよ」
「そうか…まあ、喜んでくれてよかったよ」
「…でも、そんなにいっぱい買っていいの? 結構すると思うんだけどそのプラモデル」
「大丈夫大丈夫」
初任給が百万Gだとかいうエライ金額だったからなどどいう事は口が裂けてもいえない。
まあ、それはそうと。
「まさか本当に『劇場版パト○イバー』をやっているとは…」
そしてまさかの一作目と二作目の同時上映である。
5月22日 水曜日 浜大津商店街。午後6時13分。
俺とオールは映画を見に来ていた。
目的はもちろん『劇場版パ○レイバー』である。
「でもやっぱり、劇場のスクリーンでみると迫力あるな」
「そうだね…あれ全部手書きっていうのがまた」
「それもデジタルじゃなくてセル画だぞ。よくやったよまったく…ところでこの後どうする?」
「そうだね…」
オールはあたりを見回した。
すでに太陽は沈み、街灯がついていた。
会社帰りや夕食や惣菜の買出しなんかで人やら魔族やら神族の往来が多い浜大津商店街だが、この時間帯はレストランや居酒屋に人が集中している。
(どこも満員か…)
ここらへんのレストランや居酒屋は大抵、山城基地第一食堂で働いていた人が営んでいる。つまりジョナス料理長の下で修行をしていた人たちだ。間違いなくおいしい。人気があるに決まってる。
おまけに浜大津商店街自体、浜大津停車場から湖畔の浜大津港までを一直線に結んでいる。
浜大津停車場は山城基地のスタッフが通勤のためによく使っている。戦略機動隊の終業時間は6時。そしてそこからこっちに帰ってくる人がここで夕食や買い物をする。
さらに浜大津港は極東各地から来る航空艦の停泊地。そしてこの時間帯は航空艦の出航は禁止されているから、停泊している船は一泊確定。で、夕食の買い物でここを利用。
ボロ儲けである。
「どうしようか光男君。コンビニで何か買って食べる?」
「いや、それはさすがに…」
正直な話、金を使いたい。
ただでさえ技術使用権を売ってエライ金額もらったのに、更に百万Gとかいう大金を貰ったせいで、現在の俺預金はエライ事になっている。
「しかしこれじゃあな…」
しょうがない。オールの言うとおりにコンビニでなにか買って、
「…まてよ」
「どうしたの光男君」
「一つだけ、一つだけ空いているかもしれない店がある」
「らっしゃーい」
そう、無表情でタリヌは言った。
「何名様ですか?」
「二名様でーす」
「カウンター席にどーぞ」
タリヌに案内されて、正面のカウンターに俺達は座った。
予想通り、客の姿はまばらだ。
(まあ、そりゃそうだわな…)
ここ、路地裏の更に路地裏だからな。
「ご注文が決まりましたら呼び鈴を、でわでわ」
「ありがとうタリヌさん…でも、よくこんなレストランを見つけたね」
「レストランじゃなくて喫茶だ、『ろまねすか』っていう…メニューの幅は広いが」
なんで喫茶店でフルコースランチが食べられるんでしょうかね…
でもまあ人がいないのはよかった。
いや、完全に俺達と店員しかいないと言われればそうではない。
もう1人、客がいた。それも俺達の隣にいる。
すごく疲れているらしくカウンターに伏している。金髪のエルフで眼鏡をかけていてスーツ姿のいかにも教師的な人だ。
…っていうか、
「「ルース先生!?」」
「ああ、朽木君。ちょうどよかった…」
そういう先生の顔はもう病人というか死人の顔をしていた。
恐る恐る聞いてみる。
「な、なんですか?」
「…選択科目、早く決めてね」
「…ああ、そういえば」
すっかり忘れていたなそれ。
「ついでに明日一日中自習だから、後よろしく…」
「そっちがついでですか!?」
だがすでにルース先生は糸が切れたように机に突っ伏してそのまま動かなくなっていた。
「期末テストの日程が早まったらしいです…あ、お水どうぞ」
そう言って、カウンターに居た交野が水を出してきた。
「ああ、ありがとう交野君…今の話本当?」
「ええ、さっきからずっとその事で愚痴を言ってばかりで…それはもういつも以上に」
「忙しいからな先生は…ていうか、先生ここの常連なの?」
「ええ。先輩が知らないのも当然です。この人が来るのは夜の九時ぐらいですから…」
多忙だな…というか本当に大変だろう。
近頃、色々な事があったせいで授業、及び学習計画が大幅に乱れている。
授業ももう完全に急ぎ足になっているし…期末テストの範囲もそうとう狭いだろう。ありがたい話だが。
「そうだ、先に注文聞かせてもらっていいですか?」
「そうだったな」
俺はカウンターにあったメニューを取り、見る。
「じゃあ…俺はカツ丼定食で、オール、好きな物えらんでいいぞ。俺の驕りだ」
「うーん…いや、いいよ。僕もカツ丼定食で」
「分かりました」
そう言って交野は店の奥に行き、注文を告げると「またカツ丼か、いいかげんにしろ!」とかいう声が聞こえた。どうも裏で働いているのは浅葱らしい。
「あ、光男君。ちょっとトイレ行ってきていい?」
「あ、いいよいいよ」
そう言ってオールはトイレの方に行き、入れ替わりで浅葱を説得した交野がカウンターに戻ってきた。
「おはぎ十個で手を打ちました」
「相変わらず好きなのね…」
ちなみに茜はチョコレートパフェが好きらしい…それもイ○ダコーヒーの。まあ分からんでもないが。
「ていうか、人気なのねここのカツ丼」
「ええ…といっても大方、ある客の大量注文ですが」
「ある客?」
「黒髪で四十代。眼鏡を掛けている人で…そういやメアリーがどうこう」
「総司令だな」
あの人なにやってんの…多分、メアリー副司令から逃げるためだろうが」
俺は改めて店内を見回す。
客はやはり、俺とルースしかいない。
つまり、人にあんまり聞かれたくない話もできる状態だ。オールがトイレから戻ってくるまでの時間はそう長くない。
俺は本題から入った。
「『ヴィントシュトース』の封印が決定した」
「理由はなんですか?」
交野は皿を洗いながら聞いてきた。
「強すぎる。理由はそれだけらしい」
散々調査して戦技研が出した結論がそれだ。
『これは、手に負えない』
エルメス局長は真剣な顔でそう言った。
『実を言えば…前の襲撃の時に分かっていた。だがそのまま放置する訳にもいかなくてな』
だから、
『つまり、今まで調査はこいつを封印するための調査だった訳だ』
俺は水を一口のみ、続ける。
「作業は明日から。具体的にどうするかは…知らされていない」
というのは嘘だ。エルメス局長曰く、液体窒素的な何かを混合した硬化冷却液を使用して氷漬けにし、そしてその周囲をコンクリートやら封印術式で固めるそうだ。よくある事(!?)らしい。
「一応お前に知らせておきたかった」
「…そうですか」
素っ気無い返事だった。そして間を置いて、
「当然といえば当然ですよ。あんなものをそのまま置いておく方がおかしいです」
世界をたった六機で滅ぼしたものですからね、そのまま何も話さなくなった。
一瞬の沈黙、俺は思い切って聞いた。
「正直な話、俺の事をどう思っている?」
「…どうしてそんな事を?」
「なんとなく」
もちろん嘘だ。
交野もそれを察したようだったが、すぐに、正直に答えた。
「恨んでいないといえば嘘になります」
「…そうか」
そうだよな。
俺はみんなを騙していたのだから。
「…ここのカツ丼、人気なのか?」
「はい」
「そうか、それは期待できる」
そう言って、俺は水を煽った。そして、正直に考える。
向き合う。
(…やっぱり、『アレ』はそういう物なのか?)
葛葉の事を知っていて、俺の事も知っている。ならばあれは、
「旨すぎるッ!!」
一口食べただけで確信した。
俺は一気にカツ丼を食い尽くす。
オールが食べている間暇だったので更に二つオーダーした。が、結局
「ごちそうさまでしたァ!!」
「…やっぱり、前から思っていたけど。光男君。ご飯食べるの速くない?」
「いやぜんぜん」
むしろ前より遅い。
俺のカツ丼補給の最速記録は一つ辺り一分二十三秒だ。現在の記録一分二十二秒
(一秒の壁ッ!)
「そんなに食べて大丈夫ですか?」
交野が奥の方からでてきて領収書を渡してきた。
「あ、先輩。お会計です」
「ああ…あれ?」
「どうしたんですか?」
「いや…なんか金が減っているんだけど」
端末に出された俺の預金通帳。金額にして約十万G。俺の預金から無くなっている。
どうも誰かに送金したらしい。その人物は、
「…メルト・ランズデイ?」
「あれ? それ先輩が昼食の時メルトさんにあげた奴じゃないですか?」
交野が思い出すように言った…いや、え?
「俺がメルトに金をやった?」
「その通りだ朽木光男。今日の2年E組全員で一緒に昼食をした時、お前がメルトに与えたんだろう…ボケたか?」
そう言うのは奥から出てきた浅葱だ。メイド服である事にはツッコまないでおこう。
…っていうか、え?
「うちのクラス全員で昼食?」
「ああ…本当に覚えていないのか? 今日の事だぞ」
「…覚えていない」
いや、それどころか今日、山城基地を出たときから帰ってくるまでの記憶が全くない。
全く、
何も。
「光男君、もしかして…昨日の夜、相談した事も忘れている?」
「相談?」
「うん」
そう言ってオールは端末を取り出す。古く安価だが使い安い機種。それを操作し、オールは俺にあるものを乗せた。それは、
「チャットの履歴?」
すぐさま俺も確認する。あった。
午後11時15分から11時49分。
チャット参加者。オール・オートン。
「昨日、『三毛猫』についていつも通り連絡したり、相談してたんだけど…覚えていないの?」
「……」
覚えていない。
何も、覚えていない。
おかしい。
考えてみれば、いま交野がカツ丼を持ってくるまでの間、そしてなによりも、
(食べている時の記憶が無い?)
おかしい。
何かがおかしい。
…違う。
これは俺がそう思っているだけなんだ。
そう思いたいだけなんだ。
記憶を失ったようにしたいんだ。
だからこれは、
(これは嘘だ)
「!!!」
端末が鳴った。着信、エルメス局長からだった。
「はい朽木ですが」
『朽木研究員、アレサを送った。今すぐこっちに戻れッ!!』
「いきなりなんですか!?」
『話している暇h』
ブツリ、と通信が途切れた。
こちらからかけるが、
「…非常事態宣言発令のため規制!?」
「光男君、これは?」
「分からない…ただ、一つだけ言える事は」
そう言った時だ。『ろまねすか』の扉が派手な音を立てて内側に開いた…同時に扉の後ろで掃除をしていたタリが吹っ飛ばされた。
その中から出てきたのは、
「マスター、お迎えに参りました!」
アレサだった。だがその顔は険しかった。まるで、何か大変な事が起きたかのように。
「分かった」
理由は聞かない。聞くだけ無駄だろうと思ったからだ。
俺は交野に『後で二倍にして払う」と言って『ろまねすか』から出た。
店の前に置かれていたのは一台にサイドカー付きのオートバイ。エンジンは掛けたままだった。
俺はサイドカーに乗り込み、アレサが跨った。
「飛ばすので気をつけてください!!」
「俺に構うな!!」
はいと言った時にはもうオートバイは裏路地を抜けていた。
浜大津商店街を抜け港の方へ、そのまま左に向かい山城基地への輸送道路に入った時に、上空を巨大な影が通った。
風が下まで吹いてくる。
大きい。かなり大きい。だが、見覚えがあった。
一週間前から山城基地の西側にある陸港で補給と修復を行っている戦略機動隊のバハグスク級高速航空戦艦だ。名は、
「『金剛」『榛名』!? まだ補修が終わっていないだろッ!!」
しかも速度が速い。
あっという間に頭上を抜けて琵琶湖に侵入していった。
そしてその後を航空駆逐艦が追っていく。どれもまだ補給が終わっていないのか、外殻装甲を開けっ放しにしたままのもあった。
明らかに、急いでいた。
「いったい…どこへ?」
聖暦3017年5月22日。
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クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
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