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最終話
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「残念な噂でしかっ、協力が出来ずっ、ごめんなさいっ」
少しの落ち着きを見せたころ、何とか応接室へと移動した一行。アントラシットはアリアにしがみついて離れないままソファーに座る。それに慣れた様子のアリア。どうしたらよいかわからないキャステット夫妻。
そんな空気を破るように、泣くのを堪えて目が血走り、かなり目つきが悪くなっている妹イルマがそう言った。
「いいえ。イルマには感謝しかありません。わたくしでは思いつきもしない手段で、わたくしを際立たせてくれました。あなたのお陰よ、イルマ」
まあ、その手段でおかしな目で見られてはいたけれど、そんなことは気にならなかった。だが、アリアが奇異の目で見られることも見越して、イルマ自身もおかしい子と思われるよう天真爛漫を装って振る舞ってくれていたことには、心が痛んだ。こんなにもいい子なのに。だから、イルマはいつも通りでいいのだと何度も窘めた。
「お姉様の制止も聞かずに突っ走ったのはわたくしです~っ。微力ながらお力になれたのならっ。それに、今こんな奇跡が目の前にっ!」
尊い、尊い、と嬉しそうに拝むイルマを、アリアは抱き締めた。アントラシットがアリアにしがみついたままで動きづらくはあったが、アリアとイルマはしっかりと抱きしめあった。
「本当にありがとう、イルマ、愛しい子」
「ゔあああぁぁんっ、尊いーっ。こちらがありがとうですわーっ」
とうとう堪えきれなくなった涙が、堰を切ってあふれ出る。
「お姉様を、よろじぐおでがいじばずうぅ!幸ぜに、お二人、幸ぜにだっでぐだざびいぃ!」
「もちろんだ。妹殿には感謝しかない」
「ふふ、本当に可愛い子」
あらゆる液体に塗れた顔でも、アリアは本当にイルマが可愛くて仕方がなかった。
いつでも欲望に忠実で、そのためならばどんな犠牲も厭わない妹。噂で自分の人生を棒に振るかもしれないのに、姉のためにすべてを投げうってくれる、どうしようもなくおバカさんで、一生懸命な妹が、愛しくて堪らない。
「妹殿のおかげで、リアに会えた。何でも望みを叶えよう」
イルマが落ち着いた頃、そう言ったアントラシットに、イルマの目が光った。
帝国の皇太子だろうが何だろうが、そう言われたからには遠慮などしない。
「まあ。それならば遠慮なく申し上げますわ。では――」
イルマの願いに、アリアは驚いたように目を開き、やがて困ったように眉を下げた。
「イルマ。本当にそんなことでよろしいの?」
「ま!お姉様ったら!それこそ一番価値のある、尊い願いですわ!」
アントラシットは笑った。
「ああ、何でも、なんて言うんじゃなかったよ」
砕けた口調で、後悔しつつも了承の意を示したアントラシットは、早速自身の側近にその手続きをするよう伝えた。
「今更ながら気付いたわ」
側近が部屋を出ると同時に、何かに気づいたイルマは顔色を悪くした。
「帝国の皇太子だったら何もしなくても会えてた~。寧ろお姉様を奇異の目に晒しただけでしたわ」
ソファーから滑り落ち、がっくりと項垂れるイルマに、アリアは力強く否定する。
「まあ、イルマ。それは結果論というものです」
「そうだよ。それにね、その噂のおかげで、ボクはリアを迎え入れる準備をして、今日に備えることが出来たんだよ」
「ふえ?」
アントラシットがにっこり笑った。
「ボクがこんな立場だから、リアがどんな立場でも大丈夫なように元々してはいたんだ。我が国の高位貴族ならパワーバランスを考慮していたし、下位貴族ならその家に足りないものを補えるだけのものを身に着けさせる準備をしていた。他国の王族や高位貴族なら、あらゆる国との結びつきの利点を模索していたし、下位貴族なら我が国の高位貴族への養子先も選んでいた」
何という途方もない努力だろう。どう転んでもいいように対処するなど、並大抵のことではない。
「我が国だろうが他国だろうが、平民であれば、ボクはこの地位を弟に譲り、前世のように冒険家業でリアを食べさせていく気でいた。同性であったり、動物に生まれ変わっていても、跡継ぎを残せないからにはやっぱり弟にがんばってもらうために、色々画策していたんだよ」
覚悟に、その愛に、皆が息をのむ。
「ひと月くらい前から、隣国、この国から、噂が流れてきた」
“前世が王女であった記憶があり、生まれ変わってもまた一緒になろうと約束した恋人を待っている人がいる”、というもの。
「リアかもしれない、と、思った」
だから、噂を確かめるために、式典の前にここに来た。
そして願いは現実となる。
「リアの準備さえ整えば、帝国に連れて帰る」
その準備を万端にして、この国にやって来た。
「大丈夫。帰る前に、リアの噂は払拭するよ」
子爵家の憂いをなくしておけば、アリアの心配の種が一つ減る。
「家族と急に離れ離れにしてしまうのは悪いと思っている。でも、ごめん」
グリグリとアリアの肩口に額を擦りつけるアントラシットに、皇太子の威厳はない。アリアへの溢れすぎた愛だけがある。
「もう、一時もリアと離れることが、ムリ」
きゅう、とアリアを抱きしめる腕に力が入る。
「だからね、妹殿の望み、本当はずっとボクがリアを独り占めしたいんだけど、本当に仕方ないから、叶えるよ」
急な姉アリアとの別れに、イルマは泣くまいと懸命に口を引き締め、アリアの幸せを願ってアントラシットの言葉に頷いた。
―まあ。それならば遠慮なく申し上げますわ。では、帝国に行ってしまわれるお姉様に、いつでも会える許可をいただきたいですわ―
*おしまい*
最後までお読みいただきありがとうございました。
ありがたいことに、HOTランキング入りいたしました。
たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。
主人公が誰なのか、作者にもいまいちわからないお話ですが、
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
この後、少し疑問が残った部分を裏話として投稿いたします。
よろしかったらもう少しお付き合いください。
少しの落ち着きを見せたころ、何とか応接室へと移動した一行。アントラシットはアリアにしがみついて離れないままソファーに座る。それに慣れた様子のアリア。どうしたらよいかわからないキャステット夫妻。
そんな空気を破るように、泣くのを堪えて目が血走り、かなり目つきが悪くなっている妹イルマがそう言った。
「いいえ。イルマには感謝しかありません。わたくしでは思いつきもしない手段で、わたくしを際立たせてくれました。あなたのお陰よ、イルマ」
まあ、その手段でおかしな目で見られてはいたけれど、そんなことは気にならなかった。だが、アリアが奇異の目で見られることも見越して、イルマ自身もおかしい子と思われるよう天真爛漫を装って振る舞ってくれていたことには、心が痛んだ。こんなにもいい子なのに。だから、イルマはいつも通りでいいのだと何度も窘めた。
「お姉様の制止も聞かずに突っ走ったのはわたくしです~っ。微力ながらお力になれたのならっ。それに、今こんな奇跡が目の前にっ!」
尊い、尊い、と嬉しそうに拝むイルマを、アリアは抱き締めた。アントラシットがアリアにしがみついたままで動きづらくはあったが、アリアとイルマはしっかりと抱きしめあった。
「本当にありがとう、イルマ、愛しい子」
「ゔあああぁぁんっ、尊いーっ。こちらがありがとうですわーっ」
とうとう堪えきれなくなった涙が、堰を切ってあふれ出る。
「お姉様を、よろじぐおでがいじばずうぅ!幸ぜに、お二人、幸ぜにだっでぐだざびいぃ!」
「もちろんだ。妹殿には感謝しかない」
「ふふ、本当に可愛い子」
あらゆる液体に塗れた顔でも、アリアは本当にイルマが可愛くて仕方がなかった。
いつでも欲望に忠実で、そのためならばどんな犠牲も厭わない妹。噂で自分の人生を棒に振るかもしれないのに、姉のためにすべてを投げうってくれる、どうしようもなくおバカさんで、一生懸命な妹が、愛しくて堪らない。
「妹殿のおかげで、リアに会えた。何でも望みを叶えよう」
イルマが落ち着いた頃、そう言ったアントラシットに、イルマの目が光った。
帝国の皇太子だろうが何だろうが、そう言われたからには遠慮などしない。
「まあ。それならば遠慮なく申し上げますわ。では――」
イルマの願いに、アリアは驚いたように目を開き、やがて困ったように眉を下げた。
「イルマ。本当にそんなことでよろしいの?」
「ま!お姉様ったら!それこそ一番価値のある、尊い願いですわ!」
アントラシットは笑った。
「ああ、何でも、なんて言うんじゃなかったよ」
砕けた口調で、後悔しつつも了承の意を示したアントラシットは、早速自身の側近にその手続きをするよう伝えた。
「今更ながら気付いたわ」
側近が部屋を出ると同時に、何かに気づいたイルマは顔色を悪くした。
「帝国の皇太子だったら何もしなくても会えてた~。寧ろお姉様を奇異の目に晒しただけでしたわ」
ソファーから滑り落ち、がっくりと項垂れるイルマに、アリアは力強く否定する。
「まあ、イルマ。それは結果論というものです」
「そうだよ。それにね、その噂のおかげで、ボクはリアを迎え入れる準備をして、今日に備えることが出来たんだよ」
「ふえ?」
アントラシットがにっこり笑った。
「ボクがこんな立場だから、リアがどんな立場でも大丈夫なように元々してはいたんだ。我が国の高位貴族ならパワーバランスを考慮していたし、下位貴族ならその家に足りないものを補えるだけのものを身に着けさせる準備をしていた。他国の王族や高位貴族なら、あらゆる国との結びつきの利点を模索していたし、下位貴族なら我が国の高位貴族への養子先も選んでいた」
何という途方もない努力だろう。どう転んでもいいように対処するなど、並大抵のことではない。
「我が国だろうが他国だろうが、平民であれば、ボクはこの地位を弟に譲り、前世のように冒険家業でリアを食べさせていく気でいた。同性であったり、動物に生まれ変わっていても、跡継ぎを残せないからにはやっぱり弟にがんばってもらうために、色々画策していたんだよ」
覚悟に、その愛に、皆が息をのむ。
「ひと月くらい前から、隣国、この国から、噂が流れてきた」
“前世が王女であった記憶があり、生まれ変わってもまた一緒になろうと約束した恋人を待っている人がいる”、というもの。
「リアかもしれない、と、思った」
だから、噂を確かめるために、式典の前にここに来た。
そして願いは現実となる。
「リアの準備さえ整えば、帝国に連れて帰る」
その準備を万端にして、この国にやって来た。
「大丈夫。帰る前に、リアの噂は払拭するよ」
子爵家の憂いをなくしておけば、アリアの心配の種が一つ減る。
「家族と急に離れ離れにしてしまうのは悪いと思っている。でも、ごめん」
グリグリとアリアの肩口に額を擦りつけるアントラシットに、皇太子の威厳はない。アリアへの溢れすぎた愛だけがある。
「もう、一時もリアと離れることが、ムリ」
きゅう、とアリアを抱きしめる腕に力が入る。
「だからね、妹殿の望み、本当はずっとボクがリアを独り占めしたいんだけど、本当に仕方ないから、叶えるよ」
急な姉アリアとの別れに、イルマは泣くまいと懸命に口を引き締め、アリアの幸せを願ってアントラシットの言葉に頷いた。
―まあ。それならば遠慮なく申し上げますわ。では、帝国に行ってしまわれるお姉様に、いつでも会える許可をいただきたいですわ―
*おしまい*
最後までお読みいただきありがとうございました。
ありがたいことに、HOTランキング入りいたしました。
たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。
主人公が誰なのか、作者にもいまいちわからないお話ですが、
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
この後、少し疑問が残った部分を裏話として投稿いたします。
よろしかったらもう少しお付き合いください。
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