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その後その2
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時は遡り、アリアが社交界に出るようになり、初めて王族主催の夜会に出席した時。
「王国の綺羅星、クラウス殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
現国王の孫であるクラウスは、驚きに一瞬目を丸くする。しかしそこは王族。何事もなかったように挨拶を交わした。すべての夜会の参加者との挨拶が終わると、口元に手をあてて少し考える。
きちんと教育を受けた高位であればあるほど気付くだろう。
子爵家では到底身に付けることが出来ない所作の数々に。指先ひとつ、視線ひとつに、洗練されたものを感じる。
「なるほど。噂のご令嬢、か」
アリアの噂は、王族の耳にまで届いていた。
この時、クラウスはアリアに興味を持った。
「殿下。アリア・キャステット様に興味がおありですの?」
扇の下から小さく尋ねるクラウスの婚約者プランタン公爵令嬢ノウルーチェの声に、クラウスは不思議そうに彼女を見た。
「随分、興味があるみたいだね、ルーチェ」
ノウルーチェは軽く肩を上げて微笑んだ。
「夜会で二度ほど、お会いしましたの」
「キミの女官に?」
一癖も二癖もある婚約者が、アリアを随分気に入っているようだ。クラウスは、ゆくゆくは王妃となる彼女の側に置きたいのだろうかと考えた。しかし、ノウルーチェは首を振る。
「いいえ。あの方にはもっと相応しい地位がありましてよ」
「相応しい地位?」
ノウルーチェは、にっこりと笑った。
「前世の旦那様の花嫁に決まっているではありませんか」
「存在するのかな」
「どちらでも構いませんわ」
旦那様に会ってほしくもあるし、見つからずに自分の側にいて欲しくもある。
「見つからないなら、彼女より先にわたくしの側に召し上げます。タイミングの問題ですわね」
「彼女?」
「ミヒャエラ・ベルティエ様です」
クラウスは驚きに目を丸くする。
「ベルティエ様のお噂は、ご存じでしょう。そんな彼女が、アリア・キャステット様にだけは素直ですのよ」
ミヒャエラ・ベルティエは、ワガママ侯爵令嬢として有名だった。誰もが敬遠していたのだが。
「道理のわからぬ方ではない、ということのようですわ。それに比べて、ネレーア・ムーレヴリエ様は、ねえ」
どこか、確信めいた顔で、ノウルーチェは言った。
「いずれ国益を損なうかもしれませんわよ」
ひっそりと、次々代を担う者たちがそう話していたことは、誰も知らない。
それが現実になろうとし、帝国の王太子がその芽を摘んでくれることになることも。
………
……
…
つい先ほどまで、誰もが羨む最高級のドレスに身を包み、希少な宝石で飾りたて、数多の目を奪っていた。
「なによ、これ、なんなのよ、こんな、こんな粗末な」
ネレーアは、ボロ布だと思っている衣服に着替えさせられていた。それは、修道服である。決してボロではない。
衆人環視の中アリアを侮辱し、常の夜会ではアントラシットの恩人イルマに対し無礼を働いていたと聞いたアントラシットの意向により、ネレーアは、世界一戒律の厳しい修道院へ入れられることとなった。
ヴィルシェーズ王国からヴァロッサリカ帝国を挟んだ向こう側の国に、その修道院はある。
その修道院は、朝起きてから夜寝るまで、人のためのありとあらゆることをする。それは本当に、多岐にわたる。修道女たちは、修道院に引きこもっているばかりではない。外に出て、きちんと奉仕活動も行っている。道路などの清掃はもちろん、病人や怪我人の介助、御用聞きのようなことまでこなす。そして日が沈むころにはまた修道院へと帰っていく。
脱走の心配はない。
なぜなら、外に出られる修道女は、脱走の心配がなくなった者のみ。
修道女として一生を捧げるしかないと、悟った者たち。
修道院での教育に、失敗はないことでも有名だった。
「ねえ、どこに行く気なのかしら?わたくし、この国の公爵家の娘よ。今なら赦すわ。さっさとお城へ、いいえ、公爵邸でいいわ、馬車を寄せなさい」
同じ修道服を着た女が、穏やかな笑みを浮かべながら、向かいの席に座っている。ネレーアの言葉にも、優しく笑みを浮かべるのみ。
ネレーアの顔色は悪い。この馬車に乗せられるときの、彼女の有無を言わせぬ力と雰囲気にのまれたのだ。痩せ細った彼女のどこに、あれほどの力があるのか。暴れるネレーアにも微動だにせず、穏やかな笑みを浮かべたままこの馬車に引きずり込み、扉を閉めた瞬間馬車を走らせたのだ。
笑顔以外の反応を見せない彼女にネレーアは薄ら寒いものを感じ、十五分もすると、何も言わなくなった。
荷物の一つもないのでそう遠くまではいかないだろうと思っていたのに、半月もかけて、しかも宿ではなく野営をしながら辿り着いたのは、噂に聞く修道院だったことに、顔が引きつったネレーアだった。
元々アントラシットにまとわりついてくるヤーナを連れて行かせるために、式典の日に到着するよう修道女に依頼していたアントラシット。
けれど、気が変わった。
アントラシットは、アリアに処刑とまで言ったヤーナに、別の罰を与えようと考え、アリアと、その出会いを助けてくれたイルマに迷惑をかけていたネレーアを、修道女に連れて行ってもらうことにした。
ヤーナとネレーア以外の愚か者たちは、ネレーアが行くところほどではないが、それぞれ戒律の厳しい修道院へと入れられた。
「これでしばらくは、静かに過ごせるかな」
アリアに膝枕をしてもらいながら、そのお腹に抱きつくアントラシットがそう言うと、アリアは前世ラジェルのころとは違う柔らかな髪を愛しく撫でる。
「ラジもすっかり為政者ですね」
アリアの言葉に、英雄と呼ばれていたころと違う自分に気づき、急に不安になる。
「リア」
起き上がり、不安そうな顔と声でアリアを呼ぶ。
「そんな顔なさらないで。それでこそ、わたくしのラジです」
けれどそれは、杞憂でしかなく。
アリアは嬉しそうにアントラシットの頭を抱きしめる。
自身の立場を理解し、動く。前世から変わらぬその真っ直ぐさが、眩しくて愛おしい。
「どんなことからも逃げない、あなたはわたくしの誇りです」
*おしまい*
「王国の綺羅星、クラウス殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
現国王の孫であるクラウスは、驚きに一瞬目を丸くする。しかしそこは王族。何事もなかったように挨拶を交わした。すべての夜会の参加者との挨拶が終わると、口元に手をあてて少し考える。
きちんと教育を受けた高位であればあるほど気付くだろう。
子爵家では到底身に付けることが出来ない所作の数々に。指先ひとつ、視線ひとつに、洗練されたものを感じる。
「なるほど。噂のご令嬢、か」
アリアの噂は、王族の耳にまで届いていた。
この時、クラウスはアリアに興味を持った。
「殿下。アリア・キャステット様に興味がおありですの?」
扇の下から小さく尋ねるクラウスの婚約者プランタン公爵令嬢ノウルーチェの声に、クラウスは不思議そうに彼女を見た。
「随分、興味があるみたいだね、ルーチェ」
ノウルーチェは軽く肩を上げて微笑んだ。
「夜会で二度ほど、お会いしましたの」
「キミの女官に?」
一癖も二癖もある婚約者が、アリアを随分気に入っているようだ。クラウスは、ゆくゆくは王妃となる彼女の側に置きたいのだろうかと考えた。しかし、ノウルーチェは首を振る。
「いいえ。あの方にはもっと相応しい地位がありましてよ」
「相応しい地位?」
ノウルーチェは、にっこりと笑った。
「前世の旦那様の花嫁に決まっているではありませんか」
「存在するのかな」
「どちらでも構いませんわ」
旦那様に会ってほしくもあるし、見つからずに自分の側にいて欲しくもある。
「見つからないなら、彼女より先にわたくしの側に召し上げます。タイミングの問題ですわね」
「彼女?」
「ミヒャエラ・ベルティエ様です」
クラウスは驚きに目を丸くする。
「ベルティエ様のお噂は、ご存じでしょう。そんな彼女が、アリア・キャステット様にだけは素直ですのよ」
ミヒャエラ・ベルティエは、ワガママ侯爵令嬢として有名だった。誰もが敬遠していたのだが。
「道理のわからぬ方ではない、ということのようですわ。それに比べて、ネレーア・ムーレヴリエ様は、ねえ」
どこか、確信めいた顔で、ノウルーチェは言った。
「いずれ国益を損なうかもしれませんわよ」
ひっそりと、次々代を担う者たちがそう話していたことは、誰も知らない。
それが現実になろうとし、帝国の王太子がその芽を摘んでくれることになることも。
………
……
…
つい先ほどまで、誰もが羨む最高級のドレスに身を包み、希少な宝石で飾りたて、数多の目を奪っていた。
「なによ、これ、なんなのよ、こんな、こんな粗末な」
ネレーアは、ボロ布だと思っている衣服に着替えさせられていた。それは、修道服である。決してボロではない。
衆人環視の中アリアを侮辱し、常の夜会ではアントラシットの恩人イルマに対し無礼を働いていたと聞いたアントラシットの意向により、ネレーアは、世界一戒律の厳しい修道院へ入れられることとなった。
ヴィルシェーズ王国からヴァロッサリカ帝国を挟んだ向こう側の国に、その修道院はある。
その修道院は、朝起きてから夜寝るまで、人のためのありとあらゆることをする。それは本当に、多岐にわたる。修道女たちは、修道院に引きこもっているばかりではない。外に出て、きちんと奉仕活動も行っている。道路などの清掃はもちろん、病人や怪我人の介助、御用聞きのようなことまでこなす。そして日が沈むころにはまた修道院へと帰っていく。
脱走の心配はない。
なぜなら、外に出られる修道女は、脱走の心配がなくなった者のみ。
修道女として一生を捧げるしかないと、悟った者たち。
修道院での教育に、失敗はないことでも有名だった。
「ねえ、どこに行く気なのかしら?わたくし、この国の公爵家の娘よ。今なら赦すわ。さっさとお城へ、いいえ、公爵邸でいいわ、馬車を寄せなさい」
同じ修道服を着た女が、穏やかな笑みを浮かべながら、向かいの席に座っている。ネレーアの言葉にも、優しく笑みを浮かべるのみ。
ネレーアの顔色は悪い。この馬車に乗せられるときの、彼女の有無を言わせぬ力と雰囲気にのまれたのだ。痩せ細った彼女のどこに、あれほどの力があるのか。暴れるネレーアにも微動だにせず、穏やかな笑みを浮かべたままこの馬車に引きずり込み、扉を閉めた瞬間馬車を走らせたのだ。
笑顔以外の反応を見せない彼女にネレーアは薄ら寒いものを感じ、十五分もすると、何も言わなくなった。
荷物の一つもないのでそう遠くまではいかないだろうと思っていたのに、半月もかけて、しかも宿ではなく野営をしながら辿り着いたのは、噂に聞く修道院だったことに、顔が引きつったネレーアだった。
元々アントラシットにまとわりついてくるヤーナを連れて行かせるために、式典の日に到着するよう修道女に依頼していたアントラシット。
けれど、気が変わった。
アントラシットは、アリアに処刑とまで言ったヤーナに、別の罰を与えようと考え、アリアと、その出会いを助けてくれたイルマに迷惑をかけていたネレーアを、修道女に連れて行ってもらうことにした。
ヤーナとネレーア以外の愚か者たちは、ネレーアが行くところほどではないが、それぞれ戒律の厳しい修道院へと入れられた。
「これでしばらくは、静かに過ごせるかな」
アリアに膝枕をしてもらいながら、そのお腹に抱きつくアントラシットがそう言うと、アリアは前世ラジェルのころとは違う柔らかな髪を愛しく撫でる。
「ラジもすっかり為政者ですね」
アリアの言葉に、英雄と呼ばれていたころと違う自分に気づき、急に不安になる。
「リア」
起き上がり、不安そうな顔と声でアリアを呼ぶ。
「そんな顔なさらないで。それでこそ、わたくしのラジです」
けれどそれは、杞憂でしかなく。
アリアは嬉しそうにアントラシットの頭を抱きしめる。
自身の立場を理解し、動く。前世から変わらぬその真っ直ぐさが、眩しくて愛おしい。
「どんなことからも逃げない、あなたはわたくしの誇りです」
*おしまい*
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