悲しくも美しい物語

らがまふぃん

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3.豹変

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 「ファ、ファニー」
 「それで?その女は何だ。謝罪でも求めているんだったか」
 シェファニールの口調もガラリと変わる。怯えたフリをしていたティシャも、本気で怯え始めた。ジュラキュリオンはゴクリと喉を鳴らした。シェファニールに気圧けおされている。
 「そうだな、家畜と言ったのは申し訳なかった。家畜の方が賢い。叩けば覚える。だがその女はダメだ。一向に覚えない。虫けらだ」
 馬鹿にしたように、挑発するようにわらう。
 「持ち物どうこうは知らん。大方自分で無くしたか別の者の仕業だろう。私ではない」
 「そ、そんな言い訳、通用するとでも?」
 ジュラキュリオンが何とか反論するが、シェファニールの一瞥いちべつで黙ってしまう。
 「ならば証拠を出せ。私がやった証拠だ。まさか証拠もなしに言っているのではあるまい?」
 何も言えないジュラキュリオンたちは、視線を彷徨さまよわせる。そして、側近候補の一人フェルダが思いついたように言った。
 「だ、だが、手を出したことは認めるんだなっ。それについての謝罪はないのかっ」
 シェファニールは鼻で嗤った。
 「癖の悪い手を扇で叩いたよ。それは悪かった。申し訳ない。悪いのは手ではなかったな」
 ククッと喉の奥で嗤う。
 「悪いのは目だったか」
 パシ、と右手の扇を左の手のひらに打ち付ける。
 「それとも耳か」
 一歩ずつ近づくシェファニールに、全員が身を固くする。
 「頭かも知れない」
 ティシャの前で止まると、腰を屈めてその顔を近づける。ティシャがヒッと喉の奥で悲鳴を上げた。
 「悪魔らしくその綺麗な目をえぐればいいのか」
 ヒタリ、と手にした扇がティシャの目の下を撫でる。
 「それとも耳を引き千切ればいいのか」
 同じように扇が耳を優しく叩く。ティシャは小さくごめんなさいと繰り返す。体の震えが止まらない。ジュラキュリオンも側近候補たちも、恐怖から動けない。
 「はたまたこの頭を潰してしまえばいいのか」
 ガシッと頭頂の髪を鷲掴わしづかむと、そのまま立ち上がらせる。ティシャは痛みから逃れようと、シェファニールの掴む手を引っ掻いて放させようとするが、わずかにも力が緩む気配がない。恐怖と痛みに涙を零すが、誰も助けに動けない。シェファニールは嗤う。
 「どうした、王子様たち。愛しの姫が悪魔から酷い目にあっているぞ。まさに、今、目の前で。助けないのか。ほら」
 髪を掴む手を揺する。ブチブチと容赦なく髪が千切れる。それでも誰も動かない。動けない。
 「はっ。残念だったな、お姫様。助けてくれる王子様はいないようだ」
 もう用はないとばかりに、髪を掴んだ片手だけで、ティシャを後ろにぶん投げた。シェファニールの手には、無数の髪が絡みついている。投げ飛ばされたティシャは頭皮が剥がれ、血を流して呻いている。扉近くにいたドルアドが助け起こそうと何とか動く。
 「ああ、本当にくだらない」
 この程度で、愛しいと言っている人を助けることも出来なくなるのか。
 そんなものは、愛ではない。
 自身の手に絡むティシャの髪を見る。ボワ、と火がその髪を燃やした。男たちは目を見開く。魔法が発動したからだ。ここは魔法を学ぶ学園。それなのになぜ驚いたか。無詠唱だったからだ。
 魔法を扱うには、通常詠唱が必要だ。研鑽けんさんを積んだ優良クラスの一部が、無詠唱の叡智えいちに辿り着く。優良クラスの魔力持ちは、ここ何年も現れていない。況して、シェファニールは可で入学した、極々一般的な魔法使いなのだ。
 一体、何が起きているというのか。
 「少し、昔話をしようか」
 そう言って、シェファニールはジュラキュリオンを見る。
 「おまえの父親が王太子だった頃」
 唐突に、シェファニールが語った。


 *つづく*
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