悲しくも美しい物語

らがまふぃん

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5.一瞬の幸せ 過去

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 レン・シェラハドールは伯爵家の次男として生まれた。隣の領地も同じ伯爵位、シンディニア家が治めていた。互いの家は仲が良く、子ども同士でよく遊んでいた。シンディニア家の一人娘はアルテイルといった。とても愛らしい少女で、お茶会など子ども同士が集まると、アルテイルはよく取り合いになっていた。
 レンは大人しい子どもであった。茶色い髪に茶色い目。よくある色の、見た目も大人しいレンは、木陰でよく本を読んでいた。そうすると、いつもアルテイルが話しかけてきた。
 「レン兄様、今日は何の本を読んでいるの?」
 レンはアルテイルの二つ年上。穏やかな話し方をするレンのことが、アルテイルは大好きだった。レンもまた、見た目通りの愛らしく優しいアルテイルを、密かに想っていた。
 ふたりの小さな恋は、ゆっくりゆっくり育っていった。
 「アルテイル、これ、押し花でしおりを作ったんだ。この花はね、十年に一度しか咲かない花なんだよ。三年前、偶然この株を見つけたんだ。今年が十年目だったみたい」
 「見て、アルテイルの瞳と同じ色の実を見つけたんだ。ポプリにしたら色が変わってしまうだろうと思ったんだけど、ほら、変わらずアルテイルの瞳の色なんだ」
 「ほら、アルテイル、綺麗でしょう。アルテイルの髪の色の花だよ。ずっとこのままで保存できる技術が開発されたんだ。アルテイルに一番に見せたかったんだ」
 アルテイルが年頃になると、縁談の話が山と来た。けれどアルテイルはどれにも頷くことはない。両親もわかっていたので、待っている。アルテイルが縁を望むものからの釣書つりしょを。アルテイルはたくさんの贈り物をもらう。けれどどんな高価なものも、どれだけ素敵なものも、お詫びと共に送り返していた。アルテイルが受け取るのは、たった一人の人から。素朴な、けれどとても貴重な、優しい贈り物。
 やっと望む人からの釣書が届く。
 アルテイルは堪らず家を飛び出した。直接返事をしに行くために。慌てた両親が馬車で追いかける。馬車でも一時間はかかる道のりだ。途中でアルテイルを捕まえた両親に、怒られながらも呆れられつつ、返事をしに行った。本来の手順と違う返事の仕方を、両親はしきりに謝りながら。
 こうして結ばれた婚約は、アルテイルが行儀見習いのために二年、王宮勤めをした後に、結婚することとなっていた。
 そうして起こる、あの悲劇。
 「なん、だって?」
 レンは意味がわからなかった。
 王宮勤めをしてまだ八ヶ月。忙しくしながらも、毎日のように手紙が届いていた。大変だけど、とても勉強になると、辛いことも悲しいことも、しっかり受け止め前を向いていた。楽しいことも嬉しいことも、レンと分かち合おうとするように綴られていた。
 そのひとつひとつに、レンは丁寧に返事を送り続けていた。
 それなのに。
 「私たちにも何が何だかっ。なぜ、こんなっ」
 シンディニア伯爵夫妻は憔悴しきっていた。シェラハドール伯爵夫妻も困惑を隠せない。
 アルテイルが国王の毒殺を企んだ?王妃になりたくて?あのアルテイルが?
 「今朝、そんなことがあったとだけっ。もう今日の夕方には、しょ、しょ、処刑、と」
 「アルテイル!」
 レンはいても立ってもいられず飛び出した。馬に鞍をつけることもせず、ただ王都を目指した。もう昼過ぎ。三時間はかかる。
 「間に合ってくれっ!」


 *つづく*
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