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片眼鏡が補佐っぽい人から何かを受け取った。
「毎年ブルーエイ家嫡男の誕生日に、お子さん方の鑑定に行っている、ということで間違いないですか」
「ああそうだ。間違いない」
「それはおかしいな」
即答した侯爵に、片眼鏡も即答する。侯爵の眉がピクリと上がる。
「何がおかしいと言うのだ」
「ブルーエイ家の子どもは三人と報告が上がっている。だが結果が上がっているのは二人のようですね」
一人は別の日に行っているのですか、と片眼鏡。結果が同じであれば、一枚の紙に鑑定された者の名前が記載される。侯爵は二人の子どもの名前の下に、次女であるメリーの名前を執事に書き加えさせて国に提出していた。公文書偽造である。だが侯爵は平然と答える。
「いいや。三人の名が書いてあるだろう。なぜ二人なのだ」
「鑑定した神官が覚えていたのですよ。侯爵家だ。顔と名ぐらい覚えられているのは当然だろう」
曲がりなりにも高位貴族。下位貴族に比べて格段に数は少なく、国の要職に就く立場の者たち。覚えていないはずがない。なぜ隠しきれると思うのか。
「おお、そうでした。今回はまだ行っていない。丁度その日に体調を崩しまして」
「そうなるとこの鑑定結果に書かれた名は?」
「いつもの癖で三人分書いてしまったのでは?神官も人間だ。ミスをすることはある」
大仰な身振り手振りで侯爵は答える。
「なるほど。確かにそういうこともあるかも知れませんな。神殿の方にはよく言っておきましょう」
「まったく、危うく罪人にされるところだ。よくよく言っておいていただきたい。こちらからも抗議させてもらうよ」
フン、と鼻を鳴らす侯爵に、片眼鏡は、そうですね、と言った。
ねえ、顔と名ぐらい覚えられているのは当然だって言われたんだよ。神官が、あなたの家のことを知っているって言われたんだよ。つまり、今年の鑑定のことだけじゃないんだよ。なんでそんな偉そうに出来るの?
「ところでお二人とも、そのあなたたちの次女は、どこへ行ったのかな」
突然王太子がそんなことを言った。侯爵夫妻は不思議そうな顔をした。
「あなたたちの次女だよ。今話に出ていた、今年十五になる娘」
にっこり。兄怖い。
「でもおかしいね。さっき法相に、ブルーエイ家全員で登城した、と言っていたよね」
侯爵夫妻の顔色が変わる。やっと失態に気付いたようだ。
「私が見たのはあなたたち二人を含めて四人。見落としたのかな」
メリーを閉じ込め、その存在は確かにあるのにフタをした。いるのにいないものとした存在がいないのだ。何の違和感もなかっただろう。いる存在をいないものとしてきたために、本当にいなくなっても気付けなかったのだろう。片眼鏡とのやり取り自体、おかしかったことに。侯爵に疚しいことがなければ、本来なら、行方不明だの本物だの偽物だの、何を言っている、とならなくてはならない。娘は、子ども三人は、間違いなくここにいます、と言えば済む話だったのだ。そうすれば、登城して、どういうことかと詰め寄ることも出来たし、ここにいる私の存在は、疑いようもなく偽物だったのに。実際二人の子どもしか連れて来ていない上に、それですべてだと疑っていない侯爵には無理な話だけどね。
「死亡届は出ていない。留学の届けもない。領地で療養中かな。病気の娘であればさぞ心配だろう。だがおかしいな。ブルーエイ家お抱えの医師は、ずっと王都にいる。定期的に領地に行っている様子がない。なぜだろうね」
首を傾げてみせる。役者ですな。
*つづく*
「毎年ブルーエイ家嫡男の誕生日に、お子さん方の鑑定に行っている、ということで間違いないですか」
「ああそうだ。間違いない」
「それはおかしいな」
即答した侯爵に、片眼鏡も即答する。侯爵の眉がピクリと上がる。
「何がおかしいと言うのだ」
「ブルーエイ家の子どもは三人と報告が上がっている。だが結果が上がっているのは二人のようですね」
一人は別の日に行っているのですか、と片眼鏡。結果が同じであれば、一枚の紙に鑑定された者の名前が記載される。侯爵は二人の子どもの名前の下に、次女であるメリーの名前を執事に書き加えさせて国に提出していた。公文書偽造である。だが侯爵は平然と答える。
「いいや。三人の名が書いてあるだろう。なぜ二人なのだ」
「鑑定した神官が覚えていたのですよ。侯爵家だ。顔と名ぐらい覚えられているのは当然だろう」
曲がりなりにも高位貴族。下位貴族に比べて格段に数は少なく、国の要職に就く立場の者たち。覚えていないはずがない。なぜ隠しきれると思うのか。
「おお、そうでした。今回はまだ行っていない。丁度その日に体調を崩しまして」
「そうなるとこの鑑定結果に書かれた名は?」
「いつもの癖で三人分書いてしまったのでは?神官も人間だ。ミスをすることはある」
大仰な身振り手振りで侯爵は答える。
「なるほど。確かにそういうこともあるかも知れませんな。神殿の方にはよく言っておきましょう」
「まったく、危うく罪人にされるところだ。よくよく言っておいていただきたい。こちらからも抗議させてもらうよ」
フン、と鼻を鳴らす侯爵に、片眼鏡は、そうですね、と言った。
ねえ、顔と名ぐらい覚えられているのは当然だって言われたんだよ。神官が、あなたの家のことを知っているって言われたんだよ。つまり、今年の鑑定のことだけじゃないんだよ。なんでそんな偉そうに出来るの?
「ところでお二人とも、そのあなたたちの次女は、どこへ行ったのかな」
突然王太子がそんなことを言った。侯爵夫妻は不思議そうな顔をした。
「あなたたちの次女だよ。今話に出ていた、今年十五になる娘」
にっこり。兄怖い。
「でもおかしいね。さっき法相に、ブルーエイ家全員で登城した、と言っていたよね」
侯爵夫妻の顔色が変わる。やっと失態に気付いたようだ。
「私が見たのはあなたたち二人を含めて四人。見落としたのかな」
メリーを閉じ込め、その存在は確かにあるのにフタをした。いるのにいないものとした存在がいないのだ。何の違和感もなかっただろう。いる存在をいないものとしてきたために、本当にいなくなっても気付けなかったのだろう。片眼鏡とのやり取り自体、おかしかったことに。侯爵に疚しいことがなければ、本来なら、行方不明だの本物だの偽物だの、何を言っている、とならなくてはならない。娘は、子ども三人は、間違いなくここにいます、と言えば済む話だったのだ。そうすれば、登城して、どういうことかと詰め寄ることも出来たし、ここにいる私の存在は、疑いようもなく偽物だったのに。実際二人の子どもしか連れて来ていない上に、それですべてだと疑っていない侯爵には無理な話だけどね。
「死亡届は出ていない。留学の届けもない。領地で療養中かな。病気の娘であればさぞ心配だろう。だがおかしいな。ブルーエイ家お抱えの医師は、ずっと王都にいる。定期的に領地に行っている様子がない。なぜだろうね」
首を傾げてみせる。役者ですな。
*つづく*
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