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 正直、この状況を想定していなかった自分が恨めしい。影艶かげつやにかけられた魔法の対抗策は考えたのに、この状況に頭が回らなかった自分はマジでバカだと思う。あのバカ女なら、こういうことしでかすに決まってるよね。何でも自分の思い通りにならないと癇癪を起こす千年聖女様だもんね。
 まとめてどうにかしたいのに、考える間を与えてくれない。隠れても隠れてもすぐ見つかる。鬼が百人以上いるかくれんぼだ。そしてその鬼は、神殿の勝手知ったる者たちばかり。
 「鬼を、もっと、減らさないと、考えが、まとまらぬ」
 走り回って体力の限界が近い。影艶には神官長を攫ってきてもらうよう頼んである。
 「シラユキ、大丈夫?」
 兄よ。なぜそんなに爽やかなのだ。息切れ一つしていない意味がわからぬ。私だって野山を駆けまわっていたから体力の鬼のはずなんですけど。神殿暮らしで衰えたか。
 「魔力を使いながらだから、キツいんだよ」
 とりあえず神官を優先的に解除している。また千年聖女に操られると面倒なので、解除した者は外に出るよう伝えてある。兄の護衛が保護してくれるだろう。
 「もう三十人は優に超えた。魔力が底を尽きかけているんだ。一斉解除の方法を思いついても、行使出来ないよ、シラユキ」
 「わかってますよ。これは容易に想定出来た事態。それを怠った私のミスです」
 「そんなことを言っているんじゃないんだよ、シラユキ。あるものを使って、と言っているの」
 座り込む私を、兄が膝をついて覗き込む。
 「緊急事態。怒らないで、シラユキ」
 兄が私の足を跨ぐ。兄の両手が私の頬を包む。何かの魔法が行使されたようで、私の体が動かせない。
 「私の魔力、使って」
 「っ」
 兄の唇が重なった。
 「シラユキ、クチ、開けないと。譲渡、出来ないよ」
 そう言って、私の顔をより上向かせる。自然と口が開き、兄の舌が入り込む。
 「ふぅっ」
 上手く息が出来ない。苦しくて、声を上げようとするのに上手く出ない。舌がやたらと絡まってくるのだが、こんなことしないとダメなの?ちょっとおばちゃん恥ずかしい。早く終わって欲しい。いくら私でも、さすがにこれは恥ずかしいぞ。そして苦しい。マジで。
 少しすると、体の中心が温かくなってきた。魔力が入ってきている。
 もう充分だと伝えたいのに、体が動かないせいで今一伝わらず、ちっともやめてくれない。
 「んんっ、んぅっ」
 抗議の声っぽいものを上げ続けたら、ようやく兄が離れた。
 「はあ、魔力、ありがと。助かったよ。体、動くようにして」
 兄が片手で顔を覆っている。
 「もしかして、魔力渡しすぎた?だから早くやめろって言ってたのに」
 おばちゃんの羞恥の時間も、も少し短くて済んだのに。
 兄が、指の隙間から私を見た。目が潤んでいるように見える。そして空いたもう片方の手が、私の目を塞ぐ。
 「なに?」
 どうしたんだ、兄。ちゅーもどきをして気まずくなったか。ちょっと恥ずかしかったけど、魔力譲渡だとわかっているから、キミの唇を奪ったとは思ってない。安心したまえ。
 「少し、私を見ないで」
 そう言った兄の顔が近付く気配がすると、首筋を舐められた。そのまま顎を伝って頬と唇も舐められた。さっきの行為で流れた唾液を舐め取っているようだ。ハンカチで拭けよ。ぞわぞわするからやめて欲しい。
 「汚いですよ」
 「私は綺麗だよ」
 「私ですよ。汗と埃まみれです」
 「シラユキは、どんなシラユキでも、綺麗」
 「そんなわけないじゃないですか」
 「本当だよ、シラユキ」
 いや、ホントにどうした、兄よ。


*つづく*
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