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没ネタ集
レイガード新王即位編幻の9話
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「ああ、申し訳ありません。ですが、どうしても聞き届けていただきたいお話しがございまして」
片方の男がそんなことを言った。面識もない人間の話を聞く義理などないというのに、男は図々しくも、しかも遥かに格上であるエリアストに、あろうことか、頼み事があると言う。
アリスとの時間を邪魔しただけでは飽き足らず、礼儀も弁えず、その上頼み事など、神経を疑う。
しかし、それだけでは終わらなかった。
「あの、小公爵夫人様?少々込み入った話になりますので、席を外し」
ていただいた方がよろしいかと思います。
そう続くはずだった。
バシャン
女は、何が起きたかわからなかった。
「あ、あ、ぁぅ」
気付けば、噴水の中にいた。
声にならない声を出す。カチカチと、歯の根が合わないほど震えているのは、全身ずぶ濡れのせいではない。目の前の恐怖に、怯えている。女と一緒にいた男ともう一組の男女も、青ざめて震えている。水の中から助けることも出来ないほど、目の前の恐怖に竦んで動けない。
こんなはずではなかった。
彼を怒らせるなんて、本当にそんなつもりではなかったのだ。
助けてもらいたかっただけだ。
そして、あまり良い内容ではなかったので、溺愛しているアリスに聞かせてしまうことは憚られた。そのための、彼らなりの配慮ではあったのだ。
それであれば、アリスを連れていない場面でエリアストを掴まえなくてはならなかったのだが、彼らは完全にタイミングを間違えた。そして、その溺愛ぶりを、見誤りすぎていたのだ。
「エルシィに、何と言った」
月に照らされ、冴え冴えとした殺意を纏うエリアストに、四人は意識を失った。だが、エリアストは赦さない。どこからか現れた護衛が、強制的に四人の意識を戻す。
「エルシィとの時間を奪い、不躾に頼み事をしようとした挙げ句、エルシィに席を外せ?」
四人は身を寄せ合って縮こまる。震えが止まらない。
エリアストの反応は薄い上に纏う空気は冷ややかだが、話しかければ簡単ではあるが相槌は打ってくれていた。恐ろしいという噂はあったが、アリスやララと話をする姿を見て、噂は噂でしかなかったのだと思った。
「貴様らの話に価値などない。私の側からエルシィを離してどうするつもりだった」
ああ、そうだ。
何故忘れていたのだろう。
あらぬ方向に誤解しているエリアストに違うと伝えたいが、まったく声が出ない。正真正銘エリアストに用があっただけ。エリアストからアリスを離し、どうにかしたかったのではない。伝えようと口を動かすが、ハクハクと息しか出ない。知らず溢れる涙と恐怖で、顔はぐちゃぐちゃだ。
二人の結婚式に集まった公賓の歓迎会をしたあの日。人に囲まれていたエリアストが、そこから抜け出すために纏った空気を。絶対零度の眼差しを。
何故、忘れていたのだろう。
「悪いことなど出来んようにせんとな」
護衛から受け取った剣を、鞘から抜く。
「悪事を働こうとする手か」
鞘を地面に落とし、ゆっくり四人に近付く。
「悪事を働いて逃げようとする足か」
四人は抜き身の剣から目が離せない。
「悪事を考える頭か」
下げられたままの剣が、月の光を反射して、妖しく輝いた。
「選べ」
切り捨ててやる。
*つづく*
片方の男がそんなことを言った。面識もない人間の話を聞く義理などないというのに、男は図々しくも、しかも遥かに格上であるエリアストに、あろうことか、頼み事があると言う。
アリスとの時間を邪魔しただけでは飽き足らず、礼儀も弁えず、その上頼み事など、神経を疑う。
しかし、それだけでは終わらなかった。
「あの、小公爵夫人様?少々込み入った話になりますので、席を外し」
ていただいた方がよろしいかと思います。
そう続くはずだった。
バシャン
女は、何が起きたかわからなかった。
「あ、あ、ぁぅ」
気付けば、噴水の中にいた。
声にならない声を出す。カチカチと、歯の根が合わないほど震えているのは、全身ずぶ濡れのせいではない。目の前の恐怖に、怯えている。女と一緒にいた男ともう一組の男女も、青ざめて震えている。水の中から助けることも出来ないほど、目の前の恐怖に竦んで動けない。
こんなはずではなかった。
彼を怒らせるなんて、本当にそんなつもりではなかったのだ。
助けてもらいたかっただけだ。
そして、あまり良い内容ではなかったので、溺愛しているアリスに聞かせてしまうことは憚られた。そのための、彼らなりの配慮ではあったのだ。
それであれば、アリスを連れていない場面でエリアストを掴まえなくてはならなかったのだが、彼らは完全にタイミングを間違えた。そして、その溺愛ぶりを、見誤りすぎていたのだ。
「エルシィに、何と言った」
月に照らされ、冴え冴えとした殺意を纏うエリアストに、四人は意識を失った。だが、エリアストは赦さない。どこからか現れた護衛が、強制的に四人の意識を戻す。
「エルシィとの時間を奪い、不躾に頼み事をしようとした挙げ句、エルシィに席を外せ?」
四人は身を寄せ合って縮こまる。震えが止まらない。
エリアストの反応は薄い上に纏う空気は冷ややかだが、話しかければ簡単ではあるが相槌は打ってくれていた。恐ろしいという噂はあったが、アリスやララと話をする姿を見て、噂は噂でしかなかったのだと思った。
「貴様らの話に価値などない。私の側からエルシィを離してどうするつもりだった」
ああ、そうだ。
何故忘れていたのだろう。
あらぬ方向に誤解しているエリアストに違うと伝えたいが、まったく声が出ない。正真正銘エリアストに用があっただけ。エリアストからアリスを離し、どうにかしたかったのではない。伝えようと口を動かすが、ハクハクと息しか出ない。知らず溢れる涙と恐怖で、顔はぐちゃぐちゃだ。
二人の結婚式に集まった公賓の歓迎会をしたあの日。人に囲まれていたエリアストが、そこから抜け出すために纏った空気を。絶対零度の眼差しを。
何故、忘れていたのだろう。
「悪いことなど出来んようにせんとな」
護衛から受け取った剣を、鞘から抜く。
「悪事を働こうとする手か」
鞘を地面に落とし、ゆっくり四人に近付く。
「悪事を働いて逃げようとする足か」
四人は抜き身の剣から目が離せない。
「悪事を考える頭か」
下げられたままの剣が、月の光を反射して、妖しく輝いた。
「選べ」
切り捨ててやる。
*つづく*
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