3 / 7
3
しおりを挟む
ラナンは病に冒されていた。少しずつ体に力が入らなくなっていく、原因不明の難病。
「ラナン、危ないからあまりそっちに行くな。オレは助けることが出来ないんだからな」
王族が臣下のために命を危険に晒すことは、あってはならない。
「大丈夫ですよ、殿下」
ミィアリーファの大好きな花で、花嫁のブーケを作ってあげるんだ。
この国は、婚約を結べるのは十六になってから。二つ下の幼なじみ、ミィアリーファを心から愛しているラナンは、小さな頃からずっとミィアリーファに結婚を申し込んでいた。ミィアリーファはラナンに求婚される度、幼い頃は、もちろんよ、と満面の笑顔で、年頃になってからは嬉しさで目を潤ませながら、はい、と恥ずかしそうに、返事をしていた。
ラナンに異変が現れ始めたのは、十四歳になろうという頃だ。最初は物をよく落とすようになった。それがだんだん足に力が入らないような感覚が現れ始め、両親が医者に診せた。そして告げられた残酷な現実。
「十八歳を迎える頃には、起き上がることは困難でしょう」
少しでも進行を抑えようと、体力作りに励む。だが、病は嘲笑うかのように進む。次第に転びやすくなり、ナイフとフォークを持つ手が震えるようになった。ただ、首から上の機能に支障はなく、体も痩せるようなことはないため、見た目はまったくの健康体に見えるので、周りに気付かれることはなかった。
元々活動的ではなかったので、ミィアリーファと会っていても、病に気付かれずに済んだ。物を落としたり転びかけても、“領地経営のことを少しずつ学んでいて寝不足”で誤魔化した。ただ、これを言うと、ミィアリーファは体を気遣って帰ってしまう。
しかし、それも限界に近付いていた。
誤魔化せなくなる。
ラナンは、グリアフィシスに頼み事をする。
「殿下。ミィアリーファに贈り物をしたいのです。あの湖に咲く花で、花嫁のブーケを作って、ミィアリーファにあげたいんだ」
「ラナン、危ないからあまりそっちに行くな。オレは助けることが出来ないんだからな」
「大丈夫ですよ、殿下。こっちの方が綺麗に咲いているから、もう少しだけです」
ラナンは幸せそうに花を摘んだ。
「ほら、殿下。綺麗でしょう」
丁寧に束ねられた花に、グリアフィシスの顔も綻ぶ。
「申し訳ありません、殿下。リボンを馬車に置いてきてしまいました。この花を持っていていただけますか。ちょっと取ってきます」
ラナンに花を差し出され、グリアフィシスは笑った。
「いい、ラナン。私が行くから少し休んでいろ」
「いえ、殿下を使うわけには」
慌てて花束を押しつけようとするが、グリアフィシスは立ち上がり、いいから座っていろ、と馬車へと歩いた。
すぐにグリアフィシスは戻ったが、先程まで自分たちがいた場所には、すでにリボンで飾り付けられた花束が置いてあった。嫌な予感がした。前方にはラナンがいる。数メートル先は崖だ。
「ラナン、何をしている」
ラナンはグリアフィシスを振り返ると、困ったように笑った。
「来ないで。ごめんね、グリアフィシス。ボクの最期のわがまま、聞いて欲しい」
「何をしている、ラナン。こっちへ来い」
一歩近付くと、一歩下がるラナン。後ろは崖だ。
「花嫁のブーケ、本当はボクが渡したかったんだけど」
「ああ、そうしてくれ。早くこっちに来るんだ」
迂闊に近寄れない。視界は開けており、後ろは崖。護衛たちも死角をついて近付くことが出来ない。
「動けなくなっていくボクを、見て欲しくない」
「ラナン」
「リーファを、動けないボクに一生縛り付けるなんて、耐えられない」
胸の前に広げた両手を、ぎゅっと握り締める。
「リーファには、笑っていて欲しい」
「おまえがいなくなったら、彼女は一生笑わんぞ」
「だからグリアフィシス。キミに頼むんじゃないか」
「ラナン、バカを言うな。ほら、こっちへ来い」
届く距離ではないが、手を伸ばす。懸命に、伸ばす。
「ブーケ、渡してね」
一歩、ラナンは後ろに下がった。
「ラナン」
「リーファに、愛してるって伝えて」
もう一歩、下がる。
「ラナン、自分で伝えるんだ」
「グリアフィシス。大好きだよ」
また一歩、崖に近付く。
「ラナン!戻れ!」
グリアフィシスは走った。
「ばいばい」
「ラナン!!」
弱いボクでごめんね。グリアフィシス、キミに辛い役目を押しつけてしまうボクを、赦して欲しい。
体がゆっくり落ちていく。
「ミィアリーファ」
愛しい、愛しいリーファ。悲しませてしまうね。何も告げずに逃げるボクを、卑怯だと罵っても構わない。でも、キミへの愛だけは疑わないで。
たくさんたくさん泣いていい。たくさん泣いたら、前を向いて。すぐ側に、とっても素敵な人がいるから。キミを幸せに出来る人が、隣にいてくれるから。
最期に思い出す顔が、笑顔のキミでよかった。
ボクはキミに笑顔をあげられていたんだ。よかった。
「愛してるよ」
どうか、幸せに。
バシャン
*つづく*
「ラナン、危ないからあまりそっちに行くな。オレは助けることが出来ないんだからな」
王族が臣下のために命を危険に晒すことは、あってはならない。
「大丈夫ですよ、殿下」
ミィアリーファの大好きな花で、花嫁のブーケを作ってあげるんだ。
この国は、婚約を結べるのは十六になってから。二つ下の幼なじみ、ミィアリーファを心から愛しているラナンは、小さな頃からずっとミィアリーファに結婚を申し込んでいた。ミィアリーファはラナンに求婚される度、幼い頃は、もちろんよ、と満面の笑顔で、年頃になってからは嬉しさで目を潤ませながら、はい、と恥ずかしそうに、返事をしていた。
ラナンに異変が現れ始めたのは、十四歳になろうという頃だ。最初は物をよく落とすようになった。それがだんだん足に力が入らないような感覚が現れ始め、両親が医者に診せた。そして告げられた残酷な現実。
「十八歳を迎える頃には、起き上がることは困難でしょう」
少しでも進行を抑えようと、体力作りに励む。だが、病は嘲笑うかのように進む。次第に転びやすくなり、ナイフとフォークを持つ手が震えるようになった。ただ、首から上の機能に支障はなく、体も痩せるようなことはないため、見た目はまったくの健康体に見えるので、周りに気付かれることはなかった。
元々活動的ではなかったので、ミィアリーファと会っていても、病に気付かれずに済んだ。物を落としたり転びかけても、“領地経営のことを少しずつ学んでいて寝不足”で誤魔化した。ただ、これを言うと、ミィアリーファは体を気遣って帰ってしまう。
しかし、それも限界に近付いていた。
誤魔化せなくなる。
ラナンは、グリアフィシスに頼み事をする。
「殿下。ミィアリーファに贈り物をしたいのです。あの湖に咲く花で、花嫁のブーケを作って、ミィアリーファにあげたいんだ」
「ラナン、危ないからあまりそっちに行くな。オレは助けることが出来ないんだからな」
「大丈夫ですよ、殿下。こっちの方が綺麗に咲いているから、もう少しだけです」
ラナンは幸せそうに花を摘んだ。
「ほら、殿下。綺麗でしょう」
丁寧に束ねられた花に、グリアフィシスの顔も綻ぶ。
「申し訳ありません、殿下。リボンを馬車に置いてきてしまいました。この花を持っていていただけますか。ちょっと取ってきます」
ラナンに花を差し出され、グリアフィシスは笑った。
「いい、ラナン。私が行くから少し休んでいろ」
「いえ、殿下を使うわけには」
慌てて花束を押しつけようとするが、グリアフィシスは立ち上がり、いいから座っていろ、と馬車へと歩いた。
すぐにグリアフィシスは戻ったが、先程まで自分たちがいた場所には、すでにリボンで飾り付けられた花束が置いてあった。嫌な予感がした。前方にはラナンがいる。数メートル先は崖だ。
「ラナン、何をしている」
ラナンはグリアフィシスを振り返ると、困ったように笑った。
「来ないで。ごめんね、グリアフィシス。ボクの最期のわがまま、聞いて欲しい」
「何をしている、ラナン。こっちへ来い」
一歩近付くと、一歩下がるラナン。後ろは崖だ。
「花嫁のブーケ、本当はボクが渡したかったんだけど」
「ああ、そうしてくれ。早くこっちに来るんだ」
迂闊に近寄れない。視界は開けており、後ろは崖。護衛たちも死角をついて近付くことが出来ない。
「動けなくなっていくボクを、見て欲しくない」
「ラナン」
「リーファを、動けないボクに一生縛り付けるなんて、耐えられない」
胸の前に広げた両手を、ぎゅっと握り締める。
「リーファには、笑っていて欲しい」
「おまえがいなくなったら、彼女は一生笑わんぞ」
「だからグリアフィシス。キミに頼むんじゃないか」
「ラナン、バカを言うな。ほら、こっちへ来い」
届く距離ではないが、手を伸ばす。懸命に、伸ばす。
「ブーケ、渡してね」
一歩、ラナンは後ろに下がった。
「ラナン」
「リーファに、愛してるって伝えて」
もう一歩、下がる。
「ラナン、自分で伝えるんだ」
「グリアフィシス。大好きだよ」
また一歩、崖に近付く。
「ラナン!戻れ!」
グリアフィシスは走った。
「ばいばい」
「ラナン!!」
弱いボクでごめんね。グリアフィシス、キミに辛い役目を押しつけてしまうボクを、赦して欲しい。
体がゆっくり落ちていく。
「ミィアリーファ」
愛しい、愛しいリーファ。悲しませてしまうね。何も告げずに逃げるボクを、卑怯だと罵っても構わない。でも、キミへの愛だけは疑わないで。
たくさんたくさん泣いていい。たくさん泣いたら、前を向いて。すぐ側に、とっても素敵な人がいるから。キミを幸せに出来る人が、隣にいてくれるから。
最期に思い出す顔が、笑顔のキミでよかった。
ボクはキミに笑顔をあげられていたんだ。よかった。
「愛してるよ」
どうか、幸せに。
バシャン
*つづく*
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
39
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる