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 ラナンは病におかされていた。少しずつ体に力が入らなくなっていく、原因不明の難病。
 「ラナン、危ないからあまりそっちに行くな。オレは助けることが出来ないんだからな」
 王族が臣下しんかのために命を危険にさらすことは、あってはならない。
 「大丈夫ですよ、殿下」
 ミィアリーファの大好きな花で、花嫁のブーケを作ってあげるんだ。
 この国は、婚約を結べるのは十六になってから。二つ下の幼なじみ、ミィアリーファを心から愛しているラナンは、小さな頃からずっとミィアリーファに結婚を申し込んでいた。ミィアリーファはラナンに求婚される度、幼い頃は、もちろんよ、と満面の笑顔で、年頃になってからは嬉しさで目をうるませながら、はい、と恥ずかしそうに、返事をしていた。
 ラナンに異変が現れ始めたのは、十四歳になろうという頃だ。最初は物をよく落とすようになった。それがだんだん足に力が入らないような感覚が現れ始め、両親が医者に診せた。そして告げられた残酷な現実。
 「十八歳成人を迎える頃には、起き上がることは困難でしょう」
 少しでも進行をおさえようと、体力作りに励む。だが、病は嘲笑あざわらうかのように進む。次第に転びやすくなり、ナイフとフォークを持つ手が震えるようになった。ただ、首から上の機能に支障はなく、体もせるようなことはないため、見た目はまったくの健康体に見えるので、周りに気付かれることはなかった。
 元々活動的ではなかったので、ミィアリーファと会っていても、病に気付かれずに済んだ。物を落としたり転びかけても、“領地経営のことを少しずつ学んでいて寝不足”で誤魔化ごまかした。ただ、これを言うと、ミィアリーファは体を気遣きづかって帰ってしまう。
 しかし、それも限界に近付いていた。
 誤魔化せなくなる。
 ラナンは、グリアフィシスに頼み事をする。
 「殿下。ミィアリーファに贈り物をしたいのです。あの湖に咲く花で、花嫁のブーケを作って、ミィアリーファにあげたいんだ」


 
 「ラナン、危ないからあまりそっちに行くな。オレは助けることが出来ないんだからな」
 「大丈夫ですよ、殿下。こっちの方が綺麗に咲いているから、もう少しだけです」
 ラナンは幸せそうに花を摘んだ。
 「ほら、殿下。綺麗でしょう」
 丁寧にたばねられた花に、グリアフィシスの顔もほころぶ。
 「申し訳ありません、殿下。リボンを馬車に置いてきてしまいました。この花を持っていていただけますか。ちょっと取ってきます」
 ラナンに花を差し出され、グリアフィシスは笑った。
 「いい、ラナン。私が行くから少し休んでいろ」
 「いえ、殿下を使うわけには」
 慌てて花束を押しつけようとするが、グリアフィシスは立ち上がり、いいから座っていろ、と馬車へと歩いた。
 すぐにグリアフィシスは戻ったが、先程まで自分たちがいた場所には、すでにリボンで飾り付けられた花束が置いてあった。嫌な予感がした。前方にはラナンがいる。数メートル先は崖だ。
 「ラナン、何をしている」
 ラナンはグリアフィシスを振り返ると、困ったように笑った。
 「来ないで。ごめんね、グリアフィシス。ボクの最期のわがまま、聞いて欲しい」
 「何をしている、ラナン。こっちへ来い」
 一歩近付くと、一歩下がるラナン。後ろは崖だ。
 「花嫁のブーケ、本当はボクが渡したかったんだけど」
 「ああ、そうしてくれ。早くこっちに来るんだ」
 迂闊うかつに近寄れない。視界は開けており、後ろは崖。護衛たちも死角をついて近付くことが出来ない。
 「動けなくなっていくボクを、見て欲しくない」
 「ラナン」
 「リーファを、動けないボクに一生縛り付けるなんて、耐えられない」
 胸の前に広げた両手を、ぎゅっと握り締める。
 「リーファには、笑っていて欲しい」
 「おまえがいなくなったら、彼女は一生笑わんぞ」
 「だからグリアフィシス。キミに頼むんじゃないか」
 「ラナン、バカを言うな。ほら、こっちへ来い」
 届く距離ではないが、手を伸ばす。懸命けんめいに、伸ばす。
 「ブーケ、渡してね」
 一歩、ラナンは後ろに下がった。
 「ラナン」
 「リーファに、愛してるって伝えて」
 もう一歩、下がる。
 「ラナン、自分で伝えるんだ」
 「グリアフィシス。大好きだよ」
 また一歩、崖に近付く。
 「ラナン!戻れ!」
 グリアフィシスは走った。
 「ばいばい」
 「ラナン!!」
 弱いボクでごめんね。グリアフィシス、キミに辛い役目を押しつけてしまうボクを、ゆるして欲しい。
 体がゆっくり落ちていく。
 「ミィアリーファ」
 愛しい、愛しいリーファ。悲しませてしまうね。何も告げずに逃げるボクを、卑怯ひきょうだとののしっても構わない。でも、キミへの愛だけは疑わないで。
 たくさんたくさん泣いていい。たくさん泣いたら、前を向いて。すぐ側に、とっても素敵な人がいるから。キミを幸せに出来る人が、隣にいてくれるから。
 最期に思い出す顔が、笑顔のキミでよかった。
 ボクはキミに笑顔をあげられていたんだ。よかった。
 「愛してるよ」
 どうか、幸せに。
 バシャン
 

 *つづく*
 
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