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疑念
初めてテレーゼの声を聞いたマリーナは、大きく目を開いた。
「わたくしは、席を外した方が良さそうね」
パタリと本を閉じ、立ち上がりかけたテレーゼに、マリーナは慌てた。
「い、いいえっ。あの、あの、不敬を承知で、聞いていただきたいのですがっ」
今度はテレーゼが目を丸くした。少ししてから、テレーゼは自分の隣を手で示す。
「よろしかったら、お座りになって?」
マリーナは、自分でも驚くほどの勇気だったと思う。マリーナは侯爵令嬢に相応しくないほど気が弱く、周りに流されるタイプの人間だ。悪女に、さらには筆頭公爵家という格段に上の存在に、自身の境遇を話しているこの状況が、どこか夢を見ているようでもあった。
マリーナは、気付けばすべてを話していた。
不安も不満も恐怖も迷いも、すべて、詳らかに。
テレーゼは口を挟むことなく、黙って聞いていた。
話し終えたマリーナに、テレーゼはそっとハンカチを差し出した。マリーナは驚いてテレーゼを見る。表情のない、精巧な人形のようなテレーゼは、少しだけ首を傾けた。
「涙、お拭きになって?」
「あ、あ、あ、ありがとう、ございます」
悪女、とはかけ離れた行動に、思わず受け取るマリーナ。そのハンカチは、フワリと、優しい花の香りがした。
「あの、初対面で、さらには格下であるにもかかわらず、無礼な振る舞いをいたしました。大変、申し訳ありませんでした」
頭を下げると、テレーゼは顔を上げるように言う。
「人の思惑に振り回されるということは、大変なことね」
テレーゼの言葉が、なぜか、とても悲しく聞こえた。
「わたくしは、アドバイスなんて出来ませんが」
少し俯いた後、マリーナを向く。
「あなたのお話しは、とてもわかりやすいですわ」
その言葉に、マリーナは驚く。
「人に伝えるということは、とても難しい。けれど」
テレーゼの真摯な目が、マリーナを見つめる。
「あなたは、他人を思いやることが出来ますのね」
出来て当たり前と、褒められることの殆どないマリーナは、嬉しさに顔が紅潮していく。
「どうすれば相手がわかるのかを常に考えていらっしゃる」
「レム、公爵嬢、様」
「おかげで、とてもよく伝わりましたわ」
テレーゼは立ち上がった。マリーナも慌てて立ち上がる。
「お力にはなれないけれど、話を聞くことは出来ますから」
ハンカチを受け取ろうと、テレーゼは手を差し出す。
「あ、あの、ハンカチ、洗ってお返ししますっ」
テレーゼは首を振った。
「わたくしの持ち物が、ひとつでもないと、お兄様たちが黙っていませんの」
マリーナは目を見開く。
「差し上げられればよろしいのでしょうけれど、そのまま、お返しになって」
爪の先まで完璧に整えられた美しい手に、マリーナはハンカチを乗せた。
「ご機嫌よう、ハルベディ侯爵嬢様」
表情のないまま、テレーゼは去って行った。その背中を見送りながら、マリーナの中でいいようのない何かが渦巻いていた。
*つづく*
「わたくしは、席を外した方が良さそうね」
パタリと本を閉じ、立ち上がりかけたテレーゼに、マリーナは慌てた。
「い、いいえっ。あの、あの、不敬を承知で、聞いていただきたいのですがっ」
今度はテレーゼが目を丸くした。少ししてから、テレーゼは自分の隣を手で示す。
「よろしかったら、お座りになって?」
マリーナは、自分でも驚くほどの勇気だったと思う。マリーナは侯爵令嬢に相応しくないほど気が弱く、周りに流されるタイプの人間だ。悪女に、さらには筆頭公爵家という格段に上の存在に、自身の境遇を話しているこの状況が、どこか夢を見ているようでもあった。
マリーナは、気付けばすべてを話していた。
不安も不満も恐怖も迷いも、すべて、詳らかに。
テレーゼは口を挟むことなく、黙って聞いていた。
話し終えたマリーナに、テレーゼはそっとハンカチを差し出した。マリーナは驚いてテレーゼを見る。表情のない、精巧な人形のようなテレーゼは、少しだけ首を傾けた。
「涙、お拭きになって?」
「あ、あ、あ、ありがとう、ございます」
悪女、とはかけ離れた行動に、思わず受け取るマリーナ。そのハンカチは、フワリと、優しい花の香りがした。
「あの、初対面で、さらには格下であるにもかかわらず、無礼な振る舞いをいたしました。大変、申し訳ありませんでした」
頭を下げると、テレーゼは顔を上げるように言う。
「人の思惑に振り回されるということは、大変なことね」
テレーゼの言葉が、なぜか、とても悲しく聞こえた。
「わたくしは、アドバイスなんて出来ませんが」
少し俯いた後、マリーナを向く。
「あなたのお話しは、とてもわかりやすいですわ」
その言葉に、マリーナは驚く。
「人に伝えるということは、とても難しい。けれど」
テレーゼの真摯な目が、マリーナを見つめる。
「あなたは、他人を思いやることが出来ますのね」
出来て当たり前と、褒められることの殆どないマリーナは、嬉しさに顔が紅潮していく。
「どうすれば相手がわかるのかを常に考えていらっしゃる」
「レム、公爵嬢、様」
「おかげで、とてもよく伝わりましたわ」
テレーゼは立ち上がった。マリーナも慌てて立ち上がる。
「お力にはなれないけれど、話を聞くことは出来ますから」
ハンカチを受け取ろうと、テレーゼは手を差し出す。
「あ、あの、ハンカチ、洗ってお返ししますっ」
テレーゼは首を振った。
「わたくしの持ち物が、ひとつでもないと、お兄様たちが黙っていませんの」
マリーナは目を見開く。
「差し上げられればよろしいのでしょうけれど、そのまま、お返しになって」
爪の先まで完璧に整えられた美しい手に、マリーナはハンカチを乗せた。
「ご機嫌よう、ハルベディ侯爵嬢様」
表情のないまま、テレーゼは去って行った。その背中を見送りながら、マリーナの中でいいようのない何かが渦巻いていた。
*つづく*
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