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そうして、年が明けた。玲は新年を祝う気にはなれず、自宅に引きこもってSNSをチェックしたり、過去の自社情報を集めている。まだ、これといった手応えはない。
このまま父の思い通りになるのは御免だ。そう思っていても、現実は容赦ない。ただ無為に日が過ぎる中、玲に限界が来た。思ったより早いなと他人事のように思いながら、タクシーに乗った。
新年の街は賑やかだ。空虚に華々しい街並みを遠い異国のように見つめていると、雪が降り始めた。
夕闇に降る雪は粉のように軽く、街灯の光を浴びている。白銀の粒が宙を舞い、アスファルトに触れると音もなく消えていく。
タクシーから降りた玲のチェスターコートの肩に、雪が薄っすらと重なっている。睫毛に絡まった雪が溶けて、頬を伝っていく。涙にも似た感触に戸惑う間もなく、桜のマンションのエントランス前に辿り着いていた。
ガラス越しに漏れる暖色灯が、雪を柔らかく溶かして金色に滲ませる。その光が、玲の影を長く細く、地面に落としていた。
最近は薬も効かなくなってきた頭痛がひどい。痛みはもう頭蓋の奥を通り越して、全身を灼くようだ。視界が歪み、耳鳴りが雪の音を掻き消す。
「桜」
掠れた声が、雪に吸い込まれる。
「桜……」
雪は答えを返さない。ただ、静かに、容赦なく降り積もるだけだ。玲の背中に、肩に、髪に、白い雪が黒いコートを埋めていく。まるで、玲をこの世界から消していくように。
雪が積もり始め、足元が白く盛り上がる。玲は降りしきる雪の中、立ち尽くしていた。
その時、エントランスの自動ドアが静かに開いた。ヴーンというドアの音が、夜の静寂を破る。
「……玲?」
雪の中に、桜が立っていた。薄いペールグリーンのカーディガン一枚という軽装だ。
「……桜」
「こんな寒い夜に、何考えてるの」
「……桜こそ、そんな格好で」
桜の足元は素足で、スニーカーをつっかけている。ただ、手に何か持っていた。
「体のこと考えてって、いつも言ってるのに、全然聞いてくれないんだから」
ふわりと巻きつけられたのは、グレーのマフラーだった。不揃いな編み目が、それが手作りだと主張する。
震える手がゆっくりと伸びて、玲の頬に触れた。温かい。
「……ごめんね」
桜の声は、雪よりも儚い。贖罪の響きすら愛しくて、玲は桜の手に自分の手を重ねた。
「ごめん。桜の願いなのに、俺は叶えられない」
「ううん。私が我儘なの」
桜の目が潤んだ。白い吐息が、ほわりと彼女の輪郭を滲ませる。
「別れたいって言ったくせに、玲に会いたかった」
「桜」
「やっぱり、どうしても玲が好き」
その瞬間、玲の頭痛が消えた。雪の中、震える体を抱き締める。華奢な体は、玲の腕の中にすっぽりと収まった。
「桜……桜……」
雪が、二人の肩に降り積もる。玲の腕の中で、桜が震えながら泣いていた。彼女の温もりが、玲の心を溶かしていく。
「もう離さない」
玲は桜の髪に顔を埋めて、繰り返した。
「二度と離さない。死んでも離さない」
桜は玲の胸に顔を埋めて、黙って頷いている。ぎゅっとしがみつく腕の力が強くなって、玲は心底安心した。
白い息が絡まり、玲はゆっくりと桜の唇にキスを落とした。
「愛してる」
キスの合間に、桜の耳元で何度も繰り返した。
「愛してる……愛してる……」
「私も……ずっと、玲が好き。玲だけが好き」
うん、と頷いて、玲はもう一度桜にキスをした。透きとおるような冷たさの中で、互いだけが唯一の存在だった。
「……まだ、何もできてないけど。最悪、あの家から逃げるしかできないけど」
玲は、桜に誓うように告げた。
「もう離れない。桜が嫌がっても、離れるなんて無理だ」
「嫌じゃない」
細い指で玲の唇を撫で、桜が微笑む。
「玲なら嫌じゃない。嬉しい。でも玲じゃないなら、絶対嫌」
「傍にいてくれる? 俺、桜とずっと一緒にいられるように、頑張るから」
悠真はともかく、父と彩花には何も対抗できていない。それでも、諦めるつもりはなかった。
「部屋に入って。ほんとに風邪引いちゃう」
そう言って桜が離れようとする。抱き締めた腕に力を込めると、困ったように見上げてくる。
「私、もう逃げないから。信じて」
「……うん」
指と指を絡め合って手を繋いだ。冷えた指先に、少しずつ温もりを分け合って──どちらからともなく、笑い合った。
別れを願われたのは十日ほど前だ。そのたった十日が、六年間の別離よりつらかった。
「桜」
「ん?」
エレベーターを待つ間も、手は離さない。玲は桜が巻いてくれたマフラーに埋もれるようにして告白した。
「傍にいて」
「うん」
「俺から離れないで。逃げないで」
「うん。一緒にいる」
ずっといるからと言って、桜は玲の指に口づけた。
その後、真っ赤になった彼女が可愛くて愛しくて、玲はどうにかなりそうだった。
このまま父の思い通りになるのは御免だ。そう思っていても、現実は容赦ない。ただ無為に日が過ぎる中、玲に限界が来た。思ったより早いなと他人事のように思いながら、タクシーに乗った。
新年の街は賑やかだ。空虚に華々しい街並みを遠い異国のように見つめていると、雪が降り始めた。
夕闇に降る雪は粉のように軽く、街灯の光を浴びている。白銀の粒が宙を舞い、アスファルトに触れると音もなく消えていく。
タクシーから降りた玲のチェスターコートの肩に、雪が薄っすらと重なっている。睫毛に絡まった雪が溶けて、頬を伝っていく。涙にも似た感触に戸惑う間もなく、桜のマンションのエントランス前に辿り着いていた。
ガラス越しに漏れる暖色灯が、雪を柔らかく溶かして金色に滲ませる。その光が、玲の影を長く細く、地面に落としていた。
最近は薬も効かなくなってきた頭痛がひどい。痛みはもう頭蓋の奥を通り越して、全身を灼くようだ。視界が歪み、耳鳴りが雪の音を掻き消す。
「桜」
掠れた声が、雪に吸い込まれる。
「桜……」
雪は答えを返さない。ただ、静かに、容赦なく降り積もるだけだ。玲の背中に、肩に、髪に、白い雪が黒いコートを埋めていく。まるで、玲をこの世界から消していくように。
雪が積もり始め、足元が白く盛り上がる。玲は降りしきる雪の中、立ち尽くしていた。
その時、エントランスの自動ドアが静かに開いた。ヴーンというドアの音が、夜の静寂を破る。
「……玲?」
雪の中に、桜が立っていた。薄いペールグリーンのカーディガン一枚という軽装だ。
「……桜」
「こんな寒い夜に、何考えてるの」
「……桜こそ、そんな格好で」
桜の足元は素足で、スニーカーをつっかけている。ただ、手に何か持っていた。
「体のこと考えてって、いつも言ってるのに、全然聞いてくれないんだから」
ふわりと巻きつけられたのは、グレーのマフラーだった。不揃いな編み目が、それが手作りだと主張する。
震える手がゆっくりと伸びて、玲の頬に触れた。温かい。
「……ごめんね」
桜の声は、雪よりも儚い。贖罪の響きすら愛しくて、玲は桜の手に自分の手を重ねた。
「ごめん。桜の願いなのに、俺は叶えられない」
「ううん。私が我儘なの」
桜の目が潤んだ。白い吐息が、ほわりと彼女の輪郭を滲ませる。
「別れたいって言ったくせに、玲に会いたかった」
「桜」
「やっぱり、どうしても玲が好き」
その瞬間、玲の頭痛が消えた。雪の中、震える体を抱き締める。華奢な体は、玲の腕の中にすっぽりと収まった。
「桜……桜……」
雪が、二人の肩に降り積もる。玲の腕の中で、桜が震えながら泣いていた。彼女の温もりが、玲の心を溶かしていく。
「もう離さない」
玲は桜の髪に顔を埋めて、繰り返した。
「二度と離さない。死んでも離さない」
桜は玲の胸に顔を埋めて、黙って頷いている。ぎゅっとしがみつく腕の力が強くなって、玲は心底安心した。
白い息が絡まり、玲はゆっくりと桜の唇にキスを落とした。
「愛してる」
キスの合間に、桜の耳元で何度も繰り返した。
「愛してる……愛してる……」
「私も……ずっと、玲が好き。玲だけが好き」
うん、と頷いて、玲はもう一度桜にキスをした。透きとおるような冷たさの中で、互いだけが唯一の存在だった。
「……まだ、何もできてないけど。最悪、あの家から逃げるしかできないけど」
玲は、桜に誓うように告げた。
「もう離れない。桜が嫌がっても、離れるなんて無理だ」
「嫌じゃない」
細い指で玲の唇を撫で、桜が微笑む。
「玲なら嫌じゃない。嬉しい。でも玲じゃないなら、絶対嫌」
「傍にいてくれる? 俺、桜とずっと一緒にいられるように、頑張るから」
悠真はともかく、父と彩花には何も対抗できていない。それでも、諦めるつもりはなかった。
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「桜」
「ん?」
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「傍にいて」
「うん」
「俺から離れないで。逃げないで」
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