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Ⅸ
しおりを挟む王立魔法学校はこの国の魔法使いになるならば通わなくてはならない学校である。設備や教師陣も充実しており、国外から学びに来る魔法使いの卵やすでに魔法使いとして働いている者も多い学校だ。
そんな学校に場違いな男がひとり。
騎士の制服を身に纏い、魔法学校の門の前に仁王立ちで微動だにしない男は学生たちの噂のいいネタである。
男の正体を知っている者、特に女学生は「あの人、騎士団長のロート・レオーネ様じゃない?」「うそ! あ、本当だ……カッコイイ」「かっこいいけどちょっとこわいね、でもレオーネ様になら怒られたいかも」とヒソヒソ声。
レオーネ本人にも聞こえている筈なのだが、本人は全く気にも留めていないようだ。
レオーネが噂の的になっていると、門の向こう側から学校の新入生らしき真新しいローブを着た女の子が走ってくる。その女の子に気づいたレオーネは「こっちだ」と女の子に声をかけた。瞬間あたりがざわめきに包まれる。
ロート・レオーネ騎士団長に女の影はいままで無かった。
まさかロリコンなのか。という周りの雑音をまったく気にしないレオーネは、息を切らせてかけよってきた女の子に話しかける。
「アンナ久しぶりだな、息災だったか」
「はいレオーネ様! ところでご用と言うのはなんでしょうか?」
「お前の後見人に用があってな、その人からお前を迎えに行くよう頼まれた」
「マーリン様からですか? うーんなんだろ、テストの点数が悪かったのバレたかな」
「悪かったのか?」
「うん、攻撃の呪文はちょっと苦手」
「ならしっかりと基礎から励め、そうしたら苦手も少しは克服できるはずだ」
「はい!」
「ではいくぞ」と地面に移動用の魔法陣を展開させたレオーネはアンナと共に姿を消した。
その後、魔法学校では暫く噂の素になったが、当事者のアンナは全く気付いていなかったらしい。
移動用の魔法陣は一般に普及しているものであり、誰でも利用が可能だ。行きたいところに魔法陣を設置しておけば何度でも行ったりきたりが可能なものである。
レオーネとアンナが使用した移動用魔法陣は、大魔法使いマーリンの家に繋がっていた。
マーリンの家の庭にある東屋へと着いた二人は、向かい側にある草木に覆われた煉瓦作りの家へと向かう。木製の扉を叩き、しばらくすると扉がひらいた。
扉の向こうからから現れたのは、黒い髪を掻き上げ、欠伸をし、短い髭をなでる中年の男。
中年といっても腹が出ている訳でもなく、細身で瘦せている。渋めの顔は王城で働くメイド達に人気だ。だがそれは見た目だけの話であり、中身は百歳をゆうに超えている。
「マーリン様こんにちは!」
「んぁ、アンナか。どうした?」
「貴方が俺に連れてこいと言ったんでしょうが」
「あ? あぁ、デカい熊が居ると思ったらロート坊ちゃんか、まぁまずは家に入れ、茶ぁくらい淹れてやる」
「テキトーに座ってろ」といい台所へ消えていくマーリンに溜息を吐くレオーネに対し、アンナは珍しいものをみるように部屋の中をキョロキョロと見渡している。そんなアンナをソファに座らせたレオーネは勝手知ったるように台所へと向かい、お茶の準備をしているマーリンに「マドレーヌを持ってきました」とマドレーヌの入った包みをみせた。
「何味だ?」
「チョコレートとプレーンです」
「あー、なら紅茶じゃなくて折角だし玄米茶にしておくか」
「これは東の大陸でよく飲まれている茶でな」と上機嫌に話すマーリンに対し、全く聞くつもりもないレオーネは「それよりも聞きたいことがあります」と自ら食器棚から出した皿の上にマドレーヌを載せた。
「マーリン様、俺は何か忘れてはいけないものを忘れている気がするのです。もやがかかっているので魔法で封じられていると考え、知り合いの魔法使いに頼んだのですが、かなり腕のいい魔法使いに封じられたようで解除できないと言われました」
「んで俺にといてもらおうってわけか」
「そうです。アンナも迎えに行ってきましたし、依頼料金も払います」
「わーったわーった、引き受けてやるからまずは座れ、茶ぁもってくから。落ち着いてからじゃねぇと解けるもんも解けねぇよ」
「……わかりました」と渋々頷き、居間にある椅子に座るレオーネ。アンナはレオーネが持ってきたマドレーヌに目を輝かせ「おいしい!!」とニコニコしながら頬を膨らませている。
「これルー姉の家で食べたマドレーヌと同じやつだ! レオーネ様どこで買ったの?」
「これは俺が作ったものだが……アンナ、ルー姉とは誰だ?」
「え、ルーチェ・チヴェッタだよ? レオーネ様忘れちゃったの? いつもご飯一緒に食べてたよ?」
忘れるの早くない? と首を傾げるアンナに対し、レオーネは思い出そうと思考を巡らせるが、もやのような、霧のようなものが邪魔をして思い出せない。だが、アンナのお蔭でルーチェ・チヴェッタという人物のことが思い出せないと言うことはわかった。
「アンナ、そのチヴェッタという人はどんな人だ?」
「私の師匠になる人だよ! すごい魔法使いなんだ!!」
「あとココアが美味しいの!」と言うアンナにレオーネは「魔法使いか、俺に記憶の封印をかけた張本人だな」と納得しながらお茶をすする。
なぜ記憶を封印したのか。やましいものを俺に見られてしまい封印したというのが筋だろうが、封印が解かれる可能性も踏まえると俺を殺した方が安心できるはずだ。理由はわからないが、どうせすぐに解除してもらえるのだからいいか。と考えるのをやめた。
「まて、ロート坊ちゃんに記憶封印をかけたのはルーチェか?」
「ちょっとみせろ」とレオーネの額に触ったマーリンは「あのバカ娘」と舌打ちをする。
マーリンの魔力に反応して、レオーネの額に現れた魔法陣は黄色く輝いている。魔法陣の癖のある描き方からみてもルーチェ・チヴェッタが描いたもので間違いないだろう。
ついでに気づいちまった。とマーリンはまた舌打ちをする。
レオーネから微かに感じるチヴェッタの魔力。完全に体内に留まっていることから考えて、レオーネの魔力が枯渇したためチヴェッタが魔力を受け渡したか、性交渉による接触で魔力が混ざりレオーネの中に留まっているか。
前者はまず無いだろう。レオーネはその辺の魔法使いより魔力が多い。だからこそメルディンに預けるよう前王と王太后にマーリンが進言したのだから。
仮説として、レオーネとチヴェッタは偶発的(チヴェッタの性格と状況的に偶々だろうと予測する)に性交渉を行ない、望まなかったチヴェッタがレオーネの記憶を自身の存在と共に封印した。
うん、この理由が一番しっくりくるな。それにロート坊ちゃんのことだ、責任を取ると言って結婚の話まで出したんじゃないだろうか。
今どき一発やったくらいで結婚までもっていく奴は少ないが、坊ちゃんならやりそうだ。そう考えるとルーチェが記憶封印の魔法を使ったのも納得できる。坊ちゃんの安全を優先にしたのだろう、ルーチェらしい。とマーリンは納得し、レオーネの額から指を離しお茶をすすった。
「悪いロート坊ちゃん、解除は出来ない」
「は? 何故です!? 貴方にも解けない強力な魔法なんですか?」
「その魔法は坊ちゃんの安全のために、……いやよく考えると坊ちゃんだから死にはしねぇか。むしろ歓迎されそうだな……ってことは安全とかではなく、強姦だったのか? なら坊ちゃんを俺は殴るべきなんだろうがめんどくせぇしなー筋肉野郎を殴るとこっちが怪我するしなー」
ブツブツ呟くマーリンの言葉を聞いていたのか、アンナが「レオーネ様、強姦ってなに?」と聞いて来たので、レオーネは真剣な顔で「最低な奴のことだ」と適当に返す。が、内心では冷や汗をかいていた。
マーリン様の言葉を聞く限り、もしや俺はチヴェッタという魔法使いを凌辱したということではないのか? いやまさか、そんなことを俺がするはずがない。今までそういった衝動もない。だが俺の記憶を封印した理由にはなるだろう。やましいことを見られたから、という考えよりもしっくりくる。
「……なんてことだ、そんな、俺は、」
「いや本当のところはわからねぇぞ。何にしても解除はしない方が坊ちゃんにとってもルーチェにとってもいいんだろうな」
「ってことで解除はしねぇぞ」とマーリンはマドレーヌを口の中に放り込んだ。
「んだこれ、くそうめぇ」と年甲斐にもなくマドレーヌにがっつくマーリンに対し、マーリンの言葉を全く聞いていなかったレオーネは「謝罪をせねば、しかし俺の姿を二度と見たくないのではないか? だが何かしらの行動をしなければ、自己満足と言われようとも罪は償うべきだ、まずはご家族の方に土下座して……」と一人床に顔を向けながら呟く姿は、若干狂気めいている。
「アンナ!」
「は、はい!?」
突然名前を呼ばれてお茶の入ったカップを落しそうになったアンナに対し、勢いよく顔を上げたレオーネはアンナに聞いた。
「チヴェッタ殿のご家族と、好物は知っているか?」
「ルー姉ちゃんの家族はわからないけど、好きなものはベリーとかの果物のお菓子とかだと思う。あと秋になるとかぼちゃのマフィンがパン屋さんで売られるんだけど、毎年それを楽しみにしてたよ」
「ついでに言うとルーチェに家族はいないぞ。しいていうなら俺が親代わりだな」
「親代わり……マーリン様、チヴェッタ殿に会いに行く許可をください。俺はしてはいけないことをしたのかもしれません。せめてそれだけでも思い出し、謝罪したい」
「いいよ。と言いたいところだが、実際何があったか俺もわからん。ルーチェに手紙を出すから、返事が返ってくるまで何もするな。わかったな?」
「この話は一旦終わりだ」とマドレーヌをお茶で胃の中に流し込んだマーリンは「アンナに渡す本があってな」とアンナと共に書斎であろう部屋へと消えて行った。
ひとり残され、椅子に座っているレオーネはというと「俺は何故思い出せないっ思い出さなくてはいけないのに!!」と頭を抱え悶絶していた。
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