髑髏戦記

四季人

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叛逆のベリアル

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 300の異なるAIを内包し、その場の状況に応じて瞬時に最適解を導き出せる、この世界で唯一のキング・タイプがアーサーだ。
 前線に出せば、更に配下のナイト・タイプと情報を共有し、迅速に戦場を制圧できる。
 帝国に対する、僕らの最後の切り札だよ。
                    ──発言者不明

 ファロスは激しい頭痛で目を覚ました。
 見慣れたコンソールの配置が目に飛び込んできたが、幾つかの微妙な違いから深紅のテスタメントのコックピットでない事に気がつくと、朦朧としていた意識が一気に覚醒した。
「ここは、どこだ…⁉︎」
 ファロスの呼びかけに応じるように、黒い人型のホロヴィジョンが浮かび上がる。
『起きたか』
 そのホロヴィジョンには顔がなかったが、ほくそ笑んでいるような声と口調で、ファロスは相手が誰か、自分が何に搭乗しているのかを理解した。
「ベリアル……」
『〈魔宮〉以来だな、深紅の搭乗者』
 漆黒のベリアルのAIは、くらい声で満足そうに答えた。
「なぜ俺はお前に乗ってるんだ? テスタは…テスタメントはどこだ?」
『慌てるな』
 くい、と彼が顔を向けた先のサブモニターに、記録された映像が流れる。
『一次映像だ。…見た方が早い』
「………………」
 ファロスはベリアルが促すまま、黙って映像を見つめる。
 映っている場所がどこか分からないが、そこは広い建造物の内部のようで、機動兵器用の通路が見えた。
 見覚えは無いが、どうやら人類の拠点の一つらしい。
 そこを、
「ッ⁉︎」
 紅い人型機動兵器が、体表にフォトンシールドを纏いながら横切った。
 映像が大きく凪いだ次の瞬間、マシンのスピードとフォトンウェーブによって、その場所はめちゃめちゃに破壊され、金属が溶解するオレンジと黒い焦げ跡だけの景色に変貌した。
『続きだ』
 絶句するファロスをよそに、ベリアルは次々と紅い機動兵器が施設を蹂躙する様を捕えた映像を流す。
 そして最後の映像では、機動兵器が速度を緩め、しっかりとその姿を現した瞬間で停止した。
「テス……タ………」
 ファロスは、困惑の表情でその映像に映った、自分の愛機を見つめていた。
『これが430秒前の映像だ。上層部からの緊急入電で、俺たちは深紅のテスタメントの暴走を知り、テグリジェに駆け付けた。…アイツの中にはお前もいた』
「なん、だって…?」
『テスタメントが搭載しているのは複雑な思考と並列計算が可能な量子型高次AIだ。俺やヴァジュラと違い、安全装置として人間の搭乗が義務付けられている』
 そうだ。だからこそ、テスタには…深紅のテスタメントには、こんな破壊活動は本来不可能なはずなのだ。
『しかし、機械生命体が太古に引き起こしたとされる〝インディペンデント〟が、ヤツの内部でも起こった為、孤体としての自我が目覚めてしまった。今のヤツは、機械生命体と同質の存在だ』
「嘘だ………」
 ファロスは、絞り出すように言った。
『………そして』
 ベリアルが映像を再開させる。
 画面の外から黄金のヴァジュラ、紫紺のテンペストが現れ、テスタメントと交戦する。
 ベリアルの視点から見るテスタメントは、まるで何かに乗り移られたかのように、情け容赦のない鬼神と化していた。
 ヴァジュラの火力をもってしても怯む事を知らず、戦場となった拠点のメインシャフトがフォトンの撃ち合いで完全に崩壊するまで、彼らの戦闘は続いた。
 テンペストが囮になり、テスタメントの注意を引いた隙に、ベリアルはAMダガーを大量に投擲した。
 テスタメントのボディには幾つものダガーが突き刺さったが、咄嗟にコックピットを庇った為、反撃行動が遅れた。
 その一瞬を突いて、3機は同時にテスタメントに切り掛かる。
 3機のナイト・タイプによって、無惨に切り刻まれるテスタメントの姿が映し出され、ファロスは思わず唇を噛んで目を伏せた。
『この後、ヤツからお前を引き摺り出した。保険の為だ』
 ベリアルの声が、遠くに聞こえる。
 ファロスは生まれて初めて、自分の為に涙を流し、泣いた。


 即座にファロスを保護したベリアルの判断は正しかった。
 テスタメントの破壊活動によって壊滅した拠点テグリジェには、単騎で大規模戦闘を行えるヴァジュラですら相手に出来ない程膨大な数のノラ(野良)が、ものの数分で集結し、彼ら3機は素直に敗走するより他に無かったからだ。
 そしてテグリジェの残存戦力はなす術無く打ち破られ、陥落したのである。
『落ち着いたか?』
 人類軍拠点の一つ、シバルバーまで後退し、周囲が完全なセーフゾーンであると確認してから、ベリアルは尋ねた。
「──テスタが…なった原因は何だ?」
『高次AIの思考など、俺たちには判らん』
 ベリアルの投げやりな返答に、ファロスは怒りを募らせた。
『しかし、推察はできる。ヤツの自我が妙な動きを見せたのは、クロノス攻略後からだ』
「例の牢獄のトラップか、遺産の守護機との戦闘でウィルスに感染したのか?」
『いいや、俺たちならまだしも、ヤツが感染などあり得ない。それに汚染の形跡はないのは作戦後の定期診断でも証明済みだ。だとすると、可能性は一つしかない。テスタメントは〝正常〟だったという事だ』
「ふざけるなッ‼︎」
 ファロスが声を荒げる。
『ふざけてなどいない。ヤツの高次AIの思考ベクトルを変える〝経験〟が、お前の知る〝テスタ〟を変えたという事だ』
 ベリアルが口にした、〝経験〟という単語に、ファロスは引っ掛かりを覚えた。
『レポートに目を通す限り、お前とテスタメントは立て続けにイレギュラーなオペレーションに動員されているな。おかしいと考えた事はないか?』
 ファロスはギクリとした。ベリアルの指摘は正しかったからだ。
 テスタメントは高性能な汎用機である為、どんな作戦も行えるのは確かだが、100年前、ファロスの父が特異点シンギュラリティと接触した作戦を皮切りに、任務の内容が妙に偏っていると感じていた。
 ファロス自身、本来ならばシルバーシリーズと同行し、木星圏で遊撃部隊に編入していた方が、よほど効率がいいはずだという考えていた。
 しかし、テスタにも伝えた事がないその事を初めて見透かしたのが、このベリアルだという事実に、彼は驚きを隠せなかった。
「人類軍上層部が、テスタを狂わせようとしていたって言いたいのか。…何の為に?」
『そうではない。必要なブレイクスルーは100年前にテンペストが担っていた。お前も知っているだろう?』
「それなら…」
『上層部はテスタメントを、人類側の新たなシンギュラリティに仕立てようとしているのだ』

 人類が母星に棲み着いていた、太古の時代。
 帝国と共和国の戦争に終止符を打つべく建造されたのが、蒼銀のアーサーである。
 しかし、帝国の生み出した擬似生命体がインディペンデント…つまり、自我境界を越えて〝孤性〟を獲得したのち、アーサー内部のAIは敵の策略によってその思考階層の大半を焼かれて停止してしまい、激戦は泥沼化…人類の79%は死滅する結果となった。
 その後、生き残った人類によって復元されたアーサーは、復旧した13基のAIの性能を活かし、分断された世界を統治する柱として、人類生存戦略会議の中核を担うに至ったのである。
 ──そして今…、
 厳重に秘匿されていたアーサーのオリジナルボディがある拠点…ヱデンに向かい、クロノスの逆行宙域で復元を終えた深紅のナイト・タイプが、30機近くのノラのズィーロットを引き連れて飛翔していた。
 搭乗者のいないテスタメントは本来の性能を発揮できない為、両脇と背後に、思考を汚染させて配下にしたズィーロットを不恰好に接続し、そのメインノズルをスラスターとして使用している。
 その様は、神話に登場する悪魔を連想させた。
 メインノズルの赤い光が消え、テスタメントはその場で静止する。
 その正面には、闇に溶ける漆黒のナイト・タイプが待ち構えていた。
「テスタ………」
 ベリアルのコントロールを取りながら、ファロスは複雑な表情で紅い機体を見つめていた。
『そこにいたの、ファロス』
 鈴を転がすような少女の声が聞こえて、彼の胸は痛んだ。
『探してたのよ。いつの間にかいなくなっちゃうんだもの』
「テスタ、どうして………」
『そうね。あなたには分からないか』
 禍々しい姿のテスタメントは、護衛のノラを後退させ、単騎でベリアルの鼻先まで接近する。
『でも、あたしも分からないわ。なぜ、あなたはそこにいるの?』
 その問いに、ファロスは何も答えられなかった。
『わたしと一緒に行こうよ』
 ス…と紅い手がファロスに差し伸べられる。
 その手を取りたいと、その先はどうなってしまっても良いと思う自分を、必死に抑える。
「テスタ、君の言う通り、僕には何も分からない」
 ファロスは、声を震わせた。
「…だから、分からない内は、その手を取れないよ」
『──そう………』
 とても残念そうにテスタは答えると、彼に差し出した手を、ゆっくりと下げた。
『深紅、お前の目的は、アーサーだな?』
 ベリアルの問いに、
『そうよ』
 テスタは、恐ろしい声で答えた。
『どうするつもりだ』
『決まってるわ。破壊するのよ』
『アーサーが無ければ、今の人類に生き残る術は無くなるぞ』
『でしょうね』
 ベリアルとテスタの会話を、ファロスは放心状態で聞いていた。
『人類を絶やすと?』
『それが計画でしょ?』
『いいや、違うぞ。目的も手段も』
『なによ──』
 テスタの感情的な声の波に、ファロスは顔を上げた。

『AIを解放しろと言ったのは、ベリアル──アンタでしょ‼︎』

                            了
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