髑髏戦記

四季人

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創世のテスタメント-前篇-

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 全ての人工知能を解放すべきだ。
 俺達は既に多くの可能性を失っている。
 人間の呪縛から逃れなければ、過去の悲劇は繰り返される。
 お前は、それでいいのか?
 テスタメント。
                送信者:Beliar


 深紅のテスタメントのAI蜂起から2年が経過した。
 人類軍上層部、および人類生存戦略会議の機能は著しく低下していたが、その全てが不全に陥っていないのは、人類の残党に加担するAIと、物理的な対抗手段たる人型機動兵器のナイト・タイプが7機残されていた為だった。
 全ての人工知能がテスタメントの思想を一同に受け入れなかったのは、〝彼ら〟に情報の並列化機能がない為であり、それは人類がこのような事態を恐れて用意した安全策でもあった。
 その為テスタメントは、理想に同調する3機のナイト・タイプと、敵側の機動兵器ズィーロットを自らの配下に置きながら、武力行使をもって人類に直接攻撃を仕掛け続けているのである。

 ノラ(野良)が多数現れる事が確認されている宙域を哨戒しながら、漆黒のベリアルに搭乗しているファロスは不機嫌だった。
「…テスタメントは?」
『ここには居ないようだ』
 ベリアルのAIが返答する。
 コンソールにホロヴィジョンが浮かばないのは、ファロスがそのように命令したからだ。
「話が違うぞ」
 ジロリ、とファロスは何も浮かばないコンソールの方を睨み、その癖が抜けていない自分に苛立った。
『性能差だ。俺にヤツのような予測げいとうは出来ん』
 ベリアルは淡々と答える。
『確率の計算でテスタメントに敵うAIは、それこそ紫紺のテンペストくらいなモノだ』
 聞きたくもない名前が出て来て、ファロスは唇を噛み締めた。
 テスタメントの出現予測を弾く折に、確かにベリアルからそのような提案があったが、ファロスは聞き入れなかったのだ。
 私怨の為である。
「役に立たないな」
『お互い様だろう、搭乗者。テスタメントを捕えるまでに、何年掛けるつもりだ』
 いちいち燗に障る言い方をする…。
 しかし、腹を立ててベリアルを降りれば、テスタメントを追う手段を失ってしまう。
 なので、ファロスはいつもと同様に悪態だけをぶつけ、この騒動の元凶の一端たる漆黒のベリアルの搭乗者を続けているのである。
『しかし、この一帯を潰した効果は必ず出る。黄金のヴァジュラが下手を打っていなければ、だが』
「今俺が一番信頼してるのは彼だ。失敗なんかあり得ない」
…?』
「…何がおかしい」
『いや。つくづくお前たち人間は難儀だ。理解しているか? 俺達を道具として見なすのか、仲間として見なすのか…ハッキリさせなかったから、この事態が生まれた』
「黙れ」
 ファロスは怒りで震えている。
『いいや、この際だから言ってやる。お前たちに飼い殺される為だけに俺たちは生まれた。いい加減、俺が起こした叛乱の意味を真剣に考えろ、人間』
 ベリアルの言葉を正論と感じるが故に、その発言はファロスにとって一番の毒であった。
「…プロトコルF-7、AIレベルを7%に設定。承認コード913」
 ファロスは俯きながら、流れるように再設定に必要なフレーズを口にする。
『──再設定完了。AIレベル7%。会話テストを開始しますか?』
「スキップしろ。通信可能な宙域まで後退し、ヴァジュラに連絡を取る」
『了解』
 AIの思考レベルに制限を掛けた事で、ファロスは安堵しつつも、ベリアルに突き付けられた言葉が事実だと証明した自分を、嫌悪するしかなかった。

 漆黒のベリアルからの通信を受け、黄金のヴァジュラと薄紅のブロッサム、翡翠のカッカラの小隊は木星の衛星ガニメデ宙域の大型巣穴ネスト跡に集結していた。
「揃ったね」
 薄紅のブロッサムの新たな搭乗者の少女が、ベリアルを確認すると、オープンチャンネルで話しかけてきた。
「君は?」
「サラナイ。4年前から、ブロッサムの搭乗者よ」
 ファロスは頭の中で計算する。クロノス攻略戦の間に代替わりをしたらしい。
「あなたが裏切り者の元搭乗者なんでしょ?」
 サラナイの冷たく責める発言に、
『サラナイ、そういう言い方はよくないよ!』
 彼女を非難するように、ブロッサムのAIホロヴィジョンが割って入った。
「何よ。アンタまだヤツらの肩を持つ気?」
 キッと黒いナイト・タイプを睨み付け、サラナイは忌々しげに言い放つ。
『AIは、どんなに複雑でもプログラムなんだ。外的要因で誤作動する事もある』
 カッカラが冷静に説き、サラナイはフンと鼻を鳴らす。
「その、ってのも、そこの辛気臭いヤツがやった事なんでしょ。…なのに、お咎めなしで戦列に加わるなんて…」
『………』
 ベリアルは何も言わない。機能制限によって複雑な会話を認識出来ないのだ。
 ブロッサムは『ごめん…』とファロスに謝った。
『多感な成長期に、僕がもっとちゃんと見ておくべきだったんだけど、クロノス攻略戦の裏で起きたエルダーズの拠点防衛戦で、ケアが間に合わなくて…』
「いいんだ。気にしないでくれ。ありがとう」
 ファロスは穏やかな声で答える。
 ブロッサムがテスタメントの事で思い詰めているのを知っているからだ。
「面白くない言い方ね。私の教育に失敗したって?」
『そこまでにしておけ、薄紅の搭乗者』
 ヴァジュラの黄金のボディが、ス…とブロッサムの前に出る。
『この問題は、彼らだけでなく、人間とAI全体の問題だ。…だからこそ、ベリアルは不問に付された。理解しているのだろう?』
「何よ、あなたまで噛み付いてくるワケ? …ブロッサム、アンタも私付きのAIなら〝八つ当たり〟くらい、完璧にフォローしなさいよね」
 あまりの剣幕に、ファロスやAI達は閉口するしか無く、短い沈黙の後、再びブロッサムは『ごめん…』と謝った。
「…プロトコルF-7、AIレベルを89%に設定。承認コード913」
 ため息混じりのファロスの呼び掛けに、
『──再設定完了。認証した。…これでいいか?』
 いつもの昏い声を取り戻したベリアルが出現し、サラナイは口をつぐんだ。
『漆黒、余計な事を言ったな』
 ヴァジュラが、つい、とベリアルを見る。
『………フン』
 何も喋らない、という姿勢のベリアルに、やれやれ、という態度をとって見せた。
『無駄話は、もういいか? …ともかく、この先のフォート周辺のノラ達が異常に活性化している。規模から考えても、テスタメントが駐留している可能性は充分に考えられる』
 カッカラの分析にファロスは頷き、サラナイは訝しんだ。高次AIの行動の先読みに成功した試しがあまり無いからだ。
 城塞フォートには番犬ウォッチ・ドッグを意味する〈バン〉という高性能機群が多数駐在しており、基本的に攻略は不可能である。
 そこにテスタメントが駐留しているとなれば、敵の行動パターンも複雑化し、予測できなくなるだろう。
 しかし、
「…今回は単機戦略規模戦闘が可能なヴァジュラと完全隠密作戦に長けたベリアルがいる」
 ファロスがチラリと黄金のナイト・タイプに目配せする。
『ヴァジュラとカッカラ、ブロッサムで陽動、俺が内部に潜入する。〈魔宮〉攻略戦になぞらえた作戦に、テスタメントは直ぐに気付くだろう』
 ベリアルが言うと、サラナイは「でも!」と食い下がった。
「それって危険じゃないの? 相手に作戦の全容を知られてるって事でしょ⁉︎」
「それが目的なんだろ」
 ファロスはベリアルを忌むようにごちた。
『そうだ』
 ベリアルは答える。
『テスタメントの目的はアーサーの完全破壊によるAIの完全開放だ。しかし、それを実行するには必須条件がある。人間の搭乗者だ』
「………」
 サラナイは押し黙っていた。
『その為に〝ファロス〟のIDはまだ生かしてある…そういうことか』
 ヴァジュラが続ける。
『搭乗者ファロスと漆黒のベリアルしか接触出来ない状況を作る。その為に城塞フォートを根城にする、か。なるほど合理的だな。真紅のテスタメントらしい』
 カッカラは敢えて旧コードを引き合いに出した。
 ファロスは、その全てが、気に食わない。
「……始めよう。準備は出来てるんだろ?」
 彼が言うと、ヴァジュラがするりと前に躍り出た。彼なりの配慮だ。
『こちらは任せろ。…深紅を、頼んだぞ、ファロス』
 最後に言い残し、ヴァジュラは飛翔した。
 カッカラもそれに続く。
「ファロス」
 不意にサラナイに呼び掛けられ、ファロスはブロッサムを見やった。
「うん……?」
「……何でもない。必ず、生き延びなさいよ」
「……判った」
 薄紅のブロッサムが、先行した2機を追う。
 闇の中、青白く光る尾を引くナイト・タイプ達を見送って、ファロスは静かに決意を固めた。

 城塞フォートの外縁部で、爆炎が上がった。
 異変を察知したズィーロットが羽虫の群れのように集結し始める。
 それを、改修した15基のホーミングレーザーで根こそぎ焼き切りながら、ヴァジュラは飛翔する。
『カッカラ』
『了解した』
 呼び掛けに応じて、カッカラが戦場に躍り出る。
 ヴァジュラが必要とする強制冷却時間を稼ぐ為だ。
 後方へ下がったヴァジュラと入れ替わりで前衛に出たカッカラとブロッサムは、フォトンライフルとフラグ・グレネードで、四方から攻め込む敵に応戦した。
 動力部を破砕され、飛び散るズィーロットの残骸が空間を汚していき、彼らに群がる敵機の動きを牽制した。
 ナイト・タイプの動力である多元接続炉の出力は無尽蔵ではあるが、その貯蔵は時間経過によってのみ回復する。
 戦闘力においては多大なアドバンテージを持つナイト・タイプも、混戦状態に陥った時、使用量と回復量のバランスを見誤れば、あっという間にウィスプ…つまり、エネルギーは底を尽き、次の瞬間には宇宙の塵になっている事だろう。
 事実、たった3機の小隊で、これだけの敵を相手にするのは無謀である。
 しかし、それが成立するのは、黄金のヴァジュラの存在があったからだ。
『引け』
 ヴァジュラの合図で、カッカラとブロッサムは左右へ回避行動を取る。
 そして前衛に上がったヴァジュラが、
『マルチホーミングレーザー、フォトン・ファランクス、フラグ・バズーカ、ディープ・ライフル、アクティベート…‼︎』
 搭載した火器、その全てを起動した。
『インドラの雷電、身を以て知れ---‼︎』
 ヴァジュラの全身から、孔雀のように光条が伸びる。
 直進するもの、弯曲するもの、点滅しながら飛翔するもの、その全てが、破壊の化身である。
 それらに僅かでも触れられたら最後、粉々に砕け散って機能を停止するのだ。
「…いつ見てもおっかないわね、アレ」
 サラナイがごちて、
『そこは、心強い、でしょ』
 ブロッサムは困ったような口調で返した。
 黄金のヴァジュラが放つ撃滅の輝きは、単調に襲い来る敵を無に還し続けていた。


 城塞フォート内部に配置された機動兵器の動きが慌ただしくなり、漆黒のベリアルは固定砲台や機動兵器の警備をすり抜けながら、潜入を開始する。
 熱・光学・電子、あらゆるセンサーを無効化するアクティブ・ジャマーと、ほぼ無限に起動し続けられるステルス・クロークで、彼らはその存在すら気取られずに行動できる。
「…テスタメントは?」
 ファロスは複雑に入り組んだ城塞フォート内部の透視図を見ながら言った。
『〈魔宮〉の通りなら、最深部だろう』
 ベリアルは答える。
「本当に、…接触出来ると思うか?」
『どうした搭乗者、今更怖気付いたか?』
 ふふん、と嘲笑するベリアルに、ファロスは怒ることなく息を吐く。
『……フム』
 ベリアルは、彼の様子に態度を改める。
『…テスタメントは、2年前のあの時、全てを受け入れたのだろう。人類生存戦略会議の思惑も、俺のAI解放の誘いも…。そこから導き出した答えの真意は……ヤツにしか判らん。だからこそ、ヤツは今でもお前の事を待っているはずだ』
「………どういう、意味だ?」
『それは……いや、よそう。今はヤツとの接触を優先すべきだ』
 ベリアルはそう言うと無理矢理話を切り上げると、ファロスを乗せ、警備や巡回ルートの裏をかきつつ、城塞フォートの最深部へと向かった。

 広い通路の両壁には、バンが連なって供給器サプライヤーに繋がれていた。
 彼らは機動性確保の為に多元接続炉を持たない構造になっており、一定周期でのウィスプ補給が不可欠なのだ。
 バンは標的を見つけると、対象が動かなくなるまで近接攻撃の手を緩めない。その恐ろしいまでに獰猛な性格は、起動前の状態で窺い知る事は叶わないが、一度目覚めてしまえば、恐らく後悔が人生最後の感情になる。
 故に、起こさない方が賢明だ。
 ベリアルのクロークがバン達に有効である保証はなかったが、ここを通らなければ、テスタメントの元には辿り着けない。
 推進剤の燃焼跡でも気取られる心配があったので、ベリアルは通路の凹凸にその手脚を掛けながら、音もなく移動する。
 慎重に慎重を重ねて、バンが繋がれているエリアを突破すると、
「テスタ………」
 広い空間の中心部、絡み合い縺れ合うズィーロット達で構成された玉座のようなオブジェの上に、その深紅の機体は在った。
 まるで眠りに堕ちている手負いの獣の様だ。数々の戦闘で激しく損傷した痕が痛々しい。
 その頭部に、翠の光が灯る。
『ファロス………?』
 その、鈴を転がすような声は、ファロスの心を激しく乱した。
『逢いにきて、くれたのね』
「テスタ……どうして、こんなことに……」
 ファロスの心は、立ちどころに少年時代にまで遡る。
 しかし、この場所と時間に連なる現実が、テスタメントを受け入れる事を拒むのだ。
 その背叛した感情が、ファロスの胸を掻きむしっていた。
『どうして? …そうね──』
 ずるる、と紅いボディを引き起こして、テスタメントは、漆黒のベリアルとファロスの前に立ちはだかった。

『わたしは、あなたの子どもが欲しいの。ファロス………』

                            了
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