腐爛した愛

四季人

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腐爛した愛

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 触れて、撫で上げて、舌を這わせて、突き刺して。
 嬌声に混じって、濁った甘い声がつまらない単語を叫ぶのを聴き流しながら。
 繰り返して、繰り返して、繰り返して…吐き出す。
 その瞬間、それまで胸を熱くしていた情念や欲望は煙のように消えてしまい、残るのは苦い罪悪感と、後悔に満ちた徒労感だけになる。


 この5年の間で、無感動になった自分を俯瞰するようになる事が増えた。
 今ではもう、白くくねる肢体に向かって腰を振ってる自分を、3メートル後ろから見てるような気分だ。


 ついさっきまで愛していた女は、濡れてクシャクシャになったシーツの上にだらしなく横たわり、深く息をついている。
 上下する背中の、汗でペタリと寝ている産毛が、俺を一層不快な気持ちにさせた。


 澄永愛すみながあいは、とても綺麗だった。


 笑顔も、声も、振る舞いも、…裸体もだ。
 特に気に入ったのが胸のラインで、明るい場所で初めて見た時なんか、何時間でも眺めていられると思ったし、実際そうしていた。


 抱きしめ合う時の、ぎこちない指の動きが好きだったし、
 愛し合う時の、耳に残る高い声が好きだったし、
 無防備な、子どものような寝顔が好きだったし、
 寝顔を隠す、濡れた前髪をよけてやる瞬間も好きだった。
 その愛おしいと思う気持ちを〝愛〟と呼ぶのなら、間違い無く、俺は愛を愛してた。


 …だが、子どもの頃に抱いていた愛への幻想をぶち壊したのは、俺自身の本能だった。


 背中をきつく縛る、愛の指。
 みっともなく揺れる、愛の胸。
 恥を知らない獣のような、愛の声。
 事後の疲労感を増長させる、愛の匂い。


 もはや、愛されようとする態度までが失われたのか、近頃の彼女は、ぽっかりと口を開けたまま眠りに落ちている。
 その唇に吸い付きたくなる気持ちを失くしたのは、いつからだったか…もう思い出せない。


 愛を抱いた後の全てを快く思えなくなった俺は、〝それでも、彼女を愛しているのだ〟と自分に方便を使い、湧き起こる感情を必死になって抑えていた。


 …判っている。
 こんなのは、愛情じゃない。
 それでも愛を抱くのは…〝愛してる〟と嘘を吐くのは、彼女を失いたくないからだ。
 …それは間違いない。
 だが、真実はどうだ?
〝自分の情欲の捌け口を失いたくないからだ〟と、俺の中のケダモノが云う。
 俺はいつも〝違う〟と言ったきりで、どう違うのか説明は出来ない。
 俺は俺の本能と初めて向き合った気になったが、こんな形の逢瀬になるなら、本当の気持ちになんて一生気付きたくなかった。


 …そして、きっと、そんな事ばかりを考えていたせいだろう。
 愛に情欲の全てを吐き出し、気を失うように眠った俺は、
 その夢を見た。





 夢の中でも、愛は俺に好かれようと、一生懸命に少し潰れた胸を動かしていた。
 俺はそれを見ながら、ただただ辛くなり、早く終わって欲しいと願った。
 簡単な話だ。
 俺がいつも通り、汚らしく、白いモノを撒き散らしてしまえばいい。
 たった、それだけの事だ。
 …なのに、うまくいかない。
 夢の中の俺は、愛の胸を掴んで腰を振ることすら出来ずに、打ちひしがれている。
 にこりと微笑む、愛が恐ろしい。
 痛みも痺れもないまま、悪寒にも似た快楽で、俺は果てた。
 愛は、満足そうに舌で舐めて、おもむろに身体を起こす。


 ……その胸から下が、
 緩やかに膨らんでいた。


 「────っ‼︎」
 俺は飛び起きて、口元を押さえる。
 横を見ると、シーツもかけずに寝ている白い裸体があった。
 俺は叫ぶ代わりに、気持ちの悪い冷や汗をたっぷりかきながら、シャワーへ向かう。
 熱いシャワーと冷水を交互に浴びて、なんとか正気に戻ろうとする。
 ベッドに戻ると、愛はさっきの姿のまま、足の間から、白濁したしずくを垂らして眠っていた。
 そして、俺は気付いてしまった。
 一番怖かったのは、妊娠した愛の姿じゃない。
 それを悪夢だと思った、俺自身だ。


 ああ……もう、誤魔化せない……。
 変わってしまったのは、愛じゃなく、俺だ。
 …この出来損ないの人間には、他人を愛する資格なんかない!
 ないんだ‼︎


 その途方もない絶望感で、俺は床にへたり込んだ。
 みっともなく鼻を啜り、次々と溢れ出る涙を手で払う。


「ん………」


 ベッドから声が聞こえても、俺はその場を動けなかった。
「…どうしたの?」
 寝惚けながら心配そうに訊ねる、愛の声。
 俺は啜り泣きながら、自己嫌悪で何も答えられない。
「怖い夢みた? 大丈夫…大丈夫だよ」
 そう言うと、彼女は俺のそばに来て、頭を優しく抱きしめる。
 ひんやりとした乳房が、頬の涙を拭ってくれた。
 途方に暮れた子どものように泣き続ける俺の頭を、愛はいつまでもいつまでも撫で続けていた。

                            了
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