リンゴカン

四季人

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リンゴカン ソノニ

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 箱を開くと、ズラリと並んだリンゴ。
 はぁ、と溜め息が出る。
 これを全部、磨かなくちゃいけないのか。

 箱からリンゴを一つ取って、布巾で優しく磨く。
 手に吸い付くような赤い皮の、表面の油分を少しだけ拭うと、リンゴはピカピカと輝き出す。
 強く擦ったり、磨き過ぎると、リンゴは傷んでしまうから、おいしそうに見えるところで止めるのがコツだ。
 磨いたら、それを反対側の箱にそっと入れる。
 そしてまた、新しい林檎を取って、磨いて、入れる。
 取って。磨いて。入れる……。
 この単調な繰り返しの作業は、私が食べるためにしているわけじゃなく、両親が営む青果店の店先に並べる為のものだ。

 店の奥の座敷で胡座をかいて、リンゴを磨く。
 私はこれと、少々古くなった果物の皮剥きとパック詰めを、小さい時から続けている。
 こんな下町でウチが切り盛りできているのは、近所に墓地や病院があるからで、口にこそ出さないが、私はその事実が苦手だった。
 リンゴは盛り合わせにした時、彩りとして優秀なので、特に重宝する。イチゴは傷みやすいから、向かないのだという。その考え方も好きじゃない。
 果物なんて、美味しく食べられればそれでいい。
 なのに、キレイな見た目のモノを選んでお供えしたり、差し入れに使うというのは、子どもの私にはよく分からないのだ。

 取る、磨く、入れる。
 取る、磨く、入れる。

 店の奥、小上がりの座敷の真ん中で、私はリンゴを磨き続ける。
 艶々と輝くリンゴで満たされていく箱の中とは対照的に、私は無表情で、手と頭に、じんわりした疲労が広がっていくのを感じていた。
 見た目を綺麗にしたところで、どうせ食べる時には皮を剥いてしまうのだし、そうしたら磨いてない物と何も変わらないのに。

「あら、綺麗ねぇ」
 深みのある柔らかな声に顔を上げると、店先には上品な雰囲気のお婆さんが、緑のカゴに載ったリンゴを覗き込んで、うっとりとしていた。
「おいしそう」
 ほころぶ顔は、ひと足先に食べた時の表情になっている。
 私は手元のリンゴに目を落とした。
 きっと、キレイに磨かなかったところで、このリンゴは売れるだろう。
 ……でも。
「…………」
 私はそれを、丁寧に、丁寧に磨く。
 リンゴがそうして欲しいと言った気がしたのだ。

                             了
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