転生したら王族だった

第二章 ‐ 迫害と対立と交流と絆

１０５話 アリシアとの出会い＿１

　いつもの日課として森の散歩をしながら、辺りの警戒と気分転換を兼ねていた。無秩序の森の穏やかな空気の中を歩き、心を落ち着かせながら足を進めていく。

　その目的は、あのドラゴンブレスの激しい炎を受けながらも無事であった桜の木に似た小さな木を見に行くことだった。その木は、森の厳しい環境の中で静かに立ち続けている姿が印象的であり、力強さと優美さを兼ね備えているようだった。

　足を止め、その木をじっと眺める。鮮やかな枝が風にそよぎ、小さな花びらが儚げに揺れている。その光景は、まるで森が静かに息をしているかのようで、心に穏やかな癒しをもたらしてくれる。この木を訪れる時間は、忙しい日々の中で貴重なひとときとなっていた。

「わぁ～！ もう、花が咲いてるんだぁ……可愛くてきれいだなぁ。」
　花を見上げながら、つい独り言がこぼれる。「持って帰って村に植えたいけど……知識が無いから枯らしてしまったら可哀想だしなぁ。それなら、名前だけでも付けてあげよう。えっと……サクラちゃん、ね♪」

　まるで愛おしい友達に呼びかけるように、勝手に名前を付けて楽しんでみるだけだけど、この森の植物にはきっと名前なんてないのだと思う。負のオーラの中で生き抜いた植物たちは、それぞれ独自の進化を遂げてきたのだろう。そして、こんなふうに発見した人が名前を付けるのも自然なこと――それは、前世の世界でもきっと同じだったはずだ。

　サクラちゃん、と名付けた木をもう一度見上げ、その優美さに小さく微笑む。名前を付けただけで、なんだかこの木が少し特別に感じられる気がした。

　そんな朝の日課の散歩をしていると、ふと頭をよぎった。「ダミエンの娘さんが今日、来るんだっけ？」

　ダミエンの手土産の中には魔法通信ができる魔道具が入っており、その使い方をラヴェンナが教わっていた。昨日、その魔道具を使って初めて通信が入り、「娘さんが訪ねてくる」という伝言を受け取ったのだ。今回は事前連絡がしっかりとされており、受け入れ態勢も整っている。ただ、「娘」という言葉を聞いた瞬間、ミアがむくれた表情を浮かべたのは何とも彼女らしい反応だった。

　ミアの不機嫌そうな様子を横目に見つつ、散歩を続ける中で、どんな娘さんなのだろうとふと思いを巡らせてしまう。明るい陽光が差し込む森の中に、わずかな緊張感と期待が入り混じった朝の空気が漂っていた。

　軍に護衛されている気配は感じるものの、どうやら村へは入らずに周辺を探索している様子だった。珍しい花がたくさん生えているし、女の子なら興味を引かれるのも無理はない。おそらく、気配を消しているのは森の魔物に襲われないためかな。

　ふと、草むらに身を潜めている可愛らしいお姉さんを発見した。警戒心を持っている様子だが、どこか儚げな雰囲気を漂わせている。その姿に興味を引かれ、そっと近づくことにした。ただ、驚かせないようにと配慮し、気配を消したり忍び寄るような真似はしない――こちらが敵ではないことを示すためにも。

　風に揺れる葉音の中、ゆっくりと距離を詰めながら、彼女の行動を静かに見守る。森の穏やかな空気の中に、わずかに緊張感が漂い、その場がどこか非現実的な特別な空間に感じられた。

　目の前に現れた彼女――アリシアは、その姿から高貴な美しさを放っていた。銀色の長いストレートの髪は陽光を受けて優しく輝き、風にそっと揺れる様子は神秘的ですらある。エメラルドグリーンの大きな瞳は澄み渡り、まるで宝石そのもののように輝いていた。その白く滑らかな肌は、どこか遠い世界から訪れた存在のような魅力を感じさせる。

　彼女は普段、貴族らしい華やかなドレスを好んで着ているという噂があったが、この時は冒険や任務に適した動きやすい魔術師のローブを身にまとっていた。そのローブはシンプルながらも洗練されたデザインで、柔らかな生地が彼女の優雅で上品な動きを引き立てているようだった。

　彼女の一挙一動が、森の中の静寂をさらに際立たせ、ただそこにいるだけで特別な存在感を放っていた。

　その時、アリシアは草むらに身を潜め、気配を消していた。しかし、レイニーにはその存在を見つけられてしまった。彼女の姿勢は堂々としており、自信に満ちた表情を浮かべている。まるで、この状況を完全に掌握しているかのような落ち着きだ。

　レイニーは一瞬、目を見開いて驚いたが、すぐにその可愛らしい容姿に心を和ませた。「こんにちは。驚かせてしまってごめんなさい。こんなところでお会いするとは思いませんでしたわ。」
　彼女は穏やかな声で話しかけてきた。

　ついその美しい姿に見とれてしまいそうになるが、会話を続けるために気を引き締める。すると、アリシアが軽い調子で尋ねてきた。「実は、この森を調査していて……あなたも同じ目的ですか？」

「あぁ、うん。俺も日課で村の周りを調査しているところなんだよね。」
　レイニーはニコッと微笑みながら答えた。「一緒に調査をしても良いかな？」

「えぇ。一緒に見て回ってくれると助かるわ。この辺りには詳しくなくて困っていたの。」
　アリシアは優しい笑顔を浮かべながら答え、続けて自己紹介をした。「私は、アリシアというの。キミは？」

「俺は、レイニーだよ。よろしくね、お姉ちゃん♪」
　レイニーが軽く自己紹介をすると、親しみやすい笑顔を見せながら「アリシア、こっちこっち。とっておきの場所を教えてあげるね」と言い、彼女の手をそっと握り、お気に入りの小さな木の場所へと案内した。

　森の中はどこか不気味な雰囲気が漂っているが、その場所だけはまるで別世界のようだった。小さな木はピンク色の小さな花をたくさん咲かせ、その花びらが太陽の光を受けて輝いていた。その光景に、アリシアは息を飲み、言葉を失いながら見つめていた。

「わぁ……すごい。キレイだね……」
　その言葉には、心からの感動が滲んでいた。

「でしょ！」
　レイニーは誇らしげに笑いながら木を指さし、「サクラっていうの。かわいい子なんだ～」と自慢するように紹介した。

「そうなんだ。サクラっていうんだね。」
　アリシアが優しい微笑みを浮かべながらその名前を口にする。

「そうそう、俺が名付けたんだよ。他の山とか森では見たことないし、俺が名前を付けても良いかなって思って♪」
　レイニーは得意げに言葉を続け、木への愛着をさらに伝える。

　アリシアはその言葉に頷きながら言った。「うん、良いと思うよ。私も他の場所で見たことがないし、本にも載っていなかったわ。この森の固有種だと思うわ。」
　彼女の言葉には、調査に裏打ちされた確かな知識が感じられ、レイニーは思わず感心した。

　森の中で出会ったサクラの木を通じて、二人の距離が少しずつ縮まるような温かいひとときだった。

　サクラの紹介が終わり、疲れているだろうからと思い村へ案内することにした。

「アリシア、村を案内するよ。しばらく泊まっていくんでしょ？荷物は部屋に運ばせておいたから。あんな所に置いておいたら魔物に漁られて無くなっちゃうよ」と言うと、一瞬アリシアが慌てた表情をした。

「え？ あ、ありがと……え！？ あれ？ 私が来ること知っていたの？」

「うん。お父さんから聞いてたけど？ あれ？ 何も聞かされずに送り出されちゃったんだ？」

「う、うん。何も聞いてないよ……もぉ。お父様ったら……」
　アリシアが可愛く頬を膨らませてホッとした表情になった。

「あはは、そうだったんだね。だから荷物に野営をする準備もしていたんだ～。すごい勇気だね、この森で野営するなんてさぁ」

「うん。えへへ……ちょっと無謀だったかなぁ……」恥ずかしそうに笑っていた。
　
　 アリシアの手を握り村へ向かうと、その表情が一変した。村中を巡回するデスナイト、黒炎を纏うヘルハウンドに驚愕し、体を震わせ青ざめていた。