おしどりの辞世

笹 司

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開演

二年前 枯葉の邑にて : 忠義

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あがった息の音が聞こえる。


屋敷から知らせがあった。
城から医者が来た、と。
まずい。
城からの医者を蔑ろにすることはできない。
そのまま帰っていただくことはできない。
だがどうにか、どうにかしなくては。
早く屋敷に戻らなくては。


走って走って、走って。
屋敷に、着いた。






「旦那様!!!
奥様が…!」

屋敷はこれまでにないほど騒がしかった。
お琴の部屋から人が入れ替わり立ち替わり…

「お琴!」

部屋を覗くと、

「奥様!奥様…!」

「うっ…おぉえ…っは、はぁ…」

お琴が額から汗を流し、嘔吐しながら布団の上でもがいていた。
側でお鈴がお琴に声をかけ続けている。
もう一人、年配の男が側に座っている。
恐らくあれが城からの医者。

お琴の側に駆け寄り、お鈴の隣に座る。

「お鈴、これはいったい…」

「旦那様…」

お鈴は泣いていた。
その真っ赤な目と目があったとき、お鈴が小さく、何かを言った。

「…え、」

「旦那様!また…また、奥様の発作が!
あぁ、いつになれば奥様はご回復なさるのでしょうか…!
おいたわしゅうございます、奥様…!」

「お鈴殿、奥様はいつもこのような?」

「え、えぇ。
いつもは、咳き込まれる程度で治まるのですが…
どうして…」

お鈴と医者が話しているのを、診ていることしかできない。
いつもの、発作?
そんなもの、お琴にはない。
すこぶる健康体なのはこの屋敷にいるものなら皆知っている。
では何故、お琴は…




「…し、わ……ござ…」




隣から、小さく、小さく、声が聞こえる。

「申し訳、ございません。申し訳ございません…」

お鈴の声が、聞こえる。

申し訳ございません。申し訳ございません。

そう、聞こえる。




「だ、んな…さま…」




「おこと…」





お琴が私の方へと手を伸ばす。
相当苦しく、手を握りしめていたのだろう。
その爪の先に、血がじんわりと滲んでいた。


「…大丈夫、です…」

「お琴、」

「大丈夫です、から…ね、」


お琴が繰り返し呟く。

大丈夫。大丈夫。





申し訳ございません。

大丈夫。

申し訳ございません。

大丈夫。




繰り返し繰り返し、二人の声が聞こえる。














「良かった…落ち着かれましたね。」

「あぁ…ありがとうございます…!」

「…感謝、申し上げる。」

お琴は吐き続け、喉を痛めて吐瀉物に血が混じるまで吐き続け、そこから少しずつ落ち着いた。
眠りには落ちていないが、瞳を閉じて深く呼吸をしている。

「お医者様もお休みください。さぁ。」

「おぉ、それでは…」

部屋に残されたのは、私とお琴と、お鈴。

「…ぅああああああ!申し訳ございません!!
申し訳ございませんお琴様!!!」

医者の足音が遠くなるとお鈴は布団に突っ伏して泣き始めた。
そのお鈴の頭を、ふわりとお琴が撫でる。

それをただ、見ていた。
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